びいどろ玉の恋模様 | ナノ


善逸様!善逸様!!となまえちゃんが俺を呼ぶ声がする。
痛くて悲しい音だ。もしかして泣いてるの?
なんとか薄く目を開けると、これまで見たことないくらいぼろぼろ泣くなまえちゃんが、次から次に出てくる大粒の涙を両手で懸命に拭っているのが微かに見えた。
ねえ泣かないで。そんなに擦るとせっかくの可愛い顔が傷ついちゃうよ。
今は体中めちゃくちゃ痛くて動けないけどさ、なまえちゃんのためならきっとすぐに治してみせますよ。
そう言ってあげたいのに声も出せない。目を開ける力すら尽きてしまった。
真っ暗な意識の中で、深呼吸して涙を落ち着かせたなまえちゃんが、手早く応急処置を施してくれているのを感じる。
音柱様も、炭治郎様も、伊之助様も、大丈夫ですよ。隠の方達が診てくださっています。禰󠄀豆子様も箱に戻っていただきました。皆さん、大丈夫です。大丈夫ですからね…!
そう、懸命に声をかけてくれている。
しばらくするとその小さな背中で自分よりも大きい俺の体を軽々とおぶさって。
…また背負われちゃった。もう何回目かなあ。情けねぇ…。

心地いい揺れの中、意識がどんどん沈んでいく。そうして俺は、潜入任務の前に交わした宇随さんとの会話を夢にみた。



***



「嫁が三人いるとかとんでもねぇよ…」
「まだブツクサ言ってんのか」

花街への潜入準備と称して炭治郎の顔が真っ白に塗ったくられていくのを手持ち無沙汰に眺めていた。
本当にあれでいいのか?あんなに塗ってる女の子、居なくね?
疑問は尽きないけど、花街の流行りや化粧のことはからっきしなのでこの奇妙奇天烈なおっさんを信じるしかない。
それに俺は、けしからん色男に聞きたいことがある。

「宇髄さん」
「祭の神と呼べ。何だ」
「…嫁が三人居るって、どうやったらそんなことになるんですか」
「一族の決まりだ。うちは一夫多妻制なもんでな」

は?この時代にそんな羨ましい家系があんの?
何で俺はその家系の生まれじゃないの?俺も三人の嫁ときゃっきゃうふふしたいんですけど?
羨まし過ぎて思考が違う方向へ行ってしまった。本当に聞きたかったのはそんな素晴らしすぎる何処ぞの家系の話ではない。
俺が思考を飛ばしている間にも炭治郎の変装は進んでいく。真っ白けに塗られて見えなくなった眉の上にまろ眉を乗せて、どうやってるのか知らんがいつもよりまつ毛が長く濃くなっている気もする。いやでもあれ、長過ぎねえか?

「…三人の中に順序とかあるんですか」
「あ?三人とも派手に愛してるに決まってんだろ。何言ってんだお前」
「………」

アンタが何言ってんだよ会話にならねぇよ…。
ただ、『派手に』を『平等に』と翻訳すれば理解できる文章になる。つまり、三人に対して抱いている気持ち上の優劣はないってこと。
それならやっぱり、この人に聞いてみて損はないだろうと思う。最近ずっと俺を悩ませ続けているあの女の子について。
炭治郎の頬が、今度はひたすら真っ赤に、丸く、塗られていく。

「あのー、例えば、例えばですけど。その三人のうちの一人から、他の二人が本命で、自分は本当は愛されてなくてただ身の回りの世話させたいからそばに置かれてるだけ…なんて勘違いされたらどうしますか」
「はあ?んなもん決まってんだろうが。派手にわからせてやんだよ」
「は?どうやって?」
「そらもう疑う余地もねえくらい派手に抱い「ギャアアアアァァ破廉恥ィィィ!!!!」うるっせえなァ…」

あれれぇ!?やっぱなかったかな!?損しかなかったかな!?はーやだやだ手が早い男って!
それに、もしなまえちゃんにどどどど同衾を提案してみろ、性欲の処理でございますね。とか言ってただただ淡々と対応してくれそうだ。わからせるなんてとんでもない。参考にならねえ!

最後に唇も真っ赤に塗ったくり、あとは適当に髪を縛れ!次!猪!!と言いながら炭治郎を解放した宇髄さんが、ニヤリと笑って俺の方を向く。

「ははぁーんなるほど、お前惚れた女と上手くいってねえのか」
「!!!!!」

そ、そんなことないしっ!?最近はなんかちょっといい感じかもって!?思ったりも!?しますし!!??
並べた質問達に隠した悩みをあっさり見破られて内心焦りまくってる俺をよそに、天元さんは「あの藤の着物を着てた嬢ちゃんだな?」と、俺の想い人が誰かまで言い当てている。
腐っても忍ということか。侮れない観察眼だ。俺がわかりやすいだけなのかもしれないけど。
伊之助から無理矢理猪頭を取り上げ、またもや顔を白く塗りつぶし眉を描いていくその横顔は俺の見間違いでなければつまらなさそうだ。
炭治郎は自分の髪と格闘しつつも、俺と宇髄さんをチラチラと心配そうに見比べている。

「情けない。情けないねえ。惚れた女一人満足に幸せにしてやれず、挙句そんな訳のわからん勘違いさせてるようじゃあ、地味過ぎて俺がわざわざ恋愛相談に乗ってやる価値もねぇよ」

伊之助の化粧も完成して、ほれ次はお前だ、と呼ばれたので渋々宇髄さんの前に移動する。
そんな言い方しなくてもいいじゃねえかよう。ひでえよ。不貞腐れる俺を面倒そうに見下ろした宇髄さんは、ハァッとため息をついた。

けれども、たっぷりの白粉と共に降ってきた次の言葉は、本人にその意図があったのかは謎だけれどもとてもわかりやすく簡潔で、めちゃくちゃまっすぐ俺の心に突き刺さった。

「男だろうが。ガツンと決めろ。言葉で、態度で、それでもわかんねえなら体で。生きてんだから、やれることはめちゃくちゃあるだろうがよ」



***



意識が浮上する。目を開けたのに、真っ暗なまま。近くから聞こえるのは、炭治郎と伊之助の音。普段よりだいぶ弱々しい。
身体中、特に足が痛くて、うまく動けない。金縛りにあったみたいだ。声を出してみようと思ったけど、寝起きのせいだろうか、出てくるのは掠れた吐息だけだった。
だんだん目が慣れてきて周りが少し見えるようになると、そこが蝶屋敷の、いつもお世話になっている怪我人用の一室だということがわかった。暗いのは夜だから。
どれくらいの時間かはわからないけど、この部屋以外から聞こえてくる音がかなり小さいところを見ると多分それなりに深い時間……いや、待てよ。足音が聞こえる。近づいてくる。
それにこの音は…、なまえちゃんと、禰󠄀豆子ちゃん?
扉が静かに開いて、思い浮かべていた通りの二人が顔を覗かせる。何故だか俺は咄嗟に目を閉じて寝たふりをしてしまった。
二人はそんな俺に気付かず、炭治郎と伊之助の寝台の間に歩いていく。薄目を開けて様子を伺うと、禰󠄀豆子ちゃんが手を伸ばして、眠り続ける炭治郎の手を握っていた。二人が並んで立っているところは初めてみたけど、なまえちゃんの方が禰󠄀豆子ちゃんより小さいんだなぁ。幼少期から重い物を担いで鍛錬し続けてたとか言ってたし、それでかも。

「ムー…」
「…大丈夫です。きっとすぐに目を開けてくださいます」

心配そうな声を出す禰󠄀豆子ちゃんの肩をなまえちゃんが労るようにそっと撫でる。それでも禰󠄀豆子ちゃんの悲しそうな顔は晴れなくて自身も苦しげに眉を寄せたなまえちゃんは、すぐに何かを思い出したようで「そうだ、」と声に出しながらいそいそと自分の帯に指を入れ、五センチほどのちりめん柄の巾着袋を取り出した。

「今日街へお使いに行った際に駄菓子屋で見つけまして、禰󠄀豆子様にと思って買ってきたものがあるんです。…これを、どうぞ」
「?」

禰󠄀豆子ちゃんの片手を優しく取り掌を上に向けさせてから、その上で巾着袋の紐を解く。さかさまにされたそれからコロコロと出てきたのは、びいどろ玉。小さすぎて俺からは見えにくいけど、ぶつかりあう音から推測すると、三つ、ある気がする。

「びいどろ玉です。弾いて遊ぶものなんですが、その為に買ってきたのではなくて…」
「ムムー!」
「!!そうです、おわかりになりますか?炭治郎様の瞳の色にそっくりだなと思いまして」

三つのうち一つを禰󠄀豆子ちゃんが嬉しそうにつまみ、目線の高さに持ち上げる。窓から差し込む月明かりに照らされたそれは、綺麗な赤色をしていた。

「それからこれが、善逸様と、伊之助様。皆さんが目覚めて、このびいどろ玉と同じ色の瞳でまた笑ってくれる日が早く来ますようにと、願いを込めながら買って参りました。禰󠄀豆子様に差し上げます。もしよろしければ、この巾着袋に入れて、…御守り代わりにでも…していただけたら嬉しいです」
「ムー!」

三つのびいどろ玉を禰󠄀豆子ちゃんが大切そうに抱きしめる。その様子をなまえちゃんは何処かくすぐったそうにしながら優しく見守っていた。
…多分、残りの二つは黄色と水色なんだろうな。心温まる二人のやりとりに、思わず涙が溢れてしまいそうになった。

「さあ、お体が冷えてしまいます。そろそろお部屋に戻りましょう。また明日もお見舞いに来ましょうね」
「ムー」

なまえちゃんが優しく促すと、禰󠄀豆子ちゃんが名残惜しげに炭治郎の髪を撫でた。その様子を見守っていたなまえちゃんの目がふいに俺を見る。
心配そうな、痛くて悲しい音。ああ、体が動けば、声が出せれば、俺は元気だよって今すぐ言ってあげられるのに。
それから二人は手を繋いで、来た時と同じように静かに扉を開けて出て行った。

「もしまだ眠られないようであれば、お手玉遊びでもしましょうか」
「ムー!」

廊下に出てから他の人たちを起こさないように小さく交わされるそれも、俺の耳にはしっかり届いている。なまえちゃんは多分、俺たち三人ともが寝込んでしまい不安そうにしている禰󠄀豆子ちゃんを気遣って、一緒に過ごしてくれているのだろう。

じゃあ俺も、俺にできることを今すぐしよう。休息だ。
そんで早起きして、なまった体と喉を叩き起こして。
きっと朝一番に俺の様子を見に来てくれるなまえちゃんにまずは、心配かけてごめんねって、元気なとこ見せなきゃね。
そう。生きていれば、やれることはめちゃくちゃあるんだから。これから君に、どんな風に愛を伝えていこうか。

あのおっさんのおかげと認めるのはめちゃくちゃ癪に障るけど、今の俺はここ最近では一番、晴れやかな気分だった。

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