びいどろ玉の恋模様 | ナノ


夕方になり、今日の分の機能回復訓練が終わる。
行程は滞りなく進んでいるから、めちゃくちゃ嫌だけどそろそろ次の任務が来るかもな…と落ち込みながら廊下を歩いていた時だった。
全集中・常中が出来るようになってからどんどん調子が良くなっている耳が、屋敷の中で行われているらしいとある会話を捉えた。

「やっぱ元がいいと比べ物になんねぇなァ!アイツらの女装ときたら、もう酷いのなんのって…」
「女装、ですか…」
「そうそう。特に善逸…善子がなあ、不細工すぎて買い手もつかなくてよ」

ちょっと待ってよ、何だこれ。
話しているのは宇髄さんとなまえちゃん。
なんで宇髄さんがここにいるのかも謎だけど、会話の内容の方が衝撃的すぎてそれどころじゃない。女装したとか不細工だとか、なまえちゃんにとんでもないこと吹き込まないでくださる!?
音を頼りに廊下を駆け抜け、会話が漏れ聞こえてくる部屋の襖を勢いよく開けて中へ飛び込んだ。

「ちょぉっとぉぉぉぉぉ!?何の話をしてくださりやがってんですかああぁ、、あ、…ッッッッ!?」

真っ赤な着物を着て化粧までしたなまえちゃんの、赤く縁取られたびいどろ玉と正面から目が合って、部屋に一歩足を踏み入れたところで動けなくなってしまった。
その姿はまるで高級花魁のようで。何でそんな格好を、と思う前に頭を埋め尽くす、いや可愛すぎじゃね……?という感想。
そんな俺をよそに、ちょこんと座るなまえちゃんの前に敷かれた布団の上で胡座をかいた宇髄さんが、彼女に注がせたらしい酒をちびりと煽りながら顔だけ俺の方へ向けて、機嫌良さそうに片眉を上げる。

「よぉ、善逸」
「よぉ、じゃないよ何ですか何がどうなってんすか!?何でなまえちゃんが花魁の格好してるの!?どういう流れでそうなるの!?」

まず部屋の様子が明らかにおかしい。
赤い布の上に敷かれた布団と、仄かな光を湛えた灯籠、なまえちゃんの後ろには煌びやかな衝立。
流石に布団は蝶屋敷にある普通のやつだけど、花魁の格好をしたなまえちゃんまで揃えば、これじゃまるで妓楼だ。

「ちょっと用があって来たらよ、まだ手が空かないから待っててくれって言われてなあ。嬢ちゃんがその辺ふらふらしてたもんだから、ごっこ遊びして時間潰してたんだよ」

何だよごっこ遊びってぇ!?人ん家で勝手に何やってんだよ!部屋の中といいばっちり決まったなまえちゃんの装いといい、本気すぎるだろ!
しかもなまえちゃんは多分ふらふらしてたんじゃねえよ!一生懸命屋敷の手伝いしてたんだよ!

「てゆうか!?なまえちゃんめっちゃ美人じゃん!!いやなまえちゃんは元から可愛いんですけどね!?それにしてもですよ、俺達の変装も、もうちょっとどうにかしてくれてよかったんじゃないですか!?こんなに綺麗に出来るなら、あんな塗ったくらなくても良かったですよねえ!?」
「あァ?五月蝿えよ不細工善子。今日のは雛鶴がやったんだよ。どうだ、俺の嫁は派手に器用だろ」
「ごめんね、善逸君。変なことしない様にしっかり見張ってはおいたから」

気配が消えてて全く気付いてなかった。衝立の横には困った様に目を伏せている雛鶴さんが正座して控えていた。流石くノ一。
「たまには嫁以外に酌してもらうのも悪かないねぇ」と相変わらず上機嫌な旦那に振り回されているみたいで、額に手を当ててハァとため息をついている。
と、その時。

「う、ず、い、さーん?」

突然、真後ろから声がして思わずヒィ!?と横に飛びのいた。
見ると、そこに居たのはいつもと変わらず微笑むしのぶさん。
でもそのしのぶさんからは、笑顔に全く見合わないゴゴゴゴゴ…と地を這う様な凄まじい音がする。この部屋の惨状のせいですかね、相当怒ってないか、これ…?

「今日は検診ですからお酒は飲まないでくださいとあれほど言ってありましたよね?まだ治療中なのに入院も拒否して、言いつけまで守らないなら一生良くなりませんよ。そんなに『あの薬』を飲みたいんですか?」

怒っているのは部屋のせいではなく飲酒が原因だったらしい。
宇髄さんの顔すら嫌そうに歪ませる『あの薬』って何だよ。怖すぎるわ。やっぱりしのぶさんの言うことは大人しく聞いておくに限る。
震えつつそう決意を固めていると、宇髄さんが面倒そうに頭をかきながら「んじゃー飲まされる前に大人しく行くとしますかね」と立ち上がった。
そしてすれ違い様に俺の肩をぽんと叩き、バチコーン☆と目配せ付きで耳に顔を寄せてくる。

「おい善逸。ここまでお膳立てしてやったんだ。『頑張れ』、よ?」

小さく、けれど含みを持たせ呟かれたそれに、いつぞや言われた破廉恥な言葉が唐突に脳内を駆け巡った。
『そらもう疑う余地もねえくらい派手に抱いてやんだよ』、と。

は、は、は、は、ハァーーーーー!?!?
っていうことは何なの、このよくわからん妓楼ごっこは全部、なまえちゃんとの関係性に悩んでる不甲斐ない俺のためにやったってこと!?
なまえちゃんと想いを通じ合わせる為に、今!?ここで!?雰囲気に身を任せてでも!?覚悟を決めろってこと!?いや無理すぎるでしょ!?
発想が突拍子もなさすぎるんですよ!!ていうかアンタ、絶対俺の為だけじゃなくて、楽しんでやってるだろ!?

全てを理解してオタオタアワアワする俺の横を、酒だけ回収したお盆を手に雛鶴さんまですごすごと通り過ぎていく。
しのぶさんの「善逸君、気が済んだら責任を持って元通りにしておいてくださいね」という無慈悲な一言を残して、立ちすくむ俺と、ちょこんと座り続ける花魁姿のなまえちゃんだけが部屋に残されてしまった。

「あっ、あ、その、えと…」
「訓練お疲れ様でした。善逸様」
「あ、うん、ありがとぉ〜…」

灯篭の明かりが、風に揺らめく。とりあえずなまえちゃんを放置して入り口に突っ立ち続けるわけにもいかないので、目を泳がせながらそろそろと中へ足を進めた。
でもさ、ど、どこに座ればいいんだよ。布団の上は論外だし、挟んで向かい合うのもなんかおかしい。散々迷った結果、布団の足元の方、なまえちゃんから見て右側にそおっと腰を下ろしてみた。
落ち着かなくてそわそわと部屋の中を見回すと、布団と灯籠、衝立だけでなく、囲碁や三味線に箏までその辺に転がっている。

「い、いろいろあるんだねぇ〜?」
「あ、はい。『せっかくだから雰囲気出して派手に楽しもうぜ!』と、音柱様が用意してくださったみたいで」

どこまで張り切ってんだよあのおっさん。
得意げに残していった目配せを思い出しながらうんざりしていたら、なまえちゃんが自分の横にある三味線を右手で撫でて苦笑いした。

「少し触らせていただいたのですが私には全く向いていないみたいで、どれも上手くできませんでした」

鬼狩り様に弾いてと頼まれても応えられないな、とか思ってそうだ。しゅんと眉を下げてしまっている。
こんな時こそ俺の耳の出番である。落ち込まないで欲しくて、努めて明るい声を出す。

「俺、琴と三味線なら弾けるよ」

座ったまま琴の前までずりりと移動し、遊郭で聞いた音を思い出しながら丁寧に爪弾く。沈んでいたなまえちゃんの表情が「とっても素敵な音色ですね」と途端に輝いた。
でもそれもほんのちょっとだけで、すぐにまたしゅんとしてしまったなまえちゃんは前に垂らした帯をそっとさすりながらぽつりと呟く。

「芸事はからきしですし、家事もこのお着物では上手く動けないでしょうし…。とても綺麗で素敵ですけど、私には似合わないですね」
「そんなことないよ!!」

咄嗟に口をついて出ていた。琴の演奏なんてそっちのけだった。なまえちゃんがびっくりして俺を見る。

「すっごくすっごく綺麗だよ!任務の時いっぱい本物の花魁見たけどさ、そん中でもなまえちゃんが絶対、一番可愛い!!」
「あ、ありがとう、ございます」

なまえちゃんの白く塗られた顔がぼわっと桃色に染まる。最近たまに響かせてくれているあの可愛らしい音も聞こえてきて、多分俺も赤い。
それでも照れついでに全部吐き出してしまおうと思った辺り、なんだかんだ言いながらこの雰囲気に流されていたのかもしれない。

「でも…可愛すぎて刺激が強いので、他の奴らには絶対見せないでね」

なまえちゃんは恥ずかしくてたまらないのか上手く言葉が出ないみたいで、胸の前で両手を握りしめて一生懸命こくこくこく、と頷いた。
自分で臭いことを言ったくせに俺まで羞恥心が限界突破してしまって、顔から火が出そうだ。
何か空気を変えられるものはないかと必死で探すと、なまえちゃんの横に置かれたままの三味線が目に入った。慌てて手に取り、撥でベベン、と弦をはじく。

「つっ、次は、三味線も聞く…?」
「っはい!お願いします!」

なまえちゃんは心を落ち着ける様にゆっくりと深呼吸してから、目を閉じて俺の奏でる音楽に耳を傾け始めた。
頬にはまだ少し先程の名残りを残しているものの、柔らかく微笑んでくれているからきっと楽しんでもらえているんだろう。
その横顔を眺めていたら、俺もどんどん上機嫌になって。なまえちゃんが気に入ってくれそうな曲を思い浮かべて三味線を弾き続ける。

「私も善子ちゃん、見てみたかったです」
「いやそれはいいからもう…どうか忘れてくださいな…」

なまえちゃんは綺麗な花魁の格好をしていて、妓楼に見立てられた部屋の中であっても、二人を包む穏やかな空気だけはいつもと何も変わらない。
空気に流されて押し倒したりとか、転んだ拍子に組み敷いちゃったりとか、きっとそういうのを期待してお膳立てしてくれた宇髄さんには申し訳ないけどさ。
無理して一足飛びにいかなくたって、こういうのんびりしたのが俺達らしくていいんじゃないかなあと、灯篭の薄明りに照らされるなまえちゃんの横顔を盗み見ながら思った。


後日「あそこまでしてやって指一本触れられねえたあもう救いようがねえなあ!?地味!地味すぎるわ!!」と宇髄さんから散々煽られて、ただひたすら真っ赤になってプルプルすることになるんだけども、今日のところはこのままなまえちゃんとのひと時を楽しませてほしいなって。

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