バレンタイン2021 | ナノ

…何やってんだ、私は。
紙袋だけは可愛らしくラッピングされた『それ』を片手に、既に日が落ち真っ暗になってしまった住宅街を歩きながら私は途方に暮れていた。

今日は2月14日。
炭治郎と付き合い始めてから初のバレンタインデーということで、渡す側ではあるのだけれども、一ヶ月以上前からそれはもうワクワク張り切っていた。
と言っても私はこれまでの人生で家庭科の授業も含め、まともに食べられるものを生み出したことがない。
その上炭治郎のお家は街で評判のパン屋さんで、彼自身もパン職人として日々その腕を振るいまくっている。
そんな相手に『チョコになるはずだった何か』を渡す勇気はないので、市販品をあげるということは一番最初に決めていた。
そして、炭治郎にぴったりのチョコが選べたぞ!とそれはもう自信満々だったのだ。今朝までは。

クラスメイトたちが生チョコだブラウニーだと盛り上がる中、自分の選択が間違いでしかなかったことにやっと気付いた私の顔は、絵に描いたみたいにどんどん青くなっていってたと思う。実際カナヲに心配されたし。
なんとか他のものを用意しようと放課後学校を飛び出して慌てて繁華街まで足を伸ばしたものの、売り切れ、売り切れ、売り切れ、売り切れの嵐。残っているのはパッケージにビビットなハートが飛び散っていたり、キャラクターが印刷されたりしているような子供っぽいものばかりで。

結局、最初に用意していたものを片手に、とぼとぼと炭治郎のお家へ向かうことになった。
というかもう着いてしまう。『竈門ベーカリー』は目と鼻の先だ。数メートル向こうで、暖かな灯りが大きな窓から漏れているのが見える。

……やっぱり他のを買いに行こう。コンビニのやつでも、今持ってるこれよりはマシな筈だ。
まだ残ってるかな。一番近いのどこだっけ。と考えながら踵を返した時だった。カラン、とドアに備え付けられたベルが背後で鳴り、音でその開閉を教えてくれた。…まずい。

「なまえ!」

呼ばれて振り返ると、お店から出てきていたのは予想通り炭治郎。見つかって、しまった。片手に持っていた紙袋を炭治郎から見えないようサッと背中側へ隠す。
まさしくパン職人な作業着に身を包んだ彼は、そのまま私のいるところまで走って近づいてきた。それはそれは満面の笑みで。
炭治郎は多分、私が彼にチョコを持ってきたと思ってる。そりゃ、彼氏彼女だし。でも、実際そうではあるんだけども、いかんせん私の顔がそれっぽくなさすぎる。
近くで見た私が浮かない表情を浮かべているのに気付いたんだろう、炭治郎の動きがびしり、と止まってしまった。
けれどそこで躊躇したり、バレンタインそのものを忘れたふりしてお茶を濁したりするような炭治郎ではない。彼はとってもまっすぐな人だから。
すん、と炭治郎が匂いを嗅いだのがわかった。

「そのチョコは、俺の分だと期待してもいいんだろうか!」

隠したって、炭治郎の鋭い鼻までは誤魔化せなかったらしい。
炭治郎の分、なのは間違いない。というか今年は炭治郎のしか用意してない。
それくらい一途に想っているその人は今、私の大好きな笑顔ではなく、口を引き結んでとても緊張した様子でこちらを見つめている。私は、そんな顔をさせる為にここに来たんじゃ、ないでしょ。
バッ!!と勢いよく頭を下げた。ああもう、なるようになれ!

「、…ごめん!!先に謝っときます!炭治郎と言えばやっぱこれだなと思って用意したんだけど、落ち着いてよく考えたら…何でこんなのにしちゃったんだっていう……ホント、ごめん…」

頭を下げたまま両手で紙袋を差し出す。申し訳なさすぎて顔が上げられない。なのに、炭治郎はどこまでも優しい手つきでそれを受け取ってくれた。

「ありがとう。ここで開けてもいいか?」
「…うん」

私の了承を律儀にもらってから、袋の口を留めているシールをガサガサ剥がしている音がする。そして、炭治郎がハッと息を飲んだのが聞こえた。中を、見たんだろう。『それ』そのものは透明なフィルムに入っているから、紙袋さえ開けば何かはすぐにわかるはずだから。

「チョココロネだ!」

そう。私が用意したのは、チョココロネ。
一応、電車で少し行ったところにある有名なパン屋さんまで足を伸ばして、どうしても朝イチで欲しいんだと頼み倒し前々から予約しておいて買ってきたやつ。そのために珍しくすんごい早起きもした。
けど、そもそも大前提が間違ってた。炭治郎は、パン屋さんだ。その背の少し後ろにあるお店には、これとほぼ同じものが売り物として並んでいるだろう。例えば今は売り切れていたとしても。
何が、「炭治郎といえばパンだ!そんでもってチョコのパンといえばやっぱりチョココロネだよね!!」だ。一ヶ月間も自信満々にそう思い続けていた過去の馬鹿すぎる自分を、今すぐ思い直せとぶん殴ってやりたい。
けれどそうやってウジウジし続ける私に反して、炭治郎の口から飛び出てきたのは喜びの言葉だった。

「嬉しい。すごく、嬉しい…!!」

心からそう思ってくれていると誰が聞いてもわかるだろう声で噛み締めるように言う。顔を上げたら、嬉しそうに頬を赤く染め、陽だまりのような笑顔を浮かべる炭治郎がそこにいた。頬が赤いのは、寒いからかもしれないけど。
それを見て私はやっと思い出した。炭治郎は、私が心を込めて買ったり作ったりしたものなら、たとえそれが何であっても嘘偽りなく喜んでくれるような、優しい人だってことを。

「学校では何もないし、走って帰ってしまうし、もらえないのかと思って焦ってしまった。ちゃんともらえて、本当によかった…!」
「ご、ごめん…。他のもの探さなきゃと思って焦ってて…」

なのに、そんなに優しい人を、自分の空回りのせいで思い悩ませてしまった。もし渡すこと自体を辞めていたとしたら、もっと悲しませていたところだ。炭治郎が眉を下げてほっとしたように笑うのを見て、今度こそ私は正しい形で反省をした。

「もう店を閉めるところだから、少し待っていてくれないか?送っていくよ」
「え、でも炭治郎、朝早いし、もう寝ないと…」
「いいから。送らせてくれ。な?」

…出た。圧倒的な長男パワー。この優しい表情と声で提案されたら最後、頼る以外の選択肢は頭の中からすっと消えてしまう。
寒いから中に入っていてくれとまで言ってくれたので、お言葉に甘えてお邪魔した。閉店するところだというのは本当のようで、いつもたくさんの美味しそうなパンが並ぶトレイは、今日はすでに全て片付けられている。

「なまえさん!こんばんは!」
「こんばんは。忙しい時間帯に、ごめんね」

ドアにかかる札のcloseと書かれた側を表にし、先に着替えてくると奥へ入っていった炭治郎と入れ替わりで、妹の禰󠄀豆子ちゃんが店内へ顔を出した。
いえいえ全然、と炭治郎と同じ優しい笑顔を浮かべた禰󠄀豆子ちゃんがスススッと近づいて来て顔を寄せる。あれ?これ笑顔というか、ニマニマ、してる?

「お兄ちゃんたら、なまえさんが来てないか、帰ってきてから何回も何回も見に出ちゃって。落ち着きなさすぎってみんなで笑ってたんですよ」
「あっこら、禰󠄀豆子…!」

私服に着替えた炭治郎がコートを羽織りながら慌てた様子で戻ってきた。顔が少し赤い。そんで多分私も赤い。
後は任せてよ、と閉店作業を代わる為に出てきてくれたらしい優しくも頼もしい禰󠄀豆子ちゃんに見送られて、そそくさと店を出る。
どちらからともなく、手を繋いだ。

「なまえは、俺といえばパンだと思ったから、チョココロネにしてくれたんだよな?」
「う…そうデス。売るほどあるのにホントごめん…」

…再確認しないでほしい。自分が馬鹿すぎて本当に本当に辛い。たとえ炭治郎が何でも喜んでくれる人だとしても、来年はもっとまともなものをあげようと心に誓った。

「ホワイトデーのお返しで俺も真似してみようと思うんだが、『素直で可愛いもの』ってどんなのがあるんだろう?こういうの考えるのって、なかなか難しいな」

口では難しいなんて言いながらも炭治郎は楽しそうに笑っていて、言葉と表情が全然噛み合っていない。
私はと言えば、炭治郎が私のことをそんな風に思ってくれているのだと予想だにしていなかった方法で知ってしまって、思わず「家が花屋とかじゃなくてすいませんね」とひねくれた態度で目を泳がせることしかできなかった。

…素直なのは、炭治郎の方じゃんか。「チョココロネ、帰ったらゆっくり食べさせてもらうな。本当に楽しみだなあ」とそれはそれは嬉しそうに笑う炭治郎を見てそう思った。私は、口には出さなかったけど。

連想ゲームにご用心


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