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拍手お礼SS(キメ学VD編ネタ)の続きです

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まずは、一ヶ月ほど前の話をしよう。今から一ヶ月前といえば、そう、ホワイトデーだ。

「ん。」
「…なにこれ?」
「お返し。チョコ、俺が食べちゃったからさ」

朝一番、まだ生徒のまばらな一年筍組の教室へやってきた善逸がまるで食卓のお醤油を手渡すみたいにさらっと、私の机に置いた可愛らしい包み。クリーム色の不織布袋の口を黄色いリボンできゅっと結ばれたそれは、なんとホワイトデーのお返しだと言う。

「え、わざわざ?あ、ありがとう…」
「どういたしまして。まあね、なまえが作ったもんにしては、なかなか美味しかったし」

そもそも渡さず捨てようとしていたくらいだから、こんな風にお返しまでもらえるなんて微塵も思ってなかった。じーんとしながらそっとリボンを解くと手のひらサイズの四角い小瓶が入っていて、中には色とりどりの砂糖菓子がたっぷり詰まっている。

「金平糖…」
「なによ。もっと高いもんが良かったとか言うなよ」
「いやそんなことは言わないけど…」

てっきりコンビニかなにかで適当に見繕ったものが入っていると思って開けたから、なかなかセンスのいいそれに思考が停止してしまった。こんな見栄えのいいもの、多分ちゃんとホワイトデーにぴったりなものを買おうと思って然るべき場所で探さないと、見つからないと思う。
それにこいつは、金平糖をこういう時の贈り物にする意味を知らないのかな。花言葉とかそういう女の子受けしそうな情報はしっかり仕入れてそうなのに、わからないままこれを選んだとでも言うのだろうか。売り場ですぐ目につきそうなクッキーとかチョコとか、そういうのを全部避けて、わざわざ?

「なんで金平糖なの」
「え、なんとなくだけど…。なまえへのお返しは金平糖だなってなんとなく思ったから、いいかんじのやつ探しに行って、それで…」
「………」
「な、なんだよ」

善逸の、今日も相変わらず呑気な顔をじっと見つめていたら、なんだかだんだん腹が立ってきた。あざとい。あざとすぎないか、この男。
私の本命チョコが誰か他の人に食べられるのは嫌だと宣いながらむしゃむしゃ食べた上に、お返しは『永遠の愛』を意味する金平糖ときた。捨てかけた恋心を踏みとどまらせたくせにその言動は全部無自覚で、あれからもずっと「俺は禰󠄀豆子ちゃん一筋だよお!」なんて、そうですか。ああ、そうですか。

「…善逸」
「だからなにっ」
「変なこと聞くけどさ。私のあのチョコを渡すはずだった相手、気になったりしないの」

ポカン、と口を開けて。もうどうとでもなれと思ってぶつけた私の問いに、アホ面になった善逸が固まる。そのまま待つこと、たっぷり五秒。その遅すぎるCPUがやっと答えを弾き出したらしい。

「………気に、なる…!」
「…!」

ガガーン!!と効果音が鳴りそうな愕然とした顔で善逸が叫んだ。「うわなにこれとんでもなく気になるんですけど…!?今の今までそんなことなかったのに!?しかもなんか微妙にイライラするし!なんなのこれどういうこと!?こわいこわいこわい!」と、焦った様子でぐしゃぐしゃと髪をかき乱し始めたのを前に、私の心の中が少しずつ淡い期待で満ちていく。ちなみにクラスメイトたちは、またあの先輩騒いでんな〜くらいの感覚で、こっちのことは見流してくれているからありがたいものである。

「いやそれよりもだよ!そんな言い方するってことは、教えてくれるってことでいいんだよなあ!?一体誰にあげるつもりだったんだよ…!?」
「善逸」
「なに!勿体ぶってないで早く教えなさいって言ってんでしょうが、」
「いやだから、善逸。あれはもともと、善逸にあげるつもりのチョコだったの」
「…………。エッ?」

善逸は頭に手をやったままの姿勢で、今度は目が点になってしまった。その顔があまりにも可笑しくて噴き出しそうになったけど、我慢我慢。だってこれ、きっとすごく大切な局面だから。

「お、おれに?」
「そう」
「義理?」
「そう見えた?」
「見えな、かった……」

汗がだらだら流れ出して、手も顔も、全身ペンキをかぶったみたいに真っ赤になっていく。「エッ?アレッ?エッ??」と壊れかけのおもちゃみたいな、長い間友達で居続けた善逸が初めて見せてくれたそんな反応に、私の素直な気持ちは笑顔と一緒に自然と溢れ出ていた。

「好きだよ、善逸。私の本命は、バレンタインよりもずっとずっと前から善逸なの」

情報量がその処理能力をオーバーし白目を剥いてついに完全故障したらしい善逸は、それから登校してきた炭治郎や伊之助が声をかけてもちっとも反応を返さず、ピクリとも動かなくなってしまった。
朝のHRが始まり、自分のクラスに戻りなさい…と悲鳴嶼先生に首根っこを掴まれ運ばれていくその後ろ姿に、私はついニマニマと漏れてしまう怪しい笑みを隠しきれなくて。両手で顔を覆ってぶるぶる震えていたら、隣の席の炭治郎が怪訝そうに首を捻っていた。


それが、約一ヶ月前のお話。そして時間は今に戻り、校門で服装チェックに励む善逸の前にぴょこりと飛び出して、爽やかに笑いかけてみせる私がいた。

「おはよー善逸。今日もかっこいいね。大好きだよ〜」
「おまっ、おい、やめろほんとそれ、朝から心臓に悪すぎるから本当に!!」

本心半分からかい半分の朝の挨拶をすれば、善逸は途端に赤くなって手にしていたバインダーでその顔を隠す。捨てるくらいなら、まっすぐぶつけちゃえばいいじゃん。そう開き直った私のオープンな愛情表現でタジタジになる善逸は、一ヶ月見続けても全然飽きない。
くふふ、と笑ってバインダーの奥を覗けば、「もおぉぉ!早く教室行けってば!あとで覚えてろよ!!」と涙目になって叫ぶものだから、次はどんな風に照れさせてやろうかと、怒ってみたって全くの逆効果になってることにこいつは気付いていないのだ。

はいはい、とここは素直に校舎へ足を進めながら、思う。あーあ。善逸の、その無意識の行動に隠された本当の気持ち。早くぜーんぶ、自覚してくれないかなあ。


想いは無自覚の向こう側


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