びいどろ玉の恋模様 | ナノ


善逸様が、炭治郎様や伊之助様と一緒に音柱様の任務へ同行することになった。
そうなる前には蝶屋敷の方々が音柱様に攫われそうになって…というくだりがあったのだが、今この話は割愛しておく。
御三方ともそれぞれの任務から帰還したところなのに、すぐに出発される様だ。

「なあ、善逸」
「…うん。なまえちゃん、今回は蝶屋敷でお留守番しててくれないかな。アオイちゃん達の話も聞かずに連れ去ろうとする様なヤツだし、なにさせられるかわかったもんじゃないからさ」
「…はい。かしこまりました」
「最近ずっと一緒だったから、ちょっと寂しいね…。あっでも柱との任務なんて絶対ロクなもんじゃないし、なまえちゃんはここで待っててね。着いてきてってことじゃないからね!」

言いながら、善逸様は笑ってはいたものの、今にも泣きそうなお顔をされていた。
その表情を見ていると胸が締め付けられ、喉まで出かかった言葉を口にするか迷っていたら、「おらぁ野郎共!ちんたら別れの挨拶してんじゃねえ、行くぞォ」と、門の外から音柱様が呼ぶ声がする。

「無事のお帰りを、お待ちしておりますね」

だから代わりにそう声をかけ、言葉通りの想いをたくさん込めた切り火をさせていただいて、蝶屋敷の方々と共にその背中を見送った。

…やはり正直に言えばよかっただろうか。私も寂しいです、と。
そうしていたらもしかしたら、私も同じ気持ちだとわかって、少しくらいは喜んでもらえたかもしれない。いや、自惚れ過ぎか。

蝶屋敷で過ごす時間はとても穏やかで平和だった。この屋敷の皆さんには那田蜘蛛山での任務の後から長くお世話になっており、その際に「もっと仲良くしたいので、私たちのことも名前で呼んでください!」とのお優しい言葉をいただいている。皆さんとても素敵な方達だ。
それにもともと家事は得意なので、皆さんが少しでも休息できる様、張り切って屋敷中を駆け巡った。すみさんが、「なまえさんが通った後は滑っちゃいそうなくらいペカペカなんです…!」と言ってくださったので少し嬉しかった。

「精が出ますね」

今日も今日とて窓を念入りに拭き掃除していると、後ろから穏やかな声が聞こえてきた。振り返るとそこに居たのは、蟲柱の胡蝶しのぶ様。
このお屋敷で再会した際には、やはり柱の方だった、まさかここがこの方のお屋敷だとは、と内心驚いた。そんな私に「なるほどー!貴女が行動を共にしていた隊士というのは竈門君達のことだったんですね!」と笑いかけてくださり、以後、善逸様達がここで過ごす際は私のことも嫌な顔ひとつせず受け入れてくださっている。女性ですからね、と専用の部屋まで用意してくださったくらいだ。
今回の留守番中、胡蝶様は私がお世話になり始める前から任務に出ていらしたのだが、やっとお戻りになった様だ。ちなみに、善逸様達と時を同じくして別の任務に出られていたカナヲ様も、今朝方戻られた。
「おかえりなさいませ」と頭を下げると胡蝶様は「ただいまです」といつものように微笑んでくださった。

「以前手当てをした隊士の方が、お礼にと甘味を持ってきてくださったんです。よろしければなまえさんもどうですか?ちょうどいい時間ですし、みんなでお茶にしましょう」

蟲柱様ともあろうお方が、わざわざ私をお茶会へ誘うために声をかけにきてくださったのか。なんと恐れ多い。けれど私はお世話になっている身、そんな贅沢な時間をいただくなんて…と断ろうとした時、以前善逸様から聞いた「アオイちゃん達が、なまえちゃんは働き過ぎって心配してるんだよ」という話をふと思い出した。

「…はい。片付けて手を洗ったらすぐに参ります。お誘いありがとうございます」

おずおずとそう答えると、胡蝶様が満足げに笑って頷く。私の選択は正しかった様だ。

支度を済ませて急いで居間へ向かうと、丸い卓の周りにはもう皆さん勢揃いされていて、甘味とお茶も既にそれぞれの前に配膳されていた。申し訳ございませんと慌てて謝りながら、空いている場所へ腰を下ろす。胡蝶様とアオイ様の間。鬼狩り様に挟まれて、恐れ多くも、何処となく擽ったくも感じる。カナヲ様は胡蝶様の私とは逆隣の位置、きよさんなほさんすみさんはいつも通り三人仲良く並んでアオイ様とカナヲ様の間だ。
しばらくは甘味の美味しさに舌鼓をうち、話の内容もこんな風に美味しいとか、これはどこの店のものだとか、そういったものばかりだった。
けれどそれぞれの皿が空になって熱いお茶を注ぎなおした辺りから、炭治郎様は本当に頑張り屋さんだとか、善逸様がいやらしい目で見てくるとか、伊之助様がふすまをぶち抜いて大変だったとか、そういった世間話にだんだん移り変わっていった。

「あのぉ〜…」

カナヲ様の隣で、すみさんが言いづらそうにもじもじしながら右手を上げる。ちらちらと様子を伺う先は…私?
その様子にハッと反応したきよさんとなほさんも途端に私を見つめるものだから、何事かと目を瞬かせた。

「なまえさんは善逸さんとお付き合いされてるんですよね?」
「善逸さんが好きってことですか?」
「どんなところが好きなんですか?」

目を見合わせてコクンと頷き合った御三方の口から、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
…好き?どんなところが、好き…?
予想だにしなかった言葉が頭をぐるぐる回り理解に三秒ほどかかってしまった。アオイ様もその間に、それ私も気になりますと身を乗り出されている。
これはまずい。確かに私と善逸様はお付き合いをしているし、それは既にこの蝶屋敷の皆さん全員の知るところではあるが、とんだ勘違いをされている様だ。

「あ、あの、私は善逸様のご要望に応えただけで、好きとかそういうことでは…。それに善逸様も、そこにいた女体が私だったというだけで、私自体に特別な感情を抱かれているわけではないんです。ご本命の禰󠄀豆子様もいらっしゃいますし」

紛うことなき事実を説明したのにも関わらず、何故か居間の空気が一瞬止まってしまった。確かに想い合っていないのにお付き合いをするというのは不誠実な関係で、理解していただくのは難しいのかもしれない。
非難を覚悟して一瞬身を硬くしたが、動き出した皆さんの表情は予想に反して穏やかだった。
「善逸さん、かわいそうです」「いえこればっかりは善逸さんの普段の行いのせいよ」と、隣り合うきよさんとアオイ様が話していらっしゃるが、その真意が掴めない。胡蝶様は楽しげに、カナヲ様はキョトンとしながら話を見守られている。
家に篭って家事ばかりしていたせいで、こういった普通の会話に対する練度が足りていない。なんとかついて行かなければと必死に頭を動かしていると、「でも、」となほさんがまた私を見て話し始めた。

「でも善逸さん、なまえさんとおられる時すっごく楽しそうです!」
「うんうん!女性と見ると誰彼構わずだらしない方ですけど、なまえさんといる時が一番幸せそうに笑われてますよね」
「なまえさんも最近は、善逸さんといらっしゃる時同じような顔をされてますよっ」

…そうなのだろうか。自覚がない。
けれどはっきりと言えるのは、善逸様に褒めていただくと一等嬉しく、一緒に居るととても穏やかな気持ちになれるということ。

「…ご指摘いただいたことに関して自覚はないのですが…善逸様はとても、お優しい方です。至らない点ばかりの私に、それでもいいから一歩ずつ頑張ろうと言ってくださって…その言葉があったから今の私がある、そう思っています。それに、怖くても痛くてもここぞという場面では決して逃げない、優しさと強さを併せ持たれている善逸様を、私は心から尊敬しております」

そんな気持ちが隠しきれていないのかもしれないですね、と話を締め括ると、きよさんなほさんすみさんが、ほわぁ…と頬を染めてしまわれた。あまりにも率直に気持ちを吐露し過ぎてしまっただろうか…、とだんだん恥ずかしくなってくる。
隣に座るアオイ様も驚いた様に私を見ていた。

「…なまえさんは善逸さんのこと、とっても幸せそうにお話しされるんですね。そんなふうに笑われているところ、初めて見ました」

笑っ、ている。それこそ自覚がなかった。
慌てて頬を触って確認していると、逆隣に座る胡蝶様が私の顔を覗き込み、優しく優しく、言う。

「なまえさんは、善逸君に恋、されてるんじゃないですか?」

…恋。恋。
恋を…している?私が、善逸様に?

ぼふん、と。顔から火が出たかと思った。

生まれてきてから一度も恋というものをしたことがないから確証はない。けれど、恋かもしれないと思うと、善逸様に感じるこの温かく切ない気持ちも全て辻褄が合ってしまう。

種はいつからここにあったのだろう。芽吹いたきっかけは、…恐らく、無限列車で煌めく稲光を目の当たりにした時。
自分でも気付かないうちに心の奥底でどんどん大きく成長していたそれは、抑えつけていたものを取っ払ったことで顔を出した。
この気持ちの名前が、恋。
善逸様の優しさに甘やかな痺れを覚えるのは、私が善逸様に恋をしているから。

多分私は今、真っ赤になってしまっているのだろう。とても暑い。胡蝶様はあらあらと手で口を隠しながら上品に笑っておられるし、アオイ様達も微笑ましいものを見るようにニコニコ、いや、ニヤニヤ?されている。
カナヲ様は何故か私と同じように顔を赤く染めてワタワタとしておられた。恥ずかしくてたまらない気持ちをうつしてしまったかもしれない。

「善逸さんの次の任務がまたお一人だったら、二人旅でドキドキしちゃいますね〜!キャア〜!」
「そ、それとこれとは別のお話です。私は私に求められている身の回りの世話と鬼狩りの補助という役割を全うするのみです」
「ええーっ!?ま、真面目さんです…!」
「それ少し善逸さんに分けてあげてくださぁい!!」

そうだ、恋を自覚したからといって、浮かれている場合ではない。
私の気持ちがどうであろうと、善逸様からの要求にお応えする、という点では今後も何ら変わりはない。
影響されない様より一層気を引き締めて参らねばと、きよさん達からの不満そうな声を聞き流しながらまだ少し熱い頬に両手を当てて冷ます。
そんな私を見かねてか「カナヲの方はどうなの?」「!?」とアオイさんが別の話題を振ってくださった。そうか、カナヲ様も恋をされているのか。

女同士の話は止まることを知らない。けれど、幸い今屋敷で看護している隊士の方はいらっしゃらないし、今日済ませるべき最低限の家事も既に終わっている。いつもお忙しい胡蝶様とカナヲ様も、任務帰りの今日は珍しく休息日だ。
たまにはこんな風に、女性だけでのんびりする日もいい。今度は禰󠄀豆子様も一緒にできたらもっと素敵だ。
こう思えるのもきっと、肩に込めた余計な力を抜いてくださった善逸様のおかげ。
だから皆さんには早く無事で帰ってきてほしい。賑やかな声を聴きながら、目を閉じて祈った。



そうして気恥ずかしくも楽しいひとときを過ごしたその日の夜、夜半過ぎ頃のことだった。炭治郎様の鎹鴉が蝶屋敷を訪れ、祈り空しく最悪の事態を告げたのは。

「上弦ノ陸トノ戦闘発生、撃破!宇髄天元、竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、四名共ニ、毒ト外傷ニヨリ重体、搬送予定!救護ノ準備求ム!!」

皆さんが、…善逸様が。重体。つまり、今まさに生命の危険に晒されている。
目の前が、真っ暗になった気がした。
報を聞き手早く身支度を済ませそれぞれの部屋から飛び出してきたアオイ様達が、これから運び込まれてくるであろう重症者達の看護に向けて慌ただしく準備を始める。
同じく部屋を出て、私も手伝わねばと震える足を無理矢理動かしてそちらへ合流しようとしていると、いつのまにか後ろに立っていた胡蝶様が静かに微笑んで私の肩に手を置いた。
その瞳と視線があった瞬間、私はもう一度部屋に戻り風呂敷包みを引っ掴んで駆け出していた。

あんなに寂しそうな笑顔が最後に見た善逸様になってしまうなんて、絶対に絶対に、嫌だ!

炭治郎様のところへ戻るのだろう鎹鴉を追いかけ、走る。途中で隠の方と出会い、その中に居たらしい後藤様が「またお嬢ちゃんかよ…!?」と驚いていらしたが、今回は同行を願い出る余裕もなかった。

ただ、ただ、一秒でも早く善逸様の元へ。自分に出せる一番の速さで、走った。

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