善逸くんは幼馴染 | ナノ

中学校二年生


「ちょっと男子!ちゃんと歌ってよ!!」

指揮者を務めるクラスメイトの女の子が必死に叫んだって、男の子たちはしれーっとした空気のまま協力的になる気配は微塵も感じられない。険悪なムードのまま音楽祭前最後の放課後練習が終わり、私はみんなにバレないよう、小さくふうとため息をついた。
私だって特別やる気がある生徒ってわけでもない。だから、ついに泣き出してしまった指揮者の女の子を積極的に慰めたり、ダラダラと帰り支度を始めている男の子たちを睨んだりといったようなことはしない。
それでも、この男子と女子が仲良くするのは恥ずかしいとでも言うような、中学生になってそこはかとなく漂い始めた空気感には辟易としていた。小学校の時みたいに、みんなで楽しく遊べたらいいのに。

「…苗字、先生が呼んでたよ。課題出してないの、お前だけだって」

そしてそんな思春期真っ只中に突入してしまっているのは、私の幼馴染であるこの我妻善逸くんもだった。ずっと『名前ちゃん!』と可愛らしく呼んでくれていたのはいつのまにか『苗字』に変わってしまい、その声も少し低くなって。

「あっそうだった!ありがとう、我妻くん」
「ん」

私も結局『善逸くん』と呼ぶのをやめてしまった。だってやっぱり私も思春期だから。クラスメイト達に揶揄われたら、恥ずかしすぎるもん。
そっけなく去っていった善逸くんを見送って、バッグを肩にかけ教室を出る。職員室に寄って課題のプリントを提出すれば、そのすぐそばの席でパソコンをいじっていた担任の宇髄先生に呼び止められた。

「練習どうだったよ?まとまったか?」
「ぜーんぜん。絶望的」

先生はそうかあーと諦めた様子でガシガシ頭を掻く。期待してないなら、聞かなければいいのに。担任だとそういうわけにもいかないのかな。
それからしばらくクラスのことや他愛無い世間話をして、職員室を後にした。外はもう暗い。秋の日暮れはついこの間までより随分と早くなっている。昨日からつけている薄手のマフラーをバッグから取り出し巻き付けながら下足場へ急ぐと、たどり着いたそこには、靴箱にもたれて気怠げにスマホを弄っている善逸くんがいた。もう片方の手はポケットに突っ込んだまま、私の姿を、ちら、と横目だけで確認される。

「あれ、そんなとこで何してるの?」
「…別に」

誰かを待ってるのだろうか。それ以上特に話すこともないので、じゃあね、とだけ声をかけて靴を履きかえた。昇降口から外へ出たところで、少し離れた後ろから善逸くんが歩いてきているのに気づいた。

「…………」
「…………」

善逸くんは、付かず離れず一定の距離を保ってついてくる。といっても私と彼は家自体が近いから、善逸くんもただ下校してるだけといわれればそうなんだけど。クラスメイトに見つかっても、たまたま同じ道を歩いていただけだと言い訳できる絶妙な距離。なんとなく気恥ずかしくて、マフラーの顎のあたりを指先でいじった。
多分、だけど…。遅くなったから、一緒に帰ってくれてるんだと思う。たとえお互いの呼び方が素っ気なくなって、休み時間や放課後に遊ばなくなったって、善逸くんが優しいことだけは変わってないみたい。私のよく知っている、ほにゃりと力の抜ける笑みを溢すあったかい善逸くんの片鱗がそこには確かにあって、嬉しくなってしまった。
信号が赤に変わって、立ち止まる。善逸くんもストーカーみたいになるのを危惧してちょっと後ろに居続けるわけにもいかないらしく、少し離れた隣で同じく歩みを止めた。

「男子ってどうして、ちゃんと歌わないの?」
「…そんなの恥ずかしいからに決まってんでしょ」
「恥ずかしいって…。善逸くん、せっかく歌上手いのにもったいないなあ…」

こんな風に会話したのも、かなり久しぶりかも。思いの外素直に返してくれたことに思わず漏れた笑みをマフラーで隠して、青信号に変わった歩道を進む。ちょっと遅れて歩き始めた善逸くんが「煽てたってなんも出ないからな」と小さく呟いた。

次の日、私は音楽祭の舞台上で、他のクラスメイトたち同様面食らうことしかできなかった。「何も出ない」どころではない。すごく出てる。大きな、大きすぎる、歌声が。
もともと小さい男子の声はおろか、女子のものまでかき消すそれは、まるで独唱のように貸し切りのホールに響き渡った。チラと見えた舞台袖では、宇髄先生がお腹を抱えて爆笑している。それすらも、善逸くんの歌声が大きすぎて聞こえない。
元気いっぱい且つ美しい旋律を披露した我がクラス(というか善逸くん)は、上位入賞は逃したものの審査員特別賞を貰った。合唱と呼べる代物ではなかったし、まあ、ね?
こうして中学二年生の音楽祭は強烈すぎる思い出と共に幕を閉じた。ちなみに善逸くんの周囲にいた子達は、鼓膜がおかしくなってしばらくグワングワンしたままだったらしい。

お前が上手いって言うからさあ!
単純な性格で悪かったねえ?!



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