びいどろ玉の恋模様 | ナノ


隣から聞こえてくる伊之助のクソうるさい鼾を聞き流しながら、もう真夜中だっていうのに俺はまんじりともせず寝返りを打った。
頭を埋め尽くすのは主になまえちゃんのことだ。

炭治郎に遅れること9日、俺と伊之助も全集中・常中を会得した。
訓練して訓練して、陽が落ちたら禰豆子ちゃんとお喋りする。禰󠄀豆子ちゃんは口枷があって話せないので俺が一方的に話しているんだけども。二人でお花畑に行ったりもした。
炭治郎は匂いで何かを察しているのか「ありがたいが…禰豆子とそんなに二人きりでいて大丈夫なのか?」と心配されたけど、適当に流したらそれ以上何も言ってこなかった。

一方、あの爆弾発言満載の一日からなまえちゃんの態度は特に変わることなく、訓練も禰豆子ちゃんとのひと時もこれまで通り淡々と見守り続けてくれている。
なまえちゃんとは結局一度も逢引きに行けていない。誘えてすらいない。
その前に一番肝心の、なまえちゃんが妾候補の愛人枠だというとんでもない誤解が解けていないし、そんな状態にもかかわらず毎晩毎晩禰豆子ちゃんのところへ足繁く通う俺自身のせいでそれがさらに深まっているのはわかっている。
けど可愛い可愛い禰豆子ちゃんをずっと一人ぼっちにするなんてまともな男のすべきことではないから仕方がない。そう、誰に対してのものなのかすらわからない言い訳を重ね続けていた。
禰豆子ちゃんと行った花畑で作った花の輪っかはもちろんなまえちゃんの分もあったんだけど、なんとなく渡せなくて寝台の下に隠してるうちに枯れてしまった。とびきり綺麗な花を選んで作ったのに…。

そもそも、すぐになまえちゃんの誤解を解けばこんなに悩み続ける羽目になることもなかった。それもわかっている。
でもなまえちゃんと出会う前の晩まで禰豆子ちゃんに愛を囁き続けていたのも、兄である炭治郎に媚び売って禰豆子ちゃん一筋だと言い続けていたのも、確かな事実だった。状況証拠は揃ってしまっているわけだ。
そんな状態で他の子に求婚するとか、今更だけど俺ってとんだ下衆野郎じゃない…?

妾とか愛人とか、そういうつもりであの日なまえちゃんにお付き合いしてくださいと言ったわけではない。
女の子だったから。可愛いかったから。体中に恋の衝撃が走って、結婚したい、お付き合いしたいって思った。その勢いのまま告白した。そう、最初は完全に勢いだった。

それでも、なまえちゃんが俺の好意を受け入れてくれたあの日から、なまえちゃんは俺にとって一番大切に、幸せにしてあげたい子になった。
もちろん禰豆子ちゃんのことも変わらず大好きだけれど、今の俺の一番は間違いなくなまえちゃんだ。
他の人は心変わりが早すぎる、信じられないって軽蔑するかもしれないけどさ、俺にとってそれは紛れもない事実なわけで。
それくらい、なまえちゃんが俺の気持ちを受け入れてくれたのが幸せだったし、俺も同じだけこの子を幸せにしてあげたいって思ったから。
炭治郎とも話して、俺なりに筋も通したつもりだ。

それに今はもう俺の気持ちを受け入れてくれたことだけが理由じゃない。
那田蜘蛛山で初めて見せてくれた、俺を何よりも幸せにしてくれるあの笑顔がまた見たい。もっともっとあんな風に笑わせてあげたい。

なのにそのなまえちゃん自身が、自分は妾候補に過ぎないから禰豆子ちゃんとの仲を深める手助けをすると言う。自分が俺の一番でなくても気にしないと言う。

なまえちゃんは不思議な子だ。
彼女自身はそばにいるのに、本当の気持ちはまるで分厚い硝子の向こう側にあるみたい。表情にあまり変化が見られないのも、音がひどく小さくて聴きづらいのも、多分きっとそのせいだ。
けれど例え音が聞こえずらくても、あんなにいじらしく俺のそばに居続けてくれているのだから、なまえちゃんが俺を好きなのは間違いないはずだ。そんななまえちゃんにとって『他に本命がいるのに交際を申し込んできた』俺は、本当の本当は一体どう思われているんだろう。誤解を解いたとき、『たった一晩で心変わりした』俺のことをどう思うんだろう。確かめるのが怖くて、適当な話題に逃げてしまった。

証拠が、とか、信じてもらえないかも、とかぐだぐだ並べるけど結局はさ。

なまえちゃんに嫌われてしまうのが、既に嫌われているかもしれないのを確認するのが怖い。これが誤解の件を切り出せない一番の理由だ。なまえちゃんも特に気にしてなさそうだからいいよね…なんて自分に都合のいい言い訳までしちゃってさ。

そうして俺は自分の心の弱さのせいで、今日も眠れない夜を過ごしている。

どうやったらなまえちゃんに嫌われずに本当の気持ちを信じてもらえるんだよ…。君が一番大好きだよって言いまくればいいんか?…必死過ぎてうさん臭くね?
いっそ禰豆子ちゃんとなまえちゃん二人ともをお嫁さんにもらって同じだけ大切に幸せにしてあげればいいんじゃね!?……いやそれは違うだろ………。

那田蜘蛛山で見た夢の中、守りたい、幸せにしたい存在として思い浮かべたのは、間違いなくなまえちゃんの姿だった。
それなのに、その気持ちが一番伝わってほしいはずの本人に届いてないなんて。いったい俺はどうしたらいいんだよう。


***


駅に集まった群衆は、列車の周辺で思い思いの時間を過ごしている。皆、目の前に止まるその黒い巨体に対しての興味と興奮で沸き立つ心を抑えきれてないみたいだ。

「切符、買ってまいりました」
「ありがとうなまえちゃん!人多くて怖くなかった?」
「はい。問題ありません」
「頼もしいなあ!それに比べてこの田舎もんどもは…」

俺たちの目の前にも、例に漏れず先頭に無限と書かれた列車がある。
『列車』というものを初めて見た炭治郎と伊之助が奇行を繰り返すものだから俺はお目付役として残り、なまえちゃんに切符を買ってきてもらった。なまえちゃんは買い出しなどで列車を利用したことがあるらしく、手慣れた様子だった。

那田蜘蛛山での任務を経て、俺たちは正式になまえちゃんの同行を許すことにした。
結局おかしな誤解は今も解けていないけれど、俺たちのお付き合いはお互いを知るためという口実で始まったわけだから、これでいいはずだ。きっと、たぶん。
自分にできる範囲以上の無理は絶対にしないことが分かったし、危険どころかめちゃくちゃ大活躍だったもんね。泣いて気を失ってただけの俺より活躍してたんじゃない?…自分で言ってて辛いからやめよう。

「少しだけじっとしていてください」
「おう、背中に刀を挿す俺様もイカしてるだろ!?しかも二本だ!!ワハハハハ!」
「はい、素晴らしいです伊之助様」

今もなまえちゃんは、むき出しの伊之助の刀を素早く布で巻いて背中に固定する手助けをしてくれている。早速活躍中のなまえちゃんだけど、伊之助にまでそんな優しい手つきで接する必要はないと思いますけどね!?何言ってるか意味わからんし。

もやもやとする心を隠さないまま、ジトッと二人の様子を眺める。それに気付いたなまえちゃんと目があって不思議そうに小さく首を傾げられたので、俺は慌てて適当な笑みで誤魔化した。
そんなこんなで俺たちは、炭治郎が用事のあるらしい煉獄さんとやらに会うべく無限列車に乗り込んだ。
…けれども!!!

「危険だぞ!いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」
「え?」

鬼のところに移動してるんじゃなくここに鬼が出るなんて聞いてない!!!
思わず喚き散らしてしまうが煉獄さんは特に動じず鬼の説明をしてくれる。
やばいやばいやばい、聞けば聞くほどやべえ鬼じゃん!!
そんなやべえところにまた禰豆子ちゃんを、それに今回はなまえちゃんまで!連れてきてしまってるんですけど!!!
なまえちゃんは特に怖がっているようには見えないけど「お供するのは安全を確保できるところまでとの約束が…。早速破ってしまった…」と、耳のいい俺にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いていた。
気にするのそこォ!?

俺は怖いよ!だから今すぐなまえちゃんと禰豆子ちゃんを抱えて降りたい!今すぐこの危険な列車から降りたい!!
でもそこでちょうど車掌さんが来たから迷惑にならないよう切符を出して、


眠りに、落ちた。



***



その日、美味しいと評判の甘味処を訪れた俺となまえちゃんは、ぽかぽかとした日差しの中、店先の長椅子に腰かけて噂に名高いお饅頭が配膳されてくるのを今か今かとワクワクしながら待っていた。
初めての逢引きだ。俺は張り切って身振り手振りでいろんなことを話した。
なまえちゃんの口数はいつも通り多くはなかったが、俺の話ひとつひとつに丁寧に耳を傾け、口元を隠して可愛らしく笑ってくれる。
やっと運ばれてきたお饅頭はほっぺたが落ちるほどおいしくて、なまえちゃんもびいどろ玉の瞳をまんまるにして喜んでくれた。

お饅頭を食べた後は二人で街をぶらぶらした。
特に目的地があるわけではないけど、二人でああでもないこうでもないと話しながら歩くだけで楽しいから問題はない。
ふと、進んでいく先の右手に小物屋さんがあるのに気付く。女の子の好きそうな髪留めや手ぬぐい等、可愛らしいものが所狭しと並んでいるのがここからでもわかった。
そうだ。初めての逢引き記念に、なにかなまえちゃんの気に入ったものを買ってあげよう。あの日渡せず枯らしてしまった花の輪っかの代わりだ。

なまえちゃんは恐縮して申し訳なさそうにしていたけど、俺は構わず、これがいいかな、いやあっちのそれの方がいいかも、と店頭に並ぶ髪留めを片っ端からその黒くてつやつやした髪にあてがい、一番似合うものを探していく。
目が合ったなまえちゃんは少し恥ずかしそうにしながらも幸せそうに笑ってくれたから、俺もとびきり幸せな気持ちになって一緒に笑った。

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