ご都合鬼血術万歳! | ナノ
「我妻善逸!苗字名前!共ニ次ノ任務へ向カウベシィ!北北東!北北東!」

蝶屋敷の庭で掲げられた名前ちゃんの腕に降り立った鎹鴉がそう高らかに告げ、俺はビクリと肩を振るわせた。まず第一に、任務へ行きたくないから。それは最早当然のこととして、俺がいつも以上にビクついているのには訳がある。

「……えぇ…、我妻と一緒に…?」
「ひぇ…ご、ごめんよお…」

不機嫌丸出しの様子を隠すこともなく、名前ちゃんが俺をちらりと睨みつけた。訳というのはつまりこういうこと。今回一緒に行くよう告げられたこの子、同期である苗字名前ちゃんは、俺のことが好きなはずなのに、同じ任務に行くとなると途端にこうなってしまうから。

「お、俺と二人きりで任務だなんて、怖いよねえ!?頼りなさすぎてごめんねえ!?」

足手まといにならないよう頑張るからさあ!と必死で泣きつくと、名前ちゃんがギョッとした様子で目を見開いた。それからきょろきょろと困ったように視線を彷徨わせる。

「ち、ちがう、そういうことじゃなくて…」
「………?」
「ふ、二人っきりだから、私の方が足を引っ張らないように気をつけないと、我妻のお荷物になっちゃうって…緊張してる、だけ」

前回の任務だって俺が情けなくも気を失ってる間に全部片付けてくれた(としか考えられない、見てないけどさ)というのに、この子は何を言い出すんだろう。鼻水を垂らしながらきょと…と見返していると、それに気付いた名前ちゃんがため息をついた。

「はぁ…。こうしてても仕方ないから、早く行こ」
「うっ、うん…。俺、頑張るからねえ…!」

歩き始めた名前ちゃんの後ろをおどおどと着いていく。不機嫌そうな音を響かせている背中をチラッと盗み見た。血鬼術にかかっていた時はあんなに可愛らしく『善逸くん!』と呼んでくれていたのも、いつのまにか元に戻ってるし。
恥ずかしがり屋さんな名前ちゃんももちろん大好きだし、俺のこと好き?と聞けば、たっぷり時間をかけた後消え入りそうな声で「す、すき」と返してくれるのはとっても可愛い。それでも、普段は胸の内に秘めているらしい本当の気持ちを全身で表現してくれていた束の間の日々を懐かしく思ってしまうのはしょうがないでしょ。ああ、またあんな名前ちゃんも見てみたいなあ、なんて。


+++


「そうね!?確かに血鬼術にかかってた日々が懐かしいとは思ってましたけどね!?こんなことにまでなってほしいとはお願いしてないんですけどおおォォォ!?」

俺の黄色い羽織でぐるぐると簀巻きにした名前ちゃんを俵のように脇に抱え込み、蝶屋敷へと勢いよく駆け込んだ。叫び声を聞きつけたきよちゃんなほちゃんすみちゃんが何事かとバタバタ玄関へ顔を出す。

「お、おかえりなさい!」
「名前さん、どうされたんですか!?」
「お怪我ですか!?」
「いや、怪我はないんだけどね、こうしてないと、大変なことになるっていうか…!」

鬼を討伐してから名前ちゃんを抱えたままここまで一気に帰ってきたせいで上がった息を整えながら説明になってない説明をする俺に、三人は「?」と、全く同じ動きで首を傾げた。ご、ごめんね、でも街中に入ってからは特にさ、悠長に歩いているわけにもいかなくて走ってきたんだよお。許してぇ…。
脇の下の名前ちゃんを覗き込むと、彼女まできよちゃんたちと一緒に首を傾げてしまっている。見つめ合っている四人を見ながら、俺は考えた。…きよちゃんもなほちゃんもすみちゃんも女の子だから、いいかな。説明するよりきっと、見てもらった方が早い。
簀巻き状態の名前ちゃんを優しく玄関へ降ろす。紐とかで留めていたわけでもないし、自由になってすぐさまもぞもぞと動き始めた彼女を確認した俺はサッと背中を向けた。背後でゴソゴソと、衣擦れの音がする。

「…ええっ!?」
「きゃ、きゃあ!名前さん突然どうなさったんですか!?」
「な、なんでお召し物を脱いじゃうんですかあ?」
「…名前ちゃん、また変な血鬼術にかかっちゃったみたいでさあ…。鬼を倒してからずっとそんな感じで…自由にさせてあげられないから抱えて帰ってきたんだよお…」

三人がオタオタと慌てている空気を背中で感じながら、俺は頭の中で事の発端を思い返していた。

いつものように記憶が途切れ、目を開けたら鬼が崩れていく最中で。ひい!と悲鳴をあげつつも、完全に消え去った鬼の体の向こうでぼおっと立ちすくんでいた名前ちゃんに気付いて駆け寄ったんだ。
そしたらさ、名前ちゃんたら何も言わずに突然服を脱ぎ出すんだもん。シャツまで脱ごうとしたあたりでびっくりして制止したんだけど、口だけじゃ止まってくれないし、手で止めてもものすごい力で抵抗されるし、如何にもこうにもできなくなって。俺の羽織でぐるぐる巻きにして簡単には身動きが取れないようにしてから抱え上げ、急いで蝶屋敷まで戻ってきた。
っていうのも、名前ちゃんのこの可笑しな様子には既視感があったから。何かを一枚隔てたようなくぐもった音と、声をかけた時のぼーっと薄い反応。これらはまさに、ついこの間あの血鬼術にかかっていた時のそれと同じだった。

「…あらあら。また一癖ある血鬼術にかかってしまわれたんですね」

玄関先で騒いでいたからだろう、しのぶさんが奥からゆっくりと出てきた。恐らく素っ裸になっている名前ちゃんを見て、しのぶさんは冷静に「鬼に食べてもらいやすいよう自ら脱衣してしまう血鬼術…あたりでしょうか?」と分析し始めた。

「そ、そんな変な血鬼術ありますゥ!?もう何でもいいんで、しのぶさん何とかしてもらえませんか!?」
「うーん。以前と同じお薬は出せますが、この状態ですと今度はのんびり日に当たってというわけにもいかないですし。治るのには時間がかかりそうですね」
「そんなあ!!」

せめて外から誰かが入ってきて名前ちゃんのあられもない姿を見られてしまうことのないように、念のため扉を押さえつけながら悲鳴をあげる。前回ですら完全に解けるまで丸2日かかったのに、それ以上だってぇ!?絶望する俺にくすりと笑いかけながら、しのぶさんはむごい提案をしてみせた。

「善逸君がついていてあげればいいじゃないですか!恋人同士ですし、万が一何らかの事故で裸を見てしまったとしても、別の人が見たり、見られたりするよりお互いの傷は浅いでしょう?」

このしのぶさんの感じには、名前ちゃんの様子以上に覚えがあった。そう、あれは『欲望を暴走させる血鬼術』にかかった名前ちゃんを診察してもらった時。どこか呑気に、隊士が世にも恐ろしい血鬼術にかかってしまったのを診たようにはとても思えない態度で俺たちを見送った、病室での、あの。

「……ま、まさかしのぶさん。この間の血鬼術の時も、本当は名前ちゃんの気持ちに気付いてて、どんな術なのかも予想できてたからあんな悠長に…?」
「さあ?どうでしょうねー?」

いい笑顔で応えたのだろうしのぶさんに、俺の頬はひくりと引き攣った。曖昧な言葉ではあったけど、こんなの誤魔化したことにもならないでしょ。思わず酷いですよと反撃しようとしたところに、後ろから名前ちゃんが「あがつま、」と舌ったらずに呼ぶ声が聞こえてびしりと動きを止めた。

「はやくわたしをたべて…」
「な、なんてこと言うの名前ちゃん!!!」

衝撃的な台詞に頭をぼんと爆発させながらも、もちろん振り返ることはできない。だってすぐ後ろにはすっぽんぽんの名前ちゃんがいるんだよ!?

「では後は任せましたよ、善逸君」
「ええ!?任せましたってどうやって!?どうすればいいんですか、しのぶさん!?」
「それも含めてお任せします。恋人同士のあれやこれやに首を突っ込む趣味は毛頭ないので」

背後がどんな風になっているのかは全く見えないけど、しのぶさんと、きよちゃんなほちゃんすみちゃんの音がだんだん遠ざかっていく。「お薬は後でお持ちしますね」という無慈悲な一言だけを添えて。
早々に見放されてしまったらしい俺の隊服を名前ちゃんの手がキュッと握った感覚がして、俺はただただ頭を抱えた。いつかは思う存分堪能したいと思ってはいたけれど、こんな形で見てしまうかもしれない事態になるなんて、嘘すぎでしょ!?

俺を目の敵にしてた子が
血鬼術にかかった結果、
何故か俺のことが死ぬほど大好きに
なってしまった話 <終>


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