びいどろ玉の恋模様 | ナノ


フラれた。なまえちゃんに、フラれた。
何もやる気が起きない。真っ白に燃え尽きてしまった。
フラれて、了承して、それから今まで何をしていたのかも曖昧だ。屍。生ける屍だよこんなもん。
その上、もう少ししたら柱稽古とかいうこの世の地獄みたいなところにも行かなきゃなんないし。本当に、何もかもが最悪だ。
あまりに冷たすぎる現実に耐えきれなくて、ぼたぼた涙が止まらない。まだ療養中の炭治郎に出発の挨拶をしに来たわけだけれども、辛すぎてまともに話すことすらできない。寝台に添えられた椅子に腰掛け、その布団に突っ伏しメソメソ泣き続けた。

「何がダメだったんだよぅ…。最近すんごい良い感じだったじゃん。すんごい可愛い音響かせてくれてたじゃん。聞き間違いだったの?あれ全部聞き間違いだったってこと?」

炭治郎がとても心配してくれているのが見なくても音でわかる。だばだば泣きながら登場したらそりゃ心配するよな。何故か、少し迷っているような音もするんだけども。

「…解消したくないって、言わなかったのか?」
「言わなかった。もちろん言いたかったんだけどさ、なまえちゃんの音、もうめちゃくちゃ硬くて。詳しいことは聞いてくれるな、何も言うな!って感じに硬くてさ。…それに、なまえちゃんがちょっとでも嫌がったらすぐに離れるってのは前から決めてたから……言えなかった」

それで俺が呆然と「わかった」とだけ言った時、なまえちゃんどんな音を鳴らしたと思う?…ホッとしたんだ。ホッとしてたんだよ。俺が何も聞かずただ了承したことに、心からホッとしてたんだ。
そんなんさ、もう立ち直れねえよ。どんだけ俺とのお付き合いやめたかったんだよ。そりゃ生ける屍にもなりますよ。
なのに、えぐえぐと布団を濡らし続ける俺に、優しさの塊であるはずの炭治郎まで突き放すようなことを言ってのけた。

「逆に、良かったんじゃないか?」

聞こえた言葉が信じられなくて顔を上げると、炭治郎は真剣な顔で俺を見ていた。質の悪い冗談というわけではないらしい。迷うような音も消えている。

「…は?何が良いんだよフラれたんだぞ。逆でも逆じゃなくても何も良くないわ。どこに良い要素があるんだよ」
「だって善逸、ずっと悩んでたじゃないか。…これは推測だが、なまえとの歪な関係について悩んでいたんだろう?悩みの種がなくなったんだから、また最初からやり直せば良い」
「…最初、から…?」
「告白しなおせば良いんだ。今度はあんな恥を晒す様なやり方じゃなく」

思いがけない提案に涙が引っ込んで、ずび、と鼻を啜った。ぐちゃぐちゃの顔はあまりに酷い有様なんだろう、炭治郎が眉を下げて脇にあった手ぬぐいをよこしてくれた。

「お節介になるかもしれないと思って言わずにいたんだが…。善逸も、なまえも、自分の中だけで色々考えて、完結しすぎだ。もっと話をするべきだったんだよ。お互いが何をどう思っていて、どうしたいのか」
「そうだ、な………」

それはあまりに的確な指摘で、ぐうの音も出なかった。
自分なりにぐちゃぐちゃ悩んでばっかりいたけど今になって思えば、順番も場の状況も全部無視して「なまえちゃんのことが誰よりも何よりも世界で一番好きです!!」って言ってしまえば良かった。
やれることはいっぱいあるぞって宇髄さんからせっかく教えてもらったのに、なまえちゃんにも俺のこと好きになってもらってから情熱的に…とかかっこつけてる場合じゃなかった。
最近良い感じ…だと俺は思ってたから、ついつい欲張ってしまったのが馬鹿だった。

「それに、思うんだが…、なまえは大抵の雑務は完璧にこなすし、身体能力も人並外れてる。けどその分、人付き合いに関しては幼子同然と言ってもいいくらいなんじゃないか?」
「…確かに、俺たちと会うまでずーっと隠れて、隊士の世話と鍛錬ばっかりしてたんだもんな。お店とかで必要最低限のやり取りする以外、人と関わったことは殆どなかったのかも」
「うん。なまえが人付き合い初心者な分、善逸の方から歩み寄る必要があったのかもしれないな」
「なんでお付き合いを辞めたいのか理由をちゃんと教えてって俺の方から踏み込めば、もしかしたら解消せずに済んだかもしれないってこと…?」
「確証はないけどな。でも少なくとも、なまえが善逸といることを嫌がるような匂いをさせていたことは、これまで一度もなかったよ」

手ぬぐいで鼻をかむ。炭治郎が両手をぐっと握り拳にして、見ている人みんなが元気になってしまうような太陽みたいな笑顔を浮かべた。

「大丈夫だ。善逸がちゃんと真正面からぶつかっていけば、なまえも必ず応えてくれる」
「……たぁんじろぉ〜〜!!!!できるかなあ、俺今度こそできるかなあ!?本当はなまえちゃんともっと一緒に居たいんだようう!!!」
「ああ!できるさ!善逸は、やればできる男なんだから!」

鼓舞してくれる炭治郎のおかげでなんだかもりもり元気が湧いてきた。おめぇはほんとにすげえ炭治郎だよ。手ぬぐいを返したら、何故かすっごい微妙そうな顔で受け取ってくれたけど。

「で、伊之助が言っていた『合同強化訓練』って何なんだ?」
「ああ、それね……。柱稽古っていうらしいんだけどさーー」

その後は炭治郎と柱稽古に関してひとしきり会話してから蝶屋敷を後にした。なまえちゃんに関する感謝はすぐにどこかへ飛んでいき、一瞬親友を辞めることになりかけたけども、結論、炭治郎には俺がいてやらないとね!というところに着地した。しょうがないなあ、もう!

出発前のあとちょっとの時間でなまえちゃんを探してみたんだけど、しのぶさんからの頼まれごとで出かけているとアオイちゃんが教えてくれた。いないなら、仕方ない。
それになまえちゃんは鬼を狩ることより自分を優先されたって絶対喜ばない子だから、今はとにかく柱稽古に集中しようと思う。

そうやって俺はようやく前向きさを取り戻したわけなんだけれども、地獄の走り込みの休憩中に村田さん達から聞き捨てならない情報を耳にしてしまった。

「脳内彼女といえばさ、」
「だからなまえちゃんはホントにいるって言ってるでしょおお!?…今は彼女ではないけども」
「うんうんわかったわかった。…それで?といえば、なんだよ?」
「いやな、先に進んだ体力馬鹿の同期から聞いたんだけど、可愛い女の子がこの先の稽古の手伝いをしてるらしいんだよ」
「へえ?元音柱様の奥さん達みたいな?」
「そうそう。でも誰かの奥さんとかじゃなくて、俺たちと同い年くらいの、テキパキしてて物静かだけど控えめな笑顔がすごく可憐な女の子なんだってさ!」

ん…?心当たりのある特徴にひやっと嫌な予感がして、思わずおにぎりを食べる手が止まる。

「名前も教えてもらったらしいんだけど、これがすげえ偶然でさ。なんと善逸の脳内彼女と同じなんだぞ!」

や、やっぱり!?予感が的中してしまい、頭を抱える。
なまえちゃん!?俺とのお付き合いを解消したと思ったら、次は一体どこで何やってんの!?

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テーマ「人外ファンタジー」
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