はちみつホリック | ナノ

「善逸、何か悩みでもあるのか?」

ガヤガヤと賑やかな学食で、目の前に座って天ぷら定食を食べている炭治郎がクン、と鼻を動かしながら言った。

「あん?腹でも痛えのか?食わねえならよこせ」
「食うよ。食うって言ってんだろ箸伸ばすな」

炭治郎と伊之助は俺の一番の友達で、仲間。この二人も鬼殺隊士として戦った前世の記憶を持っている。
と言っても俺含め三人ともずっとそうだったわけじゃなくて、この学校でたまたま三人顔を合わせた時に「「「あ。」」」と揃って間抜けな声をあげつつ思い出したんだ。
そのせいで、始業式後の体育館前で抱き合ってオイオイ泣いてたおかしな三人組として一時期有名になってしまった。
俺、炭治郎達より一つ上だし。伊之助に至っては山の中で育った野生児としてちょっとした有名人だし。炭治郎達が入学してくるまですれ違ったことすらなかったんだよね。

俺と伊之助の攻防を見かねた炭治郎が「伊之助、俺のを食べろ。俺はタラの芽の天ぷらが食べられればいいから」と底抜けに優しい笑顔で皿を差し出している。天ぷら定食の天ぷら渡すなよ何も残んねえじゃねえか。伊之助お前もちょっとは遠慮しろ。
鬼殺隊だった頃の記憶があると言っても、そんなもん、今はもう遠い過去の話だ。俺たちはただの高校生。毎日めちゃくちゃ平和な日々を送っている。

…巻き込め、ねえよなあ。

「そりゃ悩みって言ったらいっぱいありますよ?どぉーやっても彼女できんし、冨岡先生は相変わらずだし」

あっ。他のことで頭いっぱいになってるせいか久しぶりに冨岡先生のこと普通に呼べたわ。
変なところで感動してしまったけど、炭治郎は納得してない様子だ。そりゃそうだよな、炭治郎は鼻が利くから俺が本当のこと言ってないのなんてすぐわかる。
でも炭治郎はよく利く鼻を持っているのと同時にめちゃくちゃ優しいやつだから、これ以上踏み込んでほしくないという線引きをちゃんとすればそこから踏み込んでくることはない。
心配してくれているのに申し訳ないけど今回はその優しさを利用させてもらおう。ごめんな炭治郎。

放課後、解散の合図とともに教室を飛び出した。向かうはなまえちゃんの学校だ。
昨日着てた制服でどこの学校なのかはわかっているし、それに俺の予想が正しければ…。

「あ、あのぉ…」

他校の生徒だから中にまでは入れない。
ちょうど校門から出てきた大人しそうな女の子に声をかけると、怪訝そうにしながらも足を止めてくれた。

「えっと、なまえちゃんっていう子を探してるんだけど、知ってたり、しますぅ〜…?」
「わあ!君もみょうじさんが好きなの?」
「えっ!?」

怪訝そうにしていた女の子の顔が突然ぱあっと輝いてびっくりした。
話を進めるため、適当にうんまあそんなかんじですかねと答えておく。

「なまえちゃんってそんなに人気なの?」
「はい!みょうじさんのこと嫌いな人なんてこの学校にはいないですよ。みんなの憧れのマトです。まさに『学園のマドンナ』ってやつですね!」

やっぱり。噂に聞く『学園のマドンナ』は、なまえちゃんのこと。予想していた通りだ。
ということはつまり…と耳をそばだてる。この女の子からも、学校からも、聞き覚えのある軋むような不協和音が聞こえてくる。
あの村の住人達のように、この学校の全てといってもいい人たちが彼女の術にかかってるんだろう。最悪だ。

「あっ。うわさをすれば…」

女の子が指差す先に、なまえちゃんの姿があった。
昨日とは違う男と一緒に談笑しながら歩いている。

「今日は水山くんかあ。いいなあ」
「?きょうは?」
「みょうじさんは優しいから、放課後は男女問わず色んな子と遊んでくれるんです。順番待ちすごいんですよ」
「えっ?とっかえひっかえってこと!?それ優しいって言っていいの!?」
「?だってデートしてもらえたら嬉しいですよね?」

かく言う私も順番待ち中なんですよっ。まだまだ先ですけど…。
そう言って恥ずかしげに笑う女の子は、とても幸せそうだ。

「じゃあ私はこれで」
「あ、うん、ありがとう」

女の子にお礼を言って別れる。
なまえちゃんと男は、死角にいる俺には気付かず校門を出て駅の方へ歩いていった。
昨日の今日だ、面と向かって姿を表したらまた逃げられてしまうかもしれない。ていうか怖い。まずはバレないように尾行して様子を伺おう。

「今日はどこ行く?昨日はどこ行ったの?」
「んー、映画だねー」
「映画かあ!じゃあ今日は体を動かせるとこ。ゲーセンとかどう?」
「楽しくしてくれるならどこでもいいよー」

男が一生懸命話しかけているのに、その相手のなまえちゃんは鞄の中をごそごそといじりながら適当に返事をしている。
それでも男が幸せそうな表情を崩すことはなく、会話と足は軽やかに進んでいく。
やがてなまえちゃんが鞄の中から手を出すと、そこには色とりどりの丸い玉が詰まった小瓶が握られていた。
きゅぽ、とコルクの蓋を開け、中から一粒取り出し口に入れる。ということはあれは飴玉か、と俺の頭は淡々と見たままの景色を処理している。
しばらくカラコロと口の中で転がして「おいしっ」と嬉しそうに笑ったなまえちゃんの可愛らしい口元から、ガリリ、と飴を噛み砕く音がした。
なまえちゃんって飴は噛む派なんだなとどうでもいい知識を取り入れていたら、突然、さっきまで元気そうに話し続けていた男が、バターン!とぶっ倒れた。
ギョッとする俺。そして、倒れてピクリともしない同行者の姿を呆然と見下ろしたなまえちゃんが一言。

「あちゃー。今のやつ、この人のだったか」

ッあああああ!?これはさすがに、呑気に尾行し続けるわけにはいかないねえ!!??

「な、なんなの!?なにしたの!?」

慌てて隠れていた看板の影から飛び出しなまえちゃんの肩を掴んで揺する。
「なんでお兄さんがここにいるの、」と露骨に嫌そうな顔をした彼女の足元で、倒れた男がむくりと起き、立ち上がった。

「一人で帰れますよね?」
「…うん。…大丈夫だよ」
「はい。ではお気をつけて」

えっ?大丈夫じゃないでしょ今倒れたんだよ?と戸惑い慌てる俺の前で淡々と行われたやりとりの後、男は昨日のやつみたいにふらふら〜…っと去っていってしまった。
なまえちゃんはすぐにその男から興味なさげに視線を外して、今度は面倒くさそうに俺を見上げる。

「何もしてないよ。ちょっとミスっちゃっただけで…」
「ミスってなに!君がそんな、ちょっとドジっちゃった☆てへぺろ☆ってなるだけで人一人ぶっ倒れちゃうの!?怖すぎでしょ!?」

どう解釈してもまともな状態じゃなかったでしょあの水山とかいう男。
術をかける加減を間違えたとかなんだろうか。

肩から手を離さないまま血走った目でギラギラと見下ろす俺に根負けしたのか、ふうっとため息をついたなまえちゃんは。
面倒だけど付き纏われる方が嫌だし、わたしが人畜無害な存在だってことを今ここで証明します。
そう言って自信ありげに胸を張り、さっき俺が隠れていた看板の後ろ、有名コーヒーチェーン店を指さした。


***


「昨日言った通りわたしは『殆ど』普通の人間なの」

俺はコーヒー、なまえちゃんはキャラメルマキアートを注文し、窓際のカウンター席に並んで座る。
恐怖なのか緊張なのかもはやわからない複雑な感情でいっぱいで口をつけられない俺をよそに、なまえちゃんは一口それを飲むとおもむろに話し始めた。

「血鬼術にかかった人はわたしのことが好きになって、心を捧げる。すると飴玉になって可視化できるようになる。それが、これ」

取り出されたのは先ほどの飴玉が詰まった小瓶。なまえちゃんは色とりどりにキラキラ輝くそれを眺めながら、家にもーっといっぱいあるんだよとうっとりしながら言った。

「血鬼術に目覚めたのは高校生になってからだけど、わたしが人間だからかこんな風に微妙に違う術に変わってたの。わたしのこと好きになって、心が飴玉になるだけ。むしゃむしゃ食べられることはない!ほら、無害だ!」

どや!…じゃない違う違う。解決してもらわないといけない疑問点はいっぱいあるから。順に確認していこう。

「いや強制的に君を好きにならせた上に、意識乗っ取って操れるとこは前と変わってないんでしょ?それ無害ではなくない…?」
「操るのは昔も今も殆どしないよ?追い払って欲しい人がいる時に協力してもらったり、早く帰って欲しい時に強制的に帰らせたりするくらいだもん。あとはみんな自分の意思で自由に生きてるよ」
「…でもさっきあの人倒れちゃったじゃん。ミスってなに?あちゃーって言ってなかった?なんか関係あるんじゃないの?」
「あ〜、わたしがあの人の飴玉食べたから心が壊れて無気力人間になっちゃっただけ。そのショックで一瞬気を失う人もいるけどすぐ起きる」

………。

「はい有害!!!有害です君のそれは!!!」

何を言ってるのこの子は!?さらっと恐ろしいこと言ったね君!!??
腕でバッテンを作ってアウトです!!!と叫ぶと、なまえちゃんは不満げに唇を尖らせた。

「無気力人間って言っても普通の生活は送れるんだし。ちょっと感情がなくなるだけで」
「ちょっと感情がなくなるだけで!!??ちょっとじゃないでしょそれは!!ロボットみたいになるってことだよね!?有害すぎてやべえよ!!!よく人畜無害だって証明するなんて言えたな!?!?」

こえぇよ!なんで罪悪感ゼロなんだよ!!
思わず立ち上がってめちゃくちゃでかい声を出してしまった。店内にいる人たちがぽかんと俺を見ていて、あははすいませーん…と愛想笑いしながら椅子に腰掛け直す。
そんな俺をチラリと横目で眺めながら、

「感情なんてなくてもいいじゃん。悲しい思いすることもなくなるんだよ」

と、ぽつり。

「それにわたしはわたしのこと好きな人が減るのが一番嫌だからあんまり食べないもん。たまにどうしても食べたくなって、その時だけ」

ほぉんと〜に甘くて美味しくて幸せな気持ちになれるんだよ、と言って笑うなまえちゃんはその味を思い出しているのかうっとりと染めた頬を両手で包んだ。

「選んで食べてるわけじゃないから誰のものかなんていちいち知らない。でも目の前にいる人の食べちゃったのは初めてだったなあ…気をつけなきゃ。倒れられるの面倒だし」

だめだ話が通じん。俺とこの子の常識が噛み合わない。突っ込みどころしかない話が続くのに、また他の人に迷惑をかけるわけにはいかないから必死で叫びを押し殺した。
どこから考え方を改めさせようかと握りしめた両手をテーブルの上に置いてぷるぷるしていたら、「お兄さん」と呼ばれたのでなまえちゃんの方を見る。途端にボフンッと桃色の煙に視界が包まれた。

「ぅ、わっ」
「うーん、なんでお兄さんにはかかんないんだろう…」
「いやそんなやべぇ術、道端でチラシ配るみたいな気軽なノリでポンポンかけて試さないで!!??」

結局我慢できず喚く俺をよそに面倒だなあ…と呟きながら言葉通りの音と表情をするなまえちゃんの横顔は、まるで拗ねてへそを曲げている子供みたいだった。


03 君の世界は理解の範疇を超えている

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