ご都合鬼血術万歳! | ナノ
名前ちゃんが俺に好意を向けてくれるのは嬉しい。でもどうやったって、この血鬼術はいつか解けてしまうんだから。それならもういっそのこと、惜しむことなく素早く解いてしまおう。

じゃないと全部が元通りになった時、俺の命が危ないんだよお!!

「一緒にのんびりするのも楽しいね!」
「はは、そうだねえ…」

朝の口吸い騒動から打って変わって和やかな時間が流れていた。ぽかぽかと温かい日差しを受けながら、縁側に二人並んでひたすらだらだらし続けている。炭治郎と伊之助はあの後すぐに指令が入って、それぞれの任務に出かけていった。俺には何もなかったのは、名前ちゃんがこういう状況だとしのぶさんが上へ報告しておいてくれたからかもしれない。
名前ちゃんが、その隣に置いていたお皿から饅頭を一つ掴んで俺の方へ差し出してくる。ちょっとだけ恥ずかしかったけど今は誰に見られているわけでもないし、嬉しいという気持ちの方が大きくて。赤くなっているだろう頬を自覚しながらも、あーんと素直に口を開けた。

「おいし?」
「うん。美味しいよぉ、ありがとう」

俺がそう言うと、名前ちゃんはお花が咲いたみたいに嬉しそうに笑う。この子のこんな顔を見ることができたのは血鬼術のおかげなんだけど、戦いでついてしまったんだろう小さな切り傷がその手の甲にあるのがチラッと見えて複雑な気持ちになった。
そんな俺をよそに、名前ちゃんは俺がさっき食べたばかりの饅頭をじっと見つめている。どうしたんだろうとその様子を観察していたら、突然ぱくり、と名前ちゃんもそれにかぶりついた。あろうことか、俺がかじったまさにその部分めがけて。

「ちょっ、名前ちゃん!?」
「へへ。間接ちゅーだね」

唇をぺろりと舐めながら微笑んだ彼女は、無邪気なのか妖艶なのか。思わずゴクリと喉が鳴る。昨日は炭治郎と伊之助がいたけど、今は二人きり。もし俺から何かしらの行動を取ったら一体どんな反応をするのか、つい気になってしまった。
頬に片手を添えれば、指先が耳を掠めたのがくすぐったかったのか、名前ちゃんは少しだけ身を捩った。それでもとろんと幸せそうに笑い続けるから、そのまま少しずつ顔を近づけていく。何をされそうになっているのか察した名前ちゃんが瞼をゆっくり降ろして、もうちょっとで唇と唇がぶつかる、といった距離になった時。
名前ちゃんから、明確な緊張の音がした。

「…っ!」
「……善逸くん…?」

慌てて顔を離す。熱に浮かされていた意識に冷たい水をピシャリとかけられたみたいだった。裸を見られた時も、初接吻を奪われた時も、名前ちゃんは血鬼術にかかってからずうっと、甘い音だけをさせていたのに。
自覚は…ないみたいだ。俺が中途半端なところでやめたもんだから、心底不思議そうにキョトンとしている。

「あっ…いや、なんでもないよお。お饅頭食べよ!美味しいよねえ、これ!」
「…?うん…」

存分に日向ぼっこをしたその夜。風呂に入ってくると告げたら、名前ちゃんは渋ることなく元気に「いってらっしゃい!」と見送ってくれた。昨日の大騒ぎを思い出してビクビクしながらだったから、正直拍子抜けした。念には念を入れて脱いだ着衣も全部一緒に風呂場へ持ち込んだけど、名前ちゃんが羽織を求めて探しにきた様子もなかった。
俺が湯浴みしてる間に自分の清拭を済ませたらしい名前ちゃんは、ちゃんと大人しく部屋で俺の帰りを待っていた。そこには綺麗に敷かれた布団が二床。今日も一緒の部屋で寝るのね…とは思ったけど、昨日とは違ってそれらの距離はしっかり取られていた。

やっぱりそうだ。名前ちゃんの血鬼術は、確実に解けていっている。昼間耳にしたのと同じ緊張の音も、少しずつ大きくなってきていた。そもそも昼間のあの時だって、今朝までの名前ちゃんだったら、離れた俺の顔を追いかけてきて彼女から口付けしてきてもおかしくなかったと思うし。
血鬼術の影響で俺にベタベタせざるを得ないけど、自我もちょっとずつ戻ってきてその距離感に違和感を覚え始めてる、といったところかな。善逸くんはこっちのお布団ね、と部屋の入り口で立ち尽くしていた俺の手を取って連れていってくれる笑顔からも、恍惚というか不自然な高揚感というか、そういう感じが薄れている。

「おやすみなさい、善逸くん!」
「うん。おやすみ、名前ちゃん」

月明かりだけが照らす暗闇の中で、名前ちゃんの安らかな寝顔を見ていた。明日の朝も、君はまた笑ってくれるのかな。同じ部屋で寝てるなんて信じられない!と、いよいよ決定的に嫌われちゃってもおかしくないよね。
そろっと腕を伸ばして顔にかかった髪を退けてあげる。どうせ嫌われちゃうならさ、むにゃむにゃと寝言をこぼしているその唇に、やっぱりもっと口付けておけばよかったな。上体を起こしてぐっと顔を近づけてみたけど、本当の名前ちゃんはきっと心の底から嫌がるんだろうなと思ったら、どうしてもできなかった。涙腺が熱くなって、ひく、と喉が震える。

この恋は成就することがないって、それならせめて決定的に嫌われちゃわないよう顔色を伺っていようって。諦めてたところにこんなの、ずるいよ。笑って、くっついて、口吸いをして。まるで恋人みたいに振る舞うもんだから、馬鹿な俺はどうしても幸せだなって、ずっと続けばいいのになって、思っちゃうじゃない。
口付けの代わりに、ぽろりとこぼれた涙が一粒。名前ちゃんの頬を滑って、やがて枕に吸い込まれて見えなくなった。

早く解いてしまおうとか、永遠に解けないでくれとか。今の俺は完全に情緒不安定だ。
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -