デート。初めてのデートだ。
デートといえばプランもさることながら、その服装も重要なわけで。学生の俺たちがお互いの私服を見るのは、何てったって今日が初めてなわけだから。
生成りのオックスフォードシャツに茶色のカーディガンを羽織ってリュックを緩めに背負い、パンツは黒スキニー、同じく黒のシンプルなスニーカー。わりと大人しめに纏めたつもりではある。
どうしても落ち着かなくて、待ち合わせ場所には10時前に着いていた。駅前広場とトイレを何度も往復して自分のコーディネイトにおかしなところがないか入念に確認しつつ、なまえちゃんはどんな服装で来るのか妄想を膨らます。
そんなことを何度繰り返しただろうか。10時50分。そろそろなまえちゃんがいつ来てもおかしくない頃合いだ。
最後のチェックを済ませてワクワクと広場に戻ると、…そこには何故か、こんなところにいる筈のない奴らが、いた。
「…あれ?善逸?」
「な、なんでお前らこんなとこにいんの!?」
炭治郎、伊之助。そしてしのぶさん。
向こうも…いや、伊之助はどうでもよさそうにしてるから炭治郎としのぶさんも、驚いてるみたいだけど、俺のそれには到底及ばない。
「どうしてって、善逸は忘れてると思うが今日は『同窓会』だぞ」
「あッ…!!」
「今回は宇髄先生が、もうすぐここまで拾いに来てくれるんだ」
し、しまった。そうだ、今日『同窓会』じゃん…!
最近はなまえちゃんのことで頭がいっぱいで、記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていた。
真っ青になって慌てる俺をじっと観察していたしのぶさんが突然、ニコ、と天使の笑みを浮かべた。
「善逸君、その格好…。もしかして、デートですか〜?」
「えっ!?いや、あの、えっと」
前言撤回。今は悪魔に見える。
デートの待ち合わせ現場を知人に見られてしまうのはこの際どうでもいい。問題は、それが『この人たち』、つまり鬼殺隊時代の記憶を持った人たちだということ。
特に今でも、炭治郎は鼻が利くし、伊之助は感覚が鋭い。俺がそうだったように、なまえちゃんが鬼の力を持っているということにもきっと気付いてしまう。
「おう、待たせたな!…あれ、善逸?『同窓会』思い出したのか?」
さらに最悪なことに宇髄先生まで合流してしまった。まずいまずいまずい。
この人たちとなまえちゃんを遭遇させるわけにはいかない。
「とにかくみんなあっちに、っていうかとっとと出発し…っ」
四人の体を目一杯広げた腕でぐいぐい押して無理矢理この場を離れさせようとしたその時だった。
「…ぜんいつ?」
後ろから、不思議そうに俺を呼ぶ声。振り返るとまだ少し離れたところに、その声通りキョトンとした顔のなまえちゃんがいた。
出会って、しまった。炭治郎がスンと匂いをかいだのがわかった。伊之助も何かに気付いたのかピクリと眉を動かす。
「この匂い……鬼…!?」
「「!?」」
炭治郎の呟きでしのぶさんと宇髄先生の態度も一変した。
一触即発の雰囲気が流れる。
最初はポカンとしていたなまえちゃんも、臨戦態勢をとる四人を前にしてだんだんと表情が消えていく。
「…そういう、こと」
「ちがっ、違うんだよなまえちゃん!」
なまえちゃんはきっと騙されたと思っている。
元々鬼の力を捨てさせようと近付いてきた男から指定された時間と場所に足を運んだら、自分を鬼と呼び敵意を向けてくる人間が他に4人も待ち構えていた。彼女視点ではこうなるわけだから、誤解するなという方が難しいだろう。俺の言葉にも耳を貸すことなく、スッと目を細めた。
「そこまでしてわたしを、鬼をどうにかしたいなら、わかった…!わたしもご期待通りの立ち回りをしてあげる!!」
なまえちゃんはそう言いながら、肩にかけていたバッグに片手を突っ込む。取り出されたのはあの小瓶。飴玉を、食べようとしている。鬼の力を強める効果もあるのか?この距離じゃ止めに走っても間に合わない。だから叫んだ。
「食べちゃダメだ!!なまえちゃん!!」
「っ!」
小瓶の蓋を開けようとしたなまえちゃんの手が俺の声に反応してビクリと止まる。
そのまま苦しげに顔を歪ませてしばらく逡巡しているみたいだったけど、宇髄先生と伊之助がじり、と一歩足を踏み出したのに気付いて、結局飴玉を食べることなく逆方向へと駆け出した。
俺は咄嗟に、逃げていくその背中を追おうとする4人からなまえちゃんを守るように、両腕を広げて立ち塞がった。
「待ってくれ!!」
4人の足が止まり、どういうことか説明しろという視線が突き刺さる。
「…今の彼女は正真正銘、人間だよ。人を食うことはない。でも鬼の力が使えて…その術で自分の学校の人たちを支配下においてる。たまたま出会って音で気づいてからは、ずっと見張って、どうにか力を捨てさせられないかって、一緒にいたんだ」
炭治郎が「それで最近忙しそうにしていたのか…」と呟いた。腕を下ろして頭を下げる。
「黙ってて、ごめん。みんなを巻き込みたくなかったんだ…。でも多分もうちょっとなんだ。あとちょっとで、分かり合えると思うんだよ。だから、…ここは、俺に任せてくれないか」
4人は黙って悩んでいるみたいだった。とりあえず追いかけることはやめてくれたみたいで、今にも駆け出しそうだった姿勢は崩してくれた。
一番最初に口を開いたのは、真っ直ぐ俺を見据えたしのぶさんだった。
「…善逸君にあげられる時間はそう多くはありません。『同窓会』でこの件を共有し、対応を検討します。構いませんか?」
「はい…」
「…野放しにしていいのかよ?鬼だぞ」
伊之助が反論すると、宇髄先生がそのフード越しに頭をガシガシ掻きながらため息をついた。
「何をするつもりだったのかは知らねェが、嬢ちゃんは善逸のいうことをしっかり聞いて行動を止め、逃げてった。もうすぐだってこいつの感触も、あながち間違いではないんだろうよ」
「それに今の私たちには戦う術がありません。具体的に取れる策がない以上、少しでも取り入ることができている善逸君に任せるのが今は最善かと」
「そう、ですね…」
炭治郎も納得してくれて、とりあえずこの場は収まった。それなら俺は急いでなまえちゃんを追いかけないといけない。今の状態で彼女を一人にするわけにはいかないから。
「俺はこのままなまえちゃんのところに行こうと思います」
それだけ言って、駆け出す。4人からは俺のことを心配してくれているような、思ってもみなかった事態に困惑しているような、複雑な音がしていた。
街に出てしまっていたらどうしようかと思ったけど、まずは、と思って足を向けた自宅からしっかりと彼女の音がしてホッとした。
けれど、話がしたいとLIMEを送っても、チャイムを鳴らしても、既読にすらならず反応もない。
結局その日は、誤解だと説明するLIMEを送る以外は、静まり返るその家をただただ見上げ続けることしかできなかった。
『3日だけ。火曜がリミットです』そうしのぶさんからのLIMEが届いたのは、その日の夜のことだった。
09 嫌いなままでいればよかった
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