分岐/short | ナノ

幸い二人ともかすり傷程度で済んだ合同任務の帰り道、俺は隣を歩くなまえちゃんをチラチラと意識しながら、街行く女の子たちにデレデレするーーふりを必死でしていた。

「い、今すれ違った子、見た!?すっごくかわいい子だった!」
「うん、見たよ。かわいかったね」
「だよねえ!?あっ、あの子も、いや、あっちの子も…!?なんなのこの街、かわいい子しかいないんですけど…!?」
「我妻君が今日も絶好調そうで何よりだよ」

なまえちゃんはキョロキョロしまくる俺を見て可笑しそうにクスクス笑う。求めている反応と全く違うものが返ってきて内心落胆しながらも最後の望みをかけて耳を澄ましてみたけど、やっぱりというか、表情通りの音しか聞こえてこなくて。
なんで俺がこんな訳のわからんことをしているのかといえば、ことの発端は、どんなに愛を伝えてもなまえちゃんが本気にしてくれないんだけど!と、俺が蝶屋敷で泣き喚いたあの日に遡る。にこにこと笑いながらも、幻聴かな、どこか面倒くさそうな音を鳴らしている気がするしのぶさんが言ったんだ。「押してだめなら引いてみろ作戦!なんてのはいかがでしょうか!」…と。
それは『好き好き言うのをやめて目の前で他の女の子と仲良くして見せる。そして「こんなにやきもち焼いちゃうなんて…私、我妻君に恋してる!?」とならせる。』…なんていう、これまで常に等身大そのままでぶつかってきた俺にとってはとても高度な作戦だった。
いや無理でしょ俺の方が先に心労でまいっちゃうよ…とは思ったものの、自分なりのやり方でこれまで全くうまくいっていないのも事実だった。試しに女性であるしのぶさんの意見を取り入れてみるのも悪くないんじゃないだろうか…と考えて、今に至る。でもやっぱりうまくいかない。全然うまくいかないです、しのぶさん。
それでも俺はめげるわけにはいかない。だって絶対なまえちゃんと両想いになって、ゆくゆくは家族になりたいから!どこまで俺の心が保つかわからないけど、しのぶさんを信じてやれるところまでやってみたい。

「あっそういえば、この間行った甘味処の給仕さんもすごく可愛らしくてさぁ」
「あの、炭治郎たちと行ったって言ってたところ?」
「そうそう!だからなまえちゃんも今度一緒に行こうよ!」
「うーん、私は可愛い女の子には興味ないんだけどなあ」
「もちろん甘味もめちゃくちゃ美味しかったから!なまえちゃんあんみつ好きでしょ?ね!?」

作戦に織り交ぜた自然なお出かけの誘いも、考えとくねと苦笑混じりにあしらわれてしまった。今日もかわいいすごく眩しいよって伝えてもありがとうとだけ言って流されてしまう、いつもの感じ。一体どうすればこの子は俺のこと意識してくれるんだよお。そもそも出会い方が悪かったのか?炭治郎と同門だというなまえちゃんは、俺と出会ったのも炭治郎と同じ時だった。つまり他の女の子に結婚してくれと縋り付いていた時。あんな情けない姿を最初に見せたから、なまえちゃんは俺のことを好きになってくれないのだろうか。
そうやって俺が記憶を遡っていると、なまえちゃんの鎹鴉がどこからかバタバタと飛んできてその肩に降り立った。

「我妻善逸、みょうじなまえ!続ケテ合同任務デス!北西デ鬼ノ痕跡アリ。調査へ向カッテクダサイ!」

…たった今前の任務から帰っているところだっていうのに、これだよ。なまえちゃんと目が合い、お互い思わず苦笑が漏れる。鎹鴉に文句を言っても仕方ないし、任務は嫌だけどまたなまえちゃんと一緒ならまあちょっとは頑張れる気がする。北西だって。じゃあ行こっか。と短く会話を交わしてから、二人揃ってくるりと方向転換した。

それから俺たちは、他にもっと近くにいた隊士はいなかったのかよ、と愚痴を漏らしてしまいそうになるくらいの距離を歩いた。なまえちゃんは特に不満げにはしていないので、かっこ悪いから俺も口に出すことはしなかったけど。
街を出たのはまだ昼餉の時間だったのに、今はもうとっぷりと日が暮れてしまっている。

「この村、かな」
「だね。まずは一通り見回ってみて、」

既に夜になってしまっているからには、とりあえず休息を、というわけにはいかない。これからの手順を二人で確認していると、ちょうどその時、俺の耳が遠く微かに聞こえる不穏な音をとらえた。

「キャアアー!!誰か、誰か助けて!!」
「!!」
「あ、我妻君…!?」

突然駆け出した俺を、なまえちゃんが戸惑いながらも追いかけてきてくれる。ごめんね、でも多分、説明してる余裕がない。
聞こえてくる悲鳴と鬼の呻き声を頼りに駆けていくと、家々が立ち並ぶ一角を越えた先の畦道で、今まさに爪で引き裂かれそうになっている女の子を発見した。
足の筋肉に力を込めて、一気に距離を詰める。間一髪のところで女の子を抱え上げ、地面を蹴って鬼の攻撃をかわした。それから一瞬後に、ザンッ!と何かの断ち切られる音。女の子を抱えたまま地面に降り立ち慌てて振り返る。渾身の一撃が空ぶって戸惑っていた鬼の頸を、追いついたなまえちゃんが斬ってくれた音だと、目に入った光景ですぐにわかった。

「…まだ鬼になりたて、だったのかな?」
「多分そうだね。動きが随分緩慢としてたし」

ア、ア、と言葉にならない声を吐きながら崩れていく鬼を見届けつつ、なまえちゃんが刀を鞘にしまう。ああ、戦うなまえちゃんはいつもの可愛さに凛々しさも加わってこれまた素敵なんだよねえ。思わず見惚れてしまったけど、そういえば助けた子を抱えたままだったと気付いて、大丈夫だった?と慌てて声をかける。女の子は、何故だろう、ぼおっとした顔で俺を見上げていた。

「かっこいい…」
「へっ?」

突然飛び出したその言葉がついさっき鬼に襲われていた女の子の口から出てくるにはあまりにそぐわなさすぎて、素っ頓狂な声をあげてしまった。女の子はよく見ると暗闇でもわかるほど頬を赤く染め上げていて、うるうるとした瞳で俺を見返してくる。そういう態度を取られることに慣れてなさすぎる俺までなんだか照れてきて、頬に熱がこもるのを感じた。

「え、ええと、とりあえずその、歩けるかな…?もう鬼はいなくなったけど、念のため家まで、送っていきます、よ…?」
「だめです…っ。足に力が入らなくて、うまく立てそうにありません。このまま行っていただくことは、できませんか…?」

立てないのは多分本当なんだろう。音もそう言っている。そりゃそうだよね、ついさっきまで鬼に襲われて、怖い思いをたくさんしたんだから。
年頃の女の子を抱え続けるのはどうしても緊張してしまうけど、歩けないというなら仕方がない。なまえちゃんを見るとこくんと頷き返してくれたので、そのまま女の子の家を目指すことになった。

「我妻様は鬼を狩ることを生業とされているのですね。尊敬致します…!」
「いや俺は、そんな大層なもんでもないというか、隊の中でも全然弱い方で…」
「いいえ、いいえ!私のことを見事助けてくださったではありませんか!とても、格好良かったです」
「そ、そうかなあ…?うぇへへへへ…」

道すがら、女の子はうっとりとした顔で俺にどんどん話しかけてきた。名前から普段何をしているのかまで速攻で聞き出し、これでもかと褒め称えてくる。
今回実際に鬼の頸を切ってくれたのはなまえちゃんなのに、女の子は俺のことしか見えていないみたいに、彼女の存在はまるっきり無視だ。それでもなまえちゃんは特に気にする様子もなく、俺たちの数歩後ろを淡々とついてくる。
いくらなまえちゃん一筋といえど、ちやほやしてもらえるのは正直悪い気はしない。それにこれは、作戦的にはなかなか都合のいい展開だった。この子が俺にこんな顔を向けているのは恐ろしい鬼から助けたのがたまたま俺だったからでしかないだろうけども、こうやって他の子と仲睦まじくする姿を見せれば、もしかしたらなまえちゃんも何か思うところが出てくるかもしれない。そう都合よく考えて、ついデレデレと緩んでしまう頬をそのままに、女の子の家へと歩き続けた。

密集した家の一つの前で腕の中の女の子が、ここです、と言う。歩いているうちにその震えも完全におさまっていたのでそろっと地面におろすと、女の子は少し残念そうにしながら俺の羽織をきゅっと握った。

「もう、行かれるのですか?もしよろしければお礼代わりに、お夕食でも…」
「じゃあ私は次の任務があるから、先に行くね。お嬢さん、夜道にはくれぐれもお気をつけて」
「あっ!俺も行くよ、ちょっと待ってなまえちゃん!…ご、ごめんね、お気持ちだけありがとう。ゆっくり静養してね!」

いつの間に要請を受けていたのだろうか、なまえちゃんが女の子ににこりと微笑みかけてからさっと身を翻して歩き出してしまった。俺も慌ててその後を追いながら、女の子に別れを告げる。申し出はありがたかったが、今はなまえちゃんと一緒に行かないといけない、そんな気がしたから。

「せっかくのお誘いだったのに、よかったの?」
「うん!こんな真っ暗なのになまえちゃんを一人にするわけにはいかないでしょ。もう次の任務なんて大変だねえ?どっちに行くの?」
「んーと、…あっち、かな…?」
「了解!俺は何もないし、途中までついてっちゃおうかな」

並んで歩きながら、なまえちゃんはまたいつもの苦笑をこぼす。もう同じ任務を受けてるわけでもない俺がまだついてくるなんて気持ち悪いなとでも思われてしまったんだろうか。場の空気を変えたくて慌てて話題を探した。

「さ、さっきの子大丈夫かなあ。普通に歩いてただけなのに突然鬼に襲われたら、そりゃ怖いよね。間に合ってよかったよほんとに。すっごくかわいい子だったのに、今回のことで外が怖くて出れなくなっちゃったりしたら可哀そうだなあ…」

話題選びは完璧だったはずだ。つい先程まで相対していた、二人共通の体験について。大体一番会話が弾むやつ。なのに突然、なぜだろう、なまえちゃんから何かが割れるようなピシリ、という音がした。

「そんなに気になるなら、やっぱり私と一緒に来る必要なかったんだよ。あの子も我妻君と二人きりになりたそうだったし、我妻君も本当は私なんかよりあの子と、──」

そこまで一気に吐き出すように言ったなまえちゃんが、ハッと片手で口をおさえる。俺は思わず目を見張った。なまえちゃんは自分を落ち着かせるように小さく一度深呼吸をしてからあの苦笑を浮かべて、俺を見上げる。

「…ごめん。今の、感じ悪かったね。なしなし。忘れてください」

そんなこと言われても、できるはずがなかった。だって聞き間違いじゃなければ、この音は、今なまえちゃんから響くこの音はーー。

「嫉妬、してくれたの…?」

何かが割れた奥から溢れ出すように、ぐるぐると渦巻く重い音が響いてくる。自分に向けられたことが一度もなくたって、聞いたことはあるからこれが何かなんて俺でも知ってるよ。確かめるように聞くと、なまえちゃんは苦笑いをもっと深めた。

「…してくれた、はひどいんじゃない?」
「ご、ごめん。でも嫉妬してくれるってことは、その…、勘違いだったらごめんね、なまえちゃんはもしかして、俺のこと…?」

緊張で喉がカラカラだ。胸がドクンドクンと高鳴って苦しいけど、やっと掴めたこの好機を逃すわけにはいかない。なまえちゃんがいつも浮かべていたその苦笑の意味に、俺はもしかしたら気付きかけているのかもしれないから。
核心へ急激に近付いた俺に、なまえちゃんは足を止めて降参ですとでも言うようにため息をついた。そして切なげに眉を顰めて俺を見上げる。

「ずっとずっと我慢してたのに。恋人でもないのに勝手に嫉妬して、嫌な態度とっちゃったりしないように。我妻君は音で気持ちがわかっちゃうから、我妻君の前では嫌なこと、一生懸命考えないようにして…」

でも、我妻君があの子と両想いになっちゃうのかと思ったら…止められらなかった。
そう言いながら、なまえちゃんは隊服の胸のところをぎゅっと握りしめて苦しそうに笑った。

「我妻君にとっては私なんていっぱいいる女の子のうちのひとりでしかないってちゃんとわかってるから、今のは忘れて。これからも今まで通り仲良くしてもらえたら嬉しい」

だからこの話はこれでおしまい!と歩き出してしまったなまえちゃんの背中に、俺は慌てて追い縋った。勝手におしまいにされたら困る。だってこれ、俺となまえちゃんはずっと両想いだったのに、お互い空回りし続けてただけってことでしょ!?元はと言えば全部俺のせいな気がするけども!

「お、俺も!なまえちゃんのことが好きだよ!だからそんなこと言わないでえ!」
「気遣ってもらわなくて大丈夫だよ。まして、ついさっきまで他の子といちゃいちゃしてたのに、そんな嘘つかれても悲しいだけっていうか、」
「違うんだよお!さっきのも、最近他の女の子の話ばっかりしてたのも、全部全部なまえちゃんにやきもち焼いてほしかったからなんだよう!!俺はそれくらいなまえちゃんのことが好きなの!信じておくれよぉ!!」

なまえちゃんの歩みがまたぴたりと止まる。でもそれはさっきの力ないものとは全然違っていたし、期待と不安の入り混じった心地いい音も一緒に聞こえてきた。多分、もう一押しだ。押せ!押すんだ、我妻善逸!

「ど、どうやったら、俺の気持ち信じてもらえる!?」
「…私以外の女の子にデレデレしなくなったら」
「そんな簡単なことでいいの!?わかった!任せて!」
「でも我妻君、可愛い女の子がいたらいつも鼻膨らんでるし、鼻の下も伸びてるよ。本能むき出しってかんじだもん。狙ってないでしょこれは」
「うっ…。こ、今後はそうならないよう誠心誠意努力します…」

言い淀みながらも宣言した俺の方をやっとなまえちゃんが見てくれた。口元に手をやって、ではお手並み拝見といきましょうか、と可笑しそうに笑っている。
なまえちゃんからはまだ好きと言ってもらえてないけど、もう俺的にはこの可愛い笑顔と幸せそうな音だけで十分だった。それに俺がこの決意を貫き通せたら、きっとまた今みたいな可愛らしい顔で、好きだと言ってくれるはずだ。
ふわふわと幸せな気持ちでお互い笑って見つめ合う。すると、先程歩いてきた方からタッタッタッと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。見れば、その音を発しているのは先程助けた女の子だった。

「我妻様っ!やはり、やはり私は貴方様のことが…!」

走りながらそう何かを言いかけた女の子が、俺となまえちゃんが並び立つ様子を見て急に立ち止まる。それから俺となまえちゃんを交互に見ながら少し間を置いて、ワナワナと全身を震わせ始めた。

「…なるほど、そういうことだったんですね。貴方達は恋仲だというのにそれを黙秘して、私の純情を弄んだと!この軟派者が!!」
「ぶへぅ!!!!」

バッチーーーン!!!と凄まじい音がした。突然顔面に走った衝撃の、そのあまりの勢いにひっくり返る。「我妻君!?」と頭上からなまえちゃんの焦る声がした。女の子は俺の頬に思いっきり平手打ちをかましてとりあえずは気が済んだのか、二度とこちらを振り返らずにズンズンと足音を鳴らして家の方向へ帰っていった。残ったのは、俺の頬にくっきりと色づいた紅葉模様の手形が一つ。

「うう…、早く任務に行かないといけないのに、ごめんねなまえちゃん…」
「ああー。いいの、ごめん、任務って嘘だから。ただあそこにいたくなくて嘘ついちゃったの。だから、ちょっと痛みがひいたら藤の家紋のお家探して休みに行こ」

自分の恋を叶えるために、周囲を利用するのは良くない。なまえちゃんが慌てて近くの川で濡らしてきてくれた手ぬぐいのひんやりした感触を気持ちよく思いながら、今回のことで俺はそう強く肝に銘じたのだった。


葉模様と引き換えに


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