びいどろ玉の恋模様 | ナノ


ここに来てからずっと無理やり知らんぷりをしてきたのが限界に達し、この屋敷には何かがいると炭治郎達に訴えかけた、次の朝。
俺たち三人はまだ暗い時間から起き出して、外塀の上に腕をひっかけ身を隠しながら息を潜めていた。
さすがに罠はやめた方がいいんじゃないか?と言う炭治郎の意見を聞き、俺たちが立てた作戦はこうだ。

何かが外塀の周りを走る音は毎朝欠かさず聞こえていた。
それに何度もくるくる回っているわけだから、こうやって塀の上からのぞいていればどんなに動きが速かったとしても三人のうち誰かがその姿を捉えられるはず、と。

向こうの空に太陽の気配を感じる。もうすぐ陽がのぼるんだ。一体何が現れるのか。おばけか、それとも妖怪か…。
恐怖で震えて今にも気を失いそうではあるが、両隣にいる炭治郎と伊之助の存在だけが心の支えだった。

ーー…とた、とた、とた、

やがてあたりが少し明るくなってきた頃。凛と静かな空気の中、屋敷の方から歩いてくる小さな足音が聞こえてきた。
ひっ、と出てしまいそうになった悲鳴をなんとか両手で押し留める。視線の先、屋敷の門をギギィと開けて、現れたのは…。

背中に大量の薪を背負い、両手に水のたっぷり入った桶をひとつずつ手にした…黒髪の小柄な女の子だった。
辺りはまだ仄明るい程度な上に、背負われた薪に隠れて上からは見えづらいが、藤の花が描かれた薄紫の着物を身につけているようだ。

女の子は俺たちに気付かないまま、ふう、と小さく息を吐き出す。そして、次の瞬間。目にも止まらぬ速さで外塀沿いに走り始めてしまった。
薪と、桶二つ。どう考えてもめちゃくちゃ重い荷物を抱えたまま。しかも着物で。
信じられない速さで駆け抜ける為、姿が見えなくなったと思ったすぐ後の瞬間には向こうの角からまた現れ、通り過ぎ、また現れ、というのが繰り返される。それはまるで瞬間移動のようで、じっと見つめていても残像しか捉えることができない。

えええ!?なにあれ!どういうことなの!?何してんの!?
俺だけでなく炭治郎も伊之助も、目の前の光景に理解が追いついていないらしい。両隣からめちゃくちゃ戸惑っている音がする。
ぐるぐるぐるぐる。
意味が、わからない。

「い、一体何の儀式 なわけえええ!?」
「あっこら善逸、そんな大きな声を出したら…!」

炭治郎にばちんと口を塞がれ、しまったと思った時には遅かった。ちょうど向こうの角から現れたところだった女の子の顔がこちらを向く。思わず出てしまった俺の大声のせいでこちらに気付かれてしまったらしい。
女の子は少しだけ落ちた速度をすぐに再び上げ一瞬で門にたどり着くと、開けて中へ飛び込んでしまった。

「だああっ!しゃらくせえっ!最初からこうすりゃよかったんだ!追いかけるぞ子分共ぉっ!」

一番に動いたのは伊之助だった。塀から勢いよく飛び降りて駆け出していく。一寸遅れて炭治郎と、それから俺も震える足でなんとか続いた。
しかし女の子は凄まじい速度で走れるわけだから、追いつけるはずもなく。女の子が駈け込んでいった屋敷の中へ飛び込んでみても、玄関を入ったところに薪と桶が丁寧に寄せて置いてあるだけで、本人の姿はどこにも見当たらなかった。

「くそっ!どこ行きやがった座敷わらしぃっ!」
「そんなに大声を出したらお婆さんまで起こしてしまうぞ!」

玄関で三人、足を止めた。土足であがりこもうとする伊之助をなんとか抑えて、しっかり草履を脱いでから廊下に立つ。
家の中には入っていったと思う。その背中は俺も確かに見た。
けど一番先頭を追っていた伊之助ですら見失ってしまったんだから、後から続いた俺や炭治郎にその行方がわかるはずもない。

うそだろ、今その正体を見破れなかったら、ここに滞在している限りはまたモヤモヤ怯え続けることになっちまうぞ!まあ正体知ったとしても?変わんないかもしんないんですけどねえ!?

でも、恐怖よりもこれ以上びびらされてたまるかという反骨精神の方が微かに上回った。聞け、善逸。探せ、音を。さっきあの子がぐるぐる走っていた時に聞こえた微かなものと同じ音!

「っこっちだ!!」

その音は意外とすぐそばから聞こえた。客間の障子の影に隠れてこちらの様子を伺っていたらしい。
俺に見つかったと気付いた女の子は慌てた様にまた駆け出そうとしたけど、驚きで生まれた一瞬の遅れが俺の手を女の子に届かせた。瞬発力だけなら、負けないんだからな!

「捕まえ、ったああ!!!」

叫び、勢いで転びそうになりながらもその手首を掴む。あ、思っていたよりもすごく細い。
驚いた様に振り返る女の子と目があった瞬間、俺はあまりの衝撃に自分の時が止まってしまった様な気がした。
その瞳はいつの日か街で見かけた綺麗なびいどろ玉の様に、まんまるで澄んだ輝きをしていた。


***



「改めまして…俺は竈門炭治郎!こっちが我妻善逸で、あっちが嘴平伊之助だ」
「みょうじなまえと申します。この家の孫娘でございます」

時と場所は移り、今。
とりあえず落ち着いて話さないか!という炭治郎の鶴の一声で、俺たち三人と女の子は充てがわれている部屋に移動し向き合って座っていた。
小さな鈴を転がすような声音のその女の子。
なまえちゃんという名前らしい。出会ってからまだ数分しか経ってないとはいえ、表情にあまり変化が見られない。めちゃくちゃ可愛い顔してるのに、もったいないなあ。
そして、ちょこん、という表現がここまで合う正座姿も珍しいんじゃないだろうか。俺と炭治郎もそれにつられてなんとなく正座をしているけども、伊之助は彼女が座敷わらしではなく普通の女の子だと分かった時点で興味が薄れてしまったのか、退屈そうに寝っ転がって欠伸をしている。

「先程は驚かせてすまない。お婆さんの他にも誰かがいると善逸が気づいたものの、姿が見えなかったから、誰なのか突き止めようとしていたんだ」
「いいえ。鬼狩り様方のお気を煩わせない様、影からお力添えをと思っての行動でしたが裏目に出てしまいました。惑わせてしまい大変申し訳ございません」
「あ、謝らないでくれ!いつも良くしてくれてありがとう。君はこれまでもずっと同じ様に?」
「はい」
「善逸が厠から飛び出してきたと言っていたのも、君か?」
「そうでございます。鬼狩り様が厠に向かわれる様でしたので、その前に完璧な状態へ清掃を、と思いまして」

…ええあれそういうことだったの!?確かにめっちゃくちゃ綺麗だったよありがとうね!!!
落ち着いて耳を澄ませてみれば彼女からは普通に人間の音が聞こえてくる。こんなに近くにいるのに気をつけて聞かなければならないほど小さくて、感情の起伏もわかりづらい音量ではあったけど。だから昨日までお婆さん以外の音が全く聞こえなかったのか。

「外塀の周りを毎朝駆けていたというのは?」
「鍛錬でございます。鬼狩り様方のご希望にはなんでも応えられる体力をつける為、五つの頃から続けております」
「へえ…ちっちぇえ体で大した心意気じゃねえか。気に入った!お前も今日から俺様の子分にしてやる!」
「ありがとうございます」

肘をついて寝転がっていた伊之助が鍛錬と聞いて途端に興味を取り戻し体を起こす。確かに五歳の頃からおそらく毎日やり続けるのはすごい。なまえちゃんのはっきりした年齢はわからないが、少なくとも十年くらいは続けているということになる。

「陽が上ってからだったのはどうしてだ?」
「鬼を警戒してのことでございます。日の出から朝食の準備までの時間を、日々鍛錬に充てております」
「なるほど…その甲斐あって寝床や食事の用意が目もとまらぬ早さで完了していたというわけなんだな!」
「いいえ、私も手伝いはしておりますが基本的には祖母です。私程度では祖母には遠く及びません」
「どうなってんだよあのババァ、やはり妖怪か…?」
「こら!伊之助!」

炭治郎が優しくかつ淡々と話を進め、これまでの疑問点を綺麗に埋めていく。彼女の説明は確かに納得がいくものばかりだったけど、でも実は、今最も重要な問題は既にそこじゃないわけで。俺はなあ、もうそんな些細なことはどうだっていいんだよ!
ねえ炭治郎、お前鼻いいからわかってんだろ?俺が話を邪魔しない代わりに、思いっきりそわそわしてんのわかってんだろ!?
どうして『さっき』の話題を振ってくれないんだよ!!

そうして俺の意識は少し前、このなまえちゃんという少女を捕まえたすぐ後まで遡る。



***



「キャアアアア!普通に可愛い女の子じゃん!!誰だよ妖怪とか言ったの!?俺と結婚しませんか!!!!」

振り返ったなまえちゃんのびいどろ玉と目が合った瞬間、体中にとんでもない衝撃が走って俺は思わず叫んでいた。
恋だ。これはまさしく、恋。
小柄な体にすべすべとしたきめの細かい肌、艶々の黒髪、まんまるのおめめ。
先程までお化けか妖怪かと恐れていた何かは、正真正銘とても可愛らしい女の子だった。

「あっっっ!?出会って突然結婚は恥ずかしいかな!?恥ずかしいよねえ!!そうだ!それならお互いをもっと知るためにも!俺と結婚を前提にお付き合いするのはどう!?」
「善逸!お前はまた恥を晒して!」

ちょっと、恥を晒すってなんだよ!酷い炭治郎だな!だってこんなに可愛い女の子が目の前にいるんだよ!?俺と家族になってくれないかなって思っちゃうじゃない!?明日、いや今日この後にでも死ぬかもしれないから本当は今すぐ結婚してほしいのに、これまでの失敗を踏まえて随分譲歩してるんだからな!

なまえちゃんは俺の勢いに少し驚いているようだった。びいどろ玉のおめめが、さらに丸くなる。
しかしそれも一瞬のことで、少しだけ何かを考える様にしてから、彼女はすぐにこくん、と頷いた。

「はい。承知いたしました」
「「!?」」

…えっ?いいの!?承知いたしましたって言った今この子!!??
驚いて目玉が飛び出るかと思った。いやちょっと出たかもしれない。炭治郎も同じみたいだった。
なのに、すぐに気を取り直した炭治郎がまずは落ち着こう!と仕切り直しを提案した結果、やりとりはそこで途切れて今に繋がる。
そのせいで今も俺はこんなにソワソワ落ち着かないのに、炭治郎や伊之助、さらにはお付き合いを承諾してくれた本人であるはずのなまえちゃんまで特に変わった様子なく落ち着いていて。
炭治郎と伊之助ばかり、なまえちゃんとおしゃべりしている。

えっ?えっ?まさかあれは俺の聞き間違いだったとでもいうのか。そんなことある?嘘すぎない?炭治郎は、あのやりとりは彼女なりの冗談か何かだったと捉えて流しているだけかもしれないけど。伊之助に至ってはもう覚えてすらなさそう。

それからすぐ、なまえちゃんは朝餉の支度をする、と部屋を出ていってしまった。
一度存在を確認すれば、日中もなまえちゃんが屋敷中駆け巡って家事をしているのだろう音が微かにだが聞こえてくる。
でも忙しそうでとても声をかけられないまま時間は過ぎ、那田蜘蛛山へ一刻も早く向かえという緊急の指令が無慈悲にも与えられてしまった。

ちぇ…本当に何だったんだようあれは。正直とてももやもやするけど誰も言及しないし。女の子からの愛に飢えた俺の悲しい聞き間違いだったってわけ?そんなの可哀そうすぎるでしょ俺。あんまりだよ。そう、無理矢理納得して迎えた旅立ちの時。

え…?なんで…?何でこの子まで俺たちと一緒に切り火を受けてるわけ…?

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