びいどろ玉の恋模様 | ナノ


「何なの?続けて任務って馬鹿なの?酷使は良くないと思うんですよね」

とある村から離れてすぐの、田んぼに囲まれたのどかな小道を行く。
どよん、と重い空気を纏った善逸様がボソボソと呟いておられるのは、鬼殺隊への不平不満だ。
確かに言いたくなる気持ちはわかる。一人で鬼狩りに赴いた善逸様が明け方になってなんとか生きてるよぉと帰ってきてくださった瞬間に、空から舞い降りたチュン太郎君が元気に鳴いて新しい任務を運んできたのだから。
善逸様が「鬼が勝手に死んだのも、もう次の任務が来るのも、信じられないんですけど!!」と絶望して叫んでおられる横で、私もあれには唖然としてしまった。

「それだけ善逸様が信頼されているということだと思います。お疲れでしたら、少しだけ休憩されますか?」
「…ほんとに?俺信頼されてる?こき使われてるだけじゃない?」
「はい。善逸様はお強いですから」

私の言葉におべんちゃらや嘘偽りは一切含まれていない。すべて心から思っていることである。
善逸様は毎回鬼と対峙されるまですごく怖がっておられるし、討伐後は自分が倒したという記憶がないらしくいつも混乱されている。善逸様が切ってくださったんですよとお話ししても信じてくださらない。
けれど私は知っている。善逸様がとてもお強くて、稲光のような太刀筋であっという間に鬼を倒してしまわれることを。

「…強くなんかないよぉ、いつも気付いたら鬼死んでるし…。でも、まあ、なまえちゃんがそう言うなら、うん。頑張る」

善逸様が自身を鼓舞するように背筋を伸ばして、とぼとぼと元気のなかった歩みも少し力強くなった。

「なまえちゃんは大丈夫?足、痛くない?」
「はい。平気です。お気遣いありがとうございます」
「えへへ。なまえちゃんは本当に頑張り屋さんだよねえ。そんななまえちゃんだから、俺は、その、『一番』、すすすすすすぅ…」
「カァー!手紙ィー!手紙ィー!」

突然烏の鳴き声がして、善逸様が唇を突き出した不思議なお顔で固まってしまわれる。…今、何かを言おうとされていたのではないだろうか。
やはりそうだったらしく、一瞬の間を置いて、なんでわざわざこの瞬間に来ちゃうんですかねえ!?と上空に怒鳴りつけていらっしゃる。
それでもしっかりと左腕を出して止まり木の代わりにしてあげられるところがやはりお優しい方だ。烏、いや鎹鴉がその腕に留まり、くくりつけられた手紙を差し出した。

「取レェー!サッサト取レェー!!」
「ん、あれ?こいつ炭治郎の鎹鴉じゃ…?」
「えっ」

言われてよくよく観察すると、この瞳や毛並みは確かに天王寺松衛門さんだ。
炭治郎様は上弦の陸との戦いでの負傷がひどく、旅立つ時にもまだ眠られたままだった。そのためわざわざ手紙をよこすなんて何事かとビクビクしながら渡された手紙を読み始めた善逸様の顔が、だんだん明るくなっていく。

「炭治郎、目が覚めたって!」
「!!良かった、良かったです…!」

なるほど、それはとても良い知らせだ。さらに、炭治郎様は既に完全復活されていて、機能回復訓練に臨まれているらしい。手紙をくださったのは、きよさんだった。
手紙を読み終えた善逸様と顔を見合わせる。嬉しくて、二人して自然と笑顔が溢れていた。

「じゃあ、気を取り直して俺たちも頑張ろっか!」
「はい!」

街から村へ、そしてまた街へ。時折藤の花の家紋の家や旅館で休息をとりながら、しばらくは二人で鬼狩りの旅を続けた。
初めてご一緒した単独任務の時のように私が巻き込まれてしまうことはなく、青い顔でガクガク震えながら鬼狩りに出られる善逸様を宿で見送り、翌朝帰ってこられるのをあたたかく迎え入れる。すぐに湯浴みとお食事が出来るよう宿の方に頼んで手伝い、準備しておくことも忘れない。
ある時、お借りしている藤の家紋の家の一室で、湯上がりほこほこの善逸様がお茶碗片手にゆるゆると笑いながら言った。

「…こういうのも、いいなって思ってたんだよね」
「? こういうの、とは?」
「俺が仕事に出かけてさ、なまえちゃんはそのお見送りとお出迎えをしてくれるの。俺はお出迎えしてくれたなまえちゃんを見て、嬉しくて疲れがどっかに飛んでっちゃうんだ。そういうのが、まるで、めっめっ、夫婦、みたいでいいなって」
「!!!」

思わず頬が熱くなってしまった。善逸様があまりにも幸せそうにおっしゃるものだから。ただの例え話、なのに。
上弦の陸との戦いの後目覚められてから、善逸様は以前より一層私に甘くなった。
しきりに体の心配をしてくださるし、何かあればすぐに褒めてくださる。
新しい任務がくるたび愚痴を吐きはされるが、最後には「なまえちゃんがそう言うなら」「なまえちゃんが一緒にいてくれるから」と、私が少しでも善逸様のお力になれていることをしっかり言葉にして教えてくださる。

私はもう以前の私ではない。善逸様のことをお慕いしている。自覚、している。
そのせいだろうか、善逸様が私を見る目がとてもあたたかいものに感じられて、もしかして善逸様も少しくらいは私と同じ気持ちでいてくださっているのではないかと、勘違いしてしまいそうになる。その度に、私の想いと善逸様の優しさを都合よく結びつけてはならないと自分を律する日々だ。

勘違いしてはいけない。そう思った時点で既に遅いということを、私はこのすぐ後に身をもって学ぶことになる。


***


「ギィィヤアアアアアアァァ!!!!!!」

久々に訪れた蝶屋敷。禰豆子様が陽の光を浴びておられる。口枷も外れ、その可愛らしいお顔の全ても初めて見ることができた。
嬉しさで胸がいっぱいになって思わず駆け寄ろうとした時、隣にいらした善逸様から激しい歓喜の叫びが響き渡った。

「可愛すぎて死にそう!!!どうしたの禰豆子ちゃん喋ってるじゃない!!」

風のように移動し、興奮したご様子で禰豆子様の両手を握る。後ろからでもわかるくらい、耳まで真っ赤に染め上げて。

「月明かりの下の禰豆子ちゃんも素敵だったけど、太陽の下の禰豆子ちゃんもたまらなく素敵だよ素晴らしいよ!!」

「うるさい!」「どうぞご勝手に!」と皆さんが耳を塞ぎながら善逸様の叫びを止めようとされているが、私は何も出来ず突っ立ったまま、その様子を遥か遠くから眺めるような感覚で視界に捉えていた。
善逸様が美しい女性にのぼせ上がる場面なんて、恋心を自覚してからも、もう何度も目にしてきたのに。そのお相手が禰豆子様というだけで、こんなにも、こんなにも、重く苦しく感じるものなのか。
…これ以上この場にいたくない。胸の奥から強い衝動が湧き上がる。

気付けば私は皆さんの輪から外れてふらふらと歩き出していた。
後ろで「おかえりいのすけ」と禰豆子様の声がして、善逸様がそれに憤慨されているのが聞こえる。
早く善逸様のお名前も呼んでいただけるよう、私も手助けしなければならないのに。思考と感情と体の動きが全部ぐちゃぐちゃになってしまって、うまく制御できない。

覚束ない足取りではあったが、与えていただいている部屋までなんとか戻ってきた。扉を閉めて、背負っている風呂敷包みの結びを雑に緩め、そのままどさりと床に落とす。普段ならそんな乱暴なことは絶対にしないのに、どうしても億劫で。そのまま足を進めて、寝台に腰掛けた。シン、と冷たい静けさに包まれる。
先程の善逸様のご様子が頭から離れないのだ。とても幸せそうにされていた。お顔を真っ赤に染めて。禰豆子様の手をギュッと握って。…私の手には、触れてくださったことすらないのに。
そこまで思って、ハッとした。私は今なにを考えていた?
同時に、お婆様と炭治郎様の言葉が脳裏を掠める。

『どのような時でも誇り高く。身命を賭して、励むのですよ』
『自分の立場をきちんと理解して、その立場であることが恥ずかしくないように正しく振る舞うこと、かな』

自分の、立場。
私に求められているのは、善逸様が愛する禰豆子様と幸せな日々を送れるように、陰に日向にお支えすること。
私は、それを理解して正しく振る舞えているだろうか。…いや、特に最近は、酷いものだったように思う。生まれて初めて殿方に恋をして、浮かれて、自分のすべきことを、徹するべき立場を、忘れてしまってすらいた。

その上、先程の一件で痛いほどに分かってしまった。
善逸様に愛されたい。私だけを、見て欲しい。その優しさを独り占めしてしまいたい。
醜くすら感じてしまうほどのこの想いに気付いてしまったから、もう、止まらない。止められない。
そんな状態で『誇り高く』あるのは、今の何もかもが未熟な私には不可能だということが。

「…お婆様。私、覚悟できてなかったみたいです…」

ぼろぼろ、と抑えきれなかった涙が、握りしめた両の拳の上にこぼれ落ちる。
お婆様はいつかこうなってしまうことがわかっていたのだろうか。だから、あんな問いをされたのだろうか。

途中で投げ出すなんて一番責任感に欠けた行為であることは重々承知している。
それでも満足に責務を全う出来ないままだらだらと契約不履行を続けるよりは、すっぱりと破棄を願い出る方がよっぽど誠実な筈だ。
最後だけでも、誇り高く、ありたい。

涙をぬぐい、深呼吸をして心を落ち着けてから、立ち上がって部屋を出た。
先程の中庭から順に見て回ったが屋敷の中にはいらっしゃらなかったので、門から顔を出して外を伺う。
すぐ目の前のところで地に生えた野生の花を一生懸命集めておられるその背中を見つけた。

「…善逸様、」
「あっなまえちゃん!どこ行ってたの?探してたんだよ!」
「お話が、あります」
「…?どうしたの…?」

笑顔で振り返った善逸様の顔が私を視界に入れた途端に強張った様に見えたのは、気のせいか。

「私は、善逸様のご要望を満たすことができなくなってしまいました。…お付き合いを、解消させてくださいませんか」

二人の間を分かつように強い風が吹き抜けた。
もしも私が今あの列車鬼の術にかかったとしたら、一体どんな夢を見るのだろう。

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -