びいどろ玉の恋模様 | ナノ


あの日から私は何だかおかしい。
善逸様の何気ない優しさに触れるたびに、これまでの人生で一度も感じたことのなかった痺れに襲われるのだ。

あの日善逸様と話をして、己の成長の為には不甲斐なさや口惜しさをもっと感じ、落ち込むことがあったとしてもその都度改善・研磨していくべきだと考えた。
だから、これまで感情が大きく動かないよう押さえつけていた自己暗示をやめることにした。といってももう長い間自分を律してきたので、急に全部…とはいかないが。
それに伴って、嬉しいや楽しいといった他の感情も以前より強く感じることになった。
戸惑う私に気付いた善逸様が「そういう気持ちだって成長のためには大切なものだよ!頑張るための栄養になるんだから!疲れたときに食べるお饅頭みたいにさ!」と笑いかけてくださったので、新鮮な刺激を少しくすぐったく思いながらも毎日を過ごしている。
善逸様に対して痺れを感じてしまうのはその一貫なのだろうか。

無限列車の戦いで受けた善逸様の傷が癒えた頃、チュン太郎君が新しい指令を持ってきた。
伊之助様は既に他の任務に出ていらして、炭治郎様はまだお怪我の療養中。私が同行するようになってはじめての単独任務だ。
チュンチュンと一生懸命案内してくれるチュン太郎君に従って行くと、たどり着いたのは駅。また別の列車鬼が出たのか…?と善逸様と二人身を固くしたが、どうやらそういうわけではないらしい。
今回の任務地は徒歩で行くには少し遠すぎるから列車で移動しろ、ということなんだと思う。鳥語がわからないので憶測だけれど。

ちょうど列車が駅に到着して、これに乗れという風にチュン太郎君が鳴く。
切符を買って参りますねと声をかけようとしたら善逸様が何事かをぶつぶつ呟いていた。

「…善逸様?」
「んへぇっ!?ごっ、ごめん、ちょっと考え事しちゃってた。なあに!?」
「切符を買って参りますとお声かけしようかと思っただけなんですが…何か気になることがございましたか?」

列車を目にすると、私でもあの無限列車でのことが頭をよぎってなんとも言えない気持ちになるのだから、善逸様はもっと思うところがあるのではないか。
そう心配したが「あっ、違うんだよ、えっとね…」と顔を赤くしながら両手の人差し指をつんつんと付き合わせてもじもじする善逸様のご様子はそういったものではないように見える。

「あのね、なんかさ、二人きりで列車に乗るなんて、その、まるで、旅行みたいだな、って…」

ごごごめんね任務なのにね!?浮かれすぎだね俺!?ちゃんと真面目にやるからね!!と慌てて弁解しようとする善逸様を見上げながら、私の頭の中では二つの言葉がぐるぐる回っていた。
二人きり。旅行みたい。二人きり。旅行みたい。
改めて認識するとだんだん気恥ずかしくなってきてしまった。これまで私は善逸様と二人の時どんな風にご一緒していたのだったか。
なんとなくお顔を見ていられなくなって俯いてしまった。内心オタオタと戸惑っていると、善逸様にも私の照れがうつってしまったのか「あっ、えっ!?」と体を硬くし真っ赤になられてしまっている。
二人してお互いの目が見られず微妙な空気が流れているところに、これ幸い、乗車すべき列車がポーッと出発の合図を鳴らした。
慌てて切符を買いに行き、飛び乗る。
列車の中では任務に備えてゆっくり休んでいただきたかったのだが、善逸様は私が退屈しないよう景色のことやお弁当のこと、出会う前の話などを面白おかしく話してくださった。本当にお優しい方だ。

チュン太郎君の合図で列車を降りて街を抜け、少し行った先に村があった。ここが今回の任務地のようだ。

「やだもう…する、音するよこの村、鬼いるってぇ……」
「音?」
「ああ俺ね、ちょっと他の人より耳がいいんだよね…。鬼が発してる人間とは違う独特な音とかがわかるんだよ」

「気味悪がられることが多いからあんまり教えてないんだよね。内緒にしててごめんね」と善逸様は申し訳なさそうに眉を下げて笑う。
無限列車で戦う際目を瞑ってらしたのでどうやって周りを見ているんだろうと不思議に思っていたが、もしかしたらその聴覚を際立たせる為に目を瞑ってらしたのかもしれない。
村はあまり人通りがなかった。善逸様が、鬼に襲われている街や村はこうなることが多いんだよ、と小声で教えてくださり、胸が痛む。
善逸様の耳を頼りに進んでいき、こじんまりとした祠の前でついにその足が止まった。

「…ここだ…ここから音がする…」

しかし扉が固く閉ざされた目線より少し下の高さの木のそれは、屋根を除けば縦横三十センチほどしかなく、どう見ても人が入れるような大きさではない。
二人で周りをうろうろしながらしばらく観察したが見た目におかしいところはなく、何処の村や街にでもあるなんの変哲もない祠そのものだった。

「確かにここから音がするんだけど…」
「夜になったら何か変化があったりするでしょうか…?」
「かなあ…。じゃあとりあえずどこか休憩できそうなところを探して、夜になったらまた来てみよう」
「はい」

鬼と遭遇しなかったからだろうか、心なしかほっとされているような気がする。
宿屋でも探そうか〜と言いながら祠に背を向けて歩き始めた善逸様に従って一歩足を踏み出した瞬間だった。

「!?」

ギュルルルルル!!と何かに巻き取られる感覚がして、体の自由がなくなり視界が真っ黒に染まる。

「ッなまえちゃん!!!!!」

善逸様の切羽詰まった叫びが遠く聞こえたのを最後に、私の意識は閉ざされてしまった。



***



「ーーーゃん!ーーーえちゃん!お姉ちゃん!!」
「!!」

誰かに揺られている気がして目を覚ます。背中に触れる地面の感覚は冷たく固い。
微かなオレンジ色の明るさの中、視界に入ってきたのは泣きそうな顔をした三人の小さな子供たち。
男の子が二人と、女の子が一人。この子達が私を揺り起してくれたようだ。
固い場所に寝転がっていたからか痛む体の節々をさすりながら身を起こす。見渡すとそこは、木製の小さな部屋…いや小屋、だろうか。私はその隅で板張りの床に倒れていたらしい。先程まで背負っていたはずの風呂敷包みは、ない。

「っ、ここ、は…?」
「わっ、わからないの。ぼく、あそんでて、気づいたらここにいて…」

子供のうち一番年上に見える、それでも10歳程の男の子がガクガク震え涙を流しながら教えてくれる。
村でいつも通り遊んでいたはずなのに目覚めたらここにいたこと。
目覚めた時点で何人かの子供たちがいて、その中には自分より歳上のお姉さんもいたらしく、今の私のように揺り起こされたこと。
そして…その子たちは一晩につき一人ずつ、目の前で『鬼』に食べられてしまったこと。

「つ、つぎ、つぎはたぶん、ぼくなんだ、ここにきた順番に、たべられ、…う、ううっ、うわあああん」

震える小さな体を包み込んで背中を撫でる。他の二人も私の着物を掴んで泣き始めたので、腕を広げて三人一緒に抱きしめた。
そうしている間にも外からの明かりで朱色に染まっていた部屋の中がだんだん暗くなっていく。
少しだけごめんねと声をかけて子供達から離れ、戸や障子に手をかけたが、鬼の力で封じられているのか私の力でもびくともしなかった。

「ーーあぁん?くくっ、1人増えてるじゃねえか」

地を這うような男の声がして、慌てて子供達のところに駆け戻り、しゃがんで壁と自分の背の間に隠す。
まずい。夜が来てしまった。鬼が禍々しい雰囲気を纏って、闇から滲み出る様に唐突に姿を表した。

「今度は女かァ。村の奴らも流石に警戒したのか、最近は獲れ高があまり良くなかったんだが…馬鹿な嬢ちゃんだなァ…?」

祠に近づいちまったかァ?と言ってニヤニヤ笑うその鬼は、熊の様な巨体に、血走った目が四つ。額からは一対の角が生えていて、鋭い爪は大人の指ほど長い。まさに御伽噺に描かれる鬼の姿そのものだった。
子供達は泣き続けている。私も恐怖で頭の中がいっぱいになり、体が勝手にガクガクと震えてしまう。
その時、那田蜘蛛山の麓で善逸様に言われたことがフッと頭に浮かんだ。




『怖いと思ったらすぐに叫んで俺を呼んで!絶対!絶対だからね!!!』




「ッ、善逸様ぁぁぁーっ!!!!」

私に出せる一番大きな声で、その名を呼ぶ。
しかしそんな私を大層可笑しく感じた様で、鬼は大きな口を開けて笑い始めた。

「ガハハハ!!威勢がいいなあ。好いた男の名か?残念だなあ、ここは村から随分離れているから、叫んだって聞こえねえぜ。元気で美味そうなお嬢ちゃんだなァ…」

べろりと長く赤い舌が爪を舐める。

「でもお前は後回しだ。今日は…お前」

その爪でピッと指さされた男の子の体がビクンッと大きく揺れたのが背中越しに分かった。
三人分の小さな手が、縋る様に私の着物を握る。

「俺は女子供を食べるのも好きだが、絶望する顔を見るのも好きなんだ。目の前で他の奴をムシャムシャ食うところを存分に見せてやって、自分もああなるんだって散々怖がらせてから食うのが…そりゃもうウメェんだよ」

どうしよう。どうしたら。
お香がなければ鬼を前にして私にできることは何もない。無限列車で感じた無力感が、その何倍もに膨れ上がって胸にのしかかってくる。
やっぱり私は、何の役にも立たないのか。

「どきな、お嬢ちゃん。食うのは後回しでも、その綺麗な顔をぐちゃぐちゃにするのは今でもしてやれるんだぜ。こんな、風になッッッ!!」

鬼が腕を振り上げ、下ろす。目をぎゅっと瞑り、来るだろう痛みに体を硬くした瞬間、風が吹いた。
ガッと何かを引き裂く音がして薄く目を開くと、まず視界に入ったのは差し込む月明かりを反射する金糸、そして、べっこう飴の様な瞳と目が合う。

「…なんだァ?」
「ぜ、善逸様…!?」

善逸様が、蹲る私たちに覆い被さる様にして鬼との間に体を滑り込ませていた。
なんで、いつのまに、どうしてここに。
疑問が一瞬で頭を駆け巡るが、それよりも。鬼の爪が引き裂く音を、私は確かに聞いた。

「…え、なにこれ、あ、切られた?血?血出てない?なに俺切られちゃったの?…ヒイイイイイヤアアアア痛い痛い痛いもう無理だ駄目死ぬううううう!!!!………ハァゥ」
「善逸様!?」

爪が引き裂いたのは私ではなく、善逸様だった。
怪我の痛みからか、大きく叫んで気を失ってしまわれた。慌てて腕を伸ばし抱きとめる。

「ハハッ、こいつが『ゼンイツサマ』か?お嬢ちゃん。良かったなあ、どうやったのか知らんが助けに来てくれたなあ。でもな…俺様腹が減ってるんだよそのガキが早く食べたくて仕方ないんだよ!!二人で仲良くズタズタになりなァ!!」

背中には怯え震える子供達、腕の中には意識のない善逸様。今度こそ、万事休す。思った、その時。
突然腕の中のぬくもりが消えて、シャッ…と空気を切る澄んだ音がした。
目の前には、立ち上がった善逸様の背中。黄金色の羽織が今は血に赤く染まり、痛々しい。

「グアアアアアッッッ!お前、鬼狩りかッ!」

善逸様の背中でよく見えないが、鬼が痛みに慄くように叫んでいる。何が起こっているのか状況が全く掴めない。
そして、それは、一瞬の出来事だった。

「雷の呼吸、壱の型。霹靂一閃」

稲光が、煌めいた。



***



鬼の体が跡形もなく崩れ去るのを呆然と見届けた後、その向こう側で善逸様の体がぐらりと傾き、倒れた。
手当てができるものは何かないかと慌てて小屋の外に出ると、私の風呂敷包みが転がっていた。
何故ここにと思うよりも早く治療道具を取り出し、善逸様の応急処置を行う。
鬼の爪による裂傷。手持ちの道具だけでは足りない。早く村か街に移動して本格的な治療を受けていただかなければ。
小屋だと思っていたそれは、深い山の中にぽつりと佇む古びたお寺だった。
村の中に居たはずなのにと一瞬驚いたが、鬼の言葉を手掛かりに、あの祠とこのお寺は鬼の力で繋げられていて、女子供が近づいたらここへ強制的に移動させられる様になっていたのではないかと推理した。
風呂敷包みは体の前にくくりつけて善逸様を背に乗せ、山を降りる。子供達も鬼がいなくなったことで幾分か恐怖が和らいだらしく、三人手を繋いで支え合いながら自分たちの足でついてきてくれる。
生きながらえさせるためだろう、最低限の水と食料は与えられていたらしい。それでも…その心の傷の深さは計り知れないが。

「俺…またなまえちゃんにおぶわれちゃった…」

寺で応急処置をしている途中、善逸様は目を覚まされた。
鬼いないんだけどどこに行ったのえっ死んだ?誰がやっつけたのねえ誰が!?という混乱していらっしゃる様子と、痛いんだけど死ぬ死ぬ俺死んじゃう、という悲嘆、なまえちゃんが無事で良かった何かあったら俺の心臓が破裂して一緒に死ぬところだった、という安堵。応急処置中、その三つを繰り返し泣き叫び続けていらした。
山を降り始めてからは打って変わってとても静かになられてしまって、眠っていらっしゃるのかなと思っていたらそうではなかったらしい。

「大丈夫でございます、善逸様は羽のように軽いですよ」
「うっうっうっ、それあんまり嬉しくないんですけどお…」

私は言葉の選択を誤ってしまったらしい。慌てて他の話題を探す。

「善逸様はどうしてあそこがわかったのですか?」
「え?えっと…なまえちゃんが荷物だけ残して突然消えちゃってさ、俺めちゃくちゃ焦って鬼となまえちゃんの音を探しまくったの。そしたらこの山に辿り着いたんだけど、あちこちから鬼の音がして途方に暮れてたんだよね…。そしたら……なまえちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえて」

それを頼りにめちゃくちゃ走って見つけたのがあそこで、戸が手で開かなかったからとっさに日輪刀でこじ開けて中に飛び込んだの。
なるほど、そういうことだったのか…。あちこちから音がした、というのはあの寺以外にも繋がっている場所があったということか。それなら陽が落ちた途端に鬼がどこかから湧き出るように姿を現したのも納得がいく。
さらに、風呂敷包みを持ってきてくださったのも善逸様とのことだったので感謝を述べた。

「…那田蜘蛛山の麓で私にかけてくださった言葉を覚えていらっしゃいますか?」
「ん?!ご、ごめんよ、あの時は気が動転してて、その、あんまり…覚えてないです…」
「善逸様は言ってくださいました。『怖いと思ったらすぐに叫んで俺を呼んで』と」
「!!!」
「呼んだら、善逸様は本当に助けに来てくださいました」

ありがとうございました、と転ばないように少しだけ後ろを振り返る。
善逸様がハッと息を呑むのが見えた。

「っ、助ける!助けるからね、俺はもしまたなまえちゃんに何かあっても、絶対助けるから!…いやっ、その前に危険な目に遭わせるなって話なんですけどね?でも俺絶対なまえちゃんのこと守るから、だから何かあったら、…何かなくてもいいんだけどね!?また俺を呼んでね。絶対だからね!?」
「はい、善逸様。お約束いたします」

子供達が不思議そうに私たちを見上げている。
前を向き直っても、背後で善逸様が一生懸命な顔をしているのが手にとるようにわかる。私は、笑っていた。

ーー…さあ、先を急ごう。早く善逸様に安静にしていただかなければ。

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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