ご都合鬼血術万歳! | ナノ
「おはよう、善逸くん」

変わらずそこにあった笑顔に心から安堵した。名前ちゃんがいるのとは逆側の手でわしゃわしゃと頭をかきながら体を起こす。あーこれ相当酷いぞ、寝癖。
名前ちゃんは俺の布団の脇にちょこんと座ってニコニコしていた。俺が「おはよ、名前ちゃん」と返すともっと笑みを深くし、横から優しく抱きついてくる。それを素直に抱きしめ返すわけにもいかないまま、俺はさっきまで髪を混ぜていた迷子の片手を彷徨わせた。

「善逸くん?まだ寝ぼけてる?」
「えっ、ううん。そんなことないよ。朝ご飯はなんだろうなあと思ってさ」
「ふふ。善逸くんったら食いしん坊さんだね」

抱きついたまま見上げてきた名前ちゃんは俺の髪を弄りながら「寝癖もすごいよ。子供みたい」とくすくす笑う。その体の揺れを触れた部分から直に感じながら、ふらふらとさせていた手は結局自分の膝の上に着地させた。幸せそうに微笑んでまた頭を預けてきた名前ちゃんとは対照的に、俺は名前ちゃんから響く音にただただじっと耳を澄ましていた。

昼を過ぎるとまずは伊之助が、それからいくらもしないうちに炭治郎が、それぞれの任務から帰ってきた。昨日同様日向ぼっこしていた名前ちゃんと一緒に、順に出迎える。

「おかえりー、炭治郎。伊之助は先に飯食ってるよ」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。一緒に出発したのに、帰りは負けてしまったな」

快活に笑う炭治郎の全身を目だけでさっと確認した。どこにも怪我はなさそうかな。それでも俺は、もはや恒例行事となった言葉を炭治郎に投げかける。

「いや、帰ってくる早さとか競ってないからな…?それより炭治郎!禰󠄀豆子ちゃんに怪我させてねえだろうなあ?」
「うん。今回の鬼はなりたてだったのか、そんなに手強くなかったんだ。禰󠄀豆子にはずっと中にいてもらったよ」

その返答を裏付けるように、カリカリ、と箱の内側を引っ掻く音が聞こえた。禰󠄀豆子ちゃん、今日は起きてんのね。寝てないってことは、炭治郎の言う通り血を流したりはしてないってことだ。

「まあ、禰󠄀豆子ちゃんが無事ならいいけどよお。女の子なんだから怪我させんじゃねえよ、ほんとに」
「ああ!いつも心配してくれてありがとう」

二人揃って元気そうな様子に笑みをこぼし、ふぅと安堵の息をつく。一方、おかえりと言ったきり黙って隣に立っていた名前ちゃんから何故か、ズシンと重苦しい音がし始めているのにも気付いていた。ちらりと横目で確認すれば、名前ちゃんの表情にはなんの感情も浮かんでいなくて。そして「…やっぱり、意味ないじゃない」と俺にしか聞こえないくらいの声量で、小さく小さく呟いた。

「名前ちゃん…?」
「ぁ、…ごめんね、善逸くん。ちょっとお花摘みに行ってくるね」

思わず声をかけたら、名前ちゃんはそう言いながら作り笑いを貼り付けてみせる。一言断りを入れてからとはいえ不自然に身を翻し去っていった名前ちゃんに、炭治郎は心底不思議そうな顔をした。

「…名前、どうしたんだ?それにこの匂い…。血鬼術はどうなったんだ?」
「んー。…俺、名前ちゃんとこ行ってくるわ。伊之助とさ、先に昼飯食べててくれよ」

炭治郎は鼻をすんと働かせながら物言いだげな様子だったけど、俺が名前ちゃんのことを追いかけると伝えれば「…わかった」とだけ応えてそれ以上は何も言ってこなかった。
彼女が去っていった方向へ、その音を辿りながら歩を進める。そう遠くない場所で見つけた名前ちゃんは、昨日今日と二日続けて一緒にのんびり過ごした縁側に腰掛け、膝を抱えて蹲っていた。

「名前ちゃん」
「…善逸くん」

声をかけると、名前ちゃんはゆっくりと顔を上げてこっちを見る。ぽかぽかと暖かい陽気はさっきまでと全然変わらないのに、俺たちを包む雰囲気はひどく不安定で、歪だった。
俺はそっと耳を澄ます。そんな音をさせてるのにさあ、名前ちゃんはまだ俺のこと『善逸くん』って呼ぶんだね。

瞬きをひとつするうちに、名前ちゃんと恋人みたいに過ごした短い時間達が頭をよぎった。これ以上ないってくらい幸せそうに笑って、抱きついて、俺の名前を呼ぶ声も。
俺、気付いてたんだ。朝起きた時から、ずっとずっと。それでも名前ちゃんは昨日までと変わらず笑いかけてくれるから、甘い夢の続きをまだ味わっていたくて言い出せずにいた。でも、それももう終わりにする。決意して、深く息を吸い込んだ。

「ねえ、名前ちゃん。血鬼術、本当はもう解けちゃってるんでしょう?」
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