はちみつホリック | ナノ

なまえちゃんと初めて出会ったのが月曜で、コーヒー店に行ったのが火曜。
水曜の放課後、校門前で「見張るって言ったでしょ!」と待ち構えていたら、またまた別の男と帰るところだったらしいなまえちゃんが「…たまにならって言ったのに」と嫌そうにつぶやいた。ああ、たまには悪くないってあれは、のど飴じゃなくて俺と帰ることだったのね。…たまにはいいの!?
露骨に嫌そうな顔をされると地味に傷つくんだけども、そんなことでめげるわけにはいかないんだぞ善逸。俺の手腕にこの街の健全な精神生活がかかってるんだからな。

そうして、放課後になったらダッシュでなまえちゃんを迎えに行き、悪さをせず家に入るまでをしっかり見張ってから俺自身も家路につく、という日々が始まった。
毎日毎日、信者(男も女も、恐ろしいことに強制的にロリコン化させられてしまった先生までいる為、便宜上そう呼称することにした)からなまえちゃんを引っ剥がして、強制的に家までおくる。

土日はもちろんお互い学校が休みなので、朝から晩まで一日中彼女の家を見張り続けた。ストーカーとか言うんじゃないよ。俺も好き好んでやってるわけじゃないんだからな。
なまえちゃんは意外にもインドア派のようで、休みの日に信者と遊びに行ったりはしないらしい。土曜も日曜も、俺の知る範囲では外に出ている様子はなかった。

そんでまた月曜、火曜ときて水曜になると、なまえちゃんは信者と帰ろうとするのをやめ、一人だけで校門前に姿を現すようになった。
「…みんなに今日は帰ってっていちいち『お願い』するの、面倒だから」らしい。なまえちゃんと遊ぶ順番待ちがすごいって聞いてたから、もしかして俺、信者達からリンチ受けるんじゃないの!?って今更ビクビクしたけど、今のところ一応無事。
これまでのことを踏まえても、なまえちゃんはぐいぐい強引に来られるのが苦手らしい。どんなに嫌そうな対応をしてもやめない俺に、まるっと1週間かかったものの降参してくれたらしい。

なまえちゃんとは家までの道のりで出来るだけたくさん話をした。
説法してやると意気込んでたけど俺もそんな高尚な人間じゃないし、上手くできるか自信がなくなって。
だからまずはなまえちゃんのことを知ろうと思って、ジャンル問わず色々な話をしてみることにした。例えば、こんな感じ。


***

「…あの飴、ちょうだい」
「ん?ああ、はちみつのど飴のこと?なに、気に入ったの?」
「悪くはなかった」
「そっか。はいどーぞ。パッケージがくまとハチってさ、どう考えてもあの有名なクマのイメージ強すぎだよね。俺腹減らした本物の熊と遭遇した記憶あるけどさ、あんなんはちみつ渡しても、は?ってかんじで一瞬で頭ぶっ飛ばされて死ぬからね」
「有名なクマ…?なんのことを言ってるのかわからない」
「え、え、ええっ!?あのクマだよ!?本当に知らないの!?マジで世界を知らなさすぎでしょ!?…ほらあそこ!本屋!本屋行くよ!多分絵本くらいなら絶対あるから!」
「…うっとうしいね」
「その顔やめて!こうなったら俺は君にとことん色んな知識を叩き込んでやりますよ!お勉強です!俺の手で真っ当な人間に育て上げてみせますからね!!」

***

「ぜんいつは毎日毎日…暇なの?」
「はあっ!?失礼すぎでしょ!?俺は多忙な時間を縫いに縫ってだね、君が鬼の力で好き勝手しないように涙ぐましい努力を………ゴメンナサイ多忙は嘘です暇です」
「ぜんいつがいないときにわたしがその好き勝手をするかもとは考えないの」
「してんの!?」
「さあどうでしょう」
「……。えーっと、されても現時点ではどうしようもないなとは思ってるよ。でもなまえちゃんってやっぱりこうして話せば話すほど悪い子じゃないし、例えば飴玉食べちゃ駄目だよって言えば、ちゃんと守ってくれるんじゃないかとも思ってる」
「きもちわるい」
「なんで!?今の話で俺が気持ち悪いなってなるとこあった!?どこよ!教えてよねえ!!どこおおお!?」

***

「土日は何してたの?」
「お部屋で飴玉眺めてた」
「えっ!?く、暗…いや違う違う、えっと他には?他には何した?」
「何もしてない。ぜんいつが飴玉食べちゃダメって言うから、代わりにずっと見てた」
「え…俺の言ったこと、守ってくれてんだ…?ちょっと感動しちゃったわ…」
「たまたまそんな気分だったから。ただの気まぐれ」
「そっかそっかぁ〜。我慢できて偉かったね〜!ご褒美に、今日の分のはちみつのど飴だよ〜〜!」
「ニヤニヤしないで。気持ち悪い。嫌い」
「なんで突然そういうこと言うかな!!そんで飴はちゃっかりもらうんかい!!」

***


…あらためて振り返ると毎日なんらかの悪口を言われてんだな…よく耐えてるよ俺…心が弱かったらもう折れてるからな…。

そんなこんなでまた、ただただ家を見守る虚無の土日も過ぎて、月曜日。
放課後になり、さて今日も行きますかねと靴箱まで駆け抜けたところで、眉間に皺を寄せた炭治郎が俺を通せんぼするように仁王立ちしていた。

「善逸!やっぱり最近おかしいぞ!毎日教室を飛び出していくと聞いた。一体何をしているんだ?何か隠してるんじゃないのか?」

とうとう炭治郎も我慢の限界だったらしい。
二、三日前から聞きたいことがありそうなソワソワした音をさせていたからそろそろかなとは思ってたけど。

「別になんもしてねぇよ。強いて言うなら普段行かない方まで足伸ばして可愛い女の子ウォッチしてる」
「…土日は、何してたんだ?」
「そりゃ暇してましたよ?デートしてくれるような彼女もいねぇし、」
「善逸は他に予定がなければいつもうちのパン屋に来ていただろう!平日もそうだし、1回も来ないのが2週間続いたことなんて、これまで一度もなかった!」

確かに、暇さえあれば炭治郎の実家のパン屋に顔を出していたから、それがパタリとなくなれば怪しむのは当然だ。
可愛い女の子ウォッチしてるのも、一日中ずぅーーーーっと家を見つめてるだけで終わった土日がただただ暇だったとしか表現できないのも、嘘じゃないんだけどね…。

「…すまない。善逸は優しい奴だから、何か面倒なことに巻き込まれているんじゃないかと心配で…」
「炭治郎…」
「俺には、俺たちには、言えないことなのか…?」

炭治郎から悲しい音がする。心の底から心配してくれている音がする。
それでも…それでも俺は…。

「ごめん。本当にごめん。炭治郎が心配するようなことは起きてねえからさ。ただちょっと野暮用で、行くとこがあんだよね」
「善逸…」
「本当にどうしても、どうやっても駄目だ!ってなったらさ、いつも通り泣き付くと思うから、そしたら話きいてくんね?」
「…わかった。絶対だからな。無理するんじゃないぞ」
「おう。待たしてるから、もう行くわ。また明日な!」
「ああ、また明日」

最終的にはこうやって何も言わずに見送ってくれる炭治郎はやっぱ底抜けにいいやつだ。だからこそ巻き込めない。
なまえちゃん自身は悪い子ではないけども、今の炭治郎達には鬼の片鱗だって見せたくない、感じさせたくないって思うから。


めちゃくちゃ頑張って走ったんだけど駅を挟んで向こう側にあるなまえちゃんの学校はやっぱり遠くて、到着する頃には下校する生徒達のピークも過ぎてまばらになっていた。
そんな中に、校門の横に立つなまえちゃんの姿もぽつり。信者達は皆なぜか彼女に気付かないみたいで、声をかけることなく素通りしていく。

「………おそい。」
「ご、ごめんっ。ちょっと出る時につかまっちゃってさ、待っててくれてよかったっ」

乱れた呼吸をなんとか整えようと深呼吸しながら、流れる汗を制服の袖で乱暴にぬぐう。
なまえちゃんはそんな俺をチラリと見た後、何も言わずに歩き出してしまった。慌てて横に並んだものの、なまえちゃんは前を見ていて何も話さない。
今朝の風紀委員活動のこと、相変わらずひでえ富岡先生のこと、昼に食べたどんぶりのこと。いつになく自分のことをペラペラ喋ってみたけどなまえちゃんはそのどれにも返事をしてくれなかった。
だんだん気まずくなってきて俺も思わず黙ってしまい、二人の間の会話がなくなる。そうやって歩いているうちになまえちゃんの家に到着してしまった。

「…来ないのかと、思った」

俺に背中を向けて門扉を押し開けるなまえちゃんの口から、ぽつり、と風でかき消されそうなくらい小さな呟きが落ちた。

「やっぱりわたしは形のないものなんて信じられない。来てくれないかもしれないなんて、ちょっと考えるのも嫌だ。いつか裏切られるかもしれないような不確かなもの、わたしはいらない」

そのままこちらを一度も振り返ることなく家の中へ入ってしまう。
がちゃん、と閉められたドアの音がまるで俺を拒絶しているみたいだった。
いつもぺらぺらと動きまくる俺の口はこんなときに限って何の役にも立たなくて、シンと静かな家の前でただただ立ちすくむことしかできなかった。

別れ際のなまえちゃんからは、あの胸が痛くなるような絶望の音が響いていた。
頼んだら気まぐれで飴玉を食べるのをやめてくれたりして状況改善することがあっても、それはあくまで一時的なもので。
完全に鬼の力の使用をやめさせるには、この深い絶望を何とかして溶かし切る必要がある。

俺は二週間かけてようやくそのことを理解した。


05 君を苦しめるモノの名前を教えて

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