はちみつホリック | ナノ

世界中の人がわたしを愛してくれればいいのに。

そうしたら口減らしのために明日わたしを人買いへ売り払おうとしている両親も考え直してくれるかもしれない。
近所のお友達たちもわたしのことを邪険にせず遊びの輪に加えてくれるかもしれないし、わたしを見るたび苦い顔をする村の人たちも優しく頭を撫でてくれるかもしれない。

「小汚い娘。俺の血を分けてやろう。耐えられるか、果たして…」

そんなことを毎日考えていたからだろうか。
夜、明日が怖くて眠れなくて外を彷徨っていたら知らない男の人に出くわし、気付いたら鬼になっていた。
初めて食べたのはお父さんとお母さん。
そしたら急に力が湧いてきて、自分の中に今まで無かった血鬼術という異能が開花したのが本能で分かった。
後で知ったことだが、お母さんは稀血だったらしい。
次に食べたのは隣の家の男の子。まだ使い慣れていない血鬼術をなんとか駆使して、家に誘い込み、食べた。
そしたらまた力が強くなって、食べて、力が強くなって、食べて。
そんなことを繰り返すうちに血鬼術の影響範囲はどんどん広がっていった。
鬼になって1週間経つ頃には両親を含めわたしの身の回りでばかり行方不明事件が続くことを不気味がる人が現れ始めたけれど、一ヶ月経った今では村のみんながわたしのことを愛し、哀れみ、心配してくれている。

お願いしたら何でもしてくれた。自分の足で私の家まで食べられに来てくれることだって。
でも、わたしは本当は食べたくないんだよ。だって食べてしまったら、わたしを愛してくれる人がこの世界からひとり減ってしまう。そんなの、悲しい。
けれど…隣村、さらにもっと遠くの街にも術を広げれば、食べても食べても減らないくらいたくさんの人がわたしのことを愛してくれるんじゃないか。

その事実に思い至った頃だった。あの鬼狩りが私を討伐しに来たのは。



***



チュン太郎に急かされて訪れたそこはぱっと見何の変哲もない普通の村だった。
鬼の被害にあっている村や街特有の、恐怖の音がしない。
住人達は特に変わらない日常を送っているように見えるし、それどころか家の数からして街ほどは到底大きくない村に不釣り合いなほど活気に満ちていた。
でもなんか、

「確かに軋むかんじっていうか、変な音が微かにするような…」

その違和感に耳をおさえながら、ぼそりと呟く。
まあ、こんな入り口で突っ立っていても仕方がないし。とりあえずその辺の店で話を聞いてみるか、と俺はさっそく村の中に足を踏み入れた。
少し歩くと小さめの八百屋の店頭に人の良さそうなおばさんが立っているのが見えた。
小規模な店ながらもこの村で取れたものだろうか、瑞々しい野菜がたくさん並んでいる。

「あのーすいません」
「はいはいいらっしゃい。おや、旅の方かい?行商人以外がここにくるなんて珍しいねえ」
「はは…ちょっと教えてもらいたいことがあって」

なんだい?と笑いかけてくれるその人に悲壮感は全くない。けれどめちゃくちゃ気にしないと聞こえないくらい小さい軋む音が、村全体と同様この人もからする。ほんとに何なんだよこれ…。

「ええと。俺、色々なところを巡って困ってる人を手助けする旅をしてるんですけど。何か困ってることとかありませんか?」
「うーん特に思いつかないねえ。…あっでもそういうことなら、なまえちゃんのところに行ってあげてくれないかい」
「なまえちゃん?」
「まだ10歳の女の子なんだけどね、三ヶ月前に両親が突然行方不明になってさ。ひとりぼっちになって不安だろうに、それでも生きていかないといけないからって健気に頑張ってるんだよ。本人も病弱であまり外に出られないから、村のみんなで支えていこうって。色々援助はしてるんだけど、近しい人間には頼みにくいこともあるかもしれないから」

両親が突然行方不明に…。
きな臭い話だ。もしかしたら鬼の仕業かもしれない。ひええ…やっぱりいるのかよお、鬼…。

とりあえず、そのなまえちゃんという子のところへ行ってみようと思います、と言う。おばさんが目的地までの道のりを丁寧に教えてくれたので、お礼を行って八百屋を後にした。…んだけども。
じゃり、じゃり、と音を立てて進む俺の足取りが、その家に近づくにつれ少しずつ震え始める。
いやだってこれさ…さっきまで軋むような音でかき消されて聞こえなかったけど、鬼、の音じゃない…!?
それに謎の音が小さくなったから隠されていた鬼の音が聞こえてきたってわけじゃなく、一緒にどんどん大きくなっていってる。
足を進めていった先、まるで村中の不協和音を一箇所に束ねたようなそこは、嫌な予感的中、探していたなまえちゃんという子の家だった。
やだやだやだやだ入りたくない引き返したい!でも、もしそのなまえちゃんという子が今まさに鬼に襲われていたとしたら?見捨てるわけ!?…ああもうわかったよ、行けばいいんでしょ行けば!!
溢れそうになる涙を我慢しごくりと生唾を飲み込んで、震える手で戸を引いた。

「ご、ごめんくださーい…?」

念のため開けたまま玄関へ足を踏み入れる。中は薄暗く、静まり返っていた。
鬼が暴れている様子は今のところない。まだ昼間だから身を隠しているのだろうか。

「はい、どちらさまですか?」

奥から声がして、廊下の向こうに可愛らしい着物と髪飾りを身に着けた女の子が顔を出す。無事だった、とホッとしたのも束の間。

女の子から、響く、不協和音。

違う。無事だったんじゃない。
この子自身が、鬼だ。
ご両親は行方不明になったのではなく、この子が、食べた。

恐怖でガクガク震える俺を家の奥から不思議そうに眺めていた女の子──少女鬼が、やがて、あれ。と何かに気づいた。

「その刀……。あなた、わたしを殺しに来たひと?」

イヤアアアアアアアア!はい、ばれた!俺が鬼殺隊だってばれたアアアア!!!

少女鬼は可愛い女の子の姿形に似合わずとんでもなく重い音を発していた。多分絶対、めちゃくちゃ強い。
こわい!いやだ!俺帰るもんね!!今はまだ陽が照っているから、外に出れば追いかけて来られないはず…っ。
そう考えて慌てて振り返ると、急に外からドンと胸を押され、情けなく震え倒していた両足では踏ん張りきれず盛大にすっ転ぶ。
無情にも閉められゆく戸の隙間から、尻餅をついた状態の俺を濁った瞳で無表情に見下ろしていたのは、先ほどあんなにも親切にしてくれた八百屋のおばさんだった。
戸が閉まったことで、家の中が途端に真っ暗になる。
慌てて立ち上がり戸に手をかけるも、物凄い力で押さえつけられていてびくともしない。

「な、なんっ、なんでえええ!?くそ、開かないいいいいっ」
「この村の人たちね、わたしにすごく優しくしてくれるの」

ヒエエッ!?いつの間に移動したのか、少女鬼の声がすぐ後ろから聞こえる。
驚き過ぎて腰が抜けてしまった。へたりこんで見上げた少女鬼は年相応に可愛らしく笑っていて、それがとても不気味だった。

「みんなわたしのことを愛してくれているから、お願いしたら何でもしてくれるの。食べて食べてって自分から来てくれるのよ。でもわたしはあんまり食べないの。だってわたしを愛してくれる人が減るのは悲しいもの」
「へえええそうなんだね!!!優しいねエエエエ!!!!????」
「ありがとうっ。…だけどお兄さんは鬼狩りさんだから、今すぐ食べてあげるね。大丈夫、すぐにわたしのことが好きになって、食べてほしいなあって思うようになるよ」
「ィイヤアアアアアアアアやっぱりそうなるよねえええええええ!!!???」

じり、と地面に尻を付けたまま後ろへ後ずさってみても、すぐに戸が背に当たってそれ以上逃げられない。ああもうこれ死んだ。死んだよ俺!

ーー血鬼術・魅惑の抱擁

突然、嫌な音を孕んだ桃色の霧が彼女の体からぶわりと放たれた。あれを食らうとまずい、と本能が告げているが、狭い玄関では満足に回避行動も取れない。そもそも腰、抜けてるし。
そうして、思いっきり霧を吸い込んでしまって、まずい!と感じた瞬間にはもう、俺の意識は暗転してしまっていた…。


***


「…んあっっ!?」

唐突に響いた落雷のような轟音で目を覚ました。
ええと…?思いっきり血鬼術を喰らってしまって、その後どうなったんだっけ。
確かに玄関でへたり込んでたはずなのにいつのまにか廊下に立っていることを不思議に思いつつも振り返ると、俺の足元には何故か胴体と真っ二つに分たれた少女鬼の首が転がっていた。

「ヒイイヤアアアアア!?どどどういうことおおおおお!!!??」

まただ!またこれだよ!ほんとなんなの!?だれなの!?
喚く俺の視線の先で少女鬼の体が崩れていく。正真正銘、日輪刀で首が切られたということだ。俺の他にも同じ任務に当たってた人が忍びみたいに潜んでたってことかな!?
それなら最初から出てきて助けてくれよおおおお!!

「なんで私を好きにならないの…!?なんで、どうして…っ?」

はっ、と足元に目をやると、崩れゆく少女鬼の顔が絶望に染まっていた。
鬼特有のものに混じって、辛い、悲しい、なんで、と表情通りの音が聞こえてくる。

「どうしてあなたは、わたしのこと愛してくれなかったの…っ?」

ぼろぼろ、ぼろぼろ、と大粒の涙を流しながら吐き出すように呟いたのを最後に、その少女鬼は塵になって跡形もなく消えていった。
何のことを言っていたのかさっぱりわからなかったけど、あまりに辛く苦しげな音とその言葉はいつまでも俺の耳に残り続けた。


外に出ると、少女鬼が死んで突然術が解けた村の人たちはみんな混乱しているようだった。長さの差が多少あったとしても大体三ヶ月も血鬼術にかかったままの状態だったんだから当然だ。

術のせいで麻痺して表沙汰になっていなかっただけで、あの少女鬼の両親以外にも居なくなってしまった人たちが、それなりの数いたらしい。
唐突に突きつけられた大切な人がもう居ないという事実に、絶望し涙している人が大勢居た。

その後、正気に戻った八百屋のおばさんが戸惑いながらも教えてくれた。
あの家には、賭け事狂いの両親とその家族がひっそりと暮らしていたらしい。子供達は皆上から順に売られていき、残るは末の娘一人だけだったそうだ。
村の人たちは面倒ごとを嫌ってその一家から距離を置いていた。
ろくに食べ物も衣服も与えられず不潔で見窄らしい格好の末娘が道を彷徨っていても、みんなでずっと見て見ぬふりをしていたそうだ。
そろそろあの子も女衒に売り飛ばされるんじゃないの、と噂話をしながら。
珍しい話では、ない。

何にせよこの村で鬼殺隊の俺にできることはなくなった。誰が倒してくれたのか知らないけどこの村から鬼はいなくなったわけだから、後は辛くても時間をかけて、自分たちの力でゆっくり立ち直ってもらうしかない。


なまえという名のあの少女は、両親からも村中からも見捨てられて、どんな気持ちで生きていたんだろう。
俺も親に捨てられてろくな幼少期は過ごしていないけどさ、じいちゃんに拾われて、今では炭治郎達という仲間もできたから。

あんなに小さな体で、愛されたい、愛してくれと必死に願っていたのだろうか。
その強い思いが、あの術を彼女に宿らせたのかもしれない。もしそうだとしたら、なんて悲しい鬼だったんだろう。
最期に見た大粒の涙と悲しげな音が、今もまだ頭から離れてくれなかった。

「チュンチュン、チュン!」
「わっ、なんだよ、今終わったのにまた新しい任務!?やだやだ!少しくらい感傷に浸らせてくれてもいいだろお!?」
「チュンチュンチュンチュン!チュン!!」
「ああもうつつくな、わかった、わかったよう行くよお!!」

全く、情緒もへったくれもありゃしない。
チュン太郎に頭を突かれて駆け出しながら、最後にもう一度だけ後ろを振り返る。
軋む様な音は聞こえなくなっていて、不自然なほどに満ちていた活気も消え去った、正真正銘何の変哲もない村がそこにはあった。


01 だからわたしはあなたが嫌い

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