はちみつホリック | ナノ

この二週間でなまえちゃんとはだいぶ打ち解けたような気がしていた。
彼女を自分の世界から引っ張り出して術を封印させられる日も、もしかしたらそんなに遠くないんじゃないの!?とすら最近は思っていた。
でも突きつけられた現実はそんなに甘くはなかった。

昨日の遅刻を挽回をしようと、いつも通り、いやいつもより相当急いでなまえちゃんの学校に到着した。
けど、たくさんの生徒が下校していく中、待てど暮らせど目的のなまえちゃんが出てこない。どうしたんだろう。

「あれ?この間の…」
「あっ、ドモっす…!」

声をかけてきたのは二週間前、なまえちゃんについて最初に話をした女の子だった。
もしかしたら俺は相当困っていますというオーラを出していたのかもしれない。女の子は顎に手を当ててうーん?と考えるようにしたあと、もし違ってたらごめんなさいなんですが、と断ってから情報をくれた。

「あの、みょうじさんなら随分前に教室を出て行きましたよ。もう帰ってしまってるんじゃないですか?」
「えっ!?」

な、なんですとぉ!?でも昨日の今日だ、俺を避けて先に帰ってしまっていても何らおかしくない。
あの日のように女の子にお礼を告げてから、慌てて踵を返す。
学校から離れるほど軋むような音が小さくなって、代わりにあの泣きたくなるような絶望の音が少しずつ大きく聞こえてくる。
でもよく聞くとそれは絶望だけではない、何かを必死に求めているような、胸が苦しくなるような響きも混ざっていた。
その音を辿った先に、探していたなまえちゃんはいた。
駅前の小規模なショッピングモール前に置かれたベンチ。昨日と同じように一人でぽつんと座っている。光を失った瞳で、モールを出入りするお客さん達をぼうっと眺め続けていた。
その姿はさながら迷子の子供のようで、見ているだけで俺まで泣きそうになってくる。と同時に、俺は以前から薄々感じていたあることが間違いなかったと確信した。そしてその瞬間、衝動的に駆け出していた。

「…なまえちゃん!!遊びに行こう!!!」
「!?」

細い手首をガッと掴んで引っ張り上げる。
びっくりして俺を見上げるなまえちゃんの瞳に光が戻って少しホッとした。
そのままズンズンとショッピングモールへ向かって歩き始めると、なまえちゃんは少しだけ足を踏ん張らせて拒否の意思表示をしたものの、結局何も言わずに着いてきてくれた。
あのチェーンのコーヒー店があったので入店し「なまえちゃんはキャラメルマキアートだよね!?」と聞けば、むすっとした表情ながらも頷いた。
俺も同じものを頼んで今日はテイクアウトにし、モールの中を見て回る。コーヒー店でお会計をするところからもう腕は掴んでいないけど、逃げることなく着いてきてくれるのがなまえちゃんらしいなあと思った。

**

「あっ。あの服なまえちゃんに似合いそうじゃない?スカートとズボン、どっちが好き?」
「………」
「どっちも似合うと思うんだけどなあ、うーんやっぱりスカートですかねえ!?足が見えて最高だしねえ、ウィヒヒィ」
「………きもちわるい」

**

「………」
「うん?あれ欲しいの?スズメの方?」
「………ん」
「オッケー任せて!!…えぇと……んー、この辺、か?いけ!いけ!…あ、あれ!?かすりすらしないってどういうこと!?このガラス、歪んで見えるようになってない!?」
「……ふふ、へたっぴ」
「ひどくない!?いや今のは確かに下手くそだったけどね!?チクショォォ!こんなことで俺は負けんからなあああキエエエエ!!」

**

最初はむすっと無言を貫いていたなまえちゃんも、俺が一人で騒ぎ続けるものだから耐えられなくなったのか、いつの間にかいつも通り話してくれるようになっていた。
嬉しくなってさらにはしゃいでしまったけど、流石の俺も全力疾走からのウインドウショッピングでもう足がクタクタだ。
一通り見て回った後またモール前のベンチに戻り、二人で腰掛けた。大切なのは、今はなまえちゃん一人じゃなくて俺もいるってこと。なまえちゃんは俺の小遣い一ヶ月分を生贄に手に入れたクッションをもちもちと抱きしめている。

「…なまえちゃん」
「なあに」
「昨日は、ごめん。本当に。不安にさせたよね」

一秒前まで街の喧騒を眺めていた瞳がゆっくりと俺を映す。

さっき一人でここにいたなまえちゃんを見て俺が確信したこと。
それは、なまえちゃん自身も本当は、今のまま鬼の力に頼って生きていては駄目だとわかっている、ということ。
それでも、愛されたくて、力がなく目に見える証拠もない状態で愛される自信がなくて、どうしても手放せないでいる。
モールを出入りする学生や家族、恋人達をぼうっと眺める彼女の心は、特別な力なんてなくても生まれたその絆たちに、羨望の音を立てていたから。と同時に自分にはそれを生み出せないと絶望もしていた。

俺を見ていたなまえちゃんの目がスッと逸らされる。この二週間一緒にいてわかったことだけど、なまえちゃんが目を逸らすのは本当の気持ちを伝えたくて、でもうまくできない、そんな時の癖だった。

「何回も言ってるけど、一緒に帰るだけなんて、無駄だから。ぜんいつがいないところではいくらでも好きにできるし、好きにしてる」
「………」
「なのに、なんで、ぜんいつはそんなにわたしに構うの。そんなにわたしから、血鬼術を奪いたいの…」

そう言って、なまえちゃんは力なく項垂れた。髪に隠れてその表情は見えないけど、緊張と絶望の音がする。どんな返事をされるのか、どんな事実を突きつけられるのか、嫌な想像ばかりして怖がっているんだろう。
ここが正念場だぞ善逸。俺の、嘘偽りのない気持ちがしっかり届くように。気合を入れて、両手を膝の上でぎゅっと握り込んだ。

「確かに、鬼の力を一切使わないようになってもらうのが目標の一つではある。これは本当だから誤魔化さないよ。っでも今はそれよりも…、俺自身がなまえちゃんと、もっと仲良くなりたいって、思ってマス!もっと色んなこと話したいし、こうやって遊んだりもしたいデス!!」

その延長線上で、もし鬼の力がなくても生きていけると思える日が来たら、なまえちゃんの意思で力を捨ててほしい!!そう告げる。
最初は鬼を何とかしないと…という使命感から始まった関係だったけど、なまえちゃんと毎日過ごすうちに俺の気持ちは少しずつ変化していた。なまえちゃんは不器用なだけの、普通の可愛い女の子だったから。
俺はなまえちゃんと仲良くなりたい。そんで出来ればなまえちゃんが抱えている悩みを、ひとつずつ一緒に解決していきたい。そうやっていつか鬼の力に頼らずとも生きていけるようになってくれればいい。いつかといっても長く時間をかけていられるほど悠長な問題でもないから、なるべく早くその時が訪れるように、俺にできることは何でもしよう。…痛いのとか怖いのは、なるべく避けたいけど。

なまえちゃんは俯いたまま。絶望と期待、不安、恐怖…他にもいろいろな音が混ざり合ってもうぐちゃぐちゃだ。
俺は急いでゴソゴソと鞄の中を探って目当てのものを見つけ出し、なまえちゃんに向かってずいっと突き出した。

「LIME!交換しよう!!」

突然目の前に現れた俺のスマホに顔が向けられ、髪に隠れていた表情が見えるようになった。目をぱちぱちとさせて惚けたようにスマホを見つめている。

「また昨日みたいに遅れそうになったらさ、すぐ連絡するから!もう速攻でするから!遅れないようにしたいんだけどやっぱ同じ学生だし学校は違うし、俺冨岡先生に目ぇつけられてるからすんなり帰れない日があるかもしんなくて、100%遅れないなんて言えないんだよね……でも絶対行くから!這ってでも行くから!!」

だから。

「もう、俺のこと待ってる間、あんなに悲しい顔しててほしくないんだよ」

なまえちゃんが目を見開く。瞳がゆらゆらと揺れる。しばらくして俺の両手が手汗でべっしょべしょになった頃、ようやくその小さな口が開いた。

「…絆されてなんて、あげないから」

口ではそう言いながらも“目を逸らして”ポケットから出されたスマホに、俺はどうしても嬉しくなって笑ってしまう。そりゃ嬉しいでしょ。ね!?

「ねえ、何もなくてもLIMEしていい?」
「浮かれすぎ」
「仕方ないよね!?こんなの期待するよね!?なまえちゃんも俺と仲良くなりたいって思ってくれてるのかなって、期待するよね!?期待すんなって方が難しくない!?」
「きもちわるい」

調子に乗って止まらない俺を次々と一刀両断していくなまえちゃんだったけど、それでも結局最後まで、駄目だと拒否する言葉が出ることは一度もなかった。


06 いたいのいたいのとんでいけ

prev / next

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -