びいどろ玉の恋模様 | ナノ


ここは私が生まれ育った家。
鬼狩り様方から藤の花の家紋の家と呼ばれるその場所を切り盛りするのが私の大切な役目。
お婆様からなまえになら安心して任せられると太鼓判を押していただき後を継いだ。
沢山の鬼狩り様が我が家を頼って訪れ、私はそれに応えて寝食の世話や必要物資の調達に励む。とても充実した日々を過ごしている。
と、門が開く音がした。新しい鬼狩り様か…と思えば、姿を現したのは金糸の髪をキラキラと陽に輝かせる善逸様だった。

「ただいまなまえちゃん!」
「善逸様!おかえりなさいませ!ご無事のご帰還なによりです」

善逸様はふう、一息つかれると、屋敷の様子をくるりと見渡して満足げに微笑む。

「うんうんやっぱりここが一番落ち着くなあ。さすがは俺が見込んだなまえちゃんの家だ〜」

私は善逸様にこうやって笑いかけていただく時が一番幸せだ。ご迷惑をおかけしたことから始まった関係性ではあったが、今ではこの心地よい空気をとても好ましく思っている。
今日も私は善逸様のお役にしっかり立てている様だ。

「じゃあ早速だけど禰豆子ちゃんと出かけてくるね。また留守をお願いしてごめんね」
「いいえ、お任せください。いってらっしゃいませ!お気をつけて」

善逸様は少し申し訳なさそうにしていたけれど、支度を済まされた禰豆子様が屋敷から出てくるとすぐに嬉しそうに駆け寄っていく。
お二人はいつまで経っても仲睦まじく、見ていてとても微笑ましい。
私は屋敷で休息されている鬼狩り様からの新しいご希望に「はい、ただいま」と返事をしながら、嬉しそうに出かけていかれるお二人を笑って見送った。


***


はっ、と目が覚める。
記憶が混乱して、自分がどこにいるのか掴めない。
ええと、炭治郎様のご用事に同行して列車に乗り込んで、そうしたら炎柱様からここに鬼が出ると言われて…。
そうだ、ここは列車の中。今はぶにょぶにょとした肉片に覆われていて気持ちの良い光景ではないけれど。
状況から考えて恐らくこれも鬼の攻撃の一種なのだろう。
炭治郎様、伊之助様、炎柱様の姿はない。
車両内にいるのは眠っている善逸様と、肉片をきょろきょろと観察している禰豆子様、私、そしてたくさんの乗客達。
きっと私もさっきまで善逸様や乗客達のように眠っていたんだ。
私は鬼狩り様のお役に立つという人生の目的を全うして満たされた日々を送りながら、善逸様が最愛の禰豆子様と結ばれて幸せそうに笑っているのを一番近くで見守っている。
あれは自分にとって都合のいい幻覚だったというわけだ。

「なるほど…そう上手くいくわけないか」

幻覚と現実との隔たり、それから初めて戦闘場所に直接身を置いたことで少なからず動揺していた。
落ち着け。動揺している場合ではない。これまで何のために体も心も鍛えてきた?
幻覚通りとまではいかなくても、やれることをやれ!少しでも役に立て!

風呂敷包みからありったけの藤の花のお香を掴み出して、マッチでどんどん火をつけていく。
肉片がお香の近くを嫌うように蠢いて離れていき、私の周りだけぽっかりと普通の椅子や床が顔を出した。
視界の端で禰豆子様の体がメキメキと大きくなっていく。いつもの可愛らしい少女の姿から、戦う鬼の姿に。

肉片が触手のように伸びて乗客達を取り込もうとしている。私だけ安全じゃ意味がない。どうにかしてお香の効果範囲を広げ、そこに乗客を集めなければ。
けれど例えばそれができたとして、他の車両は?何両編成だったか、座席はほとんど乗客で埋まっていたはず。どうやったって手持ちの数では足りない。

禰豆子様が車両内を駆け回りその爪で触手を切り払っていくが、たった一人で対応し続けられるわけがない。
はっと気付いたときにはその両腕が、両足が、触手に絡め取られてしまっていた。
投げつけようとお香を手に取るが、悩んでいたせいで反応が遅過ぎた。ミシ…と嫌な音が聞こえ、間に合わない!と咄嗟に腕を伸ばした、その時。

「ねず…っ!!」

轟音が駆け抜けた。どくん、と心臓が跳ねる。

『それ』はまず禰豆子様を触手から救い出すと、間髪入れず車両中を飛び回り、今まさに乗客達を取り込もうとしていた触手達を切り刻んでいく。
まるで強く眩い稲光が駆け抜けたよう。

「なまえちゃんと禰豆子ちゃんは俺が守る」

つい先程まですぐそばで眠っていたはずの善逸様が繰り出す剣技が見せた幻だった。
今はそんな場合ではないのに、硬く抑えつけたはずの心の奥がどくどくと高鳴るのを感じた。


***


その後一度戻ってきた炎柱様は、善逸様と禰豆子様の二人で前方三両を守れと言ってまた去っていった。
せめてこの車両、いや半分だけでもいいからお香の効果を広めることができれば、お二人の手助けにはなるはずだ。

お香の設置場所をひとつずつ慎重に移動させてじわじわと普通の床が見える範囲を広げつつ、近くの乗客から順にその中へ運んでいく。
けれど足元がぶにょぶにょしていていつも通りに走れず上手く進められない。
その上お香の効果範囲から少しでも出た瞬間に容赦なく襲いかかってくる触手に邪魔をされて、そのたびに助けに来てくださる善逸様や禰豆子様の手を余計に煩わせてしまっている気もする。
お香がなければ無力な私も、他の乗客達と何も変わらない。この列車鬼の格好の餌食なのだ。

煌めく稲光と鋭い爪で繰り出される斬撃が、連携するように列車中を駆ける。
炭治郎様や伊之助様も鬼本体を倒そうとどこかで懸命に戦っているはずだ。
炎柱様は一人で五両を守っている。
私だけただの足手纏いじゃないか。先程の幻覚から程遠い現実に、またひとり乗客を抱え上げながら唇を噛み締めた。

そうしてどれくらいの時間が経過しただろうか、それは突然起こった。
車体が大きく揺れた、と思った瞬間には私の体はまるで木の葉のように軽々と空中に放り出されていて。
一瞬遅れて訪れた強い衝撃とともに、私は意識を手放した。


***


柔らかい風が髪を撫でていく感覚で目を覚ますと、外だった。
視界の端に横転している列車が見える。あそこから放り出されたのだろうか。
なんだか温かいものに触れている気がして下を見ると、あろうことか善逸様を下敷きにして気を失っていたらしい。
慌てて身を離せば、私の他にも禰豆子様と、知らない子供と女性が一人ずつ善逸様に体を預けて目を閉じていた。
私達に目立った怪我はないが、善逸様は頭から血を流している。その身を挺して私達を守ってくださったんだ…。
そばに転がっていた風呂敷包みから手ぬぐいと水筒を取り出し軽く濡らして、血を拭う。怪我の具合を確認すると、もう出血は止まっていた。
落ち着いてみると周囲から聞こえてくるのはたくさんの呻き声や泣き声、悲鳴。善逸様をこのままにしておくのは胸が痛むが、今はこの方に守られた命を一番役立てられる行動を取るべきだ。
せめてもと新しい手ぬぐいを畳んで枕のようにしその金色の髪の下に差し込んでから、私は風呂敷包みを背負って駆け出した。
一人でも多くの命を救うために。

そこからは目まぐるしく時が過ぎ、乗客全員の救助がひと段落つく頃には朝日が顔を出していた。
慌てて禰豆子様に箱の中へ入っていただき背負おうとしたら、なまえちゃんはそのおっきな荷物があるでしょと善逸様が代わってくださった。
乗客達それぞれに怪我の大小はあるが命に関わるものはなく、死人はいない。
何とか乗り切ったかと善逸様を見上げると、呆然とした顔で遠くの方を見ていた。
何も言わず駆け出した善逸様に嫌な予感がしながら背中を追いかけていくと、そこには炭治郎様と伊之助様、そして物言わぬ姿になった、炎柱様。
上弦の鬼が、来たのだという。

結果だけ見れば、列車鬼の討伐任務は完了され、乗客全員の命は守られた。けれど。
朝日に照らされる炎柱様のご遺体を見つめながら、私達はそれぞれに自身の無力さを噛み締めていた。

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