3000HITお礼部屋 | ナノ
ようこそ、俺の大切な場所へ
はちみつホリック(その後)

広大な日本家屋の一角。風流な庭園が目の前に広がっている。俺はこれ以上先へ進むんじゃねえぞと制止された場所から動かず、壁に体を預けながらただひたすら待ち続けていた。
その会話の内容は、俺の耳にはしっかり漏れ聞こえていた。だからそこに害意が含まれていないことも十分伝わってきていたけど、やっぱり心配なものは心配なわけで。
10分と少し経った頃、待ち人であるなまえちゃんはやっと俺のもとに戻ってきてくれた。廊下の向こうから悲鳴嶼先生と不死川先生と一緒にゆったり歩いてくる姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

「なまえちゃん!大丈夫だった?酷いこととかされなかった?」
「だいじょうぶ。緊張したけど、むしろ、何かあったらいつでも頼っていいよって、すごくやさしい言葉をかけてもらった」

手の届く範囲まで来たところで慌ててその肩を掴み問いかけると、なまえちゃんはにっこりと笑みを浮かべた。

ここは、産屋敷邸。今日は数ヶ月に一度の『同窓会』が開かれる日だ。そしてそれと同時に、お館様がなまえちゃんとの面会を望んでいると先生たちから告げられて、今回は彼女も一緒にここまでやってきていた。

「なまえちゃんが無事で本当に良かったよ!緊張したらお腹すいちゃったよね?『同窓会』は美味しい食べ物がたくさん出るんだよ!なまえちゃんも行こうよ!」

お館様との話が終わったなら、後はもう『同窓会』を楽しむだけだ。普段食べられないような美味いもんが食卓いっぱいに並ぶ様は圧巻だし、なまえちゃんにも早く楽しんでもらいたい。そう思ってその手を取り駆け出そうとしたけれど、なまえちゃんは少し俯いて、足を動かそうとしなかった。引っ張るはずだった腕が、くん、と引き止められてしまって、俺も足を止める。

「…鬼、なのに。わたしも行って、いいのかな」

寂しさの滲む呟きだった。昨日、「なまえちゃんも呼ばれてるらしくて、一緒に行かない…?」と声をかけた時には「わかった」としか言わなかったけれど、本当のところは自分は元鬼なのにと疎外感を感じさせてしまっていたんだろうか。

「なまえちゃん…」
「今は鬼じゃねぇだろォ。ガキがいらん遠慮するんじゃねェよ」
「…親方様へのお目通りも済んでいる。…存分に歓談し、そして食事を楽しむといい…南無阿弥陀…」

そばで黙って俺たちの話を聞いていた不死川先生と悲鳴嶼先生が、心なしがいつもより優しい響きでそう言って先に歩いていく。その背中はまるでなまえちゃんに、いいから俺たちについてこいと言っているようだった。

「ほら、ね?なまえちゃんも行こう?」
「……っ、うん!」

さっきお館様のところから戻ってきた時以上に嬉しそうな笑みを浮かべたなまえちゃんの手を今度こそ引っ張って、俺たちは不器用だけど本当は優しい大人たちの背中を追いかけた。

四人で大広間に入ると、いつもの『同窓会』メンバーが勢揃いしていた。なまえちゃんがその賑わいと豪華な食事に目を輝かせる。例えば炭治郎は、鱗滝さん、錆兎くん、真菰ちゃんの水の呼吸一門に、伊之助や村田さん、後藤さんまで加えたごちゃまぜ集団で騒いでいるし、しのぶさんは最近記憶が蘇った今回初参加のカナヲちゃん、アオイちゃんと三人で集まって穏やかに過ごしている。その他にも大勢の人間が思い思いに会話しながら、開会の時を待っていた。
少なからずなまえちゃんのことを気にしてくれていた炭治郎がすぐ俺たちに気付いて「お疲れ様!」と片手を挙げてくれたので、俺は早速そっちに行こうとした。でもできなかった。卓に肩肘をついて悪い笑みを浮かべた宇髄先生から「おい、お前らちょっとこっち来いよ」と呼ばれてしまったから。

「な、なんすか」
「まあいいじゃねえか。学生同士なんて学校でも話せんだろ?ま、なんなら嬢ちゃんだけ置いてってくれてもいいんだけどな」
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!何されるかわかったもんじゃねえよ!」

宇髄先生は、先程まで一緒にいた不死川先生や悲鳴嶼先生、さらに伊黒先生と胡蝶先生も加えた元柱の先生たちで集っていた。なんだよ、この人たちも普段職員室で会話できるようなメンバーで集まってんじゃねえかよ。心の中でぶちぶちと文句を言いながら、なまえちゃんと一緒にその卓へ渋々腰を下ろす。
ちょうどその時お館様が輝利哉くん達に手を引かれてやってきて、「さあ今日も皆で大いに楽しもう」という宣言を合図に『同窓会』が本格的にスタートした。

「ほらなまえちゃん!いっぱい食べよう!嫌いなものはあるかな?俺が色々取り分けてあげるね!」
「ありがとう。なんでも食べるよ」

俺は嬉々としてなまえちゃんの世話を焼きまくり、なまえちゃんは見たことない食べ物も沢山あるのか目をキラキラ輝かせてひとつひとつ口に運んでいく。しばらくはそうやって和やかな時間が流れていたんだけど、大人たちの酒が進んできたあたりでだんだんおかしな風が吹き始めた。

「なあ、嬢ちゃんと一緒にいる時の善逸はどんなかんじだ?」

完全に空気を変えたのは、宇髄先生のその一言だった。ちょっと目ぇ座ってねえかこのオッサン?俺がそう訝しむ横で、なまえちゃんはお箸を丁寧に置いてからゆっくり口を開いた。

「やさしい。あったかい。おもしろい。ちょっとうるさい。変な人」

なまえちゃんからの評価の雲行きが後半にいくにつれ怪しくなるのはいつものことで、俺は今更それに動じたりはしない。だってなまえちゃんはこんなことを言いながらも、こちらにぴとりともたれかかって、俺のことが大好きだという音を目一杯響かせ続けてくれているから。

「あら〜!二人はラブラブなのね〜!」
「いやぁー!まさか善逸がガキ世代の中で一番最初に恋人連れてくるたァねぇ」

胡蝶先生と宇髄先生がワアと笑って、俺はデレデレと頬を緩ませる。でも、なまえちゃんからの音に夢中になっていた俺は、宇髄先生から響く企み混じりの音に気がついていなかった。それが、まずかった。

「でもなあ、知ってるか?前世の善逸は今よりもっとヘタレだったんだぜ。俺は弱ぇ死ぬ死ぬって任務のたびに泣き喚いて、炭治郎たちを散々困らせたって話だ」
「ちょっ、宇髄先生何の話してんの!?やめて!?ねえ今すぐやめてください!?」
「周りを困らせてんのは今も変わんねェだろうが、全く。毎日毎日ギャーギャー騒ぎやがって…」

チッと舌打ちをしながらボヤいた不死川先生に、違えねえ、と宇髄先生が可笑しそうに笑って、伊黒先生にはお茶を飲みながら無言で睨みつけられてしまった。いや俺が煩いのは自覚してますけどもね?それを今この場で話します?俺の彼女の前で?せっかくくっついてくれているなまえちゃんから離れるのももったいなくて、座ったままオタオタと制止してみても、宇髄先生の話は止まらない。

「しかもその上、女好きのド助平野郎でなあ。女と見たらすぐにデレデレしてまとわりつくもんだから、女性隊士たちからの評判もなかなか悪かったんだぜ?」

えっ…なにそれ俺知らなかったんだけどそんなの…。思わぬ方向性から精神攻撃を食らって俺は呆然としてしまった。なまえちゃんまで、どすけべ…と呟きながら少しずつ体を離すのはやめてほしい心が張り裂けそうになるので。
…ハッ、と我に帰る。こんな酔っ払いに弄ばれることになるんなら最初からこの卓につくんじゃなかった!炭治郎達のところにさっさと行くべきだった!ぶち切れた俺は、なまえちゃんの手をぐいっと握って立ち上がった。

「ああもう!やっぱりあんたらと居たらロクな話にならんわ!なまえちゃん!こんな、嬉々として子供の心を傷つけるようなダメ大人たちと話してたら汚染されちゃうから!あっちいこ、あっち!!」
「え…もっと聞きた…ぃ…」
「はいだめでぇーす!!ほら、炭治郎んとこ行くよ!あそこの方がどう考えてもだいぶマシだわ!はー!!」

プンスカ怒りながら名残惜しそうにするなまえちゃんを引っ張り、炭治郎達の元へ向かう。「からかい過ぎちまったか?」「いくら我妻君が可愛くてお気に入りとはいっても、ほどほどにしないといけないわね〜」と先生達の会話が耳に届いてきたけど、俺はもう知らん。お気に入りとか言って煽てたって、戻ってやらんからな。
炭治郎たちの卓はそこはそこで、伊之助が食い散らかしてるし絡んでくるしでなかなかカオスではあったけども、あのまま大人達のおもちゃにされるよりはやっぱりマシだった。そうしてどんちゃん騒ぎの時間はあっという間に過ぎていき、帰りは駅まで伊黒先生に送ってもらったあと、解散になった。

「帰り際にさ、宇髄先生と何か話してたよね?また変なこと吹きこまれてない?」

いつものようになまえちゃんを家まで送りながら、車の中では他の皆がいたから聞けなかったことを切り出す。なまえちゃんは俺の顔をチラリと伺った後、何かを考えるように斜め上を見上げた。

「ひでぇところも沢山ある奴だけど、アイツはその分決めるときは決めるし良い男だぜ。ま、何かあっても愛想つかさずに、末永く仲良くしてやってくれ」
「はい。ずっと、いつまでもなかよしです」


「…聞こえなかったなら、ないしょ」

俺と繋いでいるのとは逆の手の人差し指をシーと唇に当てて微笑む。可愛いな…!この俺の耳をもってしてもあの会話が聞こえなかったのは、伊之助と騒いでいたせいだ。慌てて割り込んだ時には既に話は終わっていて、「おら、ガキはとっとと帰れ」と追い払われてしまった。「変なことは話してないよ」となまえちゃんは言ってくれているけど、そうであったとしても宴会の中でいらんことばかり暴露されてしまって俺の心はもうバッキバキに凹んでいた。

「ハァ…ほんと今日は災難続きだった…」
「わたしは楽しかったよ。みんな素敵な人ばかりだったし、わたしの知らないぜんいつも、いっぱい知れた」
「ええ…知らんでいいよ…。かっこいい俺だけ見ててほしいのにさあ…」

でも、楽しかったと笑っているなまえちゃんを見られるのは俺も嬉しい。今までずっとひとりぼっちだったなまえちゃんがたくさんの人たちに囲まれ溶け込んでいる姿はもっともっと見ていたい。
お館様からの許しももらったし、なまえちゃんが望むなら次の『同窓会』もまた一緒に行けたら良いな。もうあの卓には座らんけど。それに、アオイちゃんとかカナヲちゃんなら無害だろうし、他の機会に一緒に遊んでも良いかも。
考えていたら、なまえちゃんが繋いでいる手をくい、と引っ張って、逆の腕をするりと絡ませてきた。

「わたしは、どすけべなぜんいつもだいすき、だよ?」

腕に伝わる柔らかな感触を覚えさせながら下から覗き込んでのそれは、あまりにも効果的すぎた。俺は、噴き出そうになった鼻血を片手で抑えて、ついでに殆ど隠れた顔のまま。

「………ッ、どすけべは否定させてぇ…」

力なくそう呟くと、なまえちゃんは可笑しそうに微笑んでみせた。でもだってさ、炭治郎と伊之助とかおかしな奴がやたらと身の回りにいただけで、俺は至って健全な青少年なんだからねぇ…?




のねむ様『本編完結後で『同窓会』に呼ばれて参加することになったお話』『最終的にはラブラブな二人』というリクエスト内容でしたが、いかがでしたでしょうか?ご期待に沿えていたらいいなと願っております…!
そそそんな緊張なさらなくとも、と言いつつその気持ちはとってもよくわかるのですが、少なくとも私はそんな大層な者ではないのでお気軽に接していただいて大丈夫です!今も大丈夫と打とうとしてタイプミスで大勝負になった、そんな残念な人間です。なので、のねむ様にお話が好きだと言っていただけてすごくすごく嬉しいです!お祝いのお言葉もありがとうございました。
善逸くんに限らず作中で明確な相手ができてしまうと夢的にはなかなかつらいものがありますね。私がこのサイトを立ち上げたのも、もっと善逸くんの夢が読みたいのに!かくなる上は自家発電だ!と思い立ったのが始まりでした。
のねむ様のおっしゃるとおり原作は原作、夢は夢ですからね!これからも存分に妄想していきますので、お時間ある時にまた遊びに来ていただけたらとても嬉しいです。
素敵なリクエストを送っていただきまして、本当にありがとうございました!!


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