善逸くんは幼馴染 | ナノ

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引っ越し屋さんの段ボールが隅に積まれた、昨日より確実に殺風景になった私の部屋で。ラグに散らばった開きっぱなしのアルバムたちには、幼稚園から今までの、たくさんの私と善逸くんの笑顔が並んでいた。座り込んだ膝上の、付き合い始めてからの写真が詰まった最新のそれをパタンと閉じる。その動作を皮切りに、他のものも順に閉じて段ボールの中へそっとしまっていった。
本当は、今日中に荷造りをしてしまわないといけないし、思い出話なんてのんびりしている場合ではない。それでも、アルバムを一度手に取ってしまえば少なくない時間が持っていかれてしまうのは、大切な記憶がそれだけたくさん詰まっているからということで、仕方がないと思う。

「な、なるほど…。名前目線だと俺たちの半生はそうなるわけね…」

段ボールの中で綺麗に並んだアルバムの上に緩衝材代わりのタオルを敷き、今度はテレビボードの上に飾ってあった写真立て達をさらに載せていく。膝立ちになった私の後ろで、胡座をかいて座り込んだままの善逸くんが顔を引き攣らせていた。「全然伝わってないじゃん。初めから終わりまでただの挙動不審じゃん、俺」とぶつぶつ言いながら。
善逸くんは、物心ついた頃から私のことを一途に想ってくれていたのだという。それは、お付き合いを始めてすぐの頃に教えてもらっていた。そして、私が善逸くんの気持ちに全く気付いていなかったのも、既に伝えてある。それでも、アルバムを見返しながら思い出話をする中でその事実をよりリアルに感じ取ったらしい善逸くんは、「俺なりに匂わせてたつもりだったんだけどねぇ…」とガックリ肩を落としていた。
虚ろな表情をしながらも、のそりと立ち上がって部屋の隅へ移動し次の段ボールを組み立て始めてくれている優しい善逸くんに、心の中でちょっぴり笑ってしまった。そして小さな疑問が、はた、と思い浮かぶ。

「善逸くんは、ずっと私のこと好きでいてくれたんだよね?」
「まあね、そうね。鈍感まっしぐらのお前のことをね、俺は馬鹿みたいにずーっとね」
「う…ごめんって…」
「…そんで?何よ?なんか聞きたいんじゃないの」
「ああ、ええと。なのになんで、その、告白、とか。してくれなかったのかな、って」
「………は?」

善逸くんの手から、組み上がった空の段ボールがボタっと落ちる。一瞬惚けた後すぐに般若の様な顔になった彼は、ずいっとこっちまで近付いてきて少し屈むと、私の両頬をむにっと掴み左右に引っ張った。と言っても軽く、じゃれる程度に、だけど。

「おーまーえーのーせーいーだーろーうーがー!!」
「あ、あはひのへい?」

口が伸びているせいで変な発声になってしまった。目をぱちぱちとさせ心当たりがないですとアピールすれば、今度はむぎゅうとお饅頭の様に私の顔を潰してくる。そのままむにむにとされるがままになる私を涙目で睨みつけながら、善逸くんはいつものように喚き始めた。

「さっき話したじゃん!幼稚園の時のやつがそもそもの理由だよ!本当にわかんねえの!?」
「………?」
「ああー!もう!!あのねえ!?大好きな子が俺と結婚するって言ってくれて、死にそうなくらい喜んでたらさ!?婚約後たった数秒で他の男に乗り換えられた幼き日の俺が、どれだけ絶望したかわかるか!?しかも思いっきり目の前でだよ!?ふっつーにトラウマにもなりますよ、あんなん!!」
「あ、ああ…なるほど…?」

言われてみてやっと合点がいった。なるほど、私と善逸くんの恋愛ごとに対する考え方や関心の量は、あんなに小さな頃からかなり違っていたらしい。
確かあの頃の私は、ぜんいつくんがすきー!ひめじませんせいもすきー!かなをちゃんとあおいちゃんもすきー!だからみんなとけっこんするー!…くらいの、本当にふわふわしたことしか考えてなかったように思う。かなり記憶が曖昧なので、多分としか言いようがないけれども。

「とにかくねえ!手に入れたと思ったらまた手放さないといけなくなるなんてこと、もう二度とごめんだって思ったの!!お前がお前の意思で俺のもんになりたいって、そういう音させるまでずっと待ってたってわけ!!」

善逸くんは完全に臍を曲げてしまったようだ。ふん!と背を向けて、どっかりとラグに座り込んだ。怒っています!と全身で表現しているのに何故か正座をしているのが可愛らしくて、大好きだなあという感情で自然と心がいっぱいになる。
と、同時に、頑なにあっちを向き続ける善逸くんの背中を見ていたら少し怖くなった。もし私があのまま彼の想いに気付かずにいたら、善逸くんが他の人と恋に落ちて、こうして背を向けたまま二度と私の方を振り向いてくれない未来だって、あったかもしれないんだ。

「…善逸くんのお話だとさ、一時期危ない時期があったんだよね」
「……危ないって?」
「高校から大学にかけての、善逸くんが私のこと好きじゃなくなりそうになってた頃のこと」

ぽつりと呟くと、怒っていたはずの善逸くんがぎょっとした顔で振り向いた。そんなに頼りない声を出していたんだろうか、私は。

「今、思えばね。私も小さい頃からずっと、善逸くんのこと好きだったんだと思うの。私が馬鹿すぎて気付いてなかっただけで…。善逸くん以外の男の人には、これっぽっちの興味も湧かなかったし」
「名前…」

話しながら善逸くんの右隣に移動し、私もストンと腰をおろす。それから、膝の上に置かれていた右側の握り拳を、私の両手でそっと包み込んだ。ごつごつとした男の子っぽい手。ずっとずっと、私の気付かないところでも、優しい笑顔と一緒に差し出され続けてきた手。

「善逸くん、私のこと好きでい続けてくれてありがとう」
「……、」

精一杯の感謝を込めて笑いかけると、その顔がわかりやすくぽぽぽと真っ赤に染まった。なんだか私まで恥ずかしくなってきて、思わず視線を何も刺さっていないコンセントや空になったクローゼットに目的もなく走らせる。そうしているうちに両手の中の拳がもぞりと動き、気付けばぎゅっと、上に添えていた方の左手を絡め取られていた。

「…もしあん時炭治郎が名前を連れてこなくても、どうせ俺は名前のこと、陰でずっと好きだったと思うよ。他の相手見つけるとか言って、動向はずっと気にしまくってたし…」

ぼそぼそとこぼす善逸くんの親指が、私の左薬指の付け根を慈しむように撫でる。今はまだ何もないそこだけど、明後日の今頃にはもうきっと、キラキラと輝くイエローゴールドのリングが輝いているのだろう。学生時代の善逸くんの髪みたいだねと、二人で選んだお揃いの結婚指輪が。
私の薬指を見つめてそんな少しだけ先の光景を思い浮かべているのだろうか、伏せた善逸くんの瞳にはあたたかな光が灯っていた。私はそんな彼にもっと幸せになってもらいたいと今後の決意を伝えるべく、空いている右手をぐっと握りしめてガッツポーズを作る。

「待たせちゃった20年分、これから挽回するからね!」
「…挽回って、具体的に何してくれんの?」
「えっ?えーと、…いっぱいちゅーしたり、ぎゅってしたり、手繋いだり、好きって言ったり…?」
「………小学生かよ…」

私が挙げる例に少しだけ呆れた顔をした善逸くんが「ま、いいや」と苦笑した。繋いでいた左手をぐいっと引っ張られて、お互いの顔が至近距離に迫る。

「俺だって言えずに溜めてた20年分の愛、注いじゃいますから?」

「覚悟してろよ」と囁いてから、口付けをひとつ。あまりのかっこよさに今度はこっちが真っ赤になってしまって、なのに善逸くんはそんな私を見て、してやったりと歯を見せていたずらっ子みたいに笑った。

「さー、時間もないしやることやっちゃおうぜー。今日はここで寝て、明日の朝荷物送り出してから実家に帰る、でいいんだよね?」
「う、うん!」
「おっけー。新居の方はもう準備できてるから、俺も今日はここに泊まって明日は送ってく。晩飯までには終わらせよ!んで美味いもん食べに行こ!」

あのぅ、切り替えが早すぎませんか、善逸くん。さっき取り落とした段ボールを拾い上げて手際良く小物を詰め始めた彼に、私はまだ赤い顔のまま唇を尖らせた。恋人同士になってから、私の方がいいように遊ばれる場面がどうにも増えたような気がする。でも、そんな日常がどうしようもなく幸せで、いつまでもこうしていたいと思うから。結婚式と新婚旅行が終わったら一緒に住む予定の新居へ運ぶため、私も引越しの準備を再開した。


善逸くんは、
幼馴染で、恋人で、
そしてもうすぐ旦那さんになる、
世界で一番大好きな、
かけがえのない人なんです。



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