パン屋の息子とパン屋の娘 | ナノ

07 君だけのために焼くふわふわ食パン@


あんなにママと腹を割って話したのは、パパが生きていた頃を含めても初めてだったかもしれない。
竈門炭治郎と家の前で別れて引き戸を開けると、今まさに家を出ようと玄関で靴を履いている最中のママがそこに居た。「なまえ、今までどこに…っ」と大声を出しかけたママに、「ごめんなさい!」と誠心誠意頭を下げる。それから、「ママと話したいことがあるの。たくさん、たくさんあるの。だから、うまく話せないかもしれないけど、ママの時間が欲しい」とお願いもした。私の突然の行動に呆気に取られたママはほんの少しだけ何も言えず固まってしまっていたけれど、「…わかったわ。今晩はもともとそのつもりだったから」と毒気を抜かれた様子で了承してくれた。
それから、お願いした通り私はたくさんの時間をかけて胸の内をぽつぽつと、けれど一生懸命に話した。ママに対して思っていたこと、でもどうしても素直になれなかったこと、本当は前に進むためにもママと一緒にパパの話をしたかったこと。ずっと黙って聞いてくれていたママはいつの間にか涙を流し始めていたし、私も、気付けば泣いてしまっていた。二人でわんわん泣いて、抱き合って、そうして私とママはやっと仲直りをした。長くて、過去一番酷い喧嘩だったけれど、パパがいなくてもちゃんと、仲直りすることができた。
その日は久しぶりに、ママと一緒に寝た。パパとママが使っていたダブルベッドで。こんなに広いベッドに一人で寝るなんて、寂しくないの。そう聞いたらママは、それでも思い出がいっぱい溜まってるから、と寂しそうに笑ってみせた。16歳にもなってママと一緒に寝たいだなんて子供っぽ過ぎたかな、と少し恥ずかしく思っていたけれど、これからはたまにこうして寝るのもいいかもしれない。

そして、日曜日。遅めの昼食を家族三人で取り少し落ち着いた頃、ピンポーンと来客を告げるベルの音がした。

「はい、どちら様ですか?」
「ごめんください!竈門ベーカリーの、竈門炭治郎です!」

その向こうにいるのが誰なのかは本人が元気に名乗り上げてくれたこともあって、カメラのない旧式のインターホンでも一瞬でわかった。声が漏れ聞こえていたのか「え?竈門君?」とキョトンとしているママをそのままに、慌てて玄関へ駆ける。ガラ!といささか乱暴に引戸を開けると、なんでか知らないけどむん!と気合十分な顔をした竈門炭治郎が、昨日と同じように竈門ベーカリーの袋を提げてそこに立っていた。

「ど、どうしたの…?」
「なまえのお母さんに、お願いしたいことがあって!」
「え?私、ですか?」

後ろから着いてきていたらしいママが不思議そうな声をあげる。とりあえずどうぞと招き入れると、竈門炭治郎は律儀にお邪魔します!!と大きく挨拶してから家の中へと足を踏み入れた。
お婆ちゃんが慌てて用意してくれていたお茶を台所まで取りに行ってから、ママと奴が先に入っている客間へ急いで戻る。

「これ、うちのパンです!手土産代わりと言っては何ですが、もしよろしければどうぞ!」
「あら、こんなにもらってもいいのかしら?昨日いただいたパンもとても美味しくて…」
「! 食べてくださったんですね!昨日のは売れ残りのものばかりだったので、今日は俺の自信作達を持ってきました」

私がそこに着いた時二人はちょうどそんな話をしていた。お盆を手に入り口に立った私の存在に気付いた竈門炭治郎が話し合いの成功を祝福するかのように嬉しげに笑って私を見てきたので、恥ずかしくて視線を逸らしてしまった。顔を上げられないままスタスタと近寄り畳に膝をついてお茶を卓に並べていると、竈門炭治郎の分厚い手が突然私の手首をガシッと握る。びっくりして、心臓が飛び出たかと思った。

「なまえさんの来店禁止令を、解除していただけませんか!!」

大きな声とその勢いに、私もママも思わず唖然としてしまった。来店、禁止令。確かに最初はもうあの店には行くなと言われてしまったけれど、話し合いを経て先方が構わないなら迷惑をかけない範囲で行っても良い、という判断へ既に着地していた。けれど竈門炭治郎は続けてどんどん話し続けるので、そう説明する間が見出さず聴き続けるしかできない。

「なまえさんはただ店にいただけじゃなく、ずっと店の手伝いをしてくれていました。しかも、無償でです!俺も家族もそのおかげですごく助かっていて、それで窮地を切り抜けられたこともあって…。なまえさんにはとても感謝してるし、来店拒否なんて絶対するわけありません。俺には、なまえさんが必要なんです!居てもらわないと困るんです!」

い、言いたいことはわかる。つまり、こいつ使えるからこれからも手伝いに来て欲しいんだけど、ってことだ。でもその表現は果たしてどうだろうか。それに、この掴まれた手首は何?話しているのは竈門炭治郎なのに、私ばかりが恥ずかしくてたまらなくて、顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
真剣な顔をしている竈門炭治郎と真っ赤になって汗をかいている私を目をパチパチさせながらゆっくり見比べたママは、「パパが今のを聞いていたら何て言ったかしら、」と噴き出した。

「竈門ベーカリーさんが良いなら、何も問題ありません。なまえ、あんまり入り浸ってご迷惑にならないよう気をつけなさいね」
「は、はい…」
「迷惑になんて思うわけありません!!むしろなまえさんなら、ずっと居てもらっても構いませんので!!」

わかったから、もうやめて…!我慢ならなくて思わず「この天然人たらしが!」とずっと胸に秘めていた評価をぶちまけたら、竈門炭治郎は意味がわからないといった真っ直ぐな瞳でこっちを見てくる。そんな私たちを楽しげに見ていたママが「ねえ竈門君、お店でのなまえのお話を聞かせてもらえるかしら?」なんて突然言い出すものだから、竈門炭治郎による私のベタ褒め会が始まって。嬉々としたママに呼ばれたお婆ちゃんも合流してのそれは30分も続いた。そろそろ店番に戻らないとと思い出したように竈門炭治郎が言うまで、当人である私は竈門炭治郎の横でただただ机に突っ伏し続けることしかできなかった。

「あの、遅くなってしまったんですが、帰る前になまえさんのお父さんに手を合わせて行っても構いませんか?」
「ええ、もちろん。きっとあの人も喜ぶわ」

仏間へ向かうママ達の後ろをげっそりしたまま着いていく。竈門炭治郎がそこに入って腰を下ろし、仏壇に置かれたパパの写真へ真剣に手を合わせ始めた様子をそのまま何となく入り口から観察していた時。

「素敵な男の子ね。…好きなの?」
「っっ!?」

隣にいたママから突然そう言われて飛び上がった。ママは至って普通の顔をしているので、揶揄われているというわけでもなさそうで。

「〜〜〜〜〜〜〜、……そ、そんなかんじ」

いつからそうだったかなんて恥ずかしすぎて考えたくもない。店番を代わったあの日かもとか、出会ってから割とすぐのことだった自覚がなんとなくあるから、尚更。でもママはそれを聞いてとても嬉しそうに笑ってくれていて、ママとこんな話をするのも初めてのことだったので、すごく恥ずかしいけどたまには悪くはないかも、とも思ってしまった。…それにしても奴は一度も会ったことないどこぞのオッサンに向かって、一体何をそんなに語りかけてるんだろうか。もう3分は軽くあのままな気がするんだけれども…。

それからまた数分経ってようやっと拝み終わったらしい竈門炭治郎と一緒に、お母さんとお婆ちゃんに見送られて家を出る。

「一緒に来て良かったのか?お母さんともっと話したりとか…」
「いいの!あのまま家にいたら根掘り葉掘り聞かれて止まんなくなりそうだし…」
「?」
「あーもう!細かいことは気にしないで!!竈門くんに迷惑かけちゃった分、今日からまた労働で返すのが最優先ってこと!」
「本当に、迷惑とは思ってないんだけどなあ…」

ぽりぽりと困ったように頬をかく竈門炭治郎を横目に見ながら思う。ママと正直に話すことには成功したけど、今日はもっと竈門くんと一緒にいたい気分だから、なんて素直に言うには、まだまだ乗り越えていかないといけない心の未熟さが山ほどあるなあと。

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