ご都合鬼血術万歳! | ナノ
「我妻善逸!苗字名前!共ニ次ノ任務へ向カウベシィ!北北東!北北東!」

蝶屋敷の庭で掲げられた名前ちゃんの腕に降り立った鎹鴉がそう高らかに告げ、俺はビクリと肩を振るわせた。まず第一に、任務へ行きたくないから。それは最早当然のこととして、俺がいつも以上にビクついているのには訳がある。

「……えぇ…、我妻と一緒に…?」
「ひぇ…ご、ごめんよお…」

不機嫌丸出しの様子を隠すこともなく、名前ちゃんが俺をちらりと睨みつけた。訳というのはつまりこういうこと。今回一緒に行くよう告げられたこの子、同期である苗字名前ちゃんは、俺のことを心底嫌っているわけで。

嫌われてしまう心当たりは山ほどあった。まず初対面から抱きついて愛の告白をした時には「離してこのド変態!!」と張り倒されたし、それから出会うたびに可愛いねえ素敵だねえとくねくねすれば心から軽蔑しますといった顔でドン引きされた。
同期だからか、炭治郎や伊之助のように同じ任務になったり蝶屋敷でたまたま遭遇したりということが頻繁にあったけど、関われば関わるほど名前ちゃんから俺への態度は酷くなっていった。最初は無視される程度、…程度っていうのも悲しいけどまあそのくらいだった態度は、今では最早『目の敵にされる』とはこういうことなのだろうなとすぐに理解できてしまうほどのものになっていた。
いくら女の子好きでめげない俺とはいえ、これは折れる。心が折れる。それはもう、再起不能なくらいばっきばきだ。いつしか俺は、他の女の子にするみたいに名前ちゃんへ接することはなくなり、今ではこうしてただひたすらビクビクするだけになってしまった。

「はぁ…。こうしてても仕方ないから、早く行こ」
「うっ、うん…。よろしくお願いしまぁす…」

ため息をついて歩き始めた名前ちゃんの後ろをおどおどと着いていく。今回の任務は二人きり。戦いにおいても雰囲気を和ませる的な意味においても頼りになる炭治郎は、伊之助と一緒に別の任務へ出ている。討伐に何日かかるのかはまだわからないけど、ここへ戻ってくるまでこんな雰囲気のまま過ごさなくちゃいけないなんて、俺の胃は持ち堪えてくれるだろうか。

「……………」
「………、……っ…、」

道中も、会話は当然ない。ちらちらと盗み見る名前ちゃんの背中からは、思い通りにならない状況に苛ついているような、そんな音がひたすらしていた。
ごめんねえ!任務のお供が俺なんかでごめんねえ!せめて必要以上に近づいたり話しかけたりはしないようにするし、戦いでも少しは役に立てるよう頑張るからねえ!?

そう決意してみたって、現実は上手くはいかないものだ。

旅立ったその夜中に見つけることができた鬼は、深い深い森の中に潜伏していた。木々の間を駆け抜け、時折攻撃を交わしながら少しずつ鬼を追い詰めていく。
名前ちゃんの足手纏いにならないよう、恐怖でどうしても震える奥歯を噛み締めて俺も懸命に走った。幸い走るのはじいちゃんに叩き込まれたおかげでそれなりに得意だし、一等良い耳を総動員して名前ちゃんの意図を読みながらその動きに合わせてもみたり。
そんな風に連携をとっていけば、やがて切り立った崖の麓に鬼を追いやることができた。前方には天然の壁、背後には鬼殺隊である俺たち二人。いよいよ逃げられないと悟ったのか、鬼は足を止めてゆっくりとこちらを振り返る。
けれど鬼は絶望なんてしていなかった。むしろ、ニヤリと怪しい笑みを浮かべてすらいた。これは、罠だ。そう気付いた時には何もかもが遅かった。

「…!?我妻っ、危ない…!」
「えっ!?ぅわ…!」

ほんの一瞬早くそれを察知した名前ちゃんが、俺を体当たりで突き飛ばす。さっきまで俺が立っていた、今は名前ちゃんの体が不安定に倒れ込もうとしている場所を目掛けて、崖の上から別の鬼が凄まじい速度で突っ込んできた。名前ちゃんはなんとか身を捩ってその攻撃を避けたものの、その先に待ち受けていたのはさっきまで俺たちが追跡していた鬼の、鋭い爪。

「    !!!」
「ッ、名前ちゃん!!!」

言葉にならない叫びをあげた名前ちゃんのボロボロに傷ついた小さな体が、すぐ目の前でふらりと崩れ落ちていく。尻餅をついたままその様子をただ見ていることしかできなかった俺は、鬼への恐怖と何の役にも立てない自分への怒りで頭が真っ白になって。

そうして俺は、意識を失った。


+++


ーーまただ。またこれだ。記憶が途切れて、ハッと気付いたら鬼が死んでる、いつものやつ。
でも今日の任務は一人じゃなかったから、きっと不甲斐ない俺に代わって、立ち直った名前ちゃんが討伐してくれたんだろう。黒い塵になって消えていく鬼達を呑気に見届けてる場合じゃない。向こうでぺたりと座り込んで俯いている彼女に慌てて駆け寄った。

「名前ちゃん!!怪我の具合は!?痛いよねえ!?どこが痛むの!?」

声をかけると、名前ちゃんは緩慢な動きで顔を上げた。いつもの強気な彼女とは違う、とろんとした目が俺を捉える。力無く半開きになっていた口が小さく「、ぜんいつくん…」と呟いた。…うん?"善逸君"?

「……はわああぁぁ〜!今日もとってもかっこよかったよぉ、善逸くん!!」
「ッええぇぇぇ!?どうしちゃったのお、名前ちゃん!?」

何が起こったのか、全く訳が分からなかった。突然ぴょんと跳ねた名前ちゃんに勢いよく抱きつかれ、そのまま二人して後ろにひっくり返る。強かに打った後頭部の痛みで涙目になりつつ、患部を撫でながらもう片方の腕で二人分の体重を支えなんとか上半身を起こせば、胸元に顔を埋めていた名前ちゃんがぴょこりとまた元気いっぱいに俺を覗き込んでくる。
…うわ……、目、きらっきらなんだけど。いつも汚物でも見るように蔑まれてばかりだから、こんなに甘やかな瞳で見上げられたのは出会いの時を含めても初めてのことだった。意味不明すぎる展開にもかかわらず、単純な心臓がどくんと跳ねた。

「どうもしないよ?私は今日もかっこいい善逸くんのことがだぁいすき、ってだけ!」

「ね?いつも通りでしょ?」。そう言って無邪気に笑った名前ちゃんはどう見ても"いつも通り"ではなかった。
ほんとに何なの!?何これドッキリ!?それとも夢!?…は、さっきぶつけた頭が伝えてくるズキズキとした痛みで速攻否定されたわけですけどね!?
名前ちゃんはまるで子猫が主人に甘えるように、幸せそうな顔をして俺の胸元へ頬を擦り付け始めてしまった。痛む後頭部を撫でていた手でそのまま自分の髪をぐしゃりと掴む。多分、俺の顔は今真っ青だ。せっかく女の子に馬乗りになられてるっていう信じられないくらい美味しい状況なのに、意味も理由もわからなさすぎて。赤くなんて、なってる場合じゃない。

「一体全体どういうことなのおおおおおお!!??」

先ほどまで鬼と死闘を繰り広げていた森の中に、張り上げた俺の叫びがこだましていった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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