びいどろ玉の恋模様 | ナノ


見送りに出てきてくれたお婆さんの後ろから姿を表したなまえちゃんはどういうわけか、ぱんぱんに膨れ上がった風呂敷包みをなんてことないように背負ってスタスタと歩み寄ってきた。

「何その大荷物!?どうしたの!?」
「我妻様とお付き合いしますと、お返事しましたので」
「うん?え…?」

なまえちゃんは特に表情を変えず淡々と言い放つ。いやお返事してくれてはいたけども。俺の哀れな幻聴ではなかったらしいけども。

「我妻様はお互いを知るために、とおっしゃっていました。知るためには共に多くの時を過ごす必要があります」
「た、確かにね!?一理あるね!?」

俺としては命を懸けて戦う男と家で待つ女が無事の再会を喜び少しずつ仲を深めていく…そんな関係も浪漫があっていいと思うんだけど。
あっでもだめだ、俺は次の任務で多分死ぬから、深めるどころかこれが今生の別れになっちまう。

「昨日了承していたのは聞き間違いではなかったんだな…」
「ちょっと炭治郎!やっぱりそう思ってたの!?」
「そりゃそうだろう!」
「えっそんな力いっぱい…酷くない…?」
「なまえさん、鬼殺隊の任務は危険で過酷なものだ。恋人と離れ離れになりたくないという気持ちはよくわかるが…」
「決して、戦いの邪魔は致しません。お供するのは安全を確保できるところまで。自分の身は自分で守ります。ずっと鍛錬して参りました。体力には自信があります」

無慈悲さに打ちひしがれる俺を無視した炭治郎の忠告を聞いても、なまえちゃんの意志は変わらないらしい。「我妻様はどう思われますか」と、びいどろ玉の瞳がまっすぐに俺を見る。あくまでここここ恋人である俺の判断を仰ぎたいということなんだろう。

「そんなに見つめないでえ。照れちゃうよお!」
「善逸…」

君はそれほどまでに俺と、つまり未来の伴侶と、片時も離れたくないってことぉ…!?そのためなら多少の危険はへっちゃらだってぇ!?
喜びでふにゃふにゃに溶けた体が勝手にくねってしまうのは許して欲しい。女の子からこんなに熱烈に訴えかけられたの、人生で初めてなんだもん!

けれどそんな俺をなまえちゃんは、特に動じることなく淡々とした表情と音をさせながら見つめ続けている。炭治郎はすっかりあのとんでもないものを見るような顔をして俺を眺めているのに。

……あれ。なんだろ。微妙な違和感がひっかかるような。

なんとなくもやっとする気がして胸に手を当てていると、彼女の後ろに控えていたお婆さんが音もなく前に歩み出てきた。

「身の回りの世話の仕方や手当方法等は一通り身に叩き込んでございます。至らぬ孫娘ではございますが、これからどうかお役立てくださいませ」

お婆さんが深々と頭を下げるものだから、炭治郎と二人で慌ててその頭を上げてくれとお願いをした。それから、困ったな、と眉を下げて顔を見合わせる。なまえちゃんの心は変わらないようだし、二人からここまで言われてしまっては、彼女の同行を断る術が見つけられなかった。
だからまずは一つ任務をこなしてみて危ないと判断したらすぐにやめる、という条件を出すことにした。なまえちゃんは淡々とした表情のままこくり。と頷いてみせた。微かに聞こえる音が少しだけ緩んで、大きな変化のない表情も心なしかほっとしているようにも見える。
そっかぁ、一緒に行けることになってそんなに嬉しいかあ。ということは、この平坦な音はつまり、私、善逸さんに恋してますっ!!と態度に出すのが恥ずかしくて我慢してるってことなのかな?ああもういじらしいねえ。

それにしてもだよ、鬼殺の任務に自ら志望して着いてくるなんて根性あるなあこの子。隊士の俺ですら正直すごく嫌なのに。
ああ、でも心配だなあ。たくさん歩くことになるのに、こんなにちっちゃい足で痛くならないかなあ。
それにそれに、もし戦いに巻き込んで、怪我させちゃったらどうしよう。俺とこの子は晴れて将来を誓い合うここここ恋人!になったわけだからさ、もちろん何かあったら全力で守りますとも!?でも俺よわっちぃからさ。なまえちゃんのことは俺が守るけど、俺のことは炭治郎が守ってくれるって信じてるんだからな。
そんな風にちらちらと視線を送って心配しながら、かくして俺達四人に彼女が新しく加わり、五人で屋敷を後にしたのだった。
……が。

「はははは、は、速ぁっ、気ィ抜くと置いてかれそうなんだけどォ!?」
「なにもんだあの座敷わらし!さすがババァの孫…!」
「何もかも失礼すぎるぞ伊之助!」

少なくとも駆け足という点では、一行の中で一番速いのはなんとなまえちゃんだった。鎹烏の飛ぶ速さに少しも後れを取らず走っていく。野生児伊之助ですら勝てない。
着物をはだけさせることなくシャカシャカと小刻みに動く足はとんでもない速さを生み出す上に、持久力もずば抜けていた。息が乱れてすらいない。
背負っためちゃくちゃでかい風呂敷包みも何でもないように走っているけど、さっき「女の子に荷物は持たせられないよお!」と格好つけて代わろうとしてみたらとんでもない重さで、持って立ち上がるので精一杯だった。むしろ持ち上げるだけでも、力を入れ過ぎて内臓が口からまろび出るかと思うくらいだった。

……これ、心配する必要なくね…?



***



走って走って辿り着いた那田蜘蛛山の麓。薄情な炭治郎たちにすたこらさっさと置き去りにされた俺は、三角座りで悶々といじけていた。ねえ俺、嫌われてんのかな。

なまえちゃんはそんな俺から数歩下がったところで、遠く山を眺めながら微動だにせず立ち続けている。俺がここに残ったのは、将来を約束したこのか弱い女の子を守るためということにしていいかな。言い訳がましいとか言うな。まあ俺が残っても二人で仲良くおっ死ぬだけかもしれないんだけどさ。

「なまえちゃんは、俺に炭治郎たちを追いかけろって言わないの…?」
「はい。戦いたくないなら、無理に行く必要はないと思っています。それはたとえ鬼狩り様でも、同じです」
「…あっ、そう……」

三人で説得してくれたらさ、行くからね俺だって。

他にも止まらない不平不満を頭の中でつらつらと吐き散らし、呑気にちゅんちゅん鳴くチュン太郎を羨ましがったら、あろうことか手の甲を食いちぎられそうになって、俺はとうとう堪忍袋の緒がぶち切れてしまった。

「お前っ…可愛くないよほんとにそういうとこ!!もうほんと全然可愛くない!鬼の禰豆子ちゃんがあんなに可愛いのに、雀のお前が凶暴じゃ…」

あ゛ーーー!!あいつ!!禰豆子ちゃん持ってったァ!!

話している最中に衝撃的で最悪な事実へ突然思い至って、俺は勢いそのまま山に入りかけた。が、後ろで静かに控えていたなまえちゃんの存在を思い出して、ハッと我に帰り足を止める。

「いや、でっでもなまえちゃんひとりになるのは危なくない!?そうだよ女の子をこんなところに置いて行くなんて!!ねえ!?」
「ご心配には及びません。身を守る術は準備しておりますし、念のため山からもう少し離れた場所で無事のお帰りをお待ちしております」

ぐりんっっと振り返り見たなまえちゃんは変わらず無表情で淡々としている。いやでもさ…と躊躇する俺の背中を押すように、彼女が「それに…」と言葉を続けた。

「こうしている間にも禰豆子様は、怖いと、助けてほしいと、我妻様を待って泣いていらっしゃるかもしれません」

ピシャーン!と。まるで稲妻に打たれたようだった。
脳裏に「助けて善逸さん…」とおいおい泣きながら俺を求める禰豆子ちゃんの姿が浮かぶ。頭の中で、二人の女の子を両皿に乗せた天秤がぐらぐら揺れていた。
…なまえちゃんは山に入ってないし、どちらかと言えば安全だよな。かたん、と地についたのは、禰豆子ちゃんの皿の方だった。

「っっ本当に!?本当に大丈夫!?怖くない!?怖いよねえ!?こんな暗いもんねえ!?それなのに、ひとりで本当に平気!?」
「平気です。鬼狩り様の足を引っ張るような真似は決して致しません」

ウウウウウウウウンンン!歯から血が出そうなくらい噛み締めて、最後の最後まで迷う。
でもさ、本人がここまで言うのだからきっと本当に大丈夫なんだろう。何かはわからないけど、身を守る術はある、と言ってるし。大丈夫だよね?ね!?

「本当にごめん!!俺、行くよ!!走って街まで戻って、そこで待っててくれてもいいから!!それでもやっぱり怖いと思ったらすぐに叫んで俺を呼んで!絶対!絶対だからね!!!」
「はい」

なまえちゃんの短い返答が合図になった。足に力を込めて、俺に出せる最高速度で駆け出す。アアアアアアッ!!!!禰豆子ちゃん!!今行くよおおおお!!

「なんで禰豆子ちゃん持ってってんだぁー!!とんでもない炭治郎だ!危ないトコ連れてくな女の子を!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

叫ぶ俺の後ろで、なまえちゃんが静かに頭を下げ、見送ってくれている気配がした。

「御武運を」


この時禰豆子ちゃんの身の安全を素早く確保することで頭がいっぱいになっていた俺には、なんで彼女も禰豆子ちゃんのことや、炭治郎と一緒に山へ入ったことまで知ってんの?面識なくね?とか、そういう疑問を浮かべる余裕すら持ち合わせていなかった

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