バレンタイン2021 | ナノ

「あれ…?そういや俺はこのお返しをどうやって渡したらいいんだ…?」

3月14日の朝。ウフフフと上機嫌で登校していた俺は、ぶち当たったその問題に愕然とした。隣を歩いていたなまえがジト目で俺をちらりと見る。

「何を今更…」
「やかましいわ!何あげるかでずっと頭を悩ませてたの、俺は!!」

今年のバレンタインデーは最高だった。なんせ生まれて初めて本命チョコ(多分)をもらったんだから。しかも手作り。手作りですよ女神かよ。でもそのチョコは俺の靴箱にそっと入れられていて、名前すら添えられていなかった。あれから1か月経ったけど、俺はまだその恥ずかしがりやの『運命の人』を見つけてあげられないでいる。
そんでもって、捜索と並行して俺が進めていたのは、ホワイトデーのお返し選びだ。花束にしよう!と真っ先に思ったんだけど、名前を明かすのも恥ずかしがる女の子にそんな華やかなものを突然渡したら受け取ってもらえないかもしれない。そう危惧した俺は、花束…ではなく、お花の形のラングドシャの中にホイップチョコでこれまたお花が描かれている、雑誌で紹介されていた巷で人気のお菓子を用意した。有名店みたいでめちゃくちゃ並んだけどしっかりゲットして、ぐちゃぐちゃにならないよう鞄とは別に紙袋を提げて登校中、というわけなのである。
ちなみに今日は風紀委員の当番はない。そんな時は大体いつも、家が近所のなまえと一緒に登校している。

「善逸の靴箱にでも入れといたらそのうち勝手に取りに来るんじゃないの」

なまえは心底どうでも良さそうにそう言った。まあ、確かにそれが現実的かもな。名前すら書かないような子だからそもそもお返しを期待してなくて取りに来ないかもしれないけど、女の子全員に君が運命の相手ですかと総当たりするよりはまだ可能性がありそう。
でもさあ、友人である俺が悩んでるっていうのに、なまえのその冷め具合はなくない?そんなに俺の話に興味ないのかよ。そう思ったら途端にもやもやしてきて、この一か月言うか言うまいか悩んで結局我慢していたとある文句をぶちまけてしまいたくなった。

「ていうかさあ、俺は知ってるんだからな。お前、炭治郎と伊之助にはチョコやったんだって?俺のは?俺だけもらえてないんですけど?」

俺の抗議を受けたなまえが目を見開いて俺を見上げた。そして「私からのなんていらないと思って」と、俺が不満に思うのは意外だとでもいうように呟く。
「いらないってことはないでしょうよ、」と返しながら、改めて考えた。家が近いってことから始まった腐れ縁でここまで一緒に生きてきた俺たちだけど、なまえが誰かにチョコをあげているのを見たことも、そんな話を耳にしたことも、去年まではたったの一度もなかった。女子同士で友チョコのやり取りくらいはしてたみたいだけど、所詮その程度。誰からももらえない俺と、渡す相手のいないなまえ。味気ないバレンタインデーを過ごすのは俺だけではないと、安堵すらしていた。
そのなまえが、恋愛感情はこれっぽっちも含まれてなさそうではあったけど、今年初めて男にチョコを渡した。自分だって初めて本命チョコ(多分)をもらったのを棚に上げて、なんで炭治郎と伊之助だけなんだよと、その初めての中に俺が含まれていなかったことを内心ずっと不満に思っていた。
…そうか。こうやって口にして、整理してみて、やっとわかった。

「俺、お前のチョコが実は結構欲しかったんだなあ…」

もやもやの正体がやっとわかって気が抜けたのか、素直な気持ちがついぽろっと零れ出た。なまえはさっきよりもっとびっくりした様子で俺を見つめている。なまえの視線はひしひしと感じるけど、よく考えたらとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、俺はそっちを見ることができず一心不乱に前を見据え続けた。
校門はもうすぐ目の前だ。このなんとなく気恥ずかしい空気とも、靴箱までたどり着けば行先はバラバラになるわけだから、強制的にさよならできる。余計なことを喋って墓穴を掘らないように足を速めようとした、その時。なまえが俺の持っていたお返しの紙袋をひったくって、唐突に駆けだした。

「あッ!?こら何すんだよ!返せこのバカ!!」

慌てて追いかけようとした俺に、なまえが振り返って叫ぶ。

「これ、『運命の人』へのお返しなんでしょ?じゃあ私がもらう!速攻で問題解決できてよかったね!」
「はァ!?」

解決するどころか、お前にお返しを盗まれるっていうまさかの問題がさらに勃発しちゃってるわけなんだけども!?いいか、この場合の問題解決っていうのは、お返しが俺の手元からなくなることじゃなく、『運命の人』の元にしっかり届くことを指していてだねえ!…………あれ?

「…えええェッ!?」

思い至った衝撃の真実に、声が思わずひっくり返ってしまった。顔に両手を当て髪を逆立たせて飛び上がる俺を、もうずいぶん先に行って既に校門の内に入ってしまっていたなまえがくるりと振り返る。俺の見間違いでなければ、その頬は今まで見たことないくらい赤く染まっていた。

「なまえお前、俺の『運命の人』が誰か知ってんの!?俺の代わりに渡しといてくれるってことなの!?」

それならば、俺に親切にするのがそんなに真っ赤になるくらいこっぱずかしいのであれば、代わりに渡すんじゃなくて誰なのかを教えてほしいんですけど!だって自分で直接渡したいじゃない!?君が運命の人だったんだね…って、かっこよく決めたいじゃない!?
なまえは少しだけぽかんとした後、ここからでも聞こえるくらいの怒りの音を何故か立てながら叫んだ。

「………ばーか!!!!」

俺はなぜ、沢山の生徒たちに見守られつつ朝からこんなに大声で罵られなければならんのか。下足場に消えていったなまえが再びこちらを振り返ることはなかった。まさかの身内からひったくり被害に合うし、その理由もさっぱりわからんし、散々である。
それからいくら問いただしても、なまえはこのことに関して一切口を割らなかったし、紙袋を返してくれることもなかった。でも次の日登校したら、靴箱の中に「お返し美味しかったです。ありがとうございました。」と、あのメッセージカードと同じ筆跡で書かれたメモが入っていて、俺はそのいじらしさにまた悶絶することになる。
相当な恥ずかしがり屋さんなんだねえ。だからなまえは彼女が誰なのか教えてくれないのかな。ちゃんと渡してくれたんならさ、なまえも素直に言ってくれれば、俺だって素直に感謝できるのに。



「そうか。それでも善逸は気付かないか…」
「馬鹿なんだよ。ほんっとーに馬鹿。素直になれない私も人のこと言えないんだけど。『運命の人』に嫉妬ばっかして、敵は己自身ですー!なんてね、どこのアスリートですかって話だわ」
「ははは…。なかなかうまくいかないなあ…」


五十歩百歩


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