善逸くんは幼馴染 | ナノ

高校二年生


二日間開催された文化祭も無事終了し、残るは自由参加の後夜祭のみ。縁日をテーマにした我がクラスの売り上げはそこそこで、後日そのお金で打ち上げでもどう?なんて話にもなっている。まとまらなくて『休憩所』とは名ばかりの、ただ何の変哲もない教室を開放しただけのクラスもある中、私たちはしっかり高校の文化祭を満喫できた方なんじゃないだろうか。

「そっちの片付けは順調?」
「あ、うん。あとはざっと拭いておしまい」

わたあめの機械を片付けていると、最近自分で染めたというその金髪を揺らして、善逸くんが話しかけてきた。文化祭委員の仕事で各クラスの片付け進行度を見て回ってるらしいことが、その手に持っているバインダーですぐにわかった。本人はやりたくないと喚いていたのにノリで無理やり押し付けられていたのを、かわいそうに…と見守りつつ代わってはあげなかった薄情な私である。
うちのクラスは班ごとに片付けの担当が分かれているので、わたあめ班にも確認を取りに来たみたいだ。この班が最後だったらしく、「うん、うちのクラスは優秀で助かりますねえ、」と呟きながらバインダーに何かを書き込んでいる。
善逸くんとも、というか、男子たちとも、性別の壁を超えてまた普通に話すようになっていた。高校生になって、異性と話すなんて恥ずかしい!と思う時期がみんな終わったんだと思う。クラスが謎のギスギス感に包まれなくなり、とても過ごしやすくなった。

「委員、頑張ってね」
「もう十分頑張ったよ俺はぁ!委員なんてしたくなかったのに!押し付けた奴らはさあ、みんな俺のこと忘れて目一杯楽しんじゃってさ!?酷くない!?酷すぎでしょ!?」
「はは…。まあまあ、もうすぐ終わるから…あとちょっと、頑張ってきて。後夜祭は、先生たちが全部仕切ってくれるんでしょ?」
「うん…まあね…。でもさあ、この二日間さあ、俺だってねえ、」

眉を釣り上げ涙目になりながら止まらない文句を並べる善逸くんの背中を押して、教室から廊下へ送り出す。善逸くんは恨めしげな顔でこっちを振り返って、ボソリとつぶやいた。

「名前は、後夜祭行くの?」
「うん。そのつもり」
「じゃあそん時、ちょっとでもいいから一緒に出し物見たりできる?」
「もちろん!善逸くんも合流するってみんなに言っとくね」

そう伝えれば、善逸くんはやっと少し笑って、「ありがと。じゃあ残りもぱぱっと片付けてきますかねえ」と委員会の仕事へ戻っていく。その背中を「いってらっしゃーい」と見送って、私もわたあめ製造機の掃除に再び取り掛かった。これまたいつの間にか変化していた善逸くんからの呼び捨てが、まだちょっと慣れなくて、くすぐったい。


++


「名前。後夜祭いこう〜」
「あっ、このゴミ捨ててから行くね。先行ってて!すぐ合流する!」

委員を除いた生徒だけで帰りのHRが終わり、友人の呼びかけにわたあめ班のゴミ袋を掲げながら応える。みんなは、場所わかんなかったら連絡してねとスマホを見せながら、連れ立って教室を出て行った。
割り箸や汚れを拭いたキッチンペーパーでいっぱいの、けれど見た目ほどは重くないゴミ袋を提げて校舎裏のゴミ置き場へ急ぐ。既に他のクラスのゴミが山ほど積まれているその隅にうちの子も仲間入りさせれば、私の文化祭での仕事はこれでおしまい!
あとは後夜祭を楽しむだけだぞ〜と人気のないゴミ置き場から颯爽と離れ、表へ回ろうと上機嫌で歩いていたら、どこからか誰かの話す声が聞こえてきた。

「あの、忙しい時にこんなとこまで来てもらっちゃって、ごめんね…?」
「エッ!?いやいいよいいよ!大丈夫!そ、それでさ、話ってなに…?」

心臓が、ズクンと跳ねた。
目の前の角を曲がった向こう、そこにいるのは多分、善逸くんだ。相手の子は、声だけじゃ女の子だということしかわからない。なのに、どことなく張り詰めた緊張感が、こっちまで伝わってくるようだった。
後夜祭。校舎裏。男女が、二人きり。
このあと起こるだろう出来事が、こういうのには疎いと自覚のある私ですら容易に予想できてしまう。

「あの…私、我妻君のことが好きです!もし彼女さんがいないなら、私と付き合ってくれませんか?!」

やっぱり。そう思う前に、私は逃げ出していた。足音だけは、立てないよう気をつけて。ゴミ置き場へ逆戻りして、素通りし、そのまま元来たルートを駆け抜けて気付けば教室まで戻ってきていた。電気をつけるのも忘れ、ハアハアハア、と息切れしたまま、自分の席に座ってゴツンと机へ突っ伏した。
とんでもない現場を見てしまった。善逸くんごめん、わざとじゃないからね。誰かの告白シーンなんて漫画やドラマ以外で初めて見た。しかもそれが、小さい頃から知ってる善逸くんがされてるとこ、だなんて。びっくりしすぎて、後夜祭に行こうとしてたのなんて頭からすっかりどこかへ飛んでいってしまっていた。

でも、だんだんと息が整ってきて、落ち着いて考えてみればすぐに納得がいった。私が知らないだけで、善逸くんはきっとモテるんだろう。明るくて、優しくて、運動神経もよくて、いつも変顔して喚いてばかりだけど、黙っていれば整った顔をしてると思う。へにょりと下がり気味の太い眉も多分、母性をくすぐる的な、そんなかんじで。決めるときはしっかり決めてくれる善逸くんはいつだってみんなのムードメーカーで、文化祭でうちのクラスがちゃんとまとまったのも、委員として頑張ってくれた善逸くんのおかげだ。本人は全く自覚がないみたいだけれど。

「ギャアア!!びっくりしたァァァ!!いたの!?電気つけなよ!」
「っっっっ!!!???」
「というか、こんなとこでなにしてんの?疲れちゃった?後夜祭は?」

心臓が爆発したかと思った。ピャッと飛び起きてドアを見ると、今まさに考えていた善逸くんその人が、ちょっとビビり気味に不思議そうな顔をして立っていた。

「えっ!?いや、ちょっとね!?善逸くんこそ何しに!?」
「俺は後夜祭行く前に荷物置きにきただけだけど…」
「あ、ああ〜、なるほどね〜…」

一体なんなわけ?と怪訝な顔をしながら、善逸くんが自分の席まで移動し手にしていた筆箱やファイルを鞄へしまっていく。しばらく真っ暗な中にいたから、善逸くんのつけた電灯の明かりがとても眩しくて目を細めた。
ついこの間、「放置しすぎちゃったの!俺だってここまでするつもりじゃなかったのに!」と涙目で喚いていたその金髪が、明かりを受けてきらりと光る。文化祭前に色気づきやがってと揶揄っていたクラスメイト達を「元気な善逸くんに、逆にぴったりかもね」と呑気に笑って眺めていた私に教えてあげたい。善逸くんはもう、初恋すらまだの私より随分先に行っちゃってますよ、って。私のよく知るほにゃりと可愛い善逸くんじゃ、もういてくれないんですよって。
そんなことを考えていたらついジト目になって睨みつけてしまっていたらしい。片付け終わった善逸くんがビクビクしながら私を振り返った。

「な、なに…?」
「べぇっつに〜。あんなに文句言ってたわりに、文化祭で告白されるなんて楽しそうな青春送ってますねぇって思ってただけ〜」
「っえええ!?まさか見てたの!?覗き見!?えっち!!」
「はあ!?人聞き悪いこと言わないで!ゴミ捨ての帰りにたまたま見かけちゃっただけだし!すぐ逃げたから内容ほとんど聞いてないので安心してください!」

顔を真っ赤にして狼狽える善逸くんが無性に腹立たしくて、ぷいとそっぽを向いた。どうせ私にはそんな素敵なイベントは起きないし、陰ながら想ってくれてるような子もいないですよーだ。この仕草がそもそも子供っぽいってこともちゃんとわかってるんだから。
そんな私に、善逸くんがどんな顔をしていたのかは見ていなかったからわからない。でも、次の言葉も特にいつもと変わらない明るい声だったから、私も視線を戻しながら冗談めかして軽口を叩いた。私を置いて先に進んでしまった善逸くんへの仕返しも込めて。なのに。

「ねえ気になる?俺が告白になんて答えたか」
「なんで〜?私、関係ないもん」

私の言葉を受けた善逸くんが、ゆっくりと俯く。それから、瞳を伏せて、ぎこちない笑みをひとつ、零した。

「…そう、だよ、ねえ。関係、ないもんねえ?」

その言葉が酷く哀しげに聞こえて、私の胸がまたびくりと揺れる。今日は、心臓に変な負担をかけすぎ、かも。
でも、いつだって表情豊かな善逸くんだけど、こんな痛そうな顔は、初めて見たから。なんでもいいからとにかく謝らなきゃと、咄嗟に思った。

「っ、ごめ」
「あー!やっぱり居た!」

けれど謝罪を口に出しかけた瞬間、飛び込んできた友人の声でそれが遮られてしまった。慌ててドアの方を見ると、一緒に後夜祭を楽しむ約束をしていたみんながそこに勢ぞろいしていた。

「電気ついてるからここかなって思ったんだよねー」
「早くおいでよぉ!模擬店順位発表、始まっちゃうよ?」
「てか二人で何してたんだよ!?ええ!?怪しすぎるべ!?」
「なになに!?なんかあったりするのお二人さん!?」

矢継ぎ早に話され、茶化されて、さっきまでの焦りもあって思考が完全に停止してしまった。「ええと、」と口籠る私とは対照的に、善逸くんがいつもの調子で「ああもうお前らは!すぐそういうのやめなさいよ!」と笑い飛ばす。

「何もねえよ。あるはずないじゃん」

そう。その通りだ。私たちは、何もない。ただの、幼馴染。でも何故だろう、その事実を口にする善逸くんはどこか何かを諦めてしまったような笑顔に見えた。

その後は何事もなかったかのようにみんないっしょに後夜祭を楽しんで、後日。善逸くんは告白してきた子を振ったのだと、風の噂で耳にした。
あの時、私は何を謝ろうとしてたんだろう。形だけの謝罪なんて、きっと意味はないのに。伏し目がちの哀しげな琥珀色が、いつまでも記憶に焼き付いて離れてくれなかった。

こんな不毛なこともうやめようって。
そう思って本当にスパッとやめられるんなら、
どんなに楽なんだろうねえ?



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