はちみつホリック | ナノ

なまえちゃん家の、すぐそばの公園。はらはらと桜の花びらが舞う中、彼女は大きな瓶を両手で抱えて立ち尽くしながら、ただひたすらに空を眺めていた。あれは、学校中の人たちの心の飴玉を詰めて部屋で保管していたという、瓶だ。
瓶のふたは、開いている。けれど自由気ままに舞い散る花びらがその小さな口から中に飛び込んでくれることはなく、瓶はいつまでたっても空のままだった。

「なまえちゃん…?なに、してるの…?」
「…なんだか急に、寂しくなって。この瓶をまたきれいなモノで満たせたら、少しはマシになるかと思ったの」

なまえちゃんは上を向いたまま、俺を見ずにそう答える。今日は天気がいいからお散歩デートなんていいかもな、と弾ませながら歩いてきた胸が、途端にぎゅうう、と苦しくなった。なまえちゃんの瞳は舞い散る桜を見ているようで、きっと実際は何にも映していないんだ。
俺に恋をしていると言ってくれたあの日からもうずいぶんと経つ。俺以外の『同窓会』メンバーとも時折遊んだりするし、学校でもぽつぽつと友達を増やしながら頑張ってるみたい。それでも彼女はたまにあんな顔をする。まるでその瓶みたいに心も体も全部が空っぽになってしまったような、生気のない顔を。
そりゃ、そうだよな。一朝一夕でどうにかなるわけないんだ。鬼にされてしまったあの頃と、今の人生。長い間ずっとずぅっと抱え続けてきた孤独感が、ほんのちょっと俺たちと一緒にいたからって全部すぐにどうにかなるなんてことは、絶対にないんだ。

俺はなまえちゃんにゆっくり歩み寄って、ポケットから取り出したはちみつ味の飴をひとつ、瓶の中へぽとんと落とした。ぱち、と瞬きをしたガラス玉みたいな瞳が、やっと俺を見上げる。

「ぜんいつ…?」
「俺が、いっぱいにするよ。この瓶の中、いっぱいにする。今日から一つずつ、いろんな飴をこの中に入れていくのなんてどう?そうすれば俺たちがこれから沢山一緒にいればいるほど、楽しかったり嬉しかったり、たまには喧嘩しちゃうこともあるかもしれないけどさ、そんな思い出と一緒にこの中がどんどん賑やかになっていくの。いいアイデア、じゃない…?」

俺から瓶へ視線を移したなまえちゃんの、その今にもかき消えてしまいそうだった輪郭がやっと鮮明な像を結んだような気がした。瓶の中のはちみつのど飴の小袋をきょとりと見て、なまえちゃんが呟く。

「…いっぱい、入りそうだね」
「そうだねえ。ちょっとずつ溜まっていくのを見るのもきっと楽しいよ」
「賞味期限はだいじょうぶかな」
「え゛…っ!?」
「飴って腐る…?」
「ど、どうかな、気になるんならどんどん食べていってくれてもいいよ!?その分だけまた入れてあげるから、俺が絶対空にはしませんし!?心の飴玉と違ってさ、これならいつでも食べ放題デスヨ!?」

オタオタと慌てながらまたポケットから予備の飴玉をふたつ掴み出してみせれば、「ううん。ぜんいつのアイデアに賛成だから、今日はこれだけでいい」と、なまえちゃんはその腕の中の瓶を優しく抱きしめる。

「こんなの、もったいなくって今度もやっぱり食べられないよ…」

そう言って笑ったなまえちゃんの瞳に光るまあるい雫は、惜しみなく降り続ける桜の花びらの中で、キラキラと綺麗に輝いていた。


ex 春

prev / next

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -