むかしむかしあるところに、 | ナノ
03 再会を果たした二人の距離は、急激に縮まっていきます。

溺れて誰かに助けてもらったその晩、鬼による被害はなかったらしい。一応海岸を中心に見回ってはみたけど、その効果かどうかはわからない。
日が昇ってから体を休めて、昼を少し過ぎた辺りでまた海岸へ向かう。でも、鬼と効率的に遭遇しようと思ったらやっぱり、船に乗って洋上へ行くしか…ないよねえ?陸に上がってくるのを待ってて、それでまた誰かが襲われたら最悪だし…。ひぃぃ…おっかなさすぎるでしょ…引きずり込まれたらひとたまりもないんだけどぉ…?俺、じいちゃんから呼吸法は学んだけど、流石にえら呼吸はできねえよう…。
アアアア…と頭を抱えつつ足だけはしっかり動かして、海岸にたどり着いた。すると、向こうのほうに、女の子の後ろ姿が見えた。膝下まで届くくらい長い髪と、ほっそりした脚。普通以上に音を拾う俺の耳が、我にもなくぴくりと反応した。

「……。………!!」
「ッエエエエエエ!?!?」

不意に振り返った女の子が俺に気付いて、途端にパァッと顔を輝かせ駆けてきた。俺は、その女の子のとんでもない姿にびっくり仰天して、不思議な音がする、なんて思ったことはどこか明後日の方向へ飛んでいってしまった。

「そんなことある!?そんなことあるゥ!?年頃の女の子がすっぽんぽんでこんなところに立ってるなんて、そんなことありますゥ!?!?なんなのこれ!?罠!?罠なの!?あんたワタシの裸見たわねって今から俺は身包み剥がされて無一文になるまで搾り取られるわけぇ!?イイヤアアアアア!!!!」
「………?」

両手で目を覆ってギャンギャン騒いでも、女の子は止まらず近づいてくる。すぐ目の前まで来たらしきその子からは、心底戸惑っている音がした。指と指の隙間をうっすら開けてなんとかその顔だけ伺うと、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ首を傾げている。
女の子がそれ以上何かをする様子はなく、離れていくそぶりもない。このままではらちが明かないと思った俺はぐっと目を瞑って、見てませんよと全力で表現しながら手を外し、羽織を素早く脱いでその女の子の肩に掛けてあげた。

「なんっ、なんで裸でこんなとこにいるのか全くわかんないですけどね?!とりあえず今のままだとすっごくまずいのでそれ着てくださいお願いします!!」
「………!」

女の子は何も言わなかったけど、なるほど!思ってそうなことが顔を見ているだけでわかった。でも、羽織の着方がわからない?みたいで、合わせを引っ張ってみたり、くるくると回ってみたり、不可思議な動きを繰り返している。

「そ、その、そこ!そう、そこ!そこに腕を通して、それから前を交差させて…」
「………」

指の隙間から見える微かな視界で指示を出して、女の子はようやっと普通に見られる格好になってくれた。両手を離してハァァァ…と息を吐き出すと、合わせを自分の手で押さえたまま、申し訳なさそうに笑っている。

「…ねえ君、もしかして話せない、のかな…?」
「………!」

こくこく。女の子が頷いたのを見て、予想通りかあ、と思った。だって、さっきから俺のいうことは理解してくれてるみたいだけど、一言も返してこないんだもん。それに、この子からする音は、やっぱり…。

「ううぅぅん……。とりあえずさあ、あそこの岩場に隠れてられる?急いで着る物用立ててくるからちょっと待ってて!!」


++


遅い昼食をとるため入った定食屋。慌てて購入した着物一式を身に纏い、長い髪も布で一つにまとめてもらって、目の前の席でかけ蕎麦に瞳を輝かせている女の子を見つめながら俺は途方に暮れていた。なんでもいいから女の子用の着物ください!って駆け込んだ俺のことを胡散臭そうに見ていた仕立て屋さんの、その歪んだ顔が負わせた一生癒えそうにない心の傷もじくじくと痛む。
単刀直入にいうと、この女の子は人間ではないと思う。音が、人のそれじゃないから。鬼なんて恐ろしいもんが居てしまう世の中ですからね、人外の生物がひとつやふたつ増えたってもう、狼狽えませんよ俺は。

着物の着方も知らない、というより、素っ裸でうろうろしちゃいけないっていう一般常識すら身に付けていなかったことが、この女の子人じゃない説を裏付けている。今もかけ蕎麦を手で食おうとしてるし、火傷しちゃうからダメだよ!!と慌てて止めて箸の使い方を見せても、まるで赤子がそうするみたいにギュッと握り込んでばってんにしてしまっていた。

「あー…すいませーん。小皿ひとつもらってもいいですか」
「あいよー」
「………?」

店員さんに頼んで持ってきてもらった小皿に麺と汁の一部をうつし、ふうふうと冷ましてあげる。女の子はそんな俺を不思議そうに見ていた。

「はい。これでもう手で食べていいよ。冷めてるから、火傷もしないし」
「………!!」

指で器用につまみ上げた麺をちゅるる、と吸い込んだ女の子は、しばらく咀嚼してから汁もずずずと口に含み、パアアと顔を輝かせた。人外とはいっても、鬼の出すそれとは似ても似つかない、純粋で綺麗な音。害意なんて、かけらも感じられない音。
ああ、「とりあえずかけ蕎麦ふたつ!」ってお品書きも見ずに頼んじゃったけど、もっと食べやすいものにしてあげればよかったかなあ。もりもりと食べ進める女の子を前にそう思いながらも、さてこれからどうしようかねえと俺は頭を悩ませていた。

俺がすべき第一は、やっぱり鬼を殺すこと。誰かにまた船を出してもらって、今晩にでも海中に潜んでいる鬼を退治しに行かないといけない。けど、この子もなんとなく、放っておけないんだよなあ。なんでかなあ、この子の音、どこかで聞いたことある気がすんだよ…。

「………?」
「えっ?あっ、食べる、食べるよ。俺も食べる。君ももっと食べたい?入れたげるから、小皿渡してもらっていい?」
「…!……!」
「はぁーい。どういたしまして」

話せなくても、何を言いたいのかはその素直すぎる音と表情だけで手にとるようにわかる。なんでか知らないけど、俺に、好意を向けてくれている、ことも。こんなに可愛い子からこぉんなにまっすぐな音をぶつけられて、何も感じないでいられるわけがない。ましてや、じゃあ俺はこれで、なんて言って放り出すことなんて、とてもとても。
見られているのに気付いた女の子がにこりと微笑んで、俺は思わず自分の頬を赤く染めてしまった。じゅぞぞぞ。そんな顔を隠すように、俺は既に伸び切った麺をようやっと啜り始めるのだった。

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