善逸くんは幼馴染 | ナノ

社会人二年目A


…だめだ。ぜんっぜん、集中できない。
土日を通して私の頭を悩ませ続けた動機の理由は、結局納得できる答えも出せず、押さえつける事もできず。月曜になった今日もこうして、心ここに在らず状態で仕事をする羽目になってしまっていた。

昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。いつもならコンビニで買ってきて休憩室で軽く済ませてしまうところだけど、今日は気分転換も兼ねて外で食べよう。
パソコンをスリープモードにしてから、引き出しの中に待機させていた財布入りのミニバッグにスマホを放り込んで立ち上がった。隣の席でプレゼン書類の確認をしていた新人営業マンの嘴平くんが、その私の動きにびくついていた様に感じたのは気のせいか。
春、と呼ぶにふさわしい陽気の中、近場のカレー屋さんにでも行こうかなと歩き始める。いつも食べきれないくらい大きな焼きたてナンを出してくれるお気に入りのお店。美味しいものでお腹がいっぱいになれば少しは気が紛れるかと、でもそう考えたのは間違いだったみたい。

向こうの通りを、スーツ姿の善逸くんが歩いていた。可愛らしい、女の子と一緒に。笑顔の似合うその子に何かしら話しかけられた善逸くんが、でれっとだらしなく破顔して身振り手振りで応えている。二人の距離は近い。たくさんの車が行き交う車道を挟んだこちら側に呆然と立ち尽くしている私には、当然全く気付く様子がなかった。

………何なんだ。もうほんと、何なんだ!ズシンズシンと鼻息荒く入店したカレー屋さんで、ナンをいつもよりかなり大きめにむしってむぐむぐと豪快に頬張った。私がこんなに頭を悩ませてる原因を作ったのは他ならぬ善逸くんなのに、本人はお酒のせいで全部忘れました〜って別の女の子とイチャイチャしちゃうんだ。
時間を確認しようと覗き込んだスマホの画面に、『1件のメッセージ』と通知が出ていた。送り主は善逸くんで、届いた時間はつい先ほど。女の子に思う存分でれでれしていた締まりのない顔と、その子ときっと今も一緒にいるのに私宛のメッセージを打っているらしい様子が脳裏に浮かんで、私は内容を見ずに画面を消した。未読スルーは土曜からずっと続いてしまっている。

はちきれそうなくらいにお腹がいっぱいになったって、ちっとも気は晴れなかった。それでも仕事だからと表情を消してデスクに戻ったのに、ちょうど私に声をかけてきてくれようとした後輩の女の子を「今のエクセルの主からはヤベー感じがビシビシするぜ。近付くのは後にした方がいいぞ…」と嘴平くんが制止した。エクセルの主って何。
そんな風にぐちゃぐちゃの頭で仕事をすれば、段取り良く進めることなんて出来ないのは当たり前で。一時間ほど残業することになってしまい自分の給料泥棒加減を懺悔しながら家に帰ると、マンションの前で肩身が狭そうにしながらソワソワと立っていた今一番顔を合わせたくない人物が、私を見つけて駆け寄ってきた。

「名前…!お疲れ!」
「善逸くん!?な、なんでここに…?」
「金曜のこと謝りたくてさあ!メッセージ送っても読んでくれないし、しばらく会社の前で待ってたんだけど全然出てこなかったから、もう帰っちゃったのかと思って…」

エントランスから漏れる明かりの中、善逸くんの眉がしゅんと下がる。「謝りにきただけなんだけど、その……何か、あった?名前、ちょっと変じゃない?」と言われて、私はハッとした。

善逸くんは、優しい。勝手に動揺して、勝手にモヤモヤして、勝手にメッセージを無視していた私なんかにも。
お昼間は他の女の子を見ていたその目が、今は私だけを見ている。謝罪のためとはいえ、わざわざ私の家まで足を運んだ上で、だ。それがどうしようもなく嬉しくて、また胸がぎゅうっと苦しくなった。不安にさせて、不必要な心配までかけてしまった反省を、本当はしなくちゃいけないのになあ…。高鳴ってしまう鼓動は全然、思い通りになってくれない。

心配そうにしていた善逸くんの表情が、何かに気付いたようにゆっくり変わっていく。私は「怒ってないし何もないけど、今日はひとりになりたいから、ごめんね」と、その隣を兎に角すり抜けようとした。なのに、通り過ぎる瞬間、掴まれた手。

「待って!」
「!!」

びくりと体が震える。

「やだ!ごめん、ほんと、離して…っ」
「ッ絶対離さない!」

力を込めて振り払おうとしても、男の子の善逸くんに敵うはずがなかった。振り返って、懇願する様に見上げると、いつになく真剣な顔をした善逸くんが私を見つめていた。

「名前から、俺がずっとずっと待ち望んできた音がする。ねえ名前、俺に隠してること、あるでしょ……?」

音って何なの、意味わかんない。そう言い返してやろうと思ったのに出来なかった。ドクン、ドクン、とただでさえ苦しいくらいの鼓動を、何かを期待しているような善逸くんの、熱に浮かされた表情がさらに高鳴らせていく。
私はぼうっとする頭のまま、まだ全く整理できていない今の気持ちをただただ並べていった。なんとか絞り出した声は自分でも驚くくらい小さく、か細い。

「………私が、モヤモヤしてる、のは、」
「…うん」
「お昼休みに善逸くんが、私の知らない女の子と楽しそうに歩いてたから…」
「っえ、それは、」
「でも!!そもそもの発端は、金曜の夜に善逸くんが、俺の気持ちに気付けとかおかしなことばっかり言ったからで!」
「………!」
「仕事も全然手につかないし、後輩の子にはわけわかんないこと言われるし、集中できなかったせいで残業になっちゃうし…、」
「………」
「善逸くんのこと思い出すだけでドキドキ、ドキドキばっかりしちゃって、止まってくれなくて…」
「……名前…っ」
「苦しい、よお………!!」

蚊の鳴くような声で始まった私の言葉は、いつのまにか嗚咽に変わっていた。迷子の子供みたいに泣きじゃくる私を善逸くんが抱きしめる。途端に鼻腔をくすぐった、ほのかな汗の匂い。善逸くんが今日も一日頑張って働いていた証拠のそれに、どうしようもなくキュンとしてしまう自分がいた。

本当は、『納得できる答えが出ない』なんて嘘だった。でも生まれて初めて感じる、熱くて熱すぎてコントロールの効かない気持ちに、ずっと一緒だったのに意識しただけで突然こんなになっちゃうものなの、とか、訳がわからなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃで。
けれど、善逸くんはまるで赤ちゃんにそうする様に、腕に閉じ込めた私の背をぽんぽんと優しくあやしてくれるから。戸惑いでいっぱいだった心が、少しずつ整理されていく。それは、あるべきものが、あるべきところに、収まっていくような感覚だった。

すぅー、と大きく息を吸う。落ち着いてきたことを感じとったらしい善逸くんが、肩口に顔を埋めている私の耳に口元を寄せて囁いた。

「…ねえ名前。そういうの、何て名前の気持ちか知ってる?」
「……っ」

なんて甘い、かすれた声。途端に全身がぶああっと熱くなっていく。きっと紅くなってしまっているんだろう耳を見た善逸くんが「あー。その感じ、ちゃんと気付いてんな?」と言ってくつくつと笑った。

「ん…?ほら、言ってみ…?」
「………、」
「ちゃんと言えたらさ、とびっきりのご褒美あげるから」

腕が解かれて、私の両頬を大きな両手が包み込む。至近距離で見つめ合った蜂蜜色のその瞳も、声と同じくらいとろりと甘い光を湛えていた。

「、好き…っ。私、善逸くんが好き…!」

私がそう言い切るのと、唇が触れ合ったのと、どちらが早かったか。一瞬見開いた瞳をゆるゆると閉じてその感触に集中すれば、ただ口と口がくっついてるだけなのに、頭の中がドロドロに溶けてしまいそうなくらい気持ちいい。

「俺も好きだよ、名前。ずっとずっと前から好きだった」

やっと言えたあ…、と噛み締める様に微笑った善逸くんの目尻には堪えきれなかったらしい涙がうっすら滲んでいた。こういう時はいつもみたいに大泣きしないんだなあと、善逸くんの新たな一面を知った夜だった。

そうそう、
あの夜はホント熱かったなあ…。
寝坊しちゃって二人で全力ダッシュしたのも、
今となってはいい思い出だよねえ。



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