10000HITリクエスト部屋 | ナノ

いつか得る未来〜討伐任務先にて〜


「お二人とも、本当にありがとうございました。お礼…にもならないかもしれませんが、その御着物は差し上げます。ぜひ着ていってやってください」

そう言って、俺たちが今日命を救ったお嬢さんは涙ながらに深々と頭を下げた。その両脇で肩を抱くご両親も、うんうんそれがいい、と何度も頷いている。
特に服飾の知識がない俺たちですら生地を見ただけで分かるほどの、高級な振袖。細かな花の刺繍が繊細に織り込まれたそれを身にまとったなまえが「へ、」と気の抜けた声を出したのも、無理はないと思う。

今回俺となまえは二人で合同任務に来ていた。村の人々を見逃す代わりに村一番の美少女を生贄に捧げよ〜なんていう下衆い鬼を退治することが今回の任務で。生贄として選ばれた所謂いいとこのお嬢さんの身代わりになまえがなり、襲おうと出てきた鬼を俺が斬る。そういう作戦だった。
結果としては気絶した俺に代わって、おとりを務めたなまえが頸も斬ってくれるという情けないものになってしまったんだけど、まあ無事に任務は終了。戦ったわりになまえの着物は全く着崩れてなかったし、そもそもなまえの日輪刀は俺が持ったままなのにどうやって斬ったんだ?という疑問が残ってはいるけれど、朝日を背負いながら無事戻った俺たちを迎えてくれた村の人たちにワァワァと囲まれてしまい、結局聞けずじまいになってしまった。

そして、話は冒頭へ戻る。

「私たちはこれが仕事ですし、こんな高価なものいただけませんっ」

我に返ったなまえがぶんぶんと首を横に振り、俺もそうだそうだと少し青くなりながら同意する。けれどお嬢さんはぽろぽろと綺麗な涙をこぼしながらなまえの手を取った。

「そうだとしても、もらっていただけませんか?実は、最初に見たときから思っていたんです。この御着物は貴女が着るためにあったんじゃないかと思う程に似合っていらっしゃると」

お嬢さんもその家族も俺たちへの感謝が深すぎるのか、頑なに引き下がろうとしない。それどころか、着物だけでは足りませんか?とさらに金品を用意しようとし始めてしまうものだから、俺たちはさらに慌てて、この御着物だけで十分ですううう!と、結局そのまま足早に去ることしかできなかった。

「はあ、ふう、」
「あっごめん。歩くの早かったよな。大丈夫?」
「うん、平気。でもやっぱりちょっと、隊服より歩きにくいね」
「そりゃあねえ」

村を出て少し離れたところで息切れしているなまえに気付いて、歩く速度を緩める。振袖を普通に着るだけでも大変だろうに、戦闘に備えて中に隊服も着こんでいるのだから、相当つらいだろう。

「どこかで着替えてから行くか?」
「うーん、どうしようかなあ…」

なまえの負担を考えてそう提案したのに、何故かそのなまえが着換えを渋るので俺は意図がつかめなくて首を傾げた。なまえはそんな俺をちらちらと見上げながら、両手の指と指ともぞもぞと突き合わせている。やがてそのままでは気持ちが伝わらないと決意したみたいで、突然きゅっと俺の羽織を握ってくるから少しどきりとしてしまった。

「せっかくだからこのまま、善逸と逢引き、したいかも」

眠くなかったらで、いいんだけど。
いつもはぐいぐいと来るくせに、こんな可愛らしいお願いをする時に限ってしおらしくなるのは心臓に悪いからやめてほしい、ほんと。ばくばくと高鳴る胸を抑えながら、俺は羽織を握っているなまえの手をすくい上げる。

「もっもも、もちろん!?行こうぜ!逢引き!」
「! うん!」

途端にぱぁっと明るく輝くなまえの笑顔でまた心臓が痛くなってしまった。最近のなまえは可愛いが過ぎるので困る。いや、なまえが可愛いのは前からなんだよ。でもさ、あの毎回なんかちょっとずれてるけど色々努力してるところとか、もっと強くなろうと懸命に鍛錬する姿だって。全部が俺にためにしてくれていたのだとわかった途端、なまえのことがさらに愛しくて愛しくて仕方がなくなっちゃったんだよね。

そんな俺の胸中を知らずに、なまえはにこにこと上機嫌な様子で隣を歩いている。思えば『逢引き』というものをするのって今日が初めてかもしれない。甘露寺さんの家で二人きりになったりはしたことがあるけど、基本的には任務でお互い忙しいし、両想いであることを確認してから二人だけで出歩くのはこれが初めてなような。
そう思ったら、逢引きとはいってもただ何もない道を恋柱邸方面へ向かって歩いているだけなのにもっと緊張してきたし、隣にいるなまえのことがもっともっと可愛く見えてきた。「いい天気だね〜。おなかすいてきちゃったなあ」と呑気なことを話しているなまえに「どっか茶店でも見つけたら入ろっかあ〜」なんて気もそぞろに返す。
そのままちらちらと挙動不審に隣を盗み見ながらしばらく歩いていくと、任務地とはまた別の、のどかな村に到着した。話していた茶店も、ちょうど少し行ったところにあるのが見える。

「あそこで休憩していくか」
「だね。何食べようかな〜」

正直動悸が半端なかったので助かった。ここでゆっくりお茶でも飲んで、落ち着くことにしよう。店の奥さんに声をかけて表の椅子に腰かけるとすぐにお品書きを持ってきてくれたので、二人でそれを覗き込む。

「お嬢さん、綺麗な御着物ですね。さぞかし上等なものでしょう」
「…ええ。いただきものなんですけどね」

俺が小腹を満たせそうなものを見繕っていると、奥さんがなまえの振袖をみて、ほぅ、と感心した様子で声をかけてきた。やっぱり誰だって一目見ればその価値に気付くほどの一品らしい。改めてとんでもないものをもらっちゃったなと思うと同時に、笑みを浮かべて受け答えするなまえの様子になんとなく違和感を覚えた。
とりあえず甘味をいくつかと緑茶を二人分注文して、奥さんが「少々お待ちくださいね」と店の中へ引っ込んだのを確認した瞬間になまえがふう、と息をつく。耳を澄ませば、なまえから聞こえてくる音は不安定に揺れていた。

「ん。疲れたか?」
「うーん、そういうわけでもないんだけどね。こういうの着慣れてないから、なんだか緊張しちゃって」

そう言って恥ずかしそうに頬をかいたなまえを見て、違和感の正体はすぐにわかった。さっき奥さんと話してた時は、不自然なくらいお淑やかなふるまいをしていたんだ。多分、振袖に合わせて、それに見合う人物だと偽れるように。
俺も、そしてきっとなまえも、ロクな育ち方をしていない。つぎはぎだらけのボロ布を身にまとって、爺ちゃんに出会うまでどうにかこうにか生きてきたってだけの人生だった。
そんな自分が見るからに高級な振袖を着て通りを歩いているのが、奥さんに声をかけられて途端に恥ずかしくなってしまったんだろう。そんな俺の予想通り、なまえは複雑な音をさせながら「やっぱり…私なんかには似合わない、かなあ」と悲し気に呟いた。

「そんなことねえよ!似合ってる!めちゃくちゃ可愛いし、綺麗だ!!」

だから俺はそんななまえの音を断ち切るように、大きな声を出した。身を乗り出して訴えた俺に、なまえは大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。

「着慣れなくて緊張するのはわかるよ?でもだからって卑屈になる必要はねえよ!自信持てねえってんなら何回だって可愛いって言うし、実際本当に可愛いし、似合ってるし、えぇと、とにかく最高デスヨ!?」
「う、あ、ありがとう…?」

ぼあっと色づいた頬が振袖の淡い色味に映える。ほらやっぱり、めちゃくちゃ似合ってるじゃんか。

「今の俺じゃそれと同じくらいの振袖の一つも買ってやれねえけどさ…。着物も洋服も、いつかとびっきり可愛いやつを、着慣れないなんて思うことがなくなるくらいうんと着せてやるし、鰻とか寿司も腹いっぱい食わせてやれるような、そんな男になるから。…だからなまえは、難しいこととか考えんで、いつもみたいにほけほけ笑ってたらいいんだよ」

俺だって学があるわけじゃないし、上手くまとめてなんて話せない。だから伝えたいことがなまえに届いたのかはわからなかった。それでも、「うん…!」と大きく頷いたなまえが運ばれてきた甘味をいつもと変わらない様子で大口を開けてもりもり食べる姿は、やっぱり可愛くて仕方がなくて。それがなまえの自信になるなら、やっぱりもっとちゃんと可愛いって伝えてやらねえとなあ、と『お母さん』になってばかりだった過去の自分を少しだけ叱っておいた。

最後に緑茶を流し込んで、程よく満たされた腹を二人そろって撫でる。それを可笑しそうに噴き出したなまえより先に立ち上がって、俺は芝居がかった動きでそっと右手を差し出した。

「行きましょうか、お嬢さん?」

一瞬ぽかんと動きを止めたなまえの頬が、またじわじわと桜色に染まっていく。やがて俺の右手に自分のそれを重ねたなまえが「ええ、参りましょう」なんて恭しく微笑むものだから、俺もなまえもとうとう我慢ができなくなって大きな笑い声をあげた。

鬼舞辻を倒して禰󠄀豆子ちゃんを人間に戻した後。その頃にはきっと、隊服と刀じゃなく綺麗な着物を着たなまえが俺の隣で幸せそうに笑ってくれてるんだ。

いつか掴み取る未来を思い描きながら、初めての逢引きはまだまだ続いていく。

>紅緒様
リクエストありがとうございましたー!
善逸くんだけの前で可愛い服装をして甘やかしてもらう『まさお』続編、ということでしたが、いかがでしたでしょうか?
な、何やら全体的に満たせていない気もするのですが、『まさお』的に『甘やかす』の対義語は『お母さん』かなと思いまして、『お母さん』な善逸くんなら着物に合わせてお淑やかにしなさい!って言うけれど、『恋人』だからどんな君も可愛いよ、だからいつも通りでいてほしいよって言うのが『甘やかす』ってことかなと…考えました。お気に召していただけていれば、いいのですが…!
「スケベな炭治郎じゃだめだよ〜」の件は私もお気に入りなので、大好きと言っていただけてとても嬉しいです!善逸くんとの絡みもそうなんですけど、炭治郎くんとのやりとりも書いててすごく楽しかったんですよね。紅緒様からのご感想を読んで、炭治郎くんや伊之助くんとあれこれする『まさお』もまた書きたいなと思いました!
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。これからもちょこちょことお話を書いていけたらと思いますので、また遊びに来ていただけたら嬉しいです。今回はリクエストをしていただきまして、本当にありがとうございました!

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