びいどろ玉の恋模様 | ナノ


ここに来てすぐの頃は全身筋肉痛に呻き声をあげて耐えているしかできなかったけど、日が経つにつれ幾分ましになってきた。
といってもまだ三人ともほぼ寝たきり生活ではあるのだが。
消灯時間になり、さて寝ようかと体にかかった布団を整えていたら、
「なあ、炭治郎」
といつになく真面目な声で善逸が言った。

「?どうした善逸」
「俺、お前に謝らなくちゃいけねえことがあるんだよ」
「なんだ、改まって…」

善逸は短くなってしまった腕でよいしょ、と体を起こしてこちらに体を向ける。
そして、きょろ、きょろ、と少しだけ泳がせた目をぎゅっと瞑って決意したように切り出した。

「ごめん!!!俺は、禰豆子ちゃんを嫁に貰ってやれなくなった!!!」

思い詰めている様子だったから何を言われるのかと思ったら。
善逸の口から出てきたその言葉に目を丸くしつつ、俺も体を起こす。
伊之助は猪の被り物でわかりにくいが、口を挟んでこないところを見ると既に眠っているんだろう。…最近はすっかりしょげてしまって静かにしているから確証はないが。

「守らなくちゃいけない子ができたんだ」
「…なまえさんか?」
「おう」

長くお世話になった藤の家紋の家を後にした日から善逸の匂いはなまえさんといるときに一番幸せそうなものになっていたから、その名前はすんなり出てきた。
善逸からの交際の申し込みを二つ返事で了承した女の子。
正直なところ善逸に恋しているような匂いはあまりしないんだが、甲斐甲斐しく寄り添うその姿から深い尊敬の念は感じるから、野暮なことは言わずに二人の関係をそっと見守っている。

「ちょっと前まで禰豆子ちゃん一筋だって騒いでたのに何言ってんだってなるよな。でもこればっかりは気持ちの問題だから、信じてもらうしかないんだけど」
「うん」
「俺の気持ちに、なまえちゃんは応えてくれた。だから俺もそれに応えたいんだよ。応えてもらってめちゃくちゃ嬉しかったから、同じだけ、いやもっとだね!俺の手でなまえちゃんを幸せにしてあげたい。宝物みたいに大切にしてあげたい」
「うん」
「だから、ごめん。不誠実なこと、した。でも禰豆子ちゃんのこと好きだった気持ちも絶対嘘じゃねえんだよ」
「うん」
「…うんうんしか言わねえけどさ炭治郎、やっぱ俺に怒ってるか?」
「そんなわけないだろう。なにより善逸が選んだ道だ。俺にそれを責める筋合いはない。それに、耳のいい善逸ならわかるだろう?」

俺が怒るどころか友の新たな恋を祝福していること。
そう言って笑ってみせると、善逸は詰めていた息をほっとついてへにゃりと安心したように眉を下げた。
と思っていたら今度は突然顔をぐしゃっと歪ませ大粒の涙を流しはじめてしまった。
本当にころころ表情が変わるな。

「お前の一番大切な禰豆子ちゃんを泣かせてしまう色男な俺を許してくれ炭治郎…」

善逸の妄想の中の禰豆子が泣いているのか知らないが、禰豆子ちゃん…ごめんねごめんね…と呟いている。
その点は恐らく大丈夫だが…、と思いつつも口にはせずにその様子をそっと見守った。
鬼であることを全く気にも留めず恋をして、傷つけたと泣いて。俺たち兄妹がそれにどれだけ救われているか善逸は知らないんだろう。

時間も時間だしそろそろ寝ようかと声をかけると、善逸はもう一度背筋を伸ばして俺に頭を下げた。

「任務とかあってなかなか二人になれなかったからさ、言い出すのがこんなに遅くなってごめん」
「いやいいんだ。むしろありがとう。終わったことだと流してくれてもよかったのに」
「炭治郎と禰豆子ちゃんにそんなことできねえよ。これは俺なりの男としてのケジメだ」
「はは、そうか!…善逸、応援してるよ。きっと禰豆子も」

ズビビ、と垂れた鼻を吸いながら言うので多少格好はついていないが、それが善逸のいいところだと思う。
横になり布団をかぶる。善逸がたまに鼻を啜る音以外何も聞こえない静かな夜だ。

「禰豆子のこと、好きになってくれてありがとう」
「ん。女の子としての一番はなまえちゃんだけどさ、禰豆子ちゃんのことも炭治郎と同じくらい大切に思ってるからな」

心優しい友人とあの小柄な少女が幸せに笑いあう未来を願って。
なまえさん、善逸は恥を晒す悪い癖もあるけれど、とてもいいやつなんだ。君も善逸のこと、もっともっと好きになってくれたら嬉しい。

今日の話は俺と善逸、二人だけの秘密だな。

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