はちみつホリック | ナノ

今日も今日とてなまえちゃんを迎えに行く。
なまえちゃんは相変わらず信者に囲まれていて、中でも一人の男子生徒がグイグイと話しかけている様だった。
モヤモヤと、どす黒い気持ちが胸に広がっていく。これは多分ヤキモチってやつだ。ちょっと前まではこんなの感じなかったのに。
男は独占欲を理由にキスマークをつけることが最も多いらしい。こないだの一幕で、逆に影響を受けてしまったんだろうか。
いつも通りそばに駆け寄ってきてくれてもむすっとしたままでいた俺の顔を、なまえちゃんが不思議そうに覗き込んでくる。

「…やきもち?」

どうしてわかっちゃうかなあ。素直に肯定するのも悔しい。でも黙り込んでいても表情で伝わってしまったのか、なまえちゃんは途端にニンマリと笑った。…なんで、嬉しそうなんですかね。

「大丈夫だよ。さっきお話ししてた人、名前も覚えてない」

けれど、可愛いな畜生!と不覚にも内心悶えていたところに、なまえちゃんのその何気ない一言が突き刺さった。
信者達がなまえちゃんに挨拶しながら立ち話をしている俺たちの横を通り過ぎていく。なまえちゃんは笑みを貼り付けて手を振り応えた。

「私はみんなに愛されたいだけだもん。名前とか年齢とか、他のことは一切興味ないよ」

多分、俺を安心させようとして、優しさでそんなことを話しているんだと思う。でも。
たまたま俺が術にかからなかっただけで、なんでかなんて今でもわかってないし、もしも彼女の信者になってしまっていたとしたら多分、俺も同じ扱いを受けていたんだろう。
そう思ったら途端にめちゃくちゃ怖くなって、前を向いていられなくなってしまった。

「俺の、ことは?」

ぽつり。と本音のかけらが漏れる。
なまえちゃんは、こてんと首を傾げた。

「あがつまぜんいつ。ちゃんと覚えてるよ」

今さら何を言い出すのか、と言わんばかりのそれに、恐怖で冷たくなった心が少しだけマシになる。それでももっともっと、どれくらい俺の存在が彼女の中に蓄積されているのかを確かめたくなって止まらない。

「他は?」
「きもちわるい。うっとうしい。しつこい。いじわる。術にかかってくれないから嫌い」

なまえちゃんの悪口まで止まらなくなっちゃったんだけど。でもその悪口たちは確かにこれまで彼女から言われてきたものばかりで、こんな形で増えていく思い出もあるんだなと冷静に感心してしまった。貶されすぎて感受性が鋼になったのかもしれない。
俺が新たな境地に至ろうとしているのをよそに、前髪の隙間から見えるなまえちゃんは先ほどまで悪口を並べまくっていたとは思えないような笑顔を浮かべていた。

「でも、やさしくて、たのしくて、うれしいをくれる、変な人」

顔をあげる。目が合った。泣きそうだ。
いつのまに俺は、この子のことがこんなに好きになっちゃってたんだろう。

なまえちゃんの中の俺が増えていくのと一緒に、俺の中にも色々ななまえちゃんが積み重なって膨らんでいった大切な気持ち。術になんてかかってない。正真正銘、俺だけの気持ち。
ねえ。なまえちゃんの方はどう?俺の勘違いじゃなければ、なまえちゃんも同じ気持ちなんじゃないかなって、どうしても期待しちゃうんだけど。

「っデート、しませんか…!」

突然話題が変わってびっくりしたんだろう、なまえちゃんはキョトンとしている。

「一緒に帰るとかじゃなくて、その、休みの日にちゃんとどこかで待ち合わせてさ、二人で出かけるかんじのやつ!」

常識も倫理観もゼロでとんでもない言動に振り回されることばかりだけど、泣きたくなるくらい不器用な生き方をするこの子のことが、好きだ。
だからこそ、悲しい思いをさせるかもしれないし、拒否される可能性すらあるけど、踏み込まなきゃ何も終わらせられないし始められない。

「いいよ。行こう」
「!!!!!」

なまえちゃんがお花みたいに笑う。それだけで俺はもうめちゃくちゃ嬉しくなってしまう。本当はずっとそうやって笑ってて欲しいんだけど、これは必要なことだから。

「明日!明日は?土曜だし!」
「大丈夫だよ」
「オッケー!じゃあ11時に駅前で待ち合わせよう!プランは俺に任せて!とびきり楽しくするからさ!!」

これでもかってくらい楽しくして、俺の気持ちを伝えて、それで。
ずっと触れられずにいた絶望の音について、聞くんだ。なんでそんなに愛に飢えてるのかを、聞く。
何時間かかったっていいよ。拒否されたって諦めないからね。なまえちゃんの心の一番根っこのところを知らないと、俺も君も前には進めない。

明日は俺にとって一番大事な一日になりそうだ。



***



「おい炭治郎、聞け。この間、派手にやばいもん見ちまったんだよ」

放課後、宇髄先生に呼び出されたので伊之助と一緒に美術準備室へ行くと、引き戸を開けた瞬間先生は開口一番にそう切り出した。
…まだ入ってもいないのに。そんなに重要な話なのだろうか。

「あの善逸が、女と二人で歩いてたんだよ。駅前のショッピングモールで」

中に入って戸を閉める。宇髄先生が突然話し出すからそちらに気を取られてしまったが、中にはしのぶさんも居た。美術室特有の四角い木の椅子にちょこんと腰掛け、まあ!と笑顔を輝かせている。

「見間違い等ではなく、ですか?」
「俺も最初はそう思ってすぐに記憶から消してたんだけどよ、生徒たちの噂話を聞いてるとどうも善逸が女と歩いてるのはその日以外にも目撃されてるみたいなんだよ」

まああの明るい髪色を見間違えるなんてこたぁそうそうないんだが、内容が内容だけにな。そう言っている宇髄先生はまだ半信半疑といった様子だ。
伊之助は興味がないのか、爆弾で破壊された壁に近づきウヒョー!と外を眺めている。危ないぞ。
俺はといえば、自分も壁際にあった椅子を引き寄せて座りながら、毎日風のような速さで必死に帰っていくという善逸の向かう先が女の子のところだったと話が繋がり、内心ホッとしていた。

「善逸はいつも通りデレデレだらしない顔してやがったんだが、女の方も満更でもなさそうだったんだよ。知らない奴が見たらあれは完全に『制服デート』ってやつだ」
「あらあら。ふふふ、善逸君にもついに春が来てしまったんでしょうか」

宇髄先生が顎に手をやりながらニヤニヤと笑う。しのぶさんが笑っているのはいつものことだが、心なしかワクワクとしているように見える。
『皆さん』が優しい人たちなのは重々承知しているが、面白そうなことを見つけるとたまに悪ノリしてしまう時があるのが少し心配だな…。
そう思った俺は念のため、あの、と切り出した。

「何をやってるのかは聞いてなかったんですが、善逸は少し前から何かを一生懸命頑張ってたんです。それがもしその子との仲に関することだったら、宇髄さんが見た光景はつまり、やっとそれが実を結んだということなので…。本人から話してくるまで、この話を広めたり茶化したりするのは、辞めてやってほしいと思います」

そうなってしまうと決まったわけではないのに、失礼だっただろうか…。
言い終わってから少し焦ってしまったが、宇髄先生は「はいはいわーったよ頑固め」と言いながらも頭を撫でてくれたし、しのぶさんは「友達思いですね」と微笑みかけてくれた。
伊之助は…椅子を組み上げた上に乗りバランスをとって遊んでいる。危ないぞ。
あたたかく見守っていきましょうかねェ、と宇髄先生が締めて和やかな雰囲気に変わったところで、それで、としのぶさんが話題を変えた。

「私たちはこの話のために呼び出されたのですか?」
「ああいや。『同窓会』の方が本題だ」
「おお!美味いメシが山ほど出るあれか!」

『同窓会』。俺たちは数ヶ月に一度開催されるその集まりのことをそう呼んでいる。前世の、鬼殺隊の記憶を持った人達だけで集まる会。
と言っても、そんなに大袈裟なものじゃない。理事長を中心人物として、たまには美味しい物でも食べながら昔を懐かしみつつ心置きなく話しませんか?という、ただそれだけの会だ。たまに、鬼舞辻議員対策会議になる時もあるらしいが。
俺たちが記憶を取り戻し抱き合ってわんわん泣いていたところ、目の前に音もなく現れた宇髄先生が、こりゃあ祝わねえとなァと嬉しそうに笑ってその会の存在を教えてくれた。
俺達やこの二人以外にも、不死川先生や悲鳴嶼先生等、参加者はそれなりにいる。俺は普段先生として接しないといけない人たちや鱗滝さんとゆっくり話せる機会なので『同窓会』をとても楽しみにしている。ちなみに冨岡先生は記憶がないので、ピアスの着用を許してはくれない。

「今月の集まりは明日の予定だが、善逸は…」
「多分、忘れてると思います。週末も、うちの実家の店にも全然来ないで忙しくしてるみたいなので」
「今回は仕方ないでしょうね。せっかくできた恋人ですし、優先させてあげましょう」

鬼舞辻議員は記憶を持ってはいないようだが、傍聴されない様、念のため『同窓会』に関することは口頭連絡のみ、という決まりになっている。
だから今日も既に帰ってしまっている善逸にスマホで連絡を取ることはできない。
家まで行けば話せるだろうけど、もちろん強制参加ではないわけだし、しのぶさんの言うとおり今回はそっとしておいてやりたいと思う。

「今月の『学生組送迎係』は俺だからよ、車で拾いに行ってやるから駅前で待ってろ。時間はそうだな…11時だ」


08 邂逅前夜

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