バレンタイン2021 | ナノ

私のバレンタイン当日は悲惨だった。

「たっ、たまたまお店にあった一番大きいのがそれだっただけなんだから!ハート型なのに意味はないんだからね!か、勘違いしないでよね!」

朝一の教室で宣言した、そんなどこのツンデレキャラだよと全力で突っ込まれてもおかしくない台詞も、嘴平伊之助という男には全く通用しなかった。

「? そうかよ」

だからなんだと言いたげなそいつは、私が渡した顔より大きいハート型チョコの包装紙を豪快にビリビリ破り取って、止める間もなくガブリ。ほかにも机の上に積まれたチョコたちより一番早く私のものを食べてくれたのはなんとなく嬉しかったけど、これじゃ絶対、私の真意は届いていない。
そもそも直球で「好きです!!」と言っても正確に理解してくれなさそうなそいつと、肝心な時にツンデレパワー100%になってしまう私との相性は最悪だった。伊之助はめちゃくちゃ美形だし、性格もちょっとパワフルすぎたりもするけど基本的には漢気があってかっこいい。狙っている女子生徒は数えきれないくらいいるわけで、ツンデレてる場合ではないのに。

それでも救われているのは、伊之助がどこまでも野生児でいてくれるからだ。山の中で猪に育てられていたという彼は、人間世界の常識にまだまだ疎い。今日はバレンタインデーに続く男女のそわそわイベント、ホワイトデーなわけだけど、奴はお返しのおの字も持ってきている様子はなかった。

「…おい」
「ん?どうしたの?」
「なんか、うぜえ。女どもがやたらと俺の周りをうろちょろしてんだよ。今日なにかあんのか?狩りか?」

狩りってあんた…。真後ろの席で不機嫌そうに眉を寄せて肘をついている伊之助の横を、チラチラ色目を使いながらまたひとり女子生徒が通っていった。チッと舌打ちしてから答えを促すように視線を送られ、私はため息を吐いて仕方なく今日という日のことを説明する。

「今日はね、ホワイトデーっていって、バレンタインデーのお返しをする日なの。みんな、伊之助から贈り物がもらえるんじゃないかって期待してウロウロしてるんだと思うよ」

バレンタインデーにチョコくれた子ばっかりだったでしょ、と言うと、誰からもらったかなんていちいち覚えてねえ、と最低な答えが返ってきた。こいつはどこまでも恋する乙女の敵だな。この調子じゃ私がチョコをあげたことも覚えてないかもな、と秘かに傷ついていたら、伊之助君の教えてホワイトデーのコーナーはまだ続いていたようで、さらに質問が飛んでくる。

「お返しってのは絶対やらないといけねえもんなのか」
「そんなことはないよ。しない人も結構いると思うし」
「今日しかそのお返しってやつをやったらいけねえのか」
「は?いやそんなこともないと思う、けど…」
「バレーたらホワットやら日付にこだわる理由がわからねえ。やりてえと思った時にやればいいじゃねえか」

た、確かに。でもバレンタインデーもホワイトデーも、普段はしにくい贈り物をしていい日だというのを言い訳に、好きな人にアピールする為のイベントというか、なんというか。「俺は俺がものをやりてえと思ったときにやる!ルールなんざにゃ縛られねえ!山の王伊之助様は何人にも屈しねえ!」とわけのわからないことを豪語し始めたこの野生児に、それを理解させるのはなかなか骨が折れそうだ。
それでもやっぱり私も乙女の端くれ。せっかくバレンタインデーにチョコを渡したのならその理由にちゃんと気付いてほしいし、ホワイトデーには何でもいいからお返しをもらいたい。そう思ってしまう。

「…ねえ、私がバレンタインデーにチョコ渡した意味、ちゃんとわかってる?」
「ああ?親分である俺様への貢ぎ物じゃねえのか」
「………」

貢物。貢物かあ…。チョコをあげたことは覚えてくれたみたいでよかったけど、そんな風に受け取られていたとは。前途多難すぎるといよいよ本格的に頭を抱えたくなってきた頃、伊之助が珍しく「なんだ。お前も今日お返し?ってやつが欲しかったのか」と空気を読んだことを言う。

「お前へのお返しなら、もう前にやっただろうが」
「…へ?」
「食堂の姉ちゃんにもらった天ぷらのカスつめあわせ」

も、もらった…!突然やるよと渡されて困惑しまくったものの、家でおうどんに入れて美味しく食べさせてもらった。そういえばあれはバレンタインの次の日だったか。

「あ、あれがバレンタインのお返しだったの!?」
「そうだ!美味かっただろう!親分は子分から施されたら施し返すもんだからな!それに、他にもお前には色々やってきただろうが」

つやつやのドングリ、川で手づかみしてきた魚、家の庭に咲いてたタンポポ、その他諸々。言われれば、確かに全て心当たりがある。お前を子分と認めてやる!と宣言されたあの日から、確かにちょくちょく色々なものをもらってきた。『俺は俺がものをやりてえと思ったときにやる!』と先程得意げに言っていたのがよみがえって、ふつふつとした喜びが胸に湧き上がってきた。

「た、タンポポはいい線いってるかもしんないけど、女の子はもっとねえ、可愛いものとかキラキラしたものの方が喜ぶんだから!」
「あァン!?親分に注文つけんのか!?いい度胸じゃねえか…!」

嬉しくなったらまたつい可愛くないことを言ってしまったけれど。私はつまり、伊之助が何かを贈りたいと思う相手になれているということ。子分扱いだし想いが通じ合うのは相当先であっても、今もこちらを気にしているその他大勢の女の子よりは一歩リードできていると前向きに捉えてもいいんじゃないだろうか。

「で、なまえは何がほしいんだよ。特別に何か用意してやる。言え」
「な、な、なにもいらないからとりあえず今日は一緒に帰りたい!」

ただでさえ舞い上がっているところに不意打ちで正しい名前を呼んでくるのはやめてくれませんか!「そんなんでいいのかよ…。よくわかんねえ奴だな…」と眉をひそめているこの男はそれからしばらく、私の可愛くない発言のせいでビー玉や丸くきれいに欠けた瓶の破片等、お前はカラスかと言いたくなるような贈り物を次々私にしてくるようになるんだけれど。それも全部私を喜ばせたいと思ってしてくれていることなら、バレンタインデーもホワイトデーもわかんないままでも、いいかな、なんて、何気ない日常に少しずつ増えていく宝物を見ながら、私は思うのだった。

なんでもない日の贈り物


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