分岐/short | ナノ

それ全部聞こえてるわけで、の続きです

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君の小さな独り言。一等耳のいい俺には、それ全部聞こえてるわけで。

最初その『恋の音』を耳にした時は、あーあ、どこかの誰かさんがまた青春感じちゃってますよ憎たらしいねえ。と、服装チェックのバインダー片手に心の中で大きくため息を吐いたものだ。ちらっと音の出所を確認すれば、真面目すぎるという程でもないけれど模範生ってこういう子のことを言うんだろうなといった外見の女の子が、何食わぬ顔で俺の横を通り過ぎて行くところだった。
服装の乱れ、全くなし。特に呼び止める理由もなく、すぐ別の生徒に目線を走らせバインダーにチェックを入れた。んだけども。

「風紀委員さんの髪、キラキラしてて素敵だったなあ…」

誰かが小さな小さな声で呟いたのを俺の良すぎる耳が拾う。風紀委員さん、って、俺のこと!?慌てて振り返り声の主を探したけど、こっちを気にしてたりとか、それらしい動きをしている生徒は一人もいない。
き、聞き間違い、だったのかな。女の子の声だったんだけどな。腑に落ちないながらも、冨岡先生からさぼってるって難癖をつけられる前に俺は自分の仕事に戻った。

けれど結論から言うと、この日耳にした独り言は多分、聞き間違いなんかじゃなかったらしい。

「形見は見逃してあげるんだあ。優しい〜」
「冨岡せんせーに殴られてたとこ、腫れないといいけど…」
「女の子が好きなのかな。鼻ふくらんでる…」

次の日からも、毎日毎日聞こえてくる呟き。それ全部、紛れもない恋の音を伴っている。そしてその呟きが聞こえるのは決まって、あの真面目そうな女の子が通り過ぎた直後だった。
こんなのもうあれでしょ。自惚れなんかじゃないでしょ、絶対。
つまりあの子は俺に恋をしてくれている。これで実は大好きな冨岡先生の横にたまたまいた俺への素朴な感想を漏らしてただけとかだったらさ、泣くよ?泣いちゃうよ?俺。
好意を向けられれば、そりゃこっちだってその気にもなる。誠意がないなんて言うなよ。これだって立派な恋の始まり方だよ、多分。好きになるのに理由はないんだ、なんて格好つけてみちゃったりしてさ。

といっても、彼女について知っていることといえば、独り言が激しいってことくらい。彼女のことが気になって仕方がなくなってしまった俺は何とかしてかかわるきっかけを探りたくて、風紀委員の職権を思いっきり乱用して調べてみた。

みょうじなまえちゃん。高等部一年かぼす組。…なるほど、炭治郎たちとはクラスが違うのか。それじゃ炭治郎をダシに話しかけるのは無理だなあ。玄弥に…、いやあいつは女の子全般苦手だし、間取り持ってよなんて頼んだら恥ずか死しそうで駄目だ。
っていうかさあ、もし俺がなまえちゃんの立場だったら、思いっきり校則違反しまくって登校してみたりするけどね。そしたら絶対話しかけてもらえるじゃん。何なの?あの一分の隙もない出で立ちは。おかげで毎朝、悶々とするしかできないんですけど。

そんな風に何の実りもないまま日々は過ぎていった。今日は竈門ベーカリーにお邪魔する約束をしているから、下足場で炭治郎たちと合流して一緒に校舎を出る。いつものようにくだらないことを話しながらわちゃわちゃと歩いていると、けれど『それ』は突然、俺の耳に飛び込んできた。

「…あ、風紀委員さんだ」

なまえちゃんの独り言。あまり大きなリアクションをとって聞こえているのがばれてしまわないように、胸の高鳴りを何とか抑えて声の出所を探す。確か上の方から聞こえたような、と前髪に隠した目線だけで校舎を見上げると、…居た。三階の窓枠に両手で頬杖をついて、こっちを見ている彼女が。
自分の存在に気付かれているなんて夢にも思ってないんだろう。なまえちゃんは隠そうともせず堂々と俺たちを見下ろしていた。一緒に帰る友達でも待ってるのかな。それとも何だ、放課後に黄昏るのが趣味だとか?
そんなことを考えながら、今日も彼女の呟きに気付いてないふりをしたまま俺たちの距離は離れていく。こんなんじゃさあ、一生お近づきになんてなれないんだけど、とため息をつきかけていた。それなのに。

「はぁ…。好き、だなあ…」

噛み締めるように、心の声があふれ出してしまったとでもいうように。
吐息交じりに吐き出されたその独り言が耳に届いて、俺の我慢の糸はそこでプツンと切れた。

独り言が誰かに聞かれちゃってたとか嫌すぎるでしょ、なんて気を遣ってたのはもうやめだ。君がそこで立ち止まってるなら、俺から強引にでも近づいてやりますよ。せっかく響いた恋の音を、逃すなんてできっこないから。
ぐるんと振り向いて三階を見上げる。ハッ、と驚いた顔をしたなまえちゃんに、ダメ押しでビシッと指をさしながら叫んでやった。

「今すぐそっち行くので!そのままちょっと待っててください!!」

炭治郎と伊之助に「先帰ってて!」と適当に告げて駆けだす。後ろで「ちょっ、善逸!?」「突然なんだァ?アイツ」と驚く声が聞こえたけど、野郎のことなんて今は無視だ、無視。

焦れば焦るほどもたつきながら履き替えた上履きのかかとを踏んづけたまま、勢い余って転びそうになりつつも階段を駆け上がる。さっきなまえちゃんが立っていた三階に到着して急いで廊下に出ると、彼女は「ど、どういうこと…!?」と呟いておどおどしてはいたけど、ちゃんとそこで俺を待ってくれていた。
戸惑うなまえちゃんの目の前1メートル先に立ち止まる。通り過ぎていく他の生徒たちが何事だ…?と俺たちを見ていた。明日には学校中の噂になっちゃうかな。みんなこういう話題好きだもんな。でも、それでも。

「俺、風邪なんてひいてないし、日焼けしてるわけでもないから!でも赤くなっちゃうんだよ!どうしてかわかる!?つまりねえ、俺は、君のことが気になっちゃってるの!!」

「ほら、今も赤いでしょ!?」と、拳をぎゅっと握って半ばやけくそ気味に叫んだ。なまえちゃんは俺に負けず劣らず顔を真っ赤にさせて、「えっ、なんでそれを、」とか「気になる、…気になるってなに!?」とか、この期に及んでまだぶつぶつと独り言を漏らし続けている。すぐ目の前に、俺がいるっていうのにさ。

「俺、風紀委員さん、じゃなくて、我妻善逸って名前がちゃんとあるんだけど。もしよければこれからは名前で呼んでほしい。そんでなまえちゃんと色々話してみたい!まずはお友達から、どうですか!?」

そう手のひらを差し出せば、ようやっとなまえちゃんは俺の目を見てこう答えた。

「は、はい!よろしく、おねがいします!?」

始まりは握手、だなんて何だそれ。サラリーマンかよ、まったくさあ。
これが、初めて交わした君との会話。どもってるし、疑問形だし、どうにもこうにも締まんないけどさ。明日からはちゃんと「おはようございます」で朝を始められるって、俺信じてるんだからね?


をしよう、君と僕とで


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