10000HITリクエスト部屋 | ナノ

悩める青少年たちのとある一日


みょうじなまえは悩んでいた。

「お、おはよう!不死川くん!」

朝一番、ドアを入ってすぐの席に着席している大きな背中になまえが声をかける。なるべく朗らかに、わざわざ声をかけた風にはならないように。『たまたま目に入ったクラスメイト』に声をかけただけだと、そう、意識しながら。
なまえの声に小さく反応した背中がゆっくりと動く。

「………、ッス」

ギン、と視線だけで人を殺せそうなそれに射抜かれたなまえは、自分から挨拶したにもかかわらず、ぴっ!と体を硬くした。彼の目つきが元々鋭いのはもちろん知っているし、そんなところもたまらなくかっこいい!とは思っているのだけれど、無意識に体がびくついてしまうのだけはどうにもならなかった。
でもそれよりも気になるのは、自分の挨拶が彼の機嫌を損ねたり、邪魔になったりしてしまっていないかということ。口数が少ない上に表情はどう見ても彼女を睨みつけているので、途端にしおしお…と元気をなくしたなまえは今日も曖昧に笑って誤魔化しながら自席へと向かうのだった。


一方、不死川玄弥も悩んでいた。

「…また今日も上手くやれなかった……」
「そうか…」

昼休み。友人である竈門炭治郎を「ちょっと、いいか?」とクラスから連れ出して、屋上前の踊り場で相談及び愚痴を聞いてもらうのが最近の日課になりつつあった。

「でも、軽くとはいえ挨拶を返せるようにはなってる!以前はできなかったことが、着実にできるようになってるぞ!」
「そうなんだけど…」

そもそも思春期真っ只中で女子との距離感が掴めず話すこともほとんど出来ない玄弥だ。「ッス」というたった一言だけでも返せるようになるまでには、相当な時間を要していた。それでもなんとかかんとかそこまで漕ぎつけられた理由はたった一つ。なまえのことが好きだから。
とっつきにくい外見をしていると自覚のある玄弥にも、なまえはいつだって花が咲いたような笑顔で話しかけてくれる。ぶっきらぼうな態度しか取れなくてもめげずに声をかけ続けてくれる日々がどれくらい経った頃だったか、玄弥はいつの間にかなまえを特別な異性として意識するようになっていた。

「玄弥は、まずは普通に挨拶ができるようになりたい…んだよな?」
「なりたいっていうか…、そんなこともできないようじゃ他に何ができるんだって話だろ」
「うーん、そうなんだけど…」

炭治郎が、むむむと腕を組んで唸る。異性関連では異常なほどに照れ屋な玄弥が俗にいう恋愛相談なんてものを炭治郎にし始めたのは、これまたふとしたきっかけからだった。
今日もなまえに冷たい態度──本人的にはそんなつもりは毛頭ないのだけれど──をとってしまい極限まで落ち込んでいたところ、匂いでそれに気付いた友人の炭治郎に大丈夫かと話しかけられた。相手は底抜けに優しい男だと痛いほど知っていたし、玄弥なりにべこべこに凹んでいたせいで逆に恥ずかしさが消え去って、「好きな女子と上手く話せない…」とぽつぽつ話を聞いてもらったのが始まりだ。それからというもの、二人はたびたびこうして話すようになっていた。

「…よし。次は…おはようって言うぞ…!」
「!! そうだ!その意気だぞ玄弥!」

グッとガッツポーズをしながら激励された玄弥が照れ臭そうに頬をぽりぽりと掻く。ちょうどその時予鈴が鳴り、二人は並んで教室のある階へと戻っていった。


それから、二人の恋には直接関係ないはずの、この人。竈門炭治郎もまた、実はとある悩みを抱えていた。その悩みというのが…。

「ああーもう!今日も上手にできなかったなあ…」
「なまえちゃんは頑張ってるよお!玄弥のクソ野郎が、こんな可愛い子に優しく出来ないのが悪いんだって!」

竈門ベーカリーのイートインスペースで、なまえがでーんとテーブルに突っ伏している。それを、放課後は竈門ベーカリーを半ば溜まり場にしている善逸がいそいそと慰めた。その隣には伊之助もいるのだが、今はパンを食べるのに夢中で口を挟む余裕はないらしい。横目で二人の様子を伺いながら、手にしたカレーパンをガツガツと食べ続けている。
炭治郎の悩みといえば、まさにこの状況。彼自身がそうしようとしたわけでは決してないのだけれど、気付けば何故か玄弥となまえの両方から恋の悩みを聞かされる立場になっていた。

「…挨拶は返してもらえたんだろう?それじゃだめなのか?」
「だめじゃないけど!もう一言二言会話したりね、私がもっと上手くやれればできたんじゃないかって…」

玄弥の様子を見ている限り、もう一言二言、となるにはまだまだ相当の時間がかかるのではないだろうか。炭治郎は内心そう思ったが、友人の秘密をばらすわけには絶対いかないので黙っておいた。
そんな炭治郎を知ってか知らずか、善逸がドカリと椅子に座り直して面白くなさそうな顔で頬杖をついた。

「っていうかね?本当にさ、どうして玄弥なのよ?なまえちゃん可愛いんだから、他にもっといい奴いるでしょうよ」
「ええー!いないよ!不死川君以上なんていない!」

勢いよく起き上がって力説しながらなまえは思い出す。最初はなまえも他のクラスメイトたちと同じように、強面で体も大きな玄弥のことを遠巻きに見ている一人だった。けれどとある休日、たまたま家族らしき人たちと街を歩いているところを見たなまえは一瞬でその笑顔の虜になってしまった。普段の彼からは想像できない、優しくて楽しげな笑みだった。
それから玄弥のことを目で追うようになったなまえは『普段の彼からは想像できない』なんて思ってしまった自分を恥じた。男友達と戯れている時の顔や、実の兄である不死川先生の授業を受けているときのどこか楽しそうな顔。自分が知ろうとしていなかっただけで、玄弥はとても表情豊かな優しい人だと、なまえはあの休日をきっかけにやっと気付けたのだ。

「不死川君はね?あんまり見せてくれないけど笑顔がとっても優しくて、それで、」
「『特に家族に向ける笑顔はとっても素敵なの!』でしょ!?もう聞き飽きたよ!」
「じゃあなんで、どうして不死川君なのとか聞くの!」
「兄弟に優しくするなんて俺だってできるからだよお!…まあ俺の場合そんなことしたら兄貴に気色ワリィって殴られそうですけど!?」
「な、仲悪いの…?」
「っとにかくさあ、なまえちゃん!好きになるならこの見た目通り超優しい俺にしなよぉ!」
「やだ。それならまだ炭治郎のほうがいい」
「ヤダってそんな一刀両断しないでえええ!」

「なんで玄弥がモテて俺がモテないんだよおお!」と頭を抱え始めた善逸への興味を瞬時に無くしたなまえが唐突に席から立ち上がり、カウンターの中で二人のやりとりを見守っていた炭治郎の元へトコトコと近付く。そして、何だ?と首を傾げている炭治郎に向かってにっこりと微笑んだ。

「炭治郎、ほんといつもありがとね。だーいすきだよぉ〜」

善逸との会話の中で嫌な顔一つせずいつも話を聞いてくれる炭治郎のありがたみを再度確認したなまえが日ごろの感謝を込めて炭治郎に笑いかけたのと、カラン、と音を立てて背後でドアが開いたのはまさしく同じタイミングだった。お客さんが来た、とドアを見た一同の動きが揃ってピシリと固まる。
そこにキョトンとした顔で立っていたのは、つい先ほどまで話題の中心にいた不死川玄弥だったからだ。

「っあ…!!」

声をかける隙もなかった。ふと気付いた時には、なまえは玄弥に腕を引かれて竈門ベーカリーから連れ出されていた。
炭治郎たちの驚いた顔が思わず顔だけで振り返ったなまえの視界から一瞬で消える。視線を前に戻すといつも見つめることしかできない大きな背中がすぐ目の前にあって、けれど有無を言わせない雰囲気を出しているそれに、ただついていくことしかできない。
しかし運動部に所属しているわけでもないなまえの体はすぐに悲鳴をあげた。男の子の歩幅で走っていくペースについていけなくなり、息が上がる。

「し、なずがわく…!ごめ、もう…っ」

半ば叫ぶようにギブアップを告げたなまえの声に、ハッと我に帰った玄弥が足を止める。凄まじい勢いで駆けていた高校生達が突然立ち止まったことで、もう駅前すぐのその通りを歩いていた街の人たちが不思議そうに二人を見ながら通り過ぎて行った。

「わ、ワリィ、その、つい…」

つい、何なのだろうか。なまえは胸に手を当て息を必死に整えながら、玄弥の様子を伺った。しかし彼は、罰が悪そうに視線を斜め下へ落として顔を歪めるばかりだ。
玄弥自身も、何故今こんなことになっているのか、はっきりとした理由は掴めていなかった。ただ、炭治郎に『大好き』だと笑いかけているなまえを見た瞬間、頭が真っ白になって、それで。

「…炭治郎、」
「え?」
「炭治郎…のこと。……好き、なのか…?」

向かい合っていた炭治郎となまえの姿を思い出すと途端にズキンと胸が痛くなる。気付けば玄弥は渦巻くモヤを疑問にして口から出してしまっていた。問われたなまえの目がまるまると大きく見開かれる。
とんでもない勘違いだ。もちろん炭治郎や、善逸や伊之助のことも好きだけど、それは友人として。

「ちっ、違うよ!炭治郎にはいつも相談乗ってもらってて、そのお礼っていうか、あんなのただの冗談なの!だって私が好きなのは、し…!」

不死川君なの。そう言ってしまう寸前だった。いや、こんなの言ったも同然だ。あっ!と両手で口を押さえたなまえの頬が朱に染まる。続く名前を何となく察してしまった玄弥も真っ赤になって汗をかき始めた。
落ち着いて考えれば、玄弥となまえがこんなに長く言葉を交わしたのは今この時が初めてだ。ずっと、「先生が呼んでたよ」「…ッス」程度の会話しかできていなかった二人だから。その最初のやりとりが、まさかこんなことになるなんて。
玄弥は明日用のパンを買ってきてと弟達に頼まれていたことをすっかり忘れて立ち尽くす。なまえも、やばいこれは気付かれちゃったでしょ何とか言ってよ不死川君…!と涙目になって口を押さえていることしかできない。

「……………」
「……………」

一触即発の雰囲気で顔を突き合わせる玄弥となまえの周囲で、街は相変わらず通常運行のまま動いていく。たったひとつだけいつもと違うのは、二人を見守る誰もが『青春っていいなあ』と胸の中で思っていたこと。先に沈黙を破るのは、果たしてどちらだろうか。

一方その頃嵐が去った竈門ベーカリーでは、泣き叫ぶ善逸、腕を組んで悩む炭治郎、パンを食べ終わってあくびをしている伊之助と、三者三様の光景が広がっていた。

「なまえちゃんがあああ!ケダモノに!ケダモノに連れて行かれてしまったああああイイヤアアアアア!!!」
「二人とも大丈夫かなあ…」
「大丈夫だろ。お互い発情し合ってただろうが」

どうでもよさそうにそう言った伊之助に、炭治郎と善逸の視線が集まる。

「伊之助…」
「お前その言い方はさあ…」
「んあ?事実は濁しても変わんねえんだよ」

食べ足りないのか新しいパンを物色し始めた伊之助に、炭治郎と善逸は目を合わせて苦笑した。確かに、その通りなのだ。二人が両想いなことなんて、周りでちゃんと見ている人間はみんなとうにわかっている。

玄弥となまえが戻ってきたらまずは、意図していなくとも両方の相談役を兼任してしまって悪かったと謝らなければ。そう考えつつも、ここ最近の悩みからようやっと解放されそうだなと炭治郎は胸を撫で下ろした。
ちょうどその頃なんとか想いを通わせていた二人が、それでもやっぱり上手く話せないのだとまたそれぞれで何故か泣きついてくることになる未来を、竈門炭治郎はまだ知らない。

>由美様
リクエストありがとうございましたー!
キツイ言葉を言ってしまう玄弥くん、とのことだったんですが、すいませんどうしても女の子に暴言を吐く高校生玄弥くんが私の頭の中に降りてきてくれなくてこんな感じになりました…!い、いかがでしたでしょうか…?
いつも善逸くんという自分からぐいぐい行く人の話ばかり書いているので、話すことすらできないと悩む玄弥くんを書くのは新鮮で楽しかったです。お気に召していただけていれば幸いです。
10000HITまで突っ走ることができたのは皆さま、そして由美様が!いつもコメントをくださったおかげです。へっぽこサイトですが、もしよろしければまた遊びに来てやってくださいね!

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