10000HITリクエスト部屋 | ナノ

恋人の特権


「みょうじさぁ〜ん!やりました!やりました、やりましたよ〜!」

次の会議で使う資料作りのためパソコンと睨めっこをしていたら、外回りから帰ってきた後輩社員の甘露寺さんがぶんぶんと腕を振りながらそのまま一直線に私のところへ駆けてきた。その笑顔弾ける様子を見るに、何か成し遂げたことがあるみたいで。

「あの頭カチカチおじさんから、新しい案件もぎ取っちゃいました!」
「ええ!?すごいじゃない!!」

半年前に私から引き継いでもらった頃、気難しいそのクライアントのことを『頭カチカチおじさん』と呼称し始め、どうしてあんな意地悪なこと言うのかしら!と憤慨していた姿を思い出す。それが今では新しい案件をくれるほど良好な関係性を築けているのだから、きっと相当努力したのだろう。輝く笑顔を見ているだけで、私の方まで嬉しくなってくる。

「甘露寺さん、とっても頑張ってたもんね。あの人からお仕事もらえるなんて、本当にすごいよ」
「みょうじさんが信頼関係をしっかり作っておいてくれたからですよぉ!」
「そんな、私は何も…」
「…オイ、みょうじ」

きゃあ〜!と頬を染める甘露寺さんに釣られて浮かんだ笑みのままその様子を見上げていると、逆の方から私の名前を呼ぶ声がした。はい、とそちらへ振り向くと、仏頂面──とはいってもそれが彼のスタンダードなんだけど──の不死川君が少し距離をとった先でこちらを見ていた。

「部長がお呼びだ。二人で来いだとよ」
「えっ?不死川君と、私の?」
「あァ」

営業部隊若手組エースの不死川君に加えて私もだなんて、一体何の用だろうか。もし気付かないところでミスをしてしまっていたのなら、私一人で呼ばれるだろうし。
部長の呼び出しについて心当たりを探しても、いまいちピンとこない。それでも私は、後ろできょとんと様子を見守ってくれていた甘露寺さんに手を合わせながら慌ててデスクから立ち上がった。

「ごめんね。詳しい話は後で聞かせてほしいな?」
「はい!ランチをご一緒しましょう!みょうじさんと行きたくて、美味しいお店見つけておいたんですよっ!」
「うん。じゃあ行ってきます」

食べることが大好きな甘露寺さんの見つけてきてくれるお店が外れたことは今まで一度もない。私は今日のランチが俄然楽しみになりつつ、甘露寺さんにひらりと手を振って、急いで不死川君と合流したのだった。



+++



「…これは、相当だね」
「あァ…」

甘露寺さんとの約束は結果的に破ることになってしまった。ランチを取り損ねた昼過ぎ、私と不死川君は二人並べた頭を揃って抱えていた。
先ほどまで滞在していた、今は角を曲がった向こうにある大きなビルを肩越しに見上げる。産屋敷商事。我が部署における利益の多くを稼ぎだす案件の、取引先様。

部長に呼ばれてされた話は、とんでもない内容だった。体調の問題でしばらく休職することになった悲鳴嶼さんに代わって、産屋敷商事に関わる案件を私と不死川君に引き継がせたいと、そういうお話。
そもそも産屋敷商事との取引は、万が一にも契約を打ち切られることのないようにと、部内で一番頼りになる悲鳴嶼さんが長期間担当し続けてくれていた。確かに朝から悲鳴嶼さんの姿が見えないなとは思っていたけれど、まさかこんなことになるなんて。

しかも、だ。産屋敷商事まで慌てて引き継ぎの挨拶に来て、さらに困った事態に陥っているらしいことが判明したのだ。
つい最近人事異動があったという先方の新担当さんがアポの対応をしてくれたのだけど、その人がまあかなりのやり手らしい。通された会議室で挨拶もそこそこに告げられたのは、「よろしくお願いします。…とは言っても、この先末長いお付き合いになるか、今はまだわからないんですけどね」という、こちらの顔色が一気に悪くなる一言だった。

「長くお世話になった御社には悪いのですが、次の案件では広く企画案を募り、コンペ形式で契約先を決める予定です。もちろん御社にもご参加いただければと思いますが、既にいくつかの企業さんが手を挙げてくださっていて…これまでの関係性があるとはいえ、贔屓や妥協をするつもりはありませんので、ご容赦を」

そう言って、先方の担当者さんはうっすらと笑みを浮かべた。私と不死川君は、ただただ絶句することしかできない。無理矢理浮かべていた愛想笑いも、上手くできていたかどうか。
とは言っても、ただ絶望していたって話は前に進まない。案件の説明を受けながら、渡された資料に目を通しつつ心の中で気合を入れ直す。
コンペまでに残された期間は、約一ヶ月。営業成績若手No. 1の不死川君だけでなく、私も産屋敷商事の担当にと選んでくれた部長からの期待へ報いる為にも。確かにこれ以上ないくらいの苦境ではあるけれど、私は私にできることをひとつずつこなしていこう。

「不死川君の邪魔しちゃわないように、頑張るからね!」

会社へと歩いて戻りながら決意を込めたガッツポーズをグッとしてみせると、それをチラリと横目で見た不死川君が落とすように笑う。

「…それはこっちの台詞だァ。甘露寺が案件取ったっていうあのクライアント、お前が作った引き継ぎ資料がなかったら絶対上手くやれてないって、いつも大騒ぎしてるぜェ?」
「あ、あれは、私が前任者から引き継いだ時かなり苦労したから…。気難しいお客さんだし、抑えておくべき部分だけでもと思ってまとめておいただけだよ」

不死川君はどうやら私を褒めてくれているらしい。お前だって産屋敷商事と渡り合えるはずだぞと、内心びびってしまっている私を、言外に励ましてくれているのかも。
とはいえ不死川君が挙げてくれた事例は私と同じ苦労を甘露寺さんにさせたくなかったが為だけにしたことだし、実際上手くやったのは甘露寺さん自身だ。資料を活用してくれたというのなら…それはすごく嬉しいけれど。

それでも、私はこの不死川君の、なかなかやんちゃな見た目に反してとても優しく、心配りできるところがとても好きだった。同期として入社して数年、私では相応しくない、絶対叶わないと、密かに抱き続けてきた恋心がついつい疼く。こんな酷い状況でなければ、好きな人とペアを組んで仕事できるなんてと、小躍りしてしまいたいくらいなのに。
そんなことを考える心の中を隠して、私は「不死川君には遠く及ばないけど、精一杯やらせていただきます」ともう一度決意だけを伝える。不死川君はそれ以上私を煽てることはせずに、たった一言で私のやる気を最大限まで引き上げてみせた。

「フッ…まぁいい。頼りにしてるぜェ」
「っ、うん!まずは悲鳴嶼さんがこれまでどんなやりとりをしてきたのか、そこから徹底的に調べなきゃ…!!」



それからの一ヶ月間は本当にあっという間だった。ただ引き継ぐだけでなくコンペまであるとなれば二人では手が足りないだろうと急遽対策チームを組んでくれたのはいいのだけれど、当然そのリーダーを任されたのは私たち。さらに、産屋敷商事との取引は部署一番の大型案件とはいえ、私たちはみんな、それぞれ別の会社との取引も複数抱えている。業務時間のすべてを産屋敷商事の案件へ捧げるわけにはいかない。
修羅場、とはこういうことを言うのだろう。入社してはや数年、それなりに大変な局面は何度か経験してきたけれど、今回のこれはそのどれとも比べ物にならないくらいの踏ん張りどころだった。
残業、残業、残業につぐ、残業続き。時には終電を危うく逃しかけたりもしながら、そうして迎えたコンペ当日。

私は朝起きた瞬間にいつもより重く感じる自分の体を自覚して、まずい、と思わず頭を抱えた。こんな時に、ありえない。風邪を、引いてしまったらしい。



「皆さん今日まで本当にありがとうございます!頑張ってきますね!!」

産屋敷商事へ向かう前、提案内容の最終確認を終えた会議室で、私はチームメンバーへ深々と頭を下げた。みんなも、頑張れよとか、意気込みすぎんなよーとか、口々にねぎらいの言葉をかけてくれる。
薬は、薬局に並んでいた一番高くて効きそうな栄養ドリンクで流し込んできた。それに女には、顔色を隠せるお化粧って味方がある。いつもより念入りに整えたそれも今日は大切な日だからと言い訳が出来るし、見た目には普段通りの私のはずだ。現に、メンバーの誰からも体調不良の指摘は受けていない。
今日を乗り越えれば、明日は土曜。二日間まるまる休めるのは確定しているし、いけるぞ、踏ん張れ、私。確実に主張してくる頭痛を意識の向こうへ追いやりながら、私は持参する資料に漏れがないかもう一度チェックを始めた。

同僚達に見送られ、乗り込んだエレベーターの中。『1』へとひとつずつ近づいていく電子表示からふと目を離すと、何故かこちらをじっと見ていた不死川君と目が合ってしまった。密室で、しかもこんなに至近距離で見つめ合うなんて、照れてしまうんだけど。そう思いながら首を傾げると、不死川君は何故か小さくため息をついてみせる。

「な、何…?」
「…何でもねェよ。改めて、今日はよろしくなァ」
「っうん!こちらこそ…!!」

一体、何だったんだろう。お化粧、ちょっと濃すぎたかな。聞いてみようかとも思ったけど不死川君は一階でドアが開くのと同時にさっと出て行ってしまったので、結局機会を失ってしまった。
というか、今は好きな人と見つめ合ってドキドキ!なんて乙女チックなことを考えている場合ではない。心の中で気合を入れ直して、前を歩く同僚の、その頼りになる背中を慌てて追いかけた。



+++



手応えは、ある。自分で言うのも何だけど、なかなか上手くプレゼンできたし、先方の反応だって良かった。特にあの厄介そうな担当者から「正直、ここまでやってくれるとは思ってませんでした」という一言を引き出せたのが、なかなかに嬉しくて。結果が出るのはまだもう少し先ではあるのだけれど、とりあえず、肩の荷は降りた。
オフィスに戻ると、ちょうど定時の少し前だった。電話で取り急ぎの報告を入れていた部長から好感触だったことを伝え聞いていたのだろう、同僚達がお疲れ様ー!と明るく出迎えてくれる。
そんなみんなも続々と退勤していき、今フロアに残っているのは私と不死川君だけ。コンペの報告書をまとめきって、ふう、と一息ついたところで、それに気付いた不死川君がモニターから顔を上げる。

「終わったかァ?」
「うん!メールで送ったから、確認してもらえるかな?」

不死川君が報告書に目を通してくれている間、私も少しそわそわとしながらもう一度読み直してみたりして。そうしてしばらく経った後、「いいと思うぜ」と太鼓判をもらって一安心しながら上司達へメールを送れば、産屋敷商事に関する仕事はとりあえず一区切りだ。

「んじゃ、帰んぞォ」
「あ、でもまだ他のメールとか残ってて」

帰り支度を済ませた不死川君がこっちのデスクまで来てくれたけど、私にはまだ今日中にやらなければいけないことがいくつかある。体調面を考慮して、産屋敷商事のコンペが終わるまで他の全ては後回しにしていたのだ。いくらかは来週の自分に期待するとしても、メールの確認くらいは済ませて帰らないと。
メーリングソフトから一旦視線を外して、「不死川君は先に帰ってね」と笑いかける。けれど不死川君は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに腕を組んだ。

「そんなもん月曜でいいだろうがァ」
「でも、せめてメールくらいは確認を、」
「でもじゃねえ。とっとと帰るぞ。…もしお前が月曜病欠しても、俺が代わりにやっておくからよ」

『病欠』。そんな言葉が唐突に出てきたことに、ハッとする。不死川君は、そんな私を見て小さくため息をついた。朝、エレベーターの中でそうしたのと、全く同じように。…まさか。

「体調悪ィんだろうが」
「き、気付いてたの…?」
「あァ。相当意気込んでたようだから黙ってたが、朝からずっと知ってたぜェ」

やっぱり、そうか。不死川君は、自分の仕事を最後まで頑張り抜きたいという私の想いを汲んで、体調不良に気付いても見て見ぬ振りを貫き通してくれていたようだ。
もしかして他にも気付いていた人がいたのかな。甘露寺さんとか、ああ見えて結構鋭いし。そう考えて青くなっていると、不死川君が「…多分、気付いてたのは俺だけだから安心しろォ」とフォローを入れてくれる。

「………迷惑かけてごめん…」

本当に、本当に情けない。自己管理出来ず、仕事仲間に迷惑までかけてしまった。いくら不死川君といえど今日という日を乗り切るだけで大変だったろうに、無用な気遣いまでさせて。
申し訳なさのあまり、小さくなることしかできなかった。体が弱っているからだろうか、涙腺がいつも以上に緩んでいて、思わず涙が出そうになる。けれどここで泣いてさらに心配をかけるわけにはいかない。
下を向いて唇を噛み締め必死に耐えていると、少しの間を開けて、何故か目の前に腕まくりをした逞しい腕が現れた。驚いて見上げれば、片手をデスクについて体重を支えた不死川君が、斜め上から私の顔を覗き込んでいる。「ただの同期じゃ、素直に心配もさせてもらえねェのかよ」、と。

「好きだ」

静かな空間に落ちた、たった三文字の言葉。涙腺だけでなく耳までおかしくなってしまったのか。

「本当はこんな形で言うつもりじゃなかったんだけどなァ。…俺は、みょうじが好きだ。だからお前のことは他の奴らより気になるし、何か変なところがあったらすぐに気付く。心配も、する」

はきはきと物怖じせず話すタイプの不死川君が、珍しく頼りなげに声を震えさせていた。いつも職務に真剣な瞳が今は切なそうに私を見下ろしていて、バクバクと高鳴り始めた心臓がおかしくなってしまいそうだった。

ぼーっとする頭では、返す言葉をすぐに見つけられなかった。半ば放心状態になってしまっている私を見て、何を勘違いしてしまったのか不死川君は「余計な真似して悪かったなァ」とこぼしながらゆっくりと離れていこうとする。その腕を、私は必死で掴み、引き留める。

「よ、余計じゃないよ!それは、絶対ない!心配かけて申し訳ないとは思うけど、不死川君に気にかけてもらえるのは一番うれしいし、それは私もずっと前から不死川君のことが好きだったからで、だから、えっと…」

続けるべき言葉をまとまらない思考のまま一生懸命探す私を、不死川君はしばらくの間、呆然と見下ろしていた。これは本当に現実なのか、と。言わなくても、ぽかんと半開きになった口が物語っている。

「…つまり、何だァ…?俺たちは両想いだったってことで、いいのかァ…?」
「、だと思う」
「そうか、…そうか……」

噛み締めるように何度か「そうか」と繰り返した後、不死川君は小さく笑った。小さく、だけど、安堵したように。「両想いなら、付き合うかァ?」「う、うん、よろしくおねがいします…!!」。そんな我ながら初々しすぎるやりとりを経て、どうやら私たちは晴れて恋人同士、になったらしい。
熱が上がっているせいなのか、長年の片想いが実った喜びからなのか、頭がふわふわとしてもう何も考えられなかった。放心している私をよそに、不死川君は少しの間だけ視線を逸らす。そして突然動き出したと思えば、私の手の中にあったマウスを軽々奪い、カチカチと数回操作して。
気付けば私のパソコンは、彼によって早々にシャットダウンさせられてしまっていた。

「えっ、ちょ、不死川君!?」
「ほら。送ってくから、とっとと帰るぞォ」

腕を引っ張り上げて立たされ、不死川君の顔がかつてないほど近くに迫る。もはやトロンと歪む視界の中で、不死川君は少しだけ意地悪な顔で微笑っていた。

「俺たちはもう、ただの同僚じゃねェわけだ。付き合ってンなら、恋人のこと心配するのも、家まで送っていくのも、何らおかしくねェよなあ?」

…だからって仕事中のパソコンの電源まで勝手に切っちゃうなんて、強引な。そう思わなくもなかったけれど、ニヤリと口角を上げた不死川君があまりにもかっこよくて。私は熱に浮かされた思考のまま「そ、そう、かな…?」とだけなんとか応えた。

一日張り詰め続けていたものが不死川君からの突然の告白で緩み、体に力が入らなくなってしまったらしい。思わずふらついた私を支えた不死川君が「なんなら俺ン家泊まってもいいんだぜェ。男の一人暮らし、だけどなァ」なんて囁くものだから、この人は果たして私のことを楽にさせたいのか、余計に体調悪くさせたいのか。
そうは思いつつも、不死川君が本当にいいならぜひ行きたいなあなんて考えてしまったのはきっと、体調不良の裏で私が確かに浮かれてしまっていた証拠、なのだろう。

>とも様
リクエストありがとうございましたー!
会社の同期な実弥さんと両片想いからの告白されハッピーエンド、ということでしたが、いかがでしたでしょうか?両片想い感があまり出ていないような…気も…、申し訳ないです。精進します…!
かまぼこ隊以外の夢をあまり読んだ経験がないので、これでよかったのか、他の方のお話とかぶってしまっていたりしないか不安ではあるのですが…!でも実弥さんとオフィスラブをするならこういう恋愛がいいなと、自分の思う実弥さんの好きなところは詰め込んだつもりです!
そして、今回は実弥さん夢に挑戦できてすごく楽しかったです。柱の皆さんの夢を書いてみたいなと思うことはこれまで何度かあったのですがなかなか踏ん切りがつかず構想で終わっていた為、こうしてリクエストをいただき、背中を押していただけてよかったです!
とはいいつつも今後も善逸くん中心なサイトであり続けるとは思うのですが、もし気が向いた時がありましたらば、ぜひまた遊びに来ていただけたら嬉しいです。ありがとうございました!

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