10000HITリクエスト部屋 | ナノ

毎朝引き戸を開ける時の、祈るような気持ち。
どうか君が、今日も変わらずそこで微笑っていてくれますようにと。


なまえちゃんは俺のことを好きだともそうでないとも言わない。でも、音とか態度とかでうすうす感付いてはいた。彼女は知り合ったあの日からもうずっと、俺に負い目を感じ、一歩引いた位置にとどまったまま俺と接し続けている。
だから結婚しようという俺の頼みを断らなかったし、今もずっとそばに居てくれているんだろう。本心では、何を思っているのかわからないけど。そう。わからないから、正直焦ってたんだ。

俺だって最初は、俺が間に合わなかったせいで大切なものを全部失くして泣いている目の前の女の子を、救いたい、救わなくちゃいけない、ただその一心で手を差し伸べた。それでもその手を自分の意志でしっかりと握って立ち上がった彼女が心折れずひたむきに生きていく姿を見て、なんて綺麗な女の子なんだろうと思った。恋に落ちるまでは、まさにあっという間だった。

俺はなまえちゃんが感じてくれている『恩』を利用していた。家まで建てて、さらに彼女を俺から離れていけなくした。それでもまだ安心できなくて、いっそのこと一日でも早く本当の夫婦になって、既成事実を作っちゃえばいいでしょなんて歪なことさえ考えて。

なまえちゃんがいなくなってしまったあの日。俺は朝から浮かれていたと思う。もう何度も足を運んだ街でようやっと納得いく贈り物を見つけて、自分たち用に仕上げてもらったそれを受け取りに行く日だったから。
朝一番に勇んで出発したものの、ただ完成品を受け取るだけだったその日の用はあっという間に終わって、それなら一刻も早くなまえちゃんに渡したいと、俺はすぐさまとんぼ返りすることにした。途中通過したいつもの村では団子屋に立ち寄って、なまえちゃんと、ここ最近気を利かせ続けてくれている炭治郎たちへの手土産を用意することも忘れない。団子を包んでもらっている間たまたま話をした村のお嬢さんにまで、さっき受け取ったばかりの贈り物を上機嫌で見せびらかしたりなんかして。

結局、炭治郎たちと一緒に炭を売り切ってから帰路についた。いつものように軽口をたたきながら山を登って遠くに家が見えてきた頃、俺の心臓は嫌な風に音を立て始める。一歩、また一歩、家との距離は確実に近づいているというのに、どうしてだろう。彼女の音が、しなかったから。
おかえりなさいと笑顔で出てきた禰豆子ちゃんの顔色が、俺たち三人を見てさっと変わる。「なまえさんとは会わなかった!?忘れ物を届けに行ってくれたのよ。帰りは絶対お兄ちゃんたちと一緒に帰ってきてって、約束したのに…!」と。

喉がヒュッと音を立てた。きっともうこの時には、俺は全てを理解してしまっていた。「善逸!?」と呼び止める炭治郎の声も無視して、離れへと駆ける。戸を、大きな音を立てながら開けたとしても、それを怖がるかもしれないなまえちゃんはそこにはいない。静まり返る部屋の中、文机に紙が一枚置かれているのに気付いて、ふらふらと近寄った。

『これまでのご恩は絶対に忘れません。いただいたお金は、時間がかかってしまうかもしれませんが必ず返します。本当にありがとうございました。』

小さく几帳面な字で書かれたなまえちゃんからの手紙は、あまりにも短すぎて一瞬で読み終えることができてしまった。立っていられなくて、膝から崩れ落ちる。後ろからついてきていた炭治郎に肩を抱かれて、俺はとめどなく泣いた。

「俺、なまえちゃんのことを探そうと思う」

そう宣言したときの、炭治郎と伊之助、禰豆子ちゃんの驚いた顔は見物だった。三日三晩離れにこもり続けた俺が突然出てきたと同時にそう言い放ったんだから、当然だろう。

「『ご恩は忘れません』ってなに?恩を売ったつもりなんてこれっぽっちもないんだけど。俺はただ大好きな女の子と一生を添い遂げたかっただけなのに。なまえちゃんはちっともわかってないよ。俺の気持ち、ちっともわかってくれてない。わかってくれてないなら、もう一度伝えに行くしかないよねえ?」

早口でそう言うと、炭治郎が心配そうに眉を下げた。

「もし見つけられて伝えに行ったとして、それでも受け入れてもらえなかったらどうするんだ…?」
「そん時はそん時だよ。試す前に諦める程度の気持ちなら、二人で暮らすための家なんて最初から建ててないっつーの!」

むん!と握りこぶしを作って言い切ってやる。すると炭治郎たちはしようがないなとでもいうように笑って、「やる気のわりに随分と酷い顔をしているぞ」と、泣きはらしてぼろぼろの俺の顔を指さした。


炭売りの傍ら続けた捜索は予想外に難航してしまった。それでも諦めず彼女の行方を探り続け、一年もかかってしまったけどようやっと居場所を見つけることができた。女中をしているというそのお屋敷の前でご主人に声をかけ、確認してくるとしばらく姿を消した後戻ってきた彼に案内されたのは客間だった。
「すぐに来るよ」と言われ一人にされた部屋の中、緊張しながら彼女を待つ。やがておずおずと姿を現したなまえちゃんは、記憶の中で美化し続けていた彼女よりもずっと、綺麗な女性に成長していた。たった一年で女の子ってこんなに変わるものなのか。

「ッ、ごめん!!!」

勢いよく頭を下げる。まだふすまの前に立っているなまえちゃんが狼狽えている気配を頭の上で感じた。

「なまえちゃんはきっと理由があって出て行ったのに、…探して、こうやって会いに来ちゃって、ごめん。気持ち悪いよね、それはわかってるんだけど」
「い、いえ、そんなことは…」
「っ今日はね!…なまえちゃんに渡したいものがあって来たんだ。ずいぶん時間がかかっちゃったんだけど、それでもなまえちゃんの為だけに用意したものだから、どうしても渡したくて…」

懐から小さな箱を取り出す。一年間ずっと俺の手元でくすぶり続けていたそれ。なまえちゃんは何故か口元に手を当てて「…その、木箱は………」とまるで見覚えがあるようなことを呟いている。理由は上手く掴めなかったけど、俺はとにかくその箱を彼女へと差し出した。迷いながらも受け取った彼女の手で開かれた箱の中には、小さな宝石のついた輪っかが二つ、並んで収まっていた。

「………ゆびわ、?」
「そう。結婚指輪だよ」

なまえちゃんがハッと息をのんで、驚いた様子で箱から顔をあげる。俺は泣きそうになりながらもなんとか言葉をつなげた。

「なまえちゃんがいなくなったあの日はね、街までそれを取りに行ってたの。結婚を申し込んで家は建てたものの、具体的なことは進まないままになっちゃってたから。近々祝言をあげようって改めて言うつもりだったんだ。…でも俺、もっと手前のところできっと間違っちゃってたんだよね」

なまえちゃんの瞳がゆらゆらと揺れる。ふと木箱を持つその手を見降ろすと、一緒にいた頃は白魚のようだった彼女の両手が、今は少しだけ荒れていた。俺が彼女を必死に探していたこの一年間、彼女も前に進もうと一生懸命になっていたことがそれを見るだけでも伝わってきて、愛しい想いが胸いっぱいに広がる。

「俺、本当は知ってたんだよ。なまえちゃんがまだ結婚とかそういう気持ちになれてないってこと。…俺のこと、そういう意味で好きじゃ、なかったこと。それなのに、ごめんね。それでも俺、なまえちゃんのことが好きで、一緒になりたくて。俺の勝手で色々なこと無理に進めて…本当にごめんね」

赤くなった指先を掌でそっと包み込むと、彼女の瞳から大粒の涙がひとつこぼれ落ちた。堰を切ったように止まらなくなってしまったそれを隠そうともしないまま、なまえちゃんは震える唇を懸命に開いて話し始める。

「っいいえ、いいえ。間違っていたのは私の方です。善逸さんはずっと、態度で、言葉で、私に愛を伝えてくださっていたのに。それを信じるだけの自信と勇気が、私に備わっていなかっただけなんです。そのことに気付けたのも、たった今だなんて。ああ、私はやっぱり、大切なものを見逃し続けていたのですね…!」

かたん、と小さな音を立てて木箱を閉じたなまえちゃんが、やっとその涙をぬぐう。謝って、さて次は今も君のことが好きだよと伝えるぞ。そうずっと練習してきたものが、なまえちゃんの言葉を聞いて思わず吹っ飛んでしまった。

「私は…命を助けていただいたあの日からずっと、善逸さんのことをお慕いしておりました。善逸さんと過ごした日々は、幸せでした。…もう手遅れだとしても、お伝えすることができてよかったです」

二つの結婚指輪が入った箱を胸に抱きしめて微笑んだなまえちゃんは、これまで見た彼女の中で一番すっきりとした、いい表情をしていた。でも、その言葉の中にはどうしたって見過ごせない間違いが含まれている。俺はぽかんとして、「…手遅れ?なにが?」とまぬけにも呟いた。

「…もうほかに、心を通わせている方がいらっしゃるのでは?だから私とのけじめをつけるために、今日ここへいらっしゃったのではないのですか…?」
「ちっ、違うよ!?どうしてそうなるの!?指輪渡してハイさよなら〜するために一年もかけて探すはずないでしょうが!今でもずっとなまえちゃんのことが好きだからに決まってるでしょうが!!」

慌てて否定してみせれば、今度はなまえちゃんが呆けて目を丸くする。「え?では、あの女性は…?」とよくわからないことをぶつぶつと言っている彼女に、伝えないといけないことはまだまだたくさんありそうだ。でも、その前に。

「色々言いたいことはあるけどさあ、まずは、いい!?」
「は、はい…!?」

なまえちゃんが抱きしめていた木箱を取り返し、その蓋をそっと開ける。中身を彼女に見せるように差し出して、俺は一世一代のその台詞をもう一度やり直した。

「今度こそ、俺と結婚してくれますか?」

一度目は、何も言わずコクリと頷くだけだった。けれどやり直した二度目の今は、大輪の花のような笑顔を浮かべて。

「…はい。私でよければ、よろこんで!」

俺と離れていた一年の間に、なまえちゃんの中でどんな変化があったのか、俺はまだ知らない。それでも、散々すれ違った二人の気持ちは、今日ようやっと通じ合ったみたいだ。


>いももち様
リクエストありがとうございましたー!
まさかの!まさかの三話構成!同棲婚約中の2人がなんだかんだあって数年後再プロポーズする切甘、とのことでしたがいかがでしたでしょうか?お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした!
順番が前後したことをお許しくださるコメントもありがとうございました。
黙っていなくなるくらいだもんな。きっとそこまでに積み上げた気持ちや理由があるんだろうな………書きたいな…。と、そう思ってしまったがために、アホみたいに長いお話になってしまいました。リクエスト内容ではなく私の頭の問題なのです。本当にスイマセン…。でもすれ違う二人を書くのはすごく楽しかったです…!!!
もしよろしければ、これに懲りずまたリクエスト等いただけたら嬉しいです。これからも善逸くんのお話をえっちらおっちら書いていこうと思っておりますので、ぜひまた遊びに来てやってください。
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!

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