ご都合鬼血術万歳! | ナノ
昨日の夜からさ、一睡もしてないんですよ俺は。それは名前ちゃんも一緒のはずなのに、どうしてそんなに元気なの?

「やだ!善逸くんと一緒に寝る!」
「駄目だと言っているだろう!名前はあっちの部屋で寝るんだ!」
「いや!炭治郎くんと伊之助くんがあちらへどうぞ!善逸くんだけは置いてってね!」

炭治郎が叱りつけても頑なに意思を曲げようとはしない。寝るだけでこの大騒動だ。恐るべし血鬼術。
結局どうやっても納得してくれないし、別々の部屋で寝たとしても絶対忍び込んでくるのだろうと、それならもう全員で同じ部屋に寝ようということになった。一応年頃の男女ではあるわけで、間違いが起こらないようお互いを見張るという名目で。
別の任務に出ていた炭治郎と伊之助も、なんだかんだ俺たちに付き合ってくれてはいたけど結構疲れてたんだろうな。明かりを消しておやすみと言い合えば、二人ともすとんと眠りに落ちてしまった。隣の布団からてこでも動かなかった名前ちゃんも、手を伸ばして俺の寝間着を掴みながら、すよすよと気持ち良さそうに眠っている。
俺だって、体の芯までくたくただ。なのにうまく寝付けない。さっきまでずっとべったりだった女の子がすぐ隣で無防備に寝ているんだから当然でしょ。名前ちゃんのいる方に知らず知らず意識が集中してしまう。

眠れないから、思い出すことにした。名前ちゃんとのこれまでのことを。
俺たちの初対面は当然、最終選抜で。その時には生き残ってしまった恐怖で碌に話すこともできなかったから、実際初めて言葉を交わしたのは蝶屋敷でのことだった。
那田蜘蛛山での戦いからしばらくして、縮んだ手足のせいで厠に行くことすら苦戦していた俺がえっちらおっちらと廊下を進んでいた時、「お手伝いしましょうか…?」と優しく声をかけてきてくれたのが名前ちゃんだった。その控え目に浮かべた微笑みがあまりにも可愛らしくて、一目ぼれした俺は速攻で結婚の申し込みをした。そしてこれまた速攻で振られた。

今まで出会ってきた女の子は大体、俺に冷たい態度を取るか、優しく近づいてきたのに結局騙して去っていくかのどちらかだった。名前ちゃんは、前者の方。顔を合わせるたび眉間に皺を寄せられたし、音だって何でこんなところでこいつに会うんだとでも言いたげに、いつも不機嫌そうに響いていた。目が合うどころか顔ごと背けられて、会話だってままならなかった。

それが、どうだよ?血鬼術にかかった名前ちゃんは俺から離れたくないと、俺のことが大好きだと、全身全霊で伝えてくれる。炭治郎たちにはそんなそぶりを見せないから、その対象は俺に限定されてるんだろう。
『嫌いな気持ちが逆転しちゃう血鬼術』?そんなわけのわからない、使いどころも謎な術があるのかな。鬼は倒してしまったから、本当のところはもう誰にもわからない。それでも。
ごめんね、名前ちゃん。やっぱり嬉しいよ。君が俺を好きと言ってくれるのが、笑いかけてくれるのが、嬉しい。床に入る前、俺の体にぺたぺたと触って「寝間着って薄いから筋肉の感じがすごくわかるよね…くふふ…」と怪しげに笑っていたのは、正直どうかなと思ってしまったけど。

名前ちゃんの安らかな寝息を聞きながら名前ちゃんのことを考えていたら、ようやっとだんだん眠くなってきた。明日も好きって言ってくれるのかな。そうだったら、いいのにな。もしも願いが叶うなら、この先もずっとずっと──…。沈んでいく思考の片隅で、俺は無意識のうちにそう思っていた。


+++


唇にふわりと柔らかいものが触れた気がした。
ふわ、ふに、と繰り返されるそれに、俺はぼんやりと目を覚ます。そして、あまりの驚きで昇天してしまうかと思った。

名前ちゃんが俺に、口吸いをしている。それも、何度も何度も。

「〜〜〜〜ッッッ!?!?!?」
「あ、おはよう善逸くん」
「ちょっ、ええェ!?なななな何してるの名前ちゃん!?」

寝起きから沸騰しそうな頭を必死に動かしても、全く状況が掴めない。素早く起き上がってしゃかしゃかと部屋の隅まで後退り距離を取る俺に、名前ちゃんはけろっと笑って「おはようのちゅーだよ」と言ってのけた。

「んん…なんだ、もう朝か…?」
「朝っぱらからうるせえぞォ、凡逸…」

俺の叫び声のせいでまだ眠っていた炭治郎と伊之助まで起こしてしまった。ごめんよ二人とも。でも、呑気に寝てる場合じゃなかったんだよお。

「あんまりにも無防備に寝てるから。奪っちゃったあ」
「…っ!!……、………!?!?!?」

ごめんね?と自分の唇に触れながら、名前ちゃんが妖艶に微笑む。そういうのって、よくわかんないけど、男が言う台詞じゃないの。俺の、俺の初めての、接吻が。
というか、これさ。血鬼術が解けた時、もし名前ちゃんにその間の記憶が残っていたとしたら。俺、殺されちゃうんじゃないの?何でお前と口吸いなんて、って、殺されちゃうんじゃないの…?俺、何も悪いことしてないのにい…。
名前ちゃんの言葉通り奪われてしまったそれに呆然として、真っ赤に染まる顔のままただただ腕で口元を覆った。体が熱くて汗が止まらない。寝ぼけ眼の炭治郎と伊之助はいまいち状況を理解できてないみたいだ。

そんななんとも言えない朝の空気の中、上機嫌な名前ちゃんだけが、にこにこと爽やかに笑い続けていた。今日も名前ちゃんは、俺のことが“好き”らしい。
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