ご都合鬼血術万歳! | ナノ
ドクン、と大きく震えたその心音が、紛れもない答えだった。目を見開いて動きを止めた名前ちゃんは、やがていつもと同じ苛立ちの音をさせながら、観念しますとでもいうような笑みを小さくこぼす。

「耳のいい"善逸くん"には文字通り全部筒抜けってわけね」
「……なんで、解けてるのにやめなかったの?」
「…………」

名前ちゃんは一旦口をつぐんで、ふいっと目を逸らした。

「……わからせてやろうと思ったの。好きでもない異性から一方的にベタベタ言い寄られるのが、どれだけ不快なことなのか」

さっきの禰󠄀豆子ちゃんへの言い寄りっぷりを見れば、全く意味がなかったみたいだけどね。そう、こっちを見ないまま応える。
名前ちゃんからは嘘をついてる音がはっきりとした。けれど、それと同時に俺を拒む音もして、いつも嫌われないようその表情を伺ってきた習慣が蘇り心が折れてしまいそうになる。
でも、名前ちゃんが言った言葉の中にはどうしても否定しておかないといけない部分があったから。俺は自分を鼓舞するようにぐっと握り拳を作った。

「そ、そりゃ効きませんよ!だって名前ちゃんは『好きでもない異性』じゃないからね!」
「………!」
「出会ったときから俺、ずっと言ってたじゃない!名前ちゃんのことが好きだよって、俺と結婚してほしいって!」
「…でも、我妻はそれ、女の子なら誰にでも言ってるし…」
「ああそうですね!女の子大好きでごめんなさいね!?」

突然君が好きと言ってみたり、女の子大好きだと改めて宣言してみたり、支離滅裂なことばかりを口にする俺に、名前ちゃんは怪訝な顔をした。俺だってわかってるよ、自分がめちゃくちゃなこと言ってるってさ。

「でもねえ、俺は『女の子が好き』だから、嫌われたって冷たくされたってめげないの!伊之助じゃないけどさあ、いつか好きになってくれるかもって、冷たいのも何かのっぴきならない事情があるんじゃないかって、猪突猛進なわけよ!そんな俺がさ?名前ちゃんにだけは強く出られなかったの!顔色伺いまくっちゃってたの!どうしてかわかる?嫌われたくなかったから!名前ちゃんが俺にとっての特別だからだよ!」

膝を抱えたままの名前ちゃんの顔が、驚きに染まった。俺は一息で捲し立てた結果乱れた息を整えながら、もう少しだけ言葉を続ける。

「…そんなわけだからさ。どんな血鬼術だったのかは結局さっぱりだけど、そのおかげで名前ちゃんからくっついてきてくれたの、俺にとっては幸せすぎて天国でしかなかったよ。……でも、俺あんのよ。ちゃんとあんの。名前ちゃんから、嫌われてる、自覚。だから、…ごめん。ベタベタさせちゃって、ごめん」

頭を下げた。俺は、なにもしてないんだけどね。でもきっと、名前ちゃんに嫌な思いをさせちゃった事実は変わんないから。
まだだ、まだだぞ善逸。まだ泣くな。泣き言は炭治郎に聞いてもらうんだ。だからまだ、名前ちゃんの前では泣かない。男なんだから、最後くらいビシッと決めろ。
「じゃあ俺、行くね。ほんとにごめんね」となんとか笑ってみせてから背を向けて、炭治郎達が昼飯を食ってるだろう部屋へと足を向けた。でも、一歩が踏み出せなかった。俺の羽織の、背中側の裾を、駆け寄ってきた名前ちゃんに掴まれてしまったから。
びっくりして振り返る。あとは炭治郎達のとこ行くだけだって油断しちゃってたせいで、もう、ちょっとだけ涙出ちゃってるんだけど。名前ちゃんは両手で羽織を引っ張りつつも顔は下を向けていたから、幸運なことに情けなさすぎる顔は見られずに済んだ。

「……我妻は、不思議に思わなかった?基本的に共闘するはずのない鬼たちが、連携した動きを見せてたこと」

俺が一方的に話していたとはいえずっと黙っていたのに、突然何の話が始まったんだ。一瞬戸惑ったけど、一緒に任務に行った時の話をしているんだとすぐ理解して、なんとか言葉を返した。

「そ、そういえば…?那田蜘蛛山で戦った奴らみたいに、何か特殊な関係性だった、とか…」
「確かにその可能性もあると思う。でも戦ってみた感じからして、私はまずはじめにその可能性を考えから外した」

名前ちゃんは顔を上げない。でも、羽織は掴んだまま。離したら、俺が行ってしまうとでも思ってるんだろうか。そんなことするはずないのに。

「討伐対象の鬼は血鬼術を使えるほどの強さだったのに対して、もう一方の鬼はただ勢い任せに突っ込んでくるだけだった。不意打ちを、あんな不安定な体勢からでも避けられたんだもん。相当弱かったと思うの。鬼同士の明確な実力差と、しのぶさん曰く『精神に作用する類の血鬼術』。そこから導き出される答えはひとつ。鬼達は共闘していたんじゃなくて、一方が他方を自分の狩りのために操って、利用してたんじゃないかな」
「血鬼術、で…?」
「そう。……じゃあ…その肝心の血鬼術は、何だったのか、っていう話、なんだけど…」

すらすらと、若干置いてけぼりになっている俺をそのままに淀みない口調で説明していた名前ちゃんの歯切れが急に悪くなった。続きを言うか言うまいか、悩んでいるのが音を聞かなくても伝わってくる。でも、結局話すことに決めたらしい。「あの…血鬼術は、」と幾分かか細くなった声で呟いた。

「たぶん………『対象の欲望を暴走させる血鬼術』なんじゃないかと…私は思ってる」

ドクン、とその心音を大きくさせたのは、今度は俺の方だった。

「崖の上に弱い鬼を拘束するなり何なりしておいて、その下に私たちを誘い込む。すると操られている鬼は人間が近くに来たことを察知して、ただ『食べたい』という本能を暴走させる。そうしたら後は勝手に捨て身で突っ込んでくれるから、2人がかりで傷つけたところを、がぶり。…きっとそういう筋書きだったんじゃないかな」

「格下の鬼を押さえつけて自分だけが獲物にありつくなんて、弱肉強食のあいつらにとっては簡単なことだっただろうし」。そう続いた名前ちゃんの推測は、俺の脳にはもうあまり届いていなかった。
何だって?『欲望を暴走させる』?その血鬼術ってさ、名前ちゃんもつい昨日までかかってたやつ?それ以外があるはずないのに、つい混乱してしまう。
ってことは、だよ?

「ちょ、ちょっといい?それってさ…、俺にくっつきまくってたのは…洗脳されてたとかじゃなくて、名前ちゃん自身の『欲望』が血鬼術のせいで暴走しちゃってたから、ってこと…?」
「………っ」

名前ちゃんは何も答えなかったけど、その体は大袈裟なくらいビクリと揺れた。

「俺を名前で呼んだのも?」
「………」
「抱きついたのも?あーんしたのも?」
「………う、」
「脱いですぐの羽織に巻きついてたのも?ニヤニヤしながら筋肉撫でてきたのも?寝込み襲ったのも?初接吻奪ってきたのも?」
「や、やめて、それ以上はもうやめて…」

勢い余って問いを重ねた俺を制止する名前ちゃんの声は、消え入りそうなくらい小さかった。よく見ると、羽織を握る両手が真っ赤だ。俺の目線ではそのつむじしか見えなかったけど、少しだけ体を横に倒して覗き込んだ顔も、信じられないくらい赤く染まっている。
返事がなくたって、こんなわかりやすく反応されたら気付かないふりもできない。きっと全部正しいんだ。俺の挙げた全部が!

「ええー!?そ、それなのになんで!?なんで今まで俺に冷たくしてたの!?」

嬉しさの前に驚きが勝ってしまった。つい裏返った声でそう聞けば、名前ちゃんはその身をますます縮こまらせる。

「つ、冷たくしてたつもりはないの!私なんかに言い寄られても迷惑だろうなって思ったし、そもそもが素直に甘えられる性格でもないから…適度な距離感を保とうと思えば思うほど益々うまくできなくて、それで…」
「俺といる時の不機嫌そうな音は!?苛立ってる音は!?」
「え、私そんな音させてるの…?」

自分がどんな音させてるかなんてそりゃ自覚はないだろうけど、名前ちゃんは自分が俺の恋心をバキバキに折るような音を出していたなんて夢にも思っていなかったらしく、衝撃を受けているみたいだった。もう結構なしわくちゃ具合になってしまっている羽織をさらにくにゃくにゃと揉み込みながら、しばらく考えるようにした後、一言。

「多分…我妻とうまく話せない自分に対して、イライラしてたんだと思う………」

………何だよ。そんなことってある?

「あーーーー!もう!!!」
「!?」

思わず上半身をのけぞらせて頭を抱えてしまった。頑なに俯き続けていた名前ちゃんが流石に驚いたのか、その顔をあげる。すっごい汗かいてるし、可哀想なくらい真っ赤になっちゃってるけど、術に浮かされた不自然な笑顔よりもずっとずっと可愛いぽかんとした顔を。

「俺さあ、もうすーっごく我慢してたんだからね!」
「えっ?えっ?」
「あんなにくっつかれて、手出さなかったの褒めて欲しいくらいなんですけど!?いい匂いするし、どこがとは言わないけど全体的に柔らかくてさあ、俺ちょー頑張ったんだよ!?」
「うっ、ひっ、変態!」
「名前ちゃんもでしょ!このむっつり!!」
「………!!!」

俺からの『変態』認定に相当衝撃を受けたみたいだ。名前ちゃんは口をはくはくとさせ言葉を失ってしまった。でももう止まってやんないからね。三日もお預けくらってんですよ、こっちは。
まだ俺の羽織を握り込んでいた名前ちゃんの手を優しく掬いあげてぎゅっと包み込む。そうすればやっと、何にも邪魔されることなく正面から向かい合うことができた。

「あのね。俺たち両想い、ってことでいいんだよね?それならさ、その、接吻、してもいい?昨日からもうずっと、本当はしたくてたまんなかったの」
「、っ、………し、……して、ほし…ぃ…」

返ってきたそれが『許可』じゃなく『要望』だったのが何より嬉しい。俺は今まで測りかねて結局詰められずにいた距離を一気に縮めるように、名前ちゃんの唇にとびきり優しい口付けを落とした。
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