むかしむかしあるところに、 | ナノ
01 泣き虫だけど本当は強くて心優しい少年がいました。

今度の鬼は隠れるのが相当上手いやつらしい。いつものようにチュン太郎に導かれるまま足を進め、この海辺の村に着いたのが昨日の昼。小規模な漁業と農作での自給自足と、時々やってくる商人へ海産物を卸しながら生計を立てているらしい長閑な村だった。
嫌々ながらも早速聞き込みを開始すると、夜な夜な人が消える怪事件が起こっているそうで、村人たちはみんな怯え切った音をさせている。
これはいよいよ鬼の仕業確定ですね!?と震えつつも、手がかりを探したり、夜は耳を澄ましながら街中を歩き回ったりもした。だけど鬼は全然見つからなくて、夜が明けるとまた人が一人、消えてしまっていた。鬼殺隊の俺がすぐそばにいたのに救えなくて、ほんと情けなさすぎるよぉ…。

「あと探してないのは……海の中、とか…?」

商人用に設けられた、村に一軒しかない宿屋で少し体を休めてから、また外へ繰り出す。それでもやっぱりお手上げ状態で、俺は途方に暮れながら海岸に立ち、絶えず波が満ち引きする海を眺めていた。
海に隠れる鬼なんて聞いたことない。でも、めちゃくちゃ息の長い奴とか、まさかのえら呼吸ができる奴とか、そういうのがもし居るなら、海の中は絶好の隠れ場所だとは思う。
俺はごくりと唾を飲み込んで覚悟を決めると、向こうで網の手入れをしている村の人に声をかけようと一歩砂を踏みしめた。


++


「探し物たってなあ、兄ちゃんよお。こぉんな広い海だべ、見つかんねえだろぉ?」
「いやぁー…うーん。でもなんかあっちの方にあるような…。親父さん、もうちょっと向こうまで行ってもいいですか?」
「へいへい」

海の向こうを見つめながら両手を耳に添えて音を拾い続ける俺へ呆れ顔で声をかけてきながらも、こんな真っ昼間から小船を出してくれた親父さんには本当に頭が上がらない。
海そのものがさざめく音、海流の唸る音、海洋生物が発する音。それらで掻き消されそうになってるけど、陸にいる時には届かなかった鬼の音が確かに聞こえてくる。俺の勘は正しかったみたいだ。
二人三人乗れば限界といった大きさの木製船は、波に煽られてよく揺れた。普段の俺だったら、こんなの死にますから!あっという間に転覆して海の藻屑になっちゃいますから!!と喚いていただろうけど、この時ばかりはやっと見つけた鬼の手がかりに夢中になっていた。
でも、その音はこの海の、まだまだ遠く向こうから聞こえてくる。親父さんには失礼になるけども、こんなボロボロの船じゃあんまり沖へ出るのは危険すぎるし、一度引き返してもっと大きな漁船とかに相乗りさせてもらえるよう頼み込むか…?そう悩みつつ、もっと音を聞き分けようと、片手は耳元に残したまま、もう片方の手を船べりに置き、グッと身を乗り出した。

「兄ちゃん、そんなにしたら危な…、ッああ!」

叫び声をあげる間もなかった。突如襲ってきた大き目の揺れに翻弄され、均衡を支えていた手がずるりと滑る。親父さんの注意も間に合わないまま、俺の体は真っ逆さまに、冷たい海の中へ投げ出されていた。

お、落ち着け、落ち着け善逸、力を抜けば人間の体は浮かぶはずだ!そしたらきっと、親父さんが引っ張り上げてくれる。
頭ではわかっていても、水を吸って重くなった羽織と隊服がまとわりついて、平然となんてしていられない。思わずもがいてしまったそのままに、どんどんどんどん海の底へ引きずり込まれていった。ごぼり、と、口から大量の空気が漏れる。陽光の差し込む海面が少しずつ遠くなって、助けを求めて伸ばした手は霞んで見えた。
もうだめだ、おしまいだ。俺の人生って、鬼との戦いでかっこよく、なんてこともなく、こんなにあっけなく終わっちまうのかよ。そんなことある?そう思ったのを最後に、俺は瞼を閉じて意識を手放した。何かが体をぐんと持ち上げた感覚を遠くの片隅で覚えながら。


++


音が、する。不思議で、でもすごく優しい音。俺のことを心から案じてくれている、あったかい音だ。

「も……いじょうぶだ…ら、おね……いきを…て、あなた………たすか………!」

今まで聞いたどんなそれよりも澄んだ声が聞こえる。断片的で、何を言ってるのかは全然わからなかったけど、沈み込んだ意識がその言葉のおかげで強制的に浮上していった。

「っ、げほ、ごほ、はっ…はぁ、」
「!! そう、そうだよ、ゆっくりでいいからお水を吐いて、息をして…」

多分、女の子の声だ。水に濡れて張り付いた前髪を優しくかきあげてくれる、やわらかな手の温もりも感じる。
その子の音に耳を澄ませると、まるで体がふわふわと浮いているような、心地の良い感覚に包まれた。その幸せ〜な感じが唐突に止んで、ハッ!!と目を開けたら、そこにいたのは女の子ではなく、先程船に乗せてくれた親父さんだった。

「兄ちゃん大丈夫かあ!?おめえ幸運だったなあ!ぜぇんぜん浮いてこねえから仏様になってしもうたと思って拝んどったのによお、波に流されてここまで戻ってきとったかぁ!」
「なんっ、げほ、女の子、女の子が…っ」
「はあ?女の子?」

無理矢理体を起こした俺に、あの世行きかけて幻でも見たかあ?と親父さんが怪訝な顔をする。あたりをキョロキョロ見回してみても、親父さん以外は人っ子一人見当たらない。生き物の音も、親父さんと、向こうの岩で心配そうにこちらを伺ってるチュン太郎のものだけだった。
あれは、本当に幻だったの?でも、ずっと響いてた優しい音も、澄んだ声も、はっきりと頭に残ってる。多分だけど、親父さんが俺を見つけるよりも前に、溺れてる俺を助けてくれた誰かがいたんだ、と思う。

「ほら、立って歩けるか?ここまで関わっちまった縁だからなあ、うちん家で風呂でも入ってあったまってけぇ!」
「あ、ありがとうございます…」

海水でびしょ濡れの体と服は、海風にさらされてとても冷たくなっていた。意識した途端に止まらなくなってしまった震えをなんとかいなして、優しい親父さんの後についていく。
その傍ら、遠くどこまでも続いている海の向こうに耳を澄ませてみても、女の子の優しい音も、あの鬼の音も、聞こえない。ただ、ザザァ…と波の満ち引きする音だけが耳に残っていた。

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