びいどろ玉の恋模様 | ナノ


蝶屋敷での療養生活な日々もそれなりに経過して。
俺より先に怪我の具合が良くなった炭治郎達が機能回復訓練に行ってしまって、めちゃくちゃ暇だ。
なまえちゃんも今は蝶屋敷の手伝いをすると言って席を外している。
危うくつるっぱげになりかけた髪がちゃんと再生してきているか今日も手鏡で確認しながら、ぽかぽかとした陽に当たりつつぼーっとするしかない。
退屈だし薬はめちゃくちゃ苦くて御免被りたいところだけど、この蝶屋敷には女の子がたくさんいるのでその点では充実した毎日だ。

那田蜘蛛山での戦いの後、結論から言うとなまえちゃんは大活躍だった。
亡骸や怪我人の運搬から現場の後処理まで、無駄なくテキパキと手伝う姿にカクシ?の人たちがめちゃくちゃ感心してたし。
俺もまるで紙風船みたいに優しくも軽々と担ぎ上げられてしまって、男としてのなけなしの矜持はもうズタボロだ。

そもそも、よりによってなまえちゃんにあんな情けない姿を見られるなんて。
幻滅されると思った。きっとすぐにでもお付き合いを解消されてしまうんだろうと思ったら悲しくて目も合わせられなかった。

しかしなまえちゃんは予想に反し、よわっちくて嫌いな自分自身を全部を包み込んでくれるような微笑みで、優しく俺の頭を撫で、労ってくれた。
小さく、けれどいつもより大きめに響く優しい音は心地よくて。
なまえちゃんの笑った顔を俺はあの時初めて見た。とても幸せな気持ちになった。
控えめな笑顔だったし、作業を始めたらすぐにいつもの無表情に戻ってしまったが、それはもう予想していた通りめちゃんこ可愛かった。

こんこん、と開かれたままの扉をたたく入室合図の音がして、なまえちゃんが顔を出す。手には美味しそうな食事がたくさん載ったお盆が持たれていた。

「善逸様。昼餉と食後のお薬をお持ちしました」
「なまえちゃん!アオイちゃん達のお手伝いは終わった?」
「はい。午前の分はつつがなく」
「えらあい!いつも一生懸命で本当に偉いねェ!おつかれさま!」
「もったいないお言葉です」

手早く準備を整え、小さな手で箸を上手に動かしておかずを俺の口元まで運んでくれる。
蝶屋敷に来てからずっと、うまく手が動かせないからと言い訳をして毎食食べさせてもらってるんだよね。

「美味しい!今日も美味しいよなまえちゃん!!」
「それはよかったです。アオイ様はお料理がお上手でいらっしゃいますから」
「そうだね!でもその上なまえちゃんが食べさせてくれるからこんなに美味しいんだよ〜!いつもありがとうねええ〜!」
「恐縮です」

食後の薬は死ぬほど嫌だが、女の子にアーンしてもらえる一日三食は至福のひと時だ。

というか、本当に俺となまえちゃんはお付き合いしてるんだよな…?
もぐもぐと咀嚼しながら、次のおかずを取ろうと目線を下げるなまえちゃんの様子を盗み見る。
あの日からずっとバタバタしていて全く実感が湧かないし、逢引きするどころか任務や治療に関すること以外ロクに話せてもいない。
楽しいことなんて何一つさせてあげられずに俺の看病ばかりさせているから、このままではどっちにしろそのうち愛想を尽かされてもおかしくない。
甲斐甲斐しく世話してもらう毎日はまるで、め、夫婦っ!になったみたいで悪くないけどさ。
今この辺りで愛の言葉を囁いてみるか?いや、こんな手足の短さでは格好がつかないぞ善逸。
もうちょっと元に戻ったら、二人で街にでも出かけてみて、そこで……なんて〜ウィッヒッヒッヒ!
考えていることがそのまま顔に出てニヤついてしまっていたらしく、なまえちゃんのびいどろ玉が不思議そうに俺を見ていた。

「どうされましたか?」
「ううん!なんでもないよお!あっ次はそのお浸しが食べたいなあ!」
「はい、どうぞ」
「んん〜!美味しい!美味しいよ!なまえちゃん!」
「はい。どんどん召し上がってください」

この数日後、俺は初めて参加した機能回復訓練にて女の子についての正しい認識を馬鹿野郎共に叩き込むわけだけど、まさかそれをなまえちゃんに聞かれた上にとんでもない勘違いを生むことになるなんて。
なまえちゃんはどこに行けば喜んでくれるのかな〜なんて呑気に考えていたこの頃の俺は微塵も思っていなかったのだ。


***


そんなこんなで機能回復訓練に参加し始めて五日目。

俺と伊之助はカナヲちゃんにどうしても勝てず心がぽっきりと折れてしまって、訓練に参加するのをやめた。頑張ったよ、うん。
まだ治療自体は続いているから任務が入ることもないし、夜は禰豆子ちゃんのところへ遊びに行くとしても日中にぽっかり空きができた。

というわけで!今日はついになまえちゃんを逢引きに誘うぞ〜!
ありふれた流れになってしまうけど、初めてということで行き先は甘味処を想定している。
そのまま街を少しぶらりとして、なまえちゃんが何か欲しそうにしてたら買ってあげようかな。喜んでくれるといいな。

「善逸様、お薬をお持ちしました」

毎日憂鬱で仕方がない薬の時間だけど、今日に限ってはこの瞬間を心待ちにしていた。
炭治郎は訓練、伊之助は山?は?獣かよ、に遊びに行っているので病室には二人きり。邪魔する奴は誰もいない。絶好の機会だ。
悩んだが誘い文句も決めてある。逢引きしよう。そう、直球勝負だ。気合を入れろ善逸。

薬を手にいつも通り寝台の横に立つなまえちゃん。
飲んでしまったらあまりの苦さに悶絶して動けなくなるから、飲む前に誘うんだ。
お付き合いしている女の子を逢引きに誘うのはめちゃくちゃ久しぶりだしちょっと緊張するけど、何故かなまえちゃんからも微かに緊張の音がする。
なんで?俺の考えバレてる?愛しの善逸様とついに初めての逢引きだ!ってドキドキさせちゃってる?

「善逸様」
「っ、なあに?」
「これまで配慮が足りておりませんでした。申し訳ございませんでした」
「……???」

突然どうしたんだろう。
なんの配慮?逢引きに誘いやすい空気を作る配慮?

「その手足ではご自身をお慰めになるのも困難でしたでしょう。全く考えが至っておらず今まで苦しい思いをさせてしまっていたこと、お許しください」

…は?全く話についていけないんですけど!?
なまえちゃんが寝台に腰掛け、ギシリ、と軋む音が何故か背徳的な響きとして頭に残る。
さらにその小さな手で何故か俺の大腿、…大腿ぃ!?に、布団越しではあるけど優しく触れてきて…。

「経験はございませんが知識として手解きは受けております。手淫でも口淫でも、善逸様のお好みの方を…」
「ギャアアア!?嫁入り前の娘がなんてこと言うのおおおお!!??そんなこと口にしちゃ駄目だよ!?もっと自分を大切にしよう!?」

思わずンバッ!と布団を跳ね除け、膝を丸めてなまえちゃんから距離をとる。
多分俺、体中が真っ赤っかだ。熱い。
そのはずみで俺の大腿から手が離れたなまえちゃんが、いつもの無表情…いや違うな、思い詰めているような色を滲ませながらその手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

「善逸様は女体を求めているのではないのですか?先日聞こえてしまったのです。善逸様が女性の体について熱く語られているところを」

………。
なっ、なるほどねぇー!?あれを聞かれちゃってたわけね!?
それで俺が禁欲生活に耐えきれず訓練中にまで女体を求めていたと勘違いしたってこと!?とんだ勘違いだな!俺が原因なんだけども!

「いやっ、違うよなまえちゃん、あれはそういうことじゃなくてね!?炭治郎と伊之助が自分のおかれた環境の素晴らしさを理解してないから叩き込んでただけで、そういう禁断症状的なやつでは断じてないから!」
「…そうなんですか?」
「そうなんです!!お付き合いしているとはいえその辺りの配慮は今までもこれからも必要ありませんので!自分でなんとかしますので!!!」

なまえちゃんは納得していないらしい。「でも…」と目を伏せながら食い下がってくる。

「妾候補としてお付き合いさせていただいている身ですから、私にできることならなんでも…」
「ちょっ、ちょっと待って!妾!?なにそれ!?」

もう爆弾発言が止まらないんだけど。
また予想だにしていなかった単語がさらっと会話に混じってきたので慌てて話に割り込む。
妾。めかけ。つまり、とんだ色欲クソ野郎が妻以外にも囲う女性のこと。
なまえちゃんはきょとんと不思議そうにしながら、明日も晴れですねとでも言うような、世間話をするような調子で。


「善逸様には禰豆子様というご本命がいらっしゃいますでしょう」


驚きでヒュッと喉が引き攣った。


「えっ…?」
「聞くつもりは全く無かったのですが…直接お会いする前に夜な夜な禰豆子様に求婚されていたのは耳に届いておりました。禰豆子様一筋だとしきりに話されていたのも」

やだ…俺の声、デカすぎ!?
とかふざけている場合ではない。いやよく人からうるせえって言われるし結構真剣に改善しないといけないとこかもしんないけど。

「不可抗力とはいえ盗み聞きのような真似ばかりしてしまい申し訳ございません。同じ理由で、禰豆子様が鬼だというのも、日中は箱の中にいらっしゃるのも、存じておりました」
「あっなるほどね…」

だから那田蜘蛛山で禰豆子ちゃんが炭治郎と一緒に山へ入って行ったって知ってたのか。後からあれ?って思ってたんだよね〜ってそうじゃない。のんきに納得している場合じゃない。

話の流れが予想外過ぎて心落ち着かない俺とは対照的に、なまえちゃんは「私のことは性的にはお求めではないようなので、別のことで役立てるよう励みます」と明後日の方向に気合を入れたようだった。

「竈門様に認められるにはやはり禰豆子様ご本人のお心をがっしりと掴むところからかと思われます。屋敷の裏手に綺麗な花畑があるそうですよ。他にも、そこの角を曲がって少し行ったところには…ーー」

なんだ、これ。
なまえちゃんとの逢引き計画をうきうきで立てていた俺の目の前で、それを知らない張本人は他の女の子との仲の深め方について真剣に助言を続けている。
心にずしんと重い石が落ちてきたようだった。

二人の噛み合わなさがビシリと音を立てて聞こえてくるみたい。

結局その後しっかり薬を飲んでからしばらく話をしたけれど、俺は全然集中できなくて。
なまえちゃんを逢引きに誘う言葉が俺の口から出ることもついになかった。

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