10000HITリクエスト部屋 | ナノ

無用な強がりは己が身をも振り回す


きっちり結い上げられた髪には、華やかだけれど主張しすぎない花飾りをひとつ。身に纏う振袖は細やかな桜模様の散る、母が若い頃着ていたという上等なもの。
一定の間隔で、かこん、と鹿威しの音が鳴る。まさに大切な場面で使われる場所なんですと言わんばかりの雰囲気に包まれた料亭の一室で、私は粛々と正座してその時を待っていた。
とは言っても、頭の中まで大人しくしているわけではない。表には出さないけれど、内心ではそれはもう憤り倒している。

事の発端は、両親から届いた、見合いをしろと書かれた文。馴染みの甘味処で買ってきた団子を蝶屋敷の縁側に腰掛け頬張っていた幸せ気分は、その文のせいで瞬く間にどこかへ飛んで行ってしまった。
相棒の鎹鴉が運んできたそれに思わず顔を顰めていると、隣で同じ店の饅頭をもぎゅもぎゅと咀嚼していた善逸が「どしたの?」と首を傾げる。

「…お見合い、しろだってさ」

そう口にした時、正直私は期待していた。『なまえちゃんがお見合い!?そんなの許さない!だって俺が君を娶るんだから!』なんて、甘い展開になってくれたりしないかなって。
けれどそんな私の想いは盛大に空振りし、善逸は至って呑気な顔で言い放った。

「へえ、お見合い!いいじゃない!」

あまりにも朗らかなそれに、がくん、と肩の力が抜ける。手の中で親からの文がくしゃりと潰れた。

「よくない!!こんなの、本人である私の気持ちをまるっきり無視してる!」
「まあ確かにそうだけどさあ。なまえちゃんのお父さんとお母さんもさ、きっと娘のことが心配なんだよ」

ぐ、と言葉が詰まる。心当たりはありすぎるほどあったからだ。
この鬼殺隊に所属しているのは、もともと何らかの事情で両親がいなかったり、鬼に殺され亡くしてしまったりした人達がほとんど。私のように両方健在の家庭でぬくぬくと育ち、自分の意思だけで剣を振るっている人間の方が稀だ。
家族揃って鬼に襲われ間一髪のところを女性の鬼殺隊士に救われた私は、私も彼女のように誰かを守れる人になりたいと親の反対を押し切って鬼殺隊に入隊した。辛く苦しい育手との訓練にも歯を食いしばって耐え、隊の中でも中堅くらいにはなれる程に励んでいる私を見て、今では両親も私の生き方を容認してはくれている。
それでも出来れば愛娘には命がけの戦いに赴いてほしくないのが本音だろうし、さっさと嫁にでも行って剣を捨ててほしいとさえ思っているのは紛れもない事実なんだろう。

それでも、私は曲がりなりにも鬼殺隊の一員だ。そんな簡単に自分の責務を放棄することなんてできないし、それに。

「……善逸は、私がお見合いしちゃってもいいの」
「え?」
「お見合いって、なんかこううまくいったら結婚するってことなんだよ。そうしたら私はもうきっと、鬼殺隊にはいられなくなる。…善逸達と、会えなくなる」

私の言葉はどんどん萎んでいった。一つだけ残った団子が刺さったままの串も、つまんだ指先でゆらゆらと揺れる。
けれど善逸はお饅頭を食べ終わった指をぺろりと舐めてから、んー。と力の抜けそうな声を出して空を見上げた。

「会えないだなんて、そんな大袈裟なあ。今生の別れでもあるまいし、たまにその辺でお茶でもすればいいじゃない?」

その辺でお茶でもって、あんたはよその家庭に入った女とお気軽に出かけてみせる気なのか。思わず突っ込みそうになったけど、「それに、」とまだ善逸の話は続いているみたいだったから我慢する。

「なまえちゃんは女の子なんだから。でっかい怪我してひどい痕が残っちゃう前にさ、優しい人と結婚して幸せになるのが一番だよ」

ほにゃり、と。私に視線を戻した善逸は眉を下げて笑った。それを見た私は理解する。ああ、私ってこの男にとってただの『女の子』でしかないんだ、と。
善逸は女の子が大好きだから、誘われれば誰とでも出かけるのだろうし、自分から声をかけることだって積極的にするんだろう。でも私はそんな性格でもないし、気がなければこんな風に誘い合わせてまで二人きりの時間を過ごしたりなんてしない。

失恋。失恋したのだ、私は、あの瞬間に。秘めた想いを告げることすら、必要ないまま。
あれから善逸とは会っていない。どんなふうに別れたかも覚えていない。確か善逸に指令が来て、じゃあまた、なんて適当な挨拶をして見送ったはずだ。
私のことなんて何とも思ってません!というのがありありとわかる呑気な笑顔を思い出して、頭の中を埋め尽くしていたお見合いへの憤りがしおしおと萎んでいった。
…一体どんな人が来るんだろう。密かに温め続けた想いは見事に潰えたわけだし、鬼殺隊にいることを許してもらえるなら、いっそとんとん拍子で結婚しちゃうのも悪くないかもしれない。そんな人、いるのか知らないけれど。

「なまえ、先方が到着されたようだよ」

外へ様子を見に行っていた父が一端戻ってきて、そう声をかけられる。私は「わかった」とだけ返事をして、すぐにまた出ていく父の背中を見送りながら着物の合わせを片手でそっと整えた。遠くから、父と知らない男性の雑談する声が少しずつ近付いてくる。障子が開かれ、眼鏡をかけた真面目そうな男性と目があった瞬間、──庭先で、雷の落ちる音がした。

「そのお見合いっ、ちょっと待ったあああ!!!」

そう叫びながら男性を押し除け突然目の前に現れた黄色が、振袖姿の私を見て動揺するように瞳を揺らす。けれどすぐに気を持ち直したそいつは「ちょっとごめんね、」とだけ囁いて、難なく私を抱え上げた。そしてまた、落雷の音。惚ける男性と父を置き去りに、気付けば私は見合い会場の料亭から連れ出され、塀の外を駆ける善逸の腕の中に居た。

「ちょっ、ぜんいっ、何して、」
「ごめんねえ!ほんっとうにごめんねえ!せっかくのお見合いなのに、めちゃくちゃにしちゃってごめんねえ!!」

訳が分からなくて説明を求めようにも、走る揺れに阻まれて言葉がうまく続かない。善逸は自分のしでかした事の重大さを思っているのか焦った様子で、それでも足を止めずに料亭との距離を広げていく。

「でもさあ、俺、頑張ったんだけどさあ!めちゃくちゃ我慢してかっこつけたんだけど、やっぱり無理だったんだよお!!」
「む、無理、ってなにが…っ」

ぴたり、と善逸が走るのをやめる。つい先程まで憂鬱な気持ちで居たあの場所は、もう後ろの遥か遠く。例えば父があの後すぐ我に返って追いかけてきていたとしても、絶対に捕まえられないほど離れたところまで来ていた。
はぁ、と軽く息を整えた善逸が、腕の中の私を見つめる。抱えられているせいでありえないほどの至近距離から注がれる視線に、私の頬は意図せず熱くなっていった。

「お見合いなんて、しないでよ」
「………!!」
「ねえ俺じゃだめ?ご両親のためにも結婚しないといけないなら、その相手は俺じゃだめかなあ?」
「善逸…」
「俺、なまえちゃんのことが好きなんだ。幸せになってほしいっていうのは本心だけど、俺以外の奴と一緒になんてならないでほしい」

ぐっと眉を寄せた善逸の真剣な瞳に射抜かれ、頭がぼおっとする。あの日思い浮かべた自分に都合の良すぎる期待が、時を経てこんな形で叶えられるなんて。
とんとん、と胸元を叩いて合図すると、ずっと私を抱えたままだったことをすっかり忘れていたらしい善逸があっ!と声を上げた。それからそろりと優しく地面に立たせてくれて、私は少し乱れてしまった振袖を丁寧に整えていく。

「…さっきね、私、」
「?」
「鬼殺隊にいるのを許してもらえるなら、お見合い相手と結婚しちゃってもいいかなあって思ってたところだったの」
「え゛っ!?」

わかりやすく焦った声をあげた善逸に、思わずくすりと笑いが漏れてしまった。それでも私はすぐに仕切り直して背筋を伸ばすと、両手を体の前で揃え、自分にできる最大限淑やかな振る舞いをしてみせる。

「…私は、みょうじなまえと申します。鬼を滅し人々を守ることに、日々力を尽くしております。明日をも知れぬ身、でございます。それでも貴方は、私を受け入れてくださいますか?」

せっかくお見合い感を意識して聞いてみたのに、善逸は真っ赤な顔でぽかんと口を開け、放心状態でただただ「綺麗だ………」とだけ呟いた。その評価も確かに嬉しいんだけど、今欲しいのはその言葉じゃない。私はにこっと笑みを深め、促す。

「…お返事は?」
「っ、はい、よろこんで!なまえちゃんは一生、俺が守ります!幸せに、します!!」
「……うんっ。よろしいっ!」

最初からそう言いなさいよね、ばか善逸。そんな小言をぶつける代わりに「じゃあまずはお父様とお見合い相手に謝らなきゃね?」と意地悪を言ってみせたら、善逸はさっきまで赤かった顔をさっと青ざめさせてたけれど。
それでも震える声で「ま、任せなさいよお!?土下座でも何でもしてやりますともォ!?」と半ばやけになって意気込んだこの男が、一体どんな形で私を幸せにしてくれるのか。この先の未来を色々と想像して、私はあの見合い話の文を受け取った日以来の、心の底からの笑みを浮かべた。

>いちご様
リクエストありがとうございましたー!
同期の善逸がお見合いを阻止するお話、ということでしたが、いかがでしたでしょうか?ちゃんと甘くできていればいいのですが…!
いつも感想やリクエストをどうもありがとうございます。
『幼馴染』の感想もリクエストと一緒にくださいまして、とても嬉しいです。そうなんです、『幼馴染』の善逸くんが好き好き言わないのはそういうわけでした。
振り返れば、初めてこのサイトにお名前付きでコメントをくださったのはいちご様でした。一言だけいただけるのももちろん嬉しいのですが、すごく丁寧な文章で初連載であるびいどろ玉の完結をお祝いしていただけて、とても感動したことを覚えています。
これからも色々なお話を書いていけたらと思いますので、また遊びに来ていただけたら嬉しいです。本当に、いつもありがとうございます!

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -