はちみつホリック | ナノ

※ぬるいですが、肌色注意です。

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その首筋に小さな赤いアザを見つけた瞬間、この子は遂にやってしまったかと思わず目が飛び出たし、頭は真っ白になった。つい先ほど住宅街に差し掛かった所、道のりは半ば辺りでまだ先は長いけど、歩行なんてし続けられるわけがない。

「ッッッなまえちゃん、そそそそそそそれ…!」
「?」
「きっきっきっきっ」
「『きもちわるい』?」
「俺への暴言連想ゲームじゃねえよ!違うんだって!!それ!!キスマーク!?!?!?!?!?!?」


***


雨降って地固まるという諺があるけれども、今の俺となまえちゃんの関係性はまさしくその通りになっていると思う。
嘘偽りない気持ちを伝えてLIMEを交換したあの日から、俺となまえちゃんの仲はそれはもう順調で。
校門に立っているだけで瞬く間に信者達に囲まれてしまうなまえちゃんは、けれど、迎えにきた俺の姿に気付くと嬉しげに頬を緩ませ、信者達全員を置きざりにして一目散に駆け寄ってきてくれる。この優越感たるや。気持ち良くなるなという方が酷である。
ちなみに、ベタベタに構われてたりそもそも気付かれなかったりと日によって違うのは、なまえちゃんが気持ち一つでその辺りまで操れるからだそうだ。気付かれたくない日はほっといてくれと願うだけで存在感を消せるらしい。

そうして今日も他愛もないことを話しながら、物理的にも精神的にもぐっと近くなった二人の距離感を喜びつつ一緒に下校していた。

そして、冒頭に戻る。

俺の方が背が高いので必然的にいつも斜め上から見下ろすことになるんだけども、風が吹いて髪が靡いた瞬間、ソレは俺の視界に颯爽と飛び込んできた。
右耳の下、首元に赤く映えるアザ。

一番最初に俺が思ったのは、恋のドキドキには気持ち的なものだけではなく身体的なものもあると知ってしまったなまえちゃんが、信者にお願いしてつけてもらったんじゃないかということ。
けれど滝の様に汗を流しながら目を血走らせる俺もどこ吹く風、こてん、と不思議そうに首を傾げたなまえちゃんは

「きすまーく??」

と、めちゃくちゃ舌ったらずに俺の言葉を"復唱"した。

ぶっちゃけ俺はなまえちゃんと下校し始めて一週間くらい経った頃から、あの有名なクマすら知らん常識も倫理観もゼロのこの子が、何かをきっかけにそっち方面の知識をつける日がいつかきてしまうだろうことを密かにめちゃくちゃ恐れていた。
そっち方面って、詳しく言わんでもわかるでしょうが。手繋いだりとか、ちゅーしたりとか、…その先とか。なんかそういう肉体的な感じのやつです!!
『なにそれそんなにドキドキできることあるのー!?』→『えーっ知りたい知りたい、絶対知りたーい!』→『みんなにお願いしてやってもらっちゃおーっと☆』…はいアウト。貞操観念ゼロの属性まで追加されちゃいましたね。
俺のシミュレーション上ではもう数十回はそんな彼女が生み出され続けていたわけだけれども、こちらからそういった話題を出すのは藪蛇になりそうで、どうしたもんかと頭を悩ませていた。

だから、ついにきてしまったのかと。しかも、止める間もなかったかと。頼む最後の一線だけは越えてないと言ってくれ…!と、虚しい祈りを捧げていたんだけれども。

「へっ…?」

思っていたのと全く違う返答に、思わず間抜けな声が出てしまった。

「そそそその、右の首んとこ、赤くなってるやつ…!!!」
「んん?」

そこまで言ってもまだ彼女はピンとこないらしい。くび。くび?と呟きアザの辺りをさすりながら心当たりを一生懸命考えている。やがて、買い物帰りの主婦が何もない道端で立ち止まる俺たちを不思議そうに見ながら通り過ぎたのと同じタイミングで、あ。とついに小さな声をあげた。

「わかった。たぶん、虫刺され。昨日すごくかゆくてかいちゃったやつだと思う」

赤くなっちゃったか…と呟くなまえちゃんを前に、さっきまでの俺の焦りは途端にシュルシュルシュル…と音を立てて小さく萎んでいく。
……なぁ〜んだぁ!虫刺されかあ!めちゃくちゃ恥ずかしい勘違いしちまったじゃねえかよう!焦らせないでくれよ〜あーよかった!

「なるほどね、虫刺されね!?そんな風になるからかいちゃだめだねぇ、気をつけよう!うん!さ!帰ろうね!?」
「…?うん」

突然悲痛に喚いたと思ったらこれまた突然ニコニコ元気になった様をまるで珍獣のように観察しつつも、俺が歩き出せば特に文句を言うことなくついてきてくれる。焦りから解放されて、やっぱり俺たちだいぶ仲良くなれたよね〜とほわほわしていたのも束の間、少しだけ歩調を早めて隣に並んだなまえちゃんが純粋無垢かつ興味津々に瞳を煌めかせた。

「ねえ。キスマークってなあに?」
「んぐぶふぅっ」

まさしく藪蛇。むせて、噴き出した。

なまえちゃんは教えてくれるまでテコでも動きませんよという風にワクワクと仁王立ちしている。
多分、この状態の彼女をうまくかわすのは至難の技だ。少なくとも俺には無理。
覚悟を決めろ。経験はなくとも様々な手段で蓄え続けた莫大な知識を総動員して、なるべく簡潔に説明するしかない。

「ええええっとね!?キスマークっていうのは、…こう、口で肌を吸うじゃん?!そしたら内出血で赤いアザができるわけ!それのことです!つまり、傷!ほら、虫刺されに似てるね?!むしろ同じかな!?!?」
「…ふぅん。よくわかんないから、やって」
「んなっ、なななっ、なん!?ででできるわけないじゃない!?!?」

何を言い出しますかねこのお嬢さんは!?
『口で肌を吸うじゃん?』と、普通あり得ない状況をさも日常動作であるかのように切り出した辺りから、俺の説明は破綻していたかもしれないけれども!!

「だってぜんいつ、俺がとことん色んな知識を叩き込んでやる!って、言った」

っ、言った…!確かに言った、本屋の前でぇ…!頭を抱える。まさかあれがこんな展開に繋がると思うぅ!?
いやしかし、考えようによっては、貞操観念ゼロバージョンのなまえちゃんが爆誕するよりはマシな展開なんじゃないだろうか。俺が教えれば、軽く「やって☆」と頼むようなものではないことも併せて伝えることができる。
かと言ってそれは、果たして実演する必要があるのか…?でも例えばここでやらなかったとして、気になりすぎたなまえちゃんが俺ではなく信者にお願いしてしまったら…!?
顔を真っ赤にして汗をダラダラ流し続ける俺と、涼しそうな顔で俺を見上げるなまえちゃん。
そんな二人の横を、今度はランドセルを背負った小学生達三人が公園行こうぜー!と通り過ぎて行く。

「…………せせせめてぇ…人目のないところでぇ…!」

頭が混乱して何が正しい判断なのか完全に見失ってしまった俺が弱々しく吐き出したせめてもの条件に、なまえちゃんは満足げにニッコリ笑った。


***


あの日完全に俺を拒否した、がちゃん、というドアの音が、その内側にいるというだけで全く違う響きに聞こえる。ただ家の中に入れてもらっただけなのに、これまで硬く閉ざされていた禁断の場所に立ち入ってしまったような感覚。

「ご両親は?」
「居ない。わたしのお部屋、いく?」
「いっいい行くわけないでしょうがアアアァァ!!??密室に男を誘うんじゃありません!!!」

ただでさえ親がいない家に二人きりなのに!?
目を飛び出させて叱る俺に、なまえちゃんは少しだけ不満げに唇を尖らせた。
実演が本当に必要なのか、かなりの疑問が残る。俺は清廉潔白です!というせめてもの証明のために、なまえちゃんも俺も靴を履いたまま。玄関で全てを終わらせる…!もちろんドアの鍵はかけていない!

「わたしにも見えるとこがいい」

このへん。と指差す鎖骨の下辺りにアザを作ろうと思ったら、どう少なく見積もってもブラウスのボタンを二つ目くらいまでは外さないといけない。
しかもなまえちゃんはその作業を自分でやる気がないのか、ん。と首元を俺の方へ突き出して顎を上にあげている。…なんてこった。

「ここ。ここがホックになってるんだよ」

初めての経験にどうしても震えてしまう両手を、そこへ向けてゆっくり伸ばす。
片手で襟の横側を少し探って、言われるままにリボンのホックを外した。支えがなくなったそれが、途端に首元を離れて力なく垂れ下がる。
そのままボタンをひとつ、ふたつ、両手でぎこちなく外せば、想像通りの白くてすべすべの肌が、いつもより大胆に目の前に曝け出されて。

ゴクリ、と喉が鳴る。心臓は緊張なのか喜びなのか、それとも後ろめたさか。よくわからない感情でもう破裂してしまいそうだ。熱くて、熱すぎて、思考はドロドロに溶けきってしまった。
気付けば俺は半ば反射的に、左の鎖骨の内側少し下辺りに唇を当てて強く吸い付いていた。
俺の勢いにふらついた細い体が後ろへ倒れてしまわないよう、その両腕をぎゅっと掴んで自分の方へ引き寄せる。
無意識だろう、なまえちゃんの口から「んっ」と漏れた吐息に、ただでさえ熱で燃え尽きてしまいそうな体がさらに熱くなっていく。

子供達がキャーキャーと騒ぎながら駆け抜けていく声。郵便配達だろうか、単車が通り過ぎていく音。近所の誰かがポストを確認する音。日常のなんてことない音達が、ドアをたった一枚隔てた向こう側から遠く微かに聞こえてくる。
部屋ではなく玄関にしたのは逆にまずかったかもしれない。背徳感がゾクゾクと身体中を駆け巡って、気持ち、いい。
ちゅ、と音を立てて唇を離すと、そこには小さな赤い印がくっきりと残されていた。初めてにしては、上手くできた。良かったぁ、と頭の隅でどこか他人事のように安堵した。
自分のワイシャツの袖で一応拭いてから、できましたケド…、と呟くと、ほんとだ…と返ってきたなまえちゃんの声にも熱が篭ってるような、気がして。

「これ、すっごくドキドキするね」

頬を真っ赤に染めてトロンと溶けるような笑みを浮かべるのは、反則だと思う。彼女の心臓の音も、俺に負けず劣らず大きく弾んでいる。

「ッッッアアアァアアァァアアア!!!!!」
「!?」
「ダメダメダメ!こんなんほんとダメだから!ドキドキするからって、信者達に頼んで無闇矢鱈とやらせちゃダメだからね!?誰彼構わずやらせる様なことじゃないんだから!!この人って決めた相手としかしちゃいけない様な、恥ずかしいことなんだから!そもそも親もいない家に、男と二人きりになんて絶対なっちゃダメだからね!!!」

…ここでブレーキをかけられた俺って、仏過ぎない…!?無理だから。こんなん、止まれるヤツほとんどいないから。正直俺もかなり、かなーり、危なかった!!

理性を総動員してなまえちゃんの両肩を掴み無理矢理グッと距離を取ったものの、逆にその煽情的な状態が今度は俯瞰視点で攻撃を仕掛けてくる。
はだけた襟元に、引っかかっているだけのリボン、そして隙間から覗く白い肌と、俺が、俺が、つけた、紅い印。
少し上に視線をずらせば、普段から可愛いと思っている女の子が自分だけを見返しながら唇を半開きにさせている。凄まじい破壊力。そんでもって吸引力。

なんというか、すごく、目に毒だ。

その上目遣いをどうやっても真正面から受け止めていられなくなって、せめてもの抵抗で目線だけ彼女に残したままギギギ…と顔をあげる。肩から手も離した。
そんな俺を不思議そうに見上げながら、なまえちゃんはトン、とその右の人差し指で俺のネクタイをつついた。「こんなことしていいのは」。

「ぜんいつだけ、だよ」

その笑顔が何故だか妙に艶かしくて、もう何度目だろう、またゴクリと喉が鳴った。
お互いに赤い顔を自覚しながらも、しばらく無言で見つめ合う。ついに根負けして先に目を逸らしたのは、珍しく俺の方だった。


07 ただの興味か、それとも、

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