善逸くんは幼馴染 | ナノ

大学二年生


「炭治郎も3コマ目空きなの?」

2コマ目が終わって、昼休み。本来それは昼食を摂るためにあるものだけれど、食堂が混み合う時間を避けたくて。元々授業を入れていない3コマ目にそこを利用しようと考えた私は、サークル棟へ足を運んでいた。建物を囲むように植えられた紅葉が見事に紅く染まる様子を眺めながら、もう秋かあ、としみじみ考える。
所属している『天気のいい日に日向ぼっこをする会』とかいう人畜無害すぎるサークルに与えられた部室のドアを開けると、中では一学年下の竈門炭治郎くんが一人ソファに腰を下ろし、静かに本を読んでいた。昼休みだというのに私と同じく昼食を摂ろうとしていない彼にかけた言葉が冒頭の一言である。
炭治郎は読んでいた本を膝に一旦伏せてニコッと笑うと、「そうです!」と元気に返してくれた。

「私もだから、3コマ目始まったらお昼一緒しない?食堂行こうよ」
「わあ、是非!あっ、でもその前に寄りたいところがあるんですけど、いいですか?」
「もちろーん」

読書の邪魔をしないようにそこで会話を終わらせ、私も炭治郎が座るソファの反対側のスペースにお邪魔してから、今日課題が出た授業のレジュメを確認する作業に入った。背もたれに体を預けてだらりとプリントを見る私とは対照的に、炭治郎は背筋をピンと伸ばしてほんの少し笑みを浮かべながら小説のページを進めていく。
本人がよく言う『長男』気質を日々遺憾なく発揮する彼と過ごす時間はとても心地良くて、一歳差だということがわかるのはその言葉遣いだけになるくらい、私たちの仲は良好だ。

3コマ目が始まる時間になったので、連れ立って部室を出る。炭治郎の寄る先とは軽音サークルの部室らしく、同じ授業をとっている友達が休んだ時のノートを貸しに行くとのことだ。さすが『長男』。
軽音サークルの部室が並ぶ階へ降りると、空きコマの学生たちが奏でる楽器の音がどんどん大きくなっていく。エレキギター、ベース、ドラム、その他諸々。雑多に混ざり合うそれらに文化系まっしぐらの私は全然慣れていなくて、ドキドキと無駄に緊張する胸を抑えながら炭治郎の後をちょこちょこ着いていった。
ひとつのドアの前で立ち止まった炭治郎が、こんこんとノックしてからそれを押し開ける。

「失礼します!善逸はいますか?」
「おっ!待ってたよたんじろぉー。まじで助かるよお、ありがと」

…ん、善逸……?そんな名前、今まで生きてきて一人しか出会ったことないくらい珍しいものだと思うし、それに、炭治郎の呼びかけに応えたこの特徴的な高めの声は…。

「…えっ?あれ?名前?」
「善逸くん…!久しぶりだねえ!」
「ん?善逸と名前さんは知り合いなのか?」

やっぱり、そうだった。首を傾げるのに合わせてふんわりと揺れる金色の髪。あの日『放置しすぎた』のだと喚いていたのは何処へやら、今もその髪色のままの、善逸くん。炭治郎に呼ばれてドアから顔を出したのは、私の予想通り、まさしくその人だった。

「知り合いというか、幼馴染というか。炭治郎と善逸くんこそ、お友達だったんだね」
「そうなんです!学年は違いますけど同じ学部でかぶる授業も多くて。一度話したらすぐに意気投合して、それで」
「善逸くんフレンドリーだもんね〜。わかるよ」

それにしても、善逸くんに会ったのなんていつぶりだろう。たまたま同じ大学に合格した私たちは、ここでも腐れ縁が続くのかと高校卒業時点で想像したのとは正反対に、全く顔を合わせない日々を送っていた。
同じ大学とはいっても学部が違うと、必修の授業は掠りもしないし、拠点になる研究棟も全く別。この広いキャンパスではすれ違うことすらなくて、たまにメッセージアプリのグループでやりとりすることはあっても、実際顔を合わせたのはそれこそ高校の卒業式ぶり…かな。
しばらく会わないうちに耳に穴を開けたようで、シンプルなシルバーのフープピアスが金髪の間できらりと光る。黒のニットにベージュのチノパンという出立ちと相まって、随分と大人っぽい印象を受けた。そんな彼が急にワナワナと震え始めたものだから、私も炭治郎も「「?」」と首を捻った。

「……なんで?」
「ど、どうした善逸」
「っなんで!?どうしてお前ら二人が、こんなとこにいんの!?」
「どうしてってそれは、善逸にノートを渡しに…」
「違えよ!そういうこと聞いてんじゃないよ!俺が聞きたいのは、どうして炭治郎だけじゃなくて、名前まで一緒にいんのかってこと!しかも二人で!二人きりで!!」
「それは…私たち同じサークルで、炭治郎の用事が終わったら一緒に食堂行こうって話してて…」

突然何のスイッチが入ってしまったんだろうか。久しぶりに触れた善逸くんのマシンガントークの威力はとても凄まじい。タジタジになってただ事実を並べるしかない私たちに向かって、善逸くんは血走った目で指をさしてきた。

「まさかお前らァ…!付き合ってるとか言うんじゃないだろうなあ…!?」
「なっ!」

炭治郎がカッと赤くなる。私は、また始まった、と特に表情を変えずその様子を眺めていた。善逸くんは昔から、仲良くしている男女を見るといつもこうやって絡み、恨言をぶちまけるのだ。自分だって結構モテてるくせに。

「ち、ちがう!俺と名前さんはただの先輩後輩だ!それに、名前さんには…」

赤い顔の炭治郎がワタワタと否定していると、その言葉の途中で私のスマホがピロリンとメッセージの着信を告げる。何気なく鞄から取り出して画面を見ると、その送り主は多分いま炭治郎が話そうとしていた内容にちょうど合った人物で。

「あ、彼氏だ」

呟いて、そのまま画面のロックを解除する。善逸くんからの痛いくらいの視線を感じたけど、反応するとまた愚痴が止まらなくなりそうなので、あえて無視をしてみた。

「…………は?」
「…見ての通り、名前さんには彼氏が居る。だから俺と名前さんはそういうのじゃないんだ、善逸」

ハァとため息を漏らしながら炭治郎が私たちの関係性を伝えるのを聞き流しつつ、画面をフリックし続ける。今日一緒に帰らないかとのことだったので、わかりました、と端的に返しておいた。
すぐに既読がついたのを確認してスマホを鞄に戻そうとしたら、その手をガッ!と掴んできたのはやっぱり善逸くんだった。無視したけど、ダメだったかぁー。

「ハアアアアア!?彼氏だああああ!?」
「…ハイ」
「なに俺の知らんとこで彼氏とか作っちゃってんの!?グループ会話ではそんなの一言も言ってなかったじゃない!?『恋ってなあに…?』って言わんばかりにさあ、相変わらずずぅっとぽよぽよしてたじゃない!?どぉして突然そんなことになってんのよ!?」
「えっと、ついこの間告白されて、私もそろそろそういうのちゃんとしないと思って…、」
「そんな理由でOKしたわけ!?ハァーン!?それはあれだね!すぐに別れるやつだね!だって名前はそいつのこと、好きでもなんでもないんでしょ!?」
「っそ、そんなことは…!!」

ない、と言い切れなくて、言葉が途切れてしまった。確かに、私は彼のことを今のところ好きでも嫌いでもない。ひとつ上の先輩から告白されて返事に悩んでいたら、学部の友達に「他に気になる人がいないなら付き合ってみればいいじゃん。意外と好き好き!って目覚めるかもよ」と背中を押されて、大学生の恋愛ってそういうものなのかと受け入れただけ。
でもだからと言って、この善逸くんの言い草は酷いんじゃないだろうか。久々に再開した幼馴染の進歩を祝福するどころか、すぐに別れる!だなんて、不吉なことを、それも大きな声で。

「善逸くん失礼すぎ!もういい!行こう、炭治郎!!」
「えっ、は、はい…!」

炭治郎の手首をぐっと掴んで、イラついた気持ちをそのまま乗せた足取りでそこを後にする。後ろから「付き合ってないからってねえ、炭治郎とベタベタすんのもやめなさいよ!!」と叫ぶ声が聞こえてきたけど、今度こそ本気で無視しておいた。人の色恋を気にしてる暇があるなら、そろそろ誰かからの告白を受け入れて、自分も楽しいキャンパスライフを過ごせばいいのに!

別の道を生きなきゃって奮闘してる矢先に
突然また現れてこれだもん。
ほんと何なわけ?お前は小悪魔なわけ?
勘弁してよね、まったくさあ。



prev / next

[TOP]


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -