3000HITお礼部屋 | ナノ
贈り物に込めた誓い
びいどろ玉の恋模様(その後)

「善逸様、お待たせしました。い、如何でしょうか…?」

玄関先で炭治郎と話していた俺がその控えめな声に振り返ると、白地に小さな桜の散らされた着物に身を包んだなまえちゃんがもじもじとしながら立っていた。帯は赤と白の市松模様。なまえちゃんの肩に手を添えてニコニコしている禰󠄀豆子ちゃんのものだろう。普段と違う雰囲気に、思わず目が輝く。

「わあ!とっても可愛いよお、なまえちゃん!やっぱり俺の見立ては正しかったねえ!!」
「寝床や寝間着だけではなくこんなに素敵な御着物まで用意してくださっていたんですね…。本当に、ありがとうございます」
「いいんだよお!俺が、なまえちゃんに着てほしかっただけなんだから!!」

やっぱり俺、天才じゃない?いつもの藤の花の着物だってすごく似合ってるんだけど、こういう華やかなのも絶対素敵だって思ったんだよねえ!
自分の見立てが正しかった喜びで飛び上がる俺の隣で、炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんが「いい仕事をしたなあ、禰󠄀豆子!」「でしょう?桜の色がとっても綺麗な着物だったから、この帯が絶対に合うと思ったの!」とよく似た笑顔で話していた。
今日、俺となまえちゃんは記念すべき初めての逢引きへ行く。俺がこの日にどれだけの情熱と思い入れを込めているか。誰の予想だって上回っちゃう自信があるね。

「こっちのことは気にしないで良いから、ゆっくりしてきてくれ」
「なんならどこかで一泊してきてもいいですからね」

竈門兄妹に見送られて、山を降りる。小さな手をそっと取ると、なまえちゃんはまだ手を繋ぐことに慣れていないらしく、ほんの少しぴくりとした後、頬を染めて控えめに微笑ってみせた。確かに、なまえちゃんとこうして手を繋ぐのは、半月ほど前に改めて交際の申し込みをして炭治郎の家に帰った時以来かも。あいつらがいるとやっぱりバタバタするし、二人きりにしてあげようと気を遣われるのも悪いから、そういうのはたまにでいいからと言ってある。但し、たまにはしてくれ絶対に!と念を押したら、炭治郎も禰󠄀豆子ちゃんも可笑しそうに笑ってたっけ。

「今日はどちらへ…?」
「えっと、甘味処で甘いもの食べたあと、辺りをぶらぶらできたらって思ってるよ。すっごい普通の行き先でごめんねえ?」
「いいえ。善逸様とご一緒できれば、私は何処でも幸せですので。楽しみです」
「へへへ、ありがとう。ほんとは遠出して浅草とかで芝居見たり…なんてのも考えたんだけどさ。でもやっぱり最初は、甘味処に行きたいなって思ったんだよねえ。なまえちゃんと一緒に」

春の陽気の中、爽やかな空気が漂う山をゆっくり下っていく。鬼殺隊にいた頃は山に入ることが意味するのは修行や鬼との死闘だったわけだし、こんなにのんびりした気分で山道を歩くのはとても新鮮な気持ちだ。時折なまえちゃんの足を心配して、私より善逸様が心配ですと頬を膨らませられるっていう、いつものやりとりを繰り返して、笑う。幸せって、こういうことを言うんだろうなって思った。

いつも炭を売りにいくのより少し先の街まで足を伸ばして、事前に美味いと情報を仕入れていた甘味処に到着した。店内は、昼下がりの時間を楽しむ人たちで賑わっている。店構えも店内も古き良き年代物のお店といった感じで、その年月分品揃えも豊富だった。お互いひとつに絞れなかった俺たちは、餡蜜と、お団子と、お饅頭と…と、色々な種類を頼んで二人で少しずつ分けることにした。
運ばれてきた甘味に舌鼓を打ちながら、正面のなまえちゃんを盗み見る。もごもごと口を動かし顔を輝かせるなまえちゃんの可愛さは、無限列車で鬼の術にかかって見たあの幸せな夢の彼女のそれとは比べ物にならなかった。現実が妄想以上ってどういうこと?この子の可愛さは一体どこまで行っちゃうわけ?

「…俺ね、鬼殺隊にいた頃から、なまえちゃんのこと逢引きに誘いたいなあって思ってたんだよ」
「えっ?そうなんですか?」
「うん。でもなまえちゃん、俺が誘おうとしたらさ、性欲処理のお手伝いをします!って突然言い出すんだもん。他にもいろいろあったからなんだけどさ、びっくりして結局言い出せなくなっちゃって…」
「!!あ、あの時、ですか…!その節は本当にはしたないことを申しまして…」

手に持っていた匙を丁寧に机へ置き、ぺこぺこと頭を下げるその顔は耳まで真っ赤になっていた。あの、手淫でも口淫でも、なんてとんでもないことを淡々と言ってのけた時とはえらい違いだ。
謝らないでよと制しながら、あの頃の俺はよく、この子は恥ずかしがってるだけなんだ!って思い込み続けられたなと思った。音も、表情も、仕草も、本当に恋してくれてるなまえちゃんはこんなに可愛くてわかりやすいのに。
俺が過去の自分の鈍さというか図々しさに心ともなく苦笑いをこぼしていると、なまえちゃんはまだ赤さの残る頬のまま、餡蜜の器を見つめながらぽつりと呟いた。

「…そんなに前から、考えてくださっていたのですね」

なのに私は全く気づいてなくて、人の気持ちをわかっていないにも程がありますね、と。

「ううん!いいんだよお!そもそもの話ね、俺の行動が元凶だったわけなんだし!!」
「で、でも…」
「──だから、俺と結婚しよう…!」

…ち、違いますよ?今のは俺じゃないからね?唐突に耳に入ってきた凛とした求婚の言葉に、申し訳なさげに眉を下げていたなまえちゃんも驚いたように目を見開いていた。発信源は、ちょうど店の真ん中あたりの卓に座っていた男女二人組のうちの、青年の方。店内にいた他の人たちも何事かとその二人を見ている。
青年は顔を真っ赤に染め上げ、あれは何だろう、小さな丸い輪っかを指で摘み、もう片方の手をそえて女の子に差し出していた。…ああ、なるほどそうか。あれは…。

「…はい、謹んでお受けいたします」

女の子がその輪っかを震える手で受け取りながら、涙ながらにそう答えた。最初は呆気に取られていた他のお客さんたちがワッ!と一気に歓喜の声をあげる。おめでとうお二人さん!お幸せに!と気のいい人たちに祝福されて、青年たちは恥ずかしそうながらも幸せいっぱいという風に笑っていた。

「あれ、『指輪』だね」
「指輪…ですか?」
「そう。西洋の文化らしいんだけどさ、結婚を申し込むとき、『婚約指輪』っていうのを渡すんだって。『結婚指輪』は結構見たことあるけど、あれは初めてだなあ」

随分ハイカラなことすんね、と説明を締め括るとなまえちゃんは、ほぁー…と惚けた様子で男女を見ながら手をぱちぱちと鳴らした。…やっぱり女の子だし、なまえちゃんもああいうのに憧れたりすんのかな。
目を凝らして輪っかを見ると、最近巷でよく見る結婚指輪とは違って、大粒の宝石がどーんとくっついてるみたいだった。一体いくらすんだよ、あれ。こんな普通も普通の甘味処で渡す代物じゃなくない?金持ちの粋な戯れってことなの?
鬼殺隊にいた頃もらっていた分も、産屋敷家からもらった分も、金ならじいちゃんに借金の肩代わりしてもらった分を返した残りは殆ど手付かず状態だ。だから、今なまえちゃんが着てくれているちょっと奮発した着物も難なく用意できた。でもやっぱりあんな指輪ともなると、はいどーぞと買ってあげられる金額でもないんだろう。祝福されている男と自分を比べて、ほんの少し、いやだいぶ、いじけてしまった。

ほわほわと夢見心地のなまえちゃんと一緒に残りの甘味を平らげ、もはやどんちゃん騒ぎ状態になってしまっている店を後にする。俺は餡蜜が一番だったかな。なまえちゃんはお饅頭が気に入ったみたいだ。禰󠄀豆子ちゃんたちにも食べさせてあげたいと言うので、もちろんそうしようとお土産に五つ、包んでもらった。

「善逸様…?どうかされましたか…?」
「…え?」
「あの、先ほどから少し、お元気がなさそうですので…」

店から出て少し歩いた辺りで、なまえちゃんがゆっくり足を止める。繋いだ手から伝わってくる音が、不安げに揺れていた。

「あっ、ごめんねえ!なんでもないんだよ、なんでも!」

慌てて取り繕ってみても、なまえちゃんの顔は心配そうに歪んだままだ。せっかくの初逢引きなのに、つまらん男の意地でこんな顔をさせてしまうなんて。なんとか、なんとかしないと。助けを求めるように素早く視線を巡らせて、少し行った先にある小物屋が目についた。

「あっ!善逸様!?」

驚くなまえちゃんの手を引っ張りその店の前まで走る。まずは店頭に並べられていたバレッタや髪飾りをざっと見渡した。ここに並んでいるからにはこの店の売りの商品なんだろうけど、最近流行しているという西洋風の着物に似合いそうな派手なものばかりで、ピンとくるものが全然見つからない。
さらに困ってきょろりと店内を見回して、やっと目に留まった。向こうの棚に飾られた、ひとつの簪。比較的控えめなものの中に陳列されていたそれは、簪の先に桜色をしたびいどろ玉の飾りが付いていて、そこから藤の造花が三本垂れ下がっている。慎ましやかなその可愛らしさはなまえちゃんの雰囲気にぴったり合っているし、今着てくれている着物にも、普段なまえちゃんが愛用している着物にも、どちらにも似合いそうだった。
早速その棚の前まで行って簪を手に取り、店頭に立ったままのなまえちゃんの元まで戻ってそれを目の前に差し出す。

「なまえちゃんに、似合うと思うんだけど…。どうかな…?贈っても、いい…?」
「えっ!?わ、私にですか…?でも、この御着物までいただいたばかりですのに…」
「うん…。俺にはさ、指輪をポンと買ってあげられるような甲斐性はないんだけど…それでも、なまえちゃんに何かあげたいって、喜んでほしいって思っちゃうんだよねえ…」

そう言うと、なまえちゃんは俺がいじけていた理由に合点がいったようで、ハッと息を呑んだ。それから瞳を少し潤ませて、俺が差し出した簪をそっと受け取ってくれる。

「何をいただくかは、関係ありません。私は、善逸様がくださったものなら、なんでも。いいえ、物がなくたって、私を大切にしてくださるそのお気持ちだけで、いつまでもどこまでも、幸せでいられるのです」
「……っ」

ぎゅうと、簪を胸の前で優しく握りしめて微笑んでくれたなまえちゃんのことを、俺は衝動的に抱き締めていた。「ぜ、善逸様…!?」と慌てふためくなまえちゃんの声も音も、通りを行く人たちのどよめきも、全部全部聞こえないふりをした。
やがてその小さな手が、おずおずと俺の背中に回されて、柔く抱き締め返してくれる。ドクドクと高鳴るお互いの心音がとても心地いい。優しく漂う藤の花の香りをもっと味わいたくなって、その首にすり…と顔を埋めたら、なまえちゃんの体が面白いくらいに跳ねた。

「…今は、これで精一杯だけど。でもきっとさ、婚約指輪でも、宝石でも、なまえちゃんが欲しいって思う物、なんでも贈ってあげられる男になるから待ってて。なまえちゃん、大好きだよ」

耳元で囁いてからそっと体を離したら、なまえちゃんはその耳を片手でおさえて頭が取れそうなほどコクコクコクと頷いた。簪を受け取って店の奥へ会計に向かいながら振り返れば、その白地の着物に真っ赤な首筋がいたずらに映えていて、ふへっと吹き出してしまった。やっぱり、俺の見立ては天才的だった。

金持ちになるぞと誓ったからといって、一朝一夕で達成できるような目標でもない。木を切って、炭にして、売って。その日その日を生きていくのでなかなかに精一杯だ。
それでも、禰󠄀豆子ちゃんと楽しげに語らいながら洗濯物をたたむなまえちゃんの髪に光るびいどろ玉飾りと藤の花が揺れるたび、俺はあの日の誓いを思い出す。そして今日も出来る限り精一杯の力で、木に突き立てた斧を振るうのだった。




いちご様『2人の気持ちが通じ合った後』『初めての贈り物(着物)をして、それを着たヒロインとお出掛けする話』というリクエスト内容でした。いかがでしたでしょうか?
以前拍手で言っていただいていた「初めてシリーズ」も意識して書いてみました。やっと、抱擁までできました〜!勢い任せだったので自然にできるようになるのはまだまだ先かなと思いつつ書いていたのですが、これでようやく手をつなぐ先に進めましたね。笑
今後も『びいどろ玉』や『はちみつ』の番外編をはじめまた色々なお話を書いていけたらいいなと思っておりますので、お時間ある時に遊びに来ていただけたら嬉しいです。この度は素敵なリクエストをありがとうございました!


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