バレンタイン2021 | ナノ

朝、俺が登校する時間帯は風紀委員活動の為めちゃくちゃ早く、他の生徒はまだ殆ど居ない。それは今日がバレンタインという日であっても変わらなかった。
ローファーから上履きへ履き替えようと靴箱を開けたら、中に可愛らしくリボンでラッピングされた四角い箱が入っていて、くあ、と出掛けていた欠伸が一瞬で引っ込んだ。
一旦閉めて、また開ける。やっぱり、ある。
もう一回閉めて、そこが間違いなく自分の靴箱か確認する。うん、俺のだな。
最後にもう一度、今度は恐る恐るゆっくり開けても、それは変わらずそこに、あった。

「ッヒィィィィアアアアアアア!!!???なにこれええええ!??!チョコ!?チョコなの!?俺にもついに!!??バレンタインチョコが!!??」

神様は俺を見放していなかったらしい。
今年こそバレンタインチョコが欲しいと何年も強く願い続けて、やっと、やっと叶った。しかも何度も夢見て裏切られ倒してきたシチュエーションで!!
その箱は俺の目にはキラキラと輝いて見えて、勿体なさすぎて触れられない。ついでに靴も履き替えられない。
靴箱を前にウオオオオオ!!と雄叫びをあげていると、階段を降りてくる女子生徒の姿が視界の端に映り込んだ。まさか、この子が!?ぐりんっと顔をそちらに向ける。

「朝からうるっさ…」

…いや違うわ。こいつなわけがない。
現にそいつは、クラスメイトのみょうじなまえは、これ以上ないってくらい迷惑そうな顔してるし。どう考えても、チョコを贈りたくなるような相手にする顔じゃないでしょこれ。

「そりゃうるさくもなるわ!!見て!見てこれ!!靴箱に入ってたんだけど!!こんなこと現実にあんだね!?漫画の中だけだと思ってたわ!!」

指さすのも恐れ多くて、両手をピンと揃えて靴箱の中を示す。はあ?と疑わしげに片眉を上げたなまえがトコトコと隣に近づいてきて、ひょこ、とそこを覗いて一言。

「うわ、ほんとにある」

だからあるっつってんだろ。俺が幻覚見てるとでも思ったのか?
それでもこいつは、実際に目にしてもまだ信じられないらしい。失礼な質問を重ねてくる。

「え、ほんとに善逸宛なの?中身、ほんとにチョコ?」
「ばっか!オマエ、ばかじゃないの!?俺の靴箱に入れられてたんだからどう考えても俺宛でしょうが!それに!こんな良い匂いなのにチョコじゃないとかあるわけないでしょ!!」

…と言いつつもちょっと、ちょっとだけね、不安になってしまって、ようやく箱を取り出しリボンを解いて中をそろりと確認してみた。
蓋を開けると、グラシンペーパーの上に赤いレース模様で縁取りされた可愛らしいメッセージカードが載せられていて、真ん中に女の子っぽい字でしっかりと『我妻善逸さま』と書かれていた。っ何だよ!惑わすんじゃねーよ!やっぱりちゃんと俺宛じゃん!
それからペーパーの下のこれは…生チョコかな!?しかもこのかんじ、手作り!?手作りだ!可憐すぎる!!
そっと蓋を締め直して、胡散臭そうに俺を見上げるなまえにほらなあ?とニマニマしてみせていると、その逆側、昇降口の方から炭治郎が笑顔で近づいてきた。

「おはよう!善逸、なまえ」

俺もなまえも、おはようとそれぞれ返事をする。
二人揃って一つの箱に顔を寄せているのを見て、炭治郎が不思議そうに首を傾げた。

「二人ともどうしたんだ?」
「見てよ!見てこれ炭治郎!靴箱に入ってたの!!チョコ!バレンタインチョコだぞ!羨ましいか!?羨まし過ぎるよなあ!!??」
「誰からなのかすらわかんないんだけどね」

わあ!善逸よかったなあ!とまるで自分の事のように嬉しそうにしてくれる炭治郎。これだよこれ、ほんとの親友ってのはこうやって友の幸せを喜ぶものなんだからな。よく見て学べよ、なまえ。

問題はこいつの言う通り、箱にもカードにも差出人の名前が書かれていないことだ。これじゃ俺の運命の相手がどこのクラスの誰なのかわからない。
箱に耳を当ててみても、何も音がしない。これが生きてるものなら手がかりが掴めるかもしれないのに!!
俺の耳は、普通の人よりたくさんの音を聴くことができる。
例えば炭治郎なら泣きたくなるくらい優しい音がするし、なまえは俺といるとドゴン!!ドゴン!!と何かを殴っているような音をさせる。心の中で俺を殴り続けてんのか、こいつ?って実はいつも疑ってたりする。

…はっ。そうだ、炭治郎だよ。

「た、炭治郎、お前なら、お前ならわかるんじゃないの…?今こそ、その鼻が役に立つ時じゃないの…!?俺の運命の相手を、その鼻で見つけ出してくれ、頼む炭治郎!!」
「ああ、わかった。貸してもらって良いか?」

俺から箱を優しく受け取った炭治郎が、それを鼻に近づけてクン、と匂いを嗅ぐ。そして一拍、間を置いた後、キョトンとした顔で俺の後ろを見た。
まさか、後ろに!?慌てて振り返ってみても、後ろにはなまえしか居ない。てかこいつ今両腕振り上げてなかった?慌てて降ろしてるとこ見えた気がすんだけど。なに、俺に何かしようとしてたの?
混乱して炭治郎に向き直り、掴みかかる。

「何なんだよ!?わかったのか、わかんなかったのか、どっち!?」

炭治郎は困ったように視線を行ったり来たりさせてから、

「わ、わ、わ……。わからな、かった…!!」

失敗しまくった福笑いみたいな顔でそう絞り出した。

「はああ!?何なの!?ふざけてんの!?ひでえよ炭治郎!俺は真剣なんだよ見つけてあげないといけないんだよ!!この名乗るのも恥ずかしがっちゃうようないじらしく可憐なおんなのこをブヘウゥゥッ」
「遅すぎるぞ我妻!何をやってるんだ!!」

親友の裏切りを受けて思わず溢れ出した涙を振り乱しながら、福笑い状態を続ける炭治郎の体をガクガクと揺らしていた、その時だった。
気付けば俺の体は冨岡先生の鉄拳で軽々とぶっ飛ばされていた。そうだ、服装チェック…。
そのまま冨岡先生は伸びている俺を容赦なく校門へ引きずっていく。炭治郎はといえば冨岡先生が俺を殴り飛ばしている隙にサッと向こう側の列へ姿を隠したようだ。抜け目ない炭治郎め。でもお前にならチョコを託せる。守り通してくれるって信じてるからな。
炭治郎が来てるってことは俺たちが初チョコで騒いでいるうちに登校ピークの時間帯になってしまっていたというわけで、メソメソ泣きながら引きずられていく俺を沢山の生徒がギョッとしながら見ている。
こいつら、今日は一日チョコをあげるだのもらうだのでキャッキャキャッキャするんだろうな。でも今年は許してやるよ。なんせ俺も、チョコ貰っちゃったんだもんね!!



「ありがとね炭治郎。言わないでって、わかってくれて助かった」
「そりゃあ、あんなに大きく腕でバツされたら、わからない奴はいないと思う」
「うん…。でもごめんね炭治郎、その、嘘つくの、そんなに苦手だって知らなくて…」
「いや、むしろ上手くできなくてすまない…。でも、本当によかったのか?なまえが入れたチョコだって言わなくて」
「うん、いいの。私からだって知ったら嬉しくなくなっちゃうでしょ。無機物なら音でバレるようなことはないだろうなって思って、こうしたんだから。絶対炭治郎頼ると思って張っといて正解だったよ〜」
「うーん、喜ぶと思うんだけどなあ…」



そうやって、割とわかりやすく提示されていたヒントを全て見落とし続ける俺は、一番近くにあったその答えに気付けないまま。
ちょうど一年後の同じ日、めでたく親友から恋人となったなまえに、善逸より早く登校してた人間って時点で相当絞られてたでしょ、と笑われることになる。

灯台下暗し


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