分岐/short | ナノ

「なまえちゃんは俺の恋人なんですからね!間違っても好きにならないでくださいよ!」

優しい手つきで包帯を巻くなまえちゃんの後ろにぴったりと貼り付いて、世話されている先輩隊士を威嚇する。というかお前、手は無事なんじゃん。脚に包帯巻くくらい自分でしろよなまえちゃんの手を煩わせんじゃないよ。
先輩隊士の顔は引き攣っていた。「いかがですか?きつくないですか?」と結び終えた包帯の力加減を確認したなまえちゃんに、「も、問題ないよ。あとは安静にしてるから、君は他の奴らのところに行ってやってくれ…」と苦笑いで返す。
なまえちゃんを素早く解放してあげようとするその姿勢だけは評価してやるよ。「何かあればすぐに呼んでくださいね」と優しく微笑んで寝台を離れたなまえちゃんの後ろに着いていきながら、顔だけで振り返ってケッと笑いかけてやった。

下弦相当の鬼と大規模な戦闘があったらしい。討伐には成功したみたいなんだけど、その結果、大小様々な怪我をした大勢の隊士たちがここ蝶屋敷に運び込まれていた。アオイちゃんも、なほちゃんきよちゃんすみちゃんも、そして彼女たちと同じく看護のお手伝いをしているなまえちゃんも、みんな総出で治療にあたっている最中というわけだ。

別の鬼との戦いで受けた怪我の療養中だった俺は、その場にたまたま居合わせただけなんだけど。天使のように可愛らしくて優しいなまえちゃんに勘違いした男どもがのぼせあがらないよう、こうして監視、かつ威嚇してまわってる、ってわけ。

「なまえちゃんが貴方に優しくするのはねえ…貴方が今怪我人だからってだけなんですよお…勘違いすんなよお…」
「あっ!?今この子素敵だな可憐だなって思ったでしょ!?俺にはそういうの全部わかるんですからね!その想いは永遠に不毛なので今すぐ枯らしてくださいねえ!?」

そうやってなまえちゃんの背後にくっつき続けて、牽制した隊士が5人目になった頃。ずっと俺の行動には何も言わず治療に専念していたなまえちゃんから、ぶつん、と何かが切れるような恐ろしい音がした。「どしたの…?」とこわごわその顔を覗き込もうとした瞬間、ぐるんと振り向いたなまえちゃんはその可愛らしい顔に珍しく怒りの感情を浮かべて俺を見上げた。

「もう!善逸さん、いい加減にしてください!皆さんお疲れなんですよ!?それに、落ち着いて治療に専念できません!!」
「お、怒らないでおくれよお…!俺はただなまえちゃんが醜い男どもの餌食にならないか心配で…!」
「先輩隊士の皆さんに、その言い草は失礼すぎると思います!」

「それに、善逸さんだって仮にも怪我人なんですから、自分の寝台に戻って今すぐ安静にしてください!」。そう言って病室の出口をびしりと指さしたなまえちゃんは、最後にまた俺をむん!と睨みつけてからすぐに看護へ戻ってしまった。そしたらもう、何回声をかけても、名前を呼んでも、全然反応してくれないし、俺に怒ってる音も響きっぱなしで。
しばらく機嫌を取ろうといくら頑張っても全部徒労に終わってしまって、やがてぽっきりと心が折れた俺はとぼとぼとその部屋を後にした。背後で「…なあ、流石にかわいそうじゃないか?」と俺を気遣う隊士の言葉にも「いいんです。あれくらい言っても、どうせ明日には同じことしてますから」と返しているのが聞こえて、胸の痛みで今すぐ死んでしまえるよお…とすら思った。


++


「──…いつさん、善逸さん。聞こえますか?」

どこからかなまえちゃんの声が聞こえた気がしてふと目を開けると、辺りは既に真っ暗で、一瞬何が何やら訳がわからなくなってしまった。ちょっとだけぼーっとして、ああそうだ、なまえちゃんがあんまりにも酷いことを言うから悲しすぎてふて寝してたんだっけ、と思い出す。思った以上にぐっすり眠ってしまっていたようで、そのうちに日が暮れてしまったみたいだ。
今何時かな、もしかして夕飯食べ損ねちゃった?と考えながら身を起こして頭をポリポリ書いていると、どうやらやっぱり気のせいじゃなかったみたいで、またなまえちゃんの声がする。

「善逸さん、もし起きていたら、私のお部屋に来てくれませんか」

きょろ、と病室を見渡してもなまえちゃんの姿は見当たらない。なのにどこからか微かに聞こえてくる、俺を呼ぶ声。俺の良すぎる耳だからこそ聞こえるんだろうそれに導かれて、他の怪我人たちがぐっすり眠る寝台を横目に病室を出た。

胸がどくどくと音を立てる。だってなんかいいじゃん。俺たちにしかできない特別なやり取りってかんじで。昼間の一幕に思うところがないわけではなかったけど、結局俺はなまえちゃんに呼ばれて無視することなんてできないんだよね。

ぺたぺた足音を鳴らしながら廊下を進んで、なまえちゃんの部屋の前で立ち止まった。こんこんと控えめにノックをすると「善逸さんですか?」と聞かれたから、「そうだよ」と答える。ゆっくり開いた扉から顔を出したなまえちゃんは「どうぞ」とだけ言ってまた中へと引っ込んでしまった。
…え、いいの、これ。入っちゃっていいの。しのぶさんに怒られない?アオイちゃん達に軽蔑されない?部屋の主がどうぞって言ってるんだから、いいのか…?

ビクビクと初めて足を踏み入れたなまえちゃんの部屋は病室と同じ板間で、家具は寝台と本棚と机しかなく、機能性に溢れすぎていた。お花やお人形等のひとつやふたつ飾ってみてもいいんじゃないかなとは思ったけど、お仕事に真面目ななまえちゃんらしい部屋だなとも同時に思った。
そしてその机の上には、大きなおにぎりが二つと漬物を載せたお盆がちょこんと置かれていた。唐突に思い出した空腹感に襲われて、腹がぐうと情けない音を立てる。さすがに聞こえてしまったみたいで、なまえちゃんは口元に手を当ててくすりと笑った。

「やっぱりおなか、空いてましたか?これは善逸さんに用意したものなので、遠慮せず食べてくださいね」
「っ、なまえちゃぁん…!!」

言いながらはにかんで椅子を引き、座るよう勧めてくれるなまえちゃんは正しく女神様のようだった。昼間俺のことを冷たくあしらった彼女は、もうどこにもいない。正真正銘、俺の愛しい恋人であるなまえちゃんがそこにいた。
お言葉に甘えて早速椅子に座り、いただきますと手を合わせてからまずはおにぎりを頬張る。はぐはぐと食べ続ける俺を、なまえちゃんは横に立って微笑みながら見守ってくれていた。

「今日は随分ぐっすり眠っていましたね」
「ああうん、そんなに熟睡するつもりはなかったんだけどさ。俺もうなまえちゃんに嫌われちゃったのかと思って、辛くて死んじゃいそうだったからふて寝してたんだよお…」

昼間のことを思い出したらまた悲しい気持ちがこみあげてきて泣きそうになった。なまえちゃんは「う…」と言葉を詰まらせつつも、眉間にしわを寄せて少し怒った風の表情を作る。

「あれはさすがにやりすぎです。善逸さんが悪いんですよ」

確かに、そうかもしれないんだけどさあ…。

「だってさ、そんくらいなまえちゃんのこと好きなんだもん。しょうがないじゃんかよお…」

食べかけのおにぎりを両手で握ったまま、正直な気持ちを零しつつなまえちゃんを見上げた。泣きかけのせいで垂れそうになった鼻水をずびと吸ったところで、なまえちゃんは観念したように小さくため息をつく。そして浮かべた笑顔は、もし俺が心の音を拾えない普通の耳を持っていたとしても、見ただけであっこの子俺のことが好きなんだなとわかるくらいに優しいものだった。

「私だって善逸さんのこと、好きです。だから、少しでも二人でゆっくりしたくて、善逸さんをお部屋にお呼びしたんです…」

男性を部屋に入れたのなんて、生まれて初めてなんですから。
そう言って、なまえちゃんは頬を染めるもんだからさ、呑気におにぎり食べてる場合じゃないよねって。とっても美味しいそれはいったんお皿に戻して、その小さくていつも一生懸命な手をぎゅっと握った。

「昼間は私も言い過ぎちゃいましたね。ごめんなさい」
「いいよお、もう。だってなまえちゃん、本当は俺のこと大好きなんだもんね?」

『大』好きとまでは言われてない気もするけど、頬を紅くしたまま特に否定しないってことは、あながち間違ってもないってことでいいんだよね?全部離すのは名残惜しくて片手は残したまま、もう片方の手で食事を再開する。せっかく用意してくれたおにぎりをかぴかぴにするわけにもいかんしね。

「…あの、たまにでいいので、またこんな時間を持ちたいです」
「ッもちろんだよお!なまえちゃんが呼んでくれたらいつだって飛んでっちゃうんだから!」
「はい!…でも、またお昼間みたいなことしたら、今度こそ本当に怒りますからね」
「うっ…それは…、我慢できるよう努力はする…」

煮え切らない俺の返答に、なまえちゃんはまた少し困ったように笑ってみせた。でも仕方ないんだよね。こんなに穏やかで幸せな時間を二人でもっと過ごしたいって気持ちも、なまえちゃんに近づく男全てが許せないって気持ちも、どちらも間違いなく『愛』なんだからさ。


の形は人それぞれ


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