10000HITリクエスト部屋 | ナノ

夢の国へいこう!


「…あっ!義勇さんこっちです!おはようございます!」

日本一有名なテーマパークの最寄り駅。改札を出た先でこちらに手を振っている笑顔のなまえへ向けて挙げかけた義勇の腕が、不自然な位置でギチリ、と止まる。なぜなら彼女の隣には、今日いるとは思っていなかった顔ぶれまでもが並んでいたからだ。

「義勇さんおはようございます!」
「ハァ!?まだ全員揃ってないって言うからだれかと思えばこの人かよ!なんでよ!?テーマパークとか一番似合わなさそうな人じゃん!」
「失礼だぞ善逸。それに、そもそも今日は義勇さんに楽しんでもらうのを目的になまえと企画した会だからな。義勇さんがいるのは当然だろう」
「当然とか言われても俺らは聞かされてなかったからね、そんなこと!情報伝達下手すぎじゃない!?」
「山の主を待たせるとはいい度胸だな!朝飯を奢れば許してやる!」

なまえの隣から順に、善逸、炭治郎、伊之助。炭治郎へと喚く善逸に、俺もお前たちがいるとは思っていなかった、と義勇は心の中だけで同意した。なまえからの誘いのメッセージには『今度の土曜なんですが、もし予定が空いていれば一緒に夢の国へ行きませんか?』としか書かれていなかったため、義勇はてっきり二人で出かけると思っていたのだ。

義勇たち五人は同じ町内に住んでいた古くからの幼馴染で、まだ全員が学生だった頃はよく一緒に遊んでいた仲ではあった。しかし義勇だけは他の4人と少しばかり年が離れており、今は大学通いの為別の区で一人暮らしをしている。まだ高校生である4人の中へ成人済みの自分が一人だけ混じることに、若干の居心地の悪さを感じなくもない。
なまえに呼びかけられてからここまでほとんど表情の変わっていない義勇だったが、その微妙すぎる変化からでも義勇の戸惑いをしっかり感じ取ったなまえの眉がしゅんと下がる。

「あ、あの…ごめんなさい。前に義勇さん、こういうところへは来たことがないって言ってたから…すっごく素敵な場所だし、義勇さんにも楽しんでもらいたいねって炭治郎と考えたんです。…やっぱり、ご迷惑でしたか…?」
「そんなことはない」

予想外のメンバーに困惑していただけで、なまえから誘いを受けたことも、今日テーマパークへ行くことも、嫌だなどとは1ミリも思っていなかった。むしろ…義勇はなまえと二人きりで出かけられるのだと思って、彼なりに浮き立ってすらいたのだ。
しかし『てっきり二人きりだと思っていたからがっかりした』と正直に話すのは気恥ずかしさもあるし、もともと口下手な彼がそれをうまく伝えられるわけもない。不足気味の言葉でなまえの心配を否定する不器用な姿に、先ほどまで喚いていた善逸が大きなため息を吐きながらガシガシと頭を掻いた。これはアンタの為じゃなくて、なまえちゃんに悲しい顔させたくないだけなんだからね、と胸の内で盛大に愚痴をこぼしながら。

「この人も俺たちが居ると思ってなかったからびっくりしてるだけでしょ、多分」
「あ…そっか。私言ってなかったんだ…。ごめんなさい、義勇さん」
「いや…、……」
「…あーもう。今度こそ全員揃ったんだよね?ならもう行こうぜ。せっかくここまで来て、こんなところで立ち話してる時間がもったいねえよ」
「あ、ああ!行きましょう、義勇さん!」

しびれを切らして先頭に立ち歩き始めた善逸を、「前を行くのは俺の役目だ!下がってろ凡逸!」と騒ぐ伊之助が追い抜き走っていく。炭治郎、そして義勇となまえも、それに少し出遅れる形で後ろをついていった。
二人きりでなかったのは残念ではあるが、自分を楽しませようと計画してくれた炭治郎となまえの気持ちは確かに嬉しい。そう思った義勇は早々に気持ちを切り替え、今日という日がどんな一日になるのか思いを馳せながら足を進める。
そんな彼の横顔をそっと見上げたなまえは、いつもの無表情の中から先ほどまでの憂いが消えたことを確認してほっと頬を緩めた。待ち合わせからハプニングが発生してしまったが、何はともあれ炭治郎との計画通り五人でテーマパークを楽しめることになりそうだ。


休日のパークはたくさんの人でにぎわっていた。既に開園時間を迎えているため、義勇たちもチケット窓口でパスポートを購入して早速園内へと足を踏み入れる。正直なところ入場ゲートを通る際に流れるシャララーンとメルヘンな音楽にすら、義勇は無表情のまま驚き、そして感心していた。
ゲートで回収したらしいマップを広げて、炭治郎がうぅんと首をひねる。義勇となまえも炭治郎に倣って覗き込んだそこには園内の情報が所狭しと記載されていて、義勇はまた静かに面食らった。

「うーん、色々あって迷うなあ。どこから行こうか」
「まずは飯だ!腹ごしらえだ!」
「あほか伊之助。こういうところに来たらなあ、まずは全力で楽しむ準備をすんだよ。耳買うぞ、耳!」
「耳!?焼くのか!?」
「違うわ!食いもんから離れろっての!もう黙ってついてこい、この馬鹿猪!」

ぎゃんぎゃんと喚く善逸に誘われ、入り口近くにある園内一大きな土産屋へ足を踏み入れた一行。十数分後そこから出てきたときには、全員の頭にキャラクターの耳を模したカチューシャが揃ってつけられていた。
炭治郎と善逸はぬいぐるみのクマ。善逸のそれは女の子らしく、てっぺんにリボンもついている。さらに伊之助はそのクマ達と友達のネコで、そして義勇となまえの頭上では、このパークのメインキャラであるネズミのカップルの耳が、それぞれふわふわと存在を主張している。
なまえは「みんな似合ってるね〜」と何食わぬ顔で言いながら、心の中では大きくガッツポーズを決めていた。義勇の髪色にはこれが一番合うとネズミの耳を勧めたのは他でもないなまえで、そして自分はさりげなくその恋人であるネズミの耳をゲットすることに成功したからだ。「炭治郎たちもお揃いにしてるし、私も義勇さんとお揃いのこれにしようかな〜」と自然な流れを装って成功させたそのミッションに、絶対どこかでツーショットを撮ってもらうんだ…と新たな目標を追加しつつ幸せを噛み締める。

義勇のことは、物心ついた頃から好きだった。なまえの初恋は間違いなく義勇で、けれど自分はどうせ、良くて妹程度にしか見られていないだろうから、とずっと胸の内に隠してきた気持ち。今日一番の目的は義勇に夢の国を楽しんでもらうことではあるが、それと同じくらい自分も義勇との思い出を作りたいとなまえは思っている。そしてあわよくば、少しくらいは女性として意識してもらえたら…。なまえはぎゅっと握りしめた手を胸に当て、改めて気合を入れなおす。

一方その義勇はというと、普段なら絶対にありえない自身の装いに戸惑いつつも、周囲を見回せば自分たちと同じようにカチューシャをつけ、それどころか衣服や持ち物に至るまで全てキャラクターグッズで固めた客の方が多いことに気付き、また目を丸くしていた。なるほど、約二十年生きてきて様々な体験をしてきたと思っていたが、実はこの世にはまだまだ知らないものがたくさんあるものだな、と舌を巻く。

「義勇さん?絶叫マシンって乗れますか?子供も乗れるやつなので、そこまで怖くはないと思うんですけど…」

そして何より、炭治郎たちが今から向かう乗り物を相談しているのを聞きながらおずおずと見上げてくるなまえの頭に載っかかった耳が、何とも言えず愛らしい。『絶叫』マシンという不穏な言葉に多少引っ掛かりつつも、義勇は静かにほわほわと幸せを噛み締めながら「わからないから、お前たちに任せる」と頷いてみせた。


++


一日は、あっという間だった。もう辺りは暗くなってきており、残す大きなイベントは夜のパレードのみといったところ。程よく遊び疲れた体を休ませるのもかねて、パレード観賞用の場所取りをしようとちょうどスペースの空いていたところへレジャーシートを広げていた、その時。

「あら!みなさんお揃いで」

聞きなれた声に反応して五人の目線が一斉に向いた先にいたのは、胡蝶カナエ、しのぶ、そして栗花落カナヲの三人だった。近所で評判の美人三姉妹だ。なぜこんなところに姉妹揃って、と一瞬思いはしたが、休日に家族で遊びに来る場所として夢の国はなんらおかしい場所ではない。向こうも似たようなことを思って納得したのか、「こんばんは」と三人そっくりな笑顔を投げかけてくる。

「こんばんは!」
「なんだか懐かしい組み合わせね〜」
「そうですねえ。特に冨岡さんがこんな場所にいるなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」

和やかな雰囲気をまとった三人が近付いてきて、途端に善逸の鼻の下が伸びた。それを炭治郎がドン引きした様子で見守っていると、高校生四人に混じっていつもと変わらぬ仏頂面で突っ立つ義勇にしのぶが注目し、人差し指を唇に当てる。
それからほんの数秒で何かをひらめいたらしく、「ははぁ〜ん、なるほど〜」と含みを持たせるように呟いた。にやりと怪しい笑みを浮かべたしのぶが義勇の耳に顔を寄せ、囁く。

「なまえさんをデートに誘う勇気が出ないからって、男の子達も巻き込んだんですか?そんな意気地なしではそう遠くない未来、なまえさんに愛想を尽かされてしまうのではないでしょうか?」
「!!!」

義勇が、ガンッと衝撃を受けたように目を見開いた。しのぶが何を耳打ちしたのかは、義勇以外の人間には恐らく聞こえていない。きょとんと様子を見守る一行は、義勇が何故か突然どんよりと暗いオーラを背負い始めたことに驚いた。体を離したしのぶは上機嫌そうにニコニコと笑っているから、なおさらだ。
今日実際に誘ったのはなまえの方なので、しのぶの指摘はほとんど外れている。しかし、女性に誘われ言われるがままついて回っていた自分はあまりにも甲斐性がなさすぎるのではないか。そう、義勇が普段や今日一日の自分を顧みるきっかけには十分なった。
何より『なまえに愛想を尽かされてしまう』という一言が、義勇の胸へぐさりと突き刺さる。いつもの調子で「俺は意気地なしではない」と否定する余力もないまま、義勇はずーんと肩を落とした。

「姉さん。あんまり邪魔してもよくないですし、もう行きましょう」
「え、ええ。それじゃあみんな、またね。暗いから気を付けるのよ〜」
「ばいばい」
「あ、はい!また!!」

胡蝶三姉妹は義勇のメンタルだけをかき乱して、まるで嵐のように去っていった。いつもと表情は変わらないが明らかに落ち込んでいる義勇の様子を、炭治郎となまえはオロオロと伺う。落ち込むきっかけになったのは恐らくしのぶが語り掛けた何事かだというのはわかるのだが、如何せんどんな内容だったのかが聞こえなかったので、どう言葉をかければいいのかも思いつかない。
暗いオーラを背負う義勇と、アタフタする炭治郎になまえ。伊之助は我関せずで、人混みの向こうにあるターキーレッグの屋台を一心不乱に眺めている。同行者たちの様子を見渡した善逸が、本日二度目の深いため息をついた。

「はあ…。あーー!!!そういえば俺、ぜっっったいに買いたい土産もんがあるんだった!急がないと売り切れちゃうかもなあ!」
「!? ど、どうしたんだ善逸、突然…」
「数あるから、人手が必要なんだよねえ!炭治郎と伊之助、一緒に来てくれよお!」
「あ?めんどくせえ、勝手に行っ、」
「チキン買ってやるから!!」
「行くぞオラア!ついてこい!!」
「ちょっ、伊之助まで…ッ」
「なまえちゃん、ごめんねえ。ここで義勇さんと待っててくれるかなあ?パレード始まっちゃったら、俺たちのことは気にせず楽しんでくれたらいいから!…ほら行くぞ、炭治郎!」
「えっ、あぁ、」

誰よりも耳のいい善逸にだけは、先ほどのしのぶの囁きが聞こえていたのだ。先に駆けだしてしまった伊之助を追って、善逸と炭治郎もその場を離れる。すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまったその背中たちに、いってらっしゃいと声をかける暇もなかった。
予期せず与えられた二人きりの時間に、なまえの胸がどくんと跳ねる。善逸達の勢いに呆気に取られている義勇は、しのぶの言葉から意識が逸れて暗いオーラが幾分か晴れている。何が原因だったのかは相変わらずわからないが、この調子で元気を取り戻してもらわねばと、なまえは一生懸命に話し始めた。

「今日は義勇さんと一緒に来られてよかったです!すごく楽しかったです!」
「、そうか」
「義勇さんはどうですか?楽しんで…もらえましたか?」
「ああ」

この会話が耳に入った周囲の客たちは皆一様に、もうちょっと愛想良く返してやれよこの男…と内心やきもきしたという。しかし長年想い続けた甲斐あって義勇の表情や声色の違いに敏感ななまえにとっては、この反応だけで十分だった。義勇はちゃんと、今日という一日を楽しんでくれていたらしい。なまえはうれしくなって、ぱぁっと顔を輝かせた。

「でもやっぱりここは広いから、1日じゃ全部回りきれなかったですね」
「そうなのか」
「はい!今日乗ったのと同じくらいの数の乗り物がまだまだあるんですよ」

なまえが話しきったちょうどいいタイミングで、スピーカーから陽気な音楽が流れ始める。周囲の電灯も次々に明かりを消し、辺りが一気に暗くなった。なまえが「あっ始まりますよ!」と指をさした方向から、数えきれない電飾に彩られたフロートがゆっくりと近付いてくる。

「また来ればいい。……今度は、二人で」

大音量の音楽が流れている中でも、その小さな声はなまえの耳にだけははっきりと聞こえた。ハッと義勇を見上げる。義勇もまた、なまえを見ていた。電飾に照らされる義勇の頬は見間違いでなければ微かに赤らんでいて、それに気付いたなまえが目を見開く。二人を取り囲む時間だけ止まってしまったようだった。
しのぶの言葉に触発された義勇が一歩踏み出したことで、長年膠着状態だった二人の仲がほんの少しだけ前に進んだ。義勇は言う。楽しみ切れなかったのなら、今度こそ二人きりで来ようと。なまえは思う。自分は義勇にとって、少なくともこういう場所へ二人きりで来ようと誘ってもらえる存在にはなれていたのか、と。

「っはい!!!」

なまえの笑顔がはじけた。その前を妖精のフロートが賑やかに通り過ぎていく。最後に微笑みあった二人はパレードへと意識を戻し、「ほらミミーちゃんがきましたよ!手を振りましょう!」「こ、こう、か…?」と一日を締めくくる華やかなパレードを今度こそ楽しみ始めた。その距離は、今までより心なしか近い。


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.
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〜一方そのころ@〜

「…なるほど。そういうことだったのか」
「しのぶさんもいじわるだよねえ。絶対わかってて言ってるよ、あれ」
「おい凡密、チキンにジュースつけてもいいか」
「…もう勝手につけろよ。あーあ。俺たちもこれ買ったらどっか適当に場所探そうぜ。合流するのはパレード終わってからでいいっしょ」
「ああ。…でも、いいんだろうか、戻っても。このまま二人きりにしてやった方が…」
「なぁに言ってんの!俺の目が黒いうちはいちゃいちゃなんてさせませんからね、絶対!今はそう…特別!落ち込んでたみたいだから、特別なんです!!」
「はは!そうだな。俺たちだって、義勇さんともなまえともまだまだ遊びたいしな」
「でしょ?義勇さんだって俺たちが居るって知らないままでもウキウキで来ちゃってるんだから、なまえちゃんのこと好きなのばればれだっての!!いつかくっつくのはわかりきってるんだし、それまでは俺たちともいっぱい遊んでもらわないとねえ?」
「ウメェ!!!ウメェぞこの肉!おい権八朗も早く食べてみろ!!」


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〜一方そのころA〜

「姉さん、そんなこと言ったの?」
「よかったのかしら〜?寡黙な冨岡さんだもの。みんなを誘うのにだって、精一杯の勇気が必要だったのかもしれないのに〜」
「あら?カナヲも姉さんも、本当に冨岡さんが誘った側だと思ってるんですか?」
「違うの?」
「まさかあ!冨岡さんにはそもそもそんな甲斐性はありませんよ!十中八九、なまえさんから誘ったんでしょう」
「もう。しのぶったら、いじわるさんね〜」
「ふふふ。でも…あそこまではっぱをかけたんですから、流石の冨岡さんでもあの後何かしらのアクションは取った可能性があります。月曜日、学校でつつくのが楽しみです!」

>ちさと様
リクエストありがとうございましたー!
冨岡さんwithかまぼこ隊と行く夢の国、というリクエスト内容でしたが、いかがでしたでしょうか?リクエストを読ませていただくだけでも楽し気な五人の様子がはっきりと浮かんできました。ありがとうございます!
みんなに何の耳を付けさせようかなとか、考えるだけでもすごく楽しかったです。義勇さんは絶叫マシン大丈夫なんでしょうか。某テラーなエレベーターのやつとか、終わった後静かに放心してそうです。笑
他でもない義勇さんとの夢の国というのがとてもワクワクポイントで、とにかく楽しんで書かせていただきました!義勇さんには悪いのですが、ちぐはぐ感がとてもいいですね。普段善逸くんとのお話ばかり書いているのですごく新鮮でした。
恐らく今後も善逸くんばかりの更新になるとは思うのですが、もしよろしければまた遊びに来ていただけたら嬉しいです。今回はリクエストをしていただきまして、本当にありがとうございました!

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